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2010年12月20日

日米同盟50周年と今後の展望

今年は日米安全保障条約50周年になる。冷戦終結を機に、細川政権は対米依存の脱却を目指して「自主的」な安全保障政策を模索した。しかし中国の「平和的台頭」と朝鮮半島の緊張によって、日本国民は近隣諸国の安全保障が脆弱で、アメリカとの同盟がどれほど重要かを再認識した。これは間違いではない。しかし、私はグローバルな観点からの日米同盟の重要性を強調したい。

日米同盟に関する現在の議論が二国間とアジア太平洋地域にばかり集中することは、残念でならない。すなわち、日米同盟は東アジア全域に安定と自由主義秩序をもたらす「公共財」として不可欠だというものである。そうした前提に立つ日本の指導者達と国民はジレンマを感じている。日本はアメリカの安全保障の傘の下で政治的安定と経済的繁栄を享受しながら、国民の中には同盟によってイラクやアフガニスタンのような「アメリカの戦争」に巻き込まれるとの懸念を抱くものも多い。両国の同盟はより長期的で世界規模の観点から考慮されねばならない。忘れてはならないことは、世界各地のアメリカの同盟諸国は日本と共通の価値観と国益を持っているからこそ、日本を信頼できるパートナーと見ているのである。以前の記事で述べたように、スエズからパールハーバーまでは日米同盟の当然の範囲なのである。我々は、この必要欠くべからざる戦略協調を深化させるために、もっと大胆になるべきである。

非常に興味深いことに、自由民主諸国の間でも日米同盟は二国間ないし地域レベルのものと見られているようだが、安倍政権と麻生政権の時期に日本とNATOは緊密な関係を模索している。日本国際フォーラムが11月22日に開いた外交円卓懇談会において、イギリスのデービッド・ウォーレン大使が日米同盟を「排他的」と述べた際に、私は少し困惑した。技術的に言えばウォーレン大使の言う通りで、この同盟関係はアメリカと日本の二国間条約によって成り立っている。また日本の防衛装備調達もアメリカ製の兵器に依存している。日本の防衛市場の開拓に熱心な政策形成者にとって、現在の日米同盟が「排他的」に見えることは何ら不思議ではない。

しかし、私は国際社会で広く思われているよりも日米同盟は「開放的」だと強調したい。日本にとって、この同盟は世界の中での自らの立場を強めるステータス・シンボルである。以前に述べたように、両国の同盟関係は、1960年代と70年代それぞれに起きたイギリスのインド洋からの撤退とイランのシャー体制崩壊を機に、グローバルなものに変貌していたのである。アメリカ第7艦隊が作戦範囲を拡大したのは、このような事態を受けてである。

日米同盟によって、日本は貴重この上ない政治的な威信を得ることになった。主要先進民主主義国の一員として、日本はヨーロッパとは「事実上」の同盟関係にある。フランスのバレリー・ジスカールデスタン大統領が1975年の1回ランブイエ・サミットに日本を招いたことは、象徴的である。また、日本はカナダとイタリアに先駆けて、欧米主要国によるG5プラザ蔵相会議に参加した。ヨーロッパ諸国が日本を重要なパートナーと認めているのは、単に日本が経済大国だからではなく、共通の理念と戦略的利害を持っているからである。

安全保障でも日本は日米同盟を通じてアメリカの同盟諸国との関係を深めている。対テロ戦争の勃発以来、NATOは日本との戦略提携の発展に着手した。イラクでも、日本の自衛隊は日米同盟を通じてイギリスとオランダとの共同作業に従事した。アメリカとの「特別関係」は日本の多国間外交、特にヨーロッパの自由諸国との関係強化に大いに役立っている。

日本国民の中には両国の同盟によって日本がアメリカ主導の西側陣営への参加を「余儀なく」され、外交政策での自主性が失われたと嘆く者もいる。しかし、明治のレジーム・チェンジ以来、この国が西洋列強の一員であることは近代日本の「国家の基本」である。よって、日米同盟は日本にとって自然な同盟なのである。

両国の同盟関係は、アジア太平洋地域でも日本の多国間外交に役立っている。北朝鮮の核実験に際し、イギリスやオーストラリアのようなアメリカの同盟諸国も沖縄に早期警戒機を派遣した。日本国民がこうした多国間の支持を喜んだことは言うまでもない。中国と北朝鮮の脅威に鑑みて、日本はオーストラリア、インド、韓国、インドネシアなどとの地域安全保障提携を模索している。これは日米同盟に後押しされている。

先の外交懇談会で質問の機会があれば、両国の同盟関係に「開放的」で「多国間」の性質があることをウォーレン大使に問いかけていたであろう。大使の講演は非常に刺激的で、参加者からは数多くの熱心な質問が寄せられた。しかしウォーレン大使が外交懇談会で再三にわたって述べたように、両国の同盟関係には「排他的」な側面が多くあることは事実である。典型例を挙げると、最近の北朝鮮の攻撃に際し、日本は「困った時の友は真の友」として韓国を助けることができない。

両国の同盟を真に「解放的」で「多国間」のものにするためには、日本はジャパン・ハンドラーへの依存を低くする必要がある。この同盟はより世界規模に進化している。この点に関して、NHKは12月11日に日米同盟50周年の特別番組を放映した。その番組の中で日本総合研究所寺島実郎理事長は、日本の政策形成者達は政策分野を狭く絞りすぎたジャパン・ハンドラーに依存するよりも、ワシントン政界のグローバル戦略立案者達との関係を強めるべきだと述べた。私はこれに大賛成である!私は一貫して、両国の同盟が単なる二国間と地域レベルを超えてグローバルなものだと主張している。

この点に関し、現在の日米同盟のグレード・アップのロール・モデルとなっている英米関係に言及したい。イギリスは「ブリティッシュ・ハンドラー」なるものに殆ど依存していない。イギリスの政策形成者達は世界戦略をアメリカの世界戦略家達と議論している。また、特定地域の問題でも、アメリカ側でそれに対応する人物と話し合っている。ロシア問題ならアメリカのロシア問題専門家と話し合う。イラク、アフガニスタン、イランなどでも同様である。ここに挙げたような場合に、ダウニング街やウエストミンスターの専門家では何の役にも立たない。

そうして見ると、日本の政策形成者達がアメリカ側の永田町や霞ヶ関の専門家に依存してもあまり役に立たない。この「イングリッシュ・レッスン」から教訓を得られれば、日米、日英(あるいは日・EU)、そして英米関係の強化発展につながるだろう。この三角形は、鳩山由紀夫氏が主張する日米中の三角形よりはるかに良いものである。

最近の日本国民は日米同盟を再評価する際に、中国の拡張主義と北朝鮮の暴虐に目を奪われている。しかし、我々がこれまで以上に持続的で強固な日米同盟を築き上げるには、「排他的」な同盟ではなく、「開放的」で「多国間」かつ「グローバル」なものにしなければならない。

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