新年への問いかけ2:相互依存で国際紛争は予防できるのか?
世界史は諸国民による紛争の繰り返しである。経済、文化、社会活動などでの相互交流があっても、戦争と流血の惨事は防止できない。中国の「平和的台頭」に関して言えば、ハト派の論客達は経済や観光を通じて相互依存を深めてゆけば欧米との緊張も緩和するであろうと主張する。しかし、歴史は人的交流によって諸国民と諸文明の衝突を防げるという考えを支持していない。一度、戦略的権益が脅かされるか基本的な国家理念が否定されれば、各国は互いに対決するのである。
まず、第一次世界大戦前の英独関係について述べたい。両大国は植民地獲得や製造業で熾烈な競争を繰り広げていたものの、19世紀末から20世紀初頭にかけては互いに良好な関係であった。ビクトリア女王自身がドイツ系であった。王配のアルバート公もドイツのサクス・コーブルグ・ザールフェルト公国出身であった。女王の子女の中にも、長女のビクトリア王女をはじめ、ドイツの王子や王女と婚姻関係を結んだ者がいた。
非常に興味深いことに、セシル・ローズが南アフリカの実業界と政界での成功によって得た資産を基にオックスフォード大学の留学生に向けてローズ奨学金を設立すると、イギリスの植民地と自治領、そしてアメリカと並び、ドイツが奨学金給付対象国になった。この中で非英語圏の国はドイツだけである。このことは、イギリスの帝国主義者であったローズが当時の安定と繁栄の世界秩序のために、緊密な英独関係を重視していたことを示す。
不幸にもカイザー・ウィルヘルム2世が大英帝国の死活的国益を脅かすような拡張主義政策で世界を過剰に刺激したために、そのような麗しき相互依存は無に帰してしまった。カイザーがベルギーに侵攻すると、イギリスのハーバート・ヘンリー・アスキス首相には第一次世界大戦でドイツと戦う以外に選択肢がなくなった。
経済の相互依存は、パール・ハーバー攻撃の歯止めとならなかった。太平洋戦争勃発時に、日本は石油、ゴム、錫、屑鉄といった天然資源をアメリカと東南アジアにあるイギリスとオランダの植民地に依存していた。また、日本にとってアメリカは絹やその他の繊維製品の最重要輸出市場であった。アメリカとの戦争は日本経済の破滅を意味した。にもかかわらず、東京の軍事政権はワシントンとの間で満州と中国をめぐる戦略的な溝は埋まらないと考え、アメリカとの戦争に突入した。1934年にベーブ・ルース一行が親善野球のために来日した際(「ベーブ・ルース来日75年 大宮の空に10アーチ」;産経新聞;2009年1月10日)に、日米両国の間で一時的に友好が高まって緊張が緩和されたが、7年後の戦争を防ぐことはできなかった。
現在に世界秩序に挑戦を突きつけている中国、ロシア、イスラム・テロ、ならず者国家について議論する際に、相互依存によってこうした相手を飼い馴らせると考えることは甘い希望的観測である。冷戦後の歴史からの休暇の間に、こうした怪物達が餌を貪って成長してしまった。特に中国は我々の自由世界秩序を食い尽くし、自国の専制的な指導者達の生存機会を最大化しようとしている。言わば、彼らの行動規範は我々のものとは完全に異なるのである。それでも軍事的抑止力の向上と同盟国との戦略提携を強化せずに、相互依存によってこうした相手を飼い馴らせるとでも思えるだろうか?歴史からの教訓を学ぼうではないか。
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