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2011年2月18日

スマート・パワーのスマート活用に、イラク戦争への謝罪は不要

去る2月14日にグローバル・フォーラム・ジャパンと米戦略国際問題センター(CSIS)が共催する「日米対話:スマート・パワー時代の日米関係」というイベントに参加した。グローバルな問題が互いに複雑に絡み合ってくるにしたがって、ハード・パワーとソフト・パワーの組み合わせを上手く行なうことの重要性が増してくる。しかし、現在の東アジアは中国と北朝鮮が西側主導の自由主義秩序に挑戦を突きつけるような、ホッブス的な世界である。また、ロシアもこの地域でのパワー・ゲームに再び加わってきている。そのような世界では、ハード・パワーが重要な役割を果たす。よって、スマート・パワーの基本概念を理解すると共に、それをどのようにしてスマートに活用するかを模索する必要がある。

イベントの冒頭で、CSISのマイケル・グリーン日本部長がスマート・パワーとはイラク戦争に対する反応として提唱されたものであるという基本概念を述べた。これを聞いた時に、私はそれがアメリカ外交への謝罪姿勢丸出しの言葉のように思えた。就任初期のバラク・オバマ大統領は、プラハとカイロで悔恨と懺悔の演説を行なった。さらにAPECのシンガポール首脳会議では、中国の「平和的台頭」を歓迎するとまで述べた。スマート・パワーという概念が従来のアメリカ外交への謝罪として出てきたものなら、これは由々しきことである。

イラク戦争によって反米感情が吹き荒れたかも知れないが、サダム・フセイン打倒が、イランのグリーン運動、チュニジアとエジプトのフェースブック革命など、中東全域での市民の自発的な民主化の契機となったという重要な事実を見逃してはならない。さらに東へ進んでウイグルなど中央アジアにも影響が拡大する可能性もある。変化の風はイスラム圏を超えて、チベットや中国本土にも拡大するかも知れない。

そこで、私はマイケル・グリーン氏に、「スマート・パワー」という概念がイラク戦争への謝罪として出てきたものなのかと質問した。特に就任初期のオバマ氏は「チェンジ」にとらわれる余り、グラッドストン的な小米国主義の外交政策をとっているかのように見えた。ボブ・ウッドワード氏は「オバマ氏はアフガニスタンから心理的に撤退している」とまで述べた。「スマート・パワー」が自由主義世界秩序という国際公共財の維持に積極的に関与しないという意味を巧妙に語る単語なら、非常に憂慮すべきことである。また、先に述べたように、サダム・フセイン打倒によって世界規模で中東の民主化に関する議論が活発になった。

私の質問に対し、グリーン氏はスマート・パワーという概念自体は、2007年の増派以前にアメリカ主導の多国籍軍が反乱分子の攻撃に悩まされた状況から出てきたと答えた。しかしブッシュ政権が反乱分子の鎮圧に成功してからは、謝罪姿勢の側面は薄れていったということである。スマート・パワーがハード・パワーとソフト・パワーの巧みな組み合わせという意味に限られるなら、私はこの新しい概念を歓迎する。

イラクに関しては核不拡散も重要な問題である。バース党政権の敗戦時に多国籍軍が核兵器を発見できなかったため、イラク戦争は正当性を欠くと指摘する批判が噴出している。中にはイラクは脅威ではなかったとまで言う者もいる。これは公平でない。イラクは核爆弾を開発していなかったかも知れないが、サダムは国際社会からの圧力と制裁に対して「ネバー・ギブ・アップ」の姿勢を貫いていた。そうした大量破壊への持続的な意志こそが、国際社会への重大な脅威なのである。サダムは自国のクルド人とイラン軍に対して化学兵器を使用した。サダムが核兵器を手に入れれば、実際に使用した可能性が高い。

致命的な兵器を開発する意志だけでも、我々には重大な脅威である。最近の中国の軍拡は格好の例である。中国はアメリカの技術を盗用してJ20ステルス戦闘機を製作したと見られている(“China's New Stealth Fighter May Use US Technology”; FOX News; January 23, 2011)。中国製のステルス戦闘機がアメリカ製のものよりも技術的に遅れているとはいえ、中国はアメリカ空軍に対抗する意志を明確に示している。さらに、中国は冷戦期のソ連と同様に対空母弾道ミサイルの開発によって接近拒否能力の強化を図っている("Chinese 'Carrier Killer' Missile Challenges US Regional Power"; AOL News; December 29, 2010)。技術的に解決されねばならない問題があるものの、中国が東アジアのシー・レーンを軍事的に支配しようという野心を抱いていることが明白になった。それらの脅威を考慮すれば、私はサダム・フセイン打倒のための戦争が過剰反応だとは思わない。

イラク戦争に反対した国々が善良な平和愛好国ではなかったことを忘れてはならない。中国とロシアは自国領内にイスラム分離主義運動を抱えている。ウイグルとチェチェンの独立運動を勇気づけかねないイスラム民主主義の台頭は、明らかに両国にとって受け容れられるものではない。また。フランスもサダム体制と商業関係をもっていた。イラン・イラク戦争の最中にイスラエルがイラクにあったフランス製の原子炉を爆撃している。サダムが抱いていた核保有の野望を考慮すれば、ゴーリスト外交政策はとても言い訳として受け容れられない。

民主化促進と核不拡散の両面から見て、アメリカがイラクに関して謝罪姿勢をとる必要はない。スマート・パワーをスマートに活用して我々の自由主義世界秩序の維持と拡大をはかるためには、これは非常に重要である。日本はオバマ氏の就任初期にこのことを言うべきであった。ところが鳩山由紀夫前首相は普天間問題をめぐって対米関係を悪化させてしまい、中国が尖閣沖で日本の哨戒艇を攻撃するという事態を招いてしまった。日米関係の緊張により中国の拡張主義を許してしまった事態は。日本の民主党政権に責任があることは間違いない。しかし、共和党政権の外交政策からの「チェンジ」を印象付けることばかり気をとられて、謝罪姿勢をとってきたオバマ氏にも責任の一端がある。きわめて皮肉なことに、鳩山氏の言動によって彼が望んでやまなかった「対等な日米関係」からほど遠いものになってしまった。鳩山氏が本当にそれを望んでいたなら、オバマ氏にはイラク戦争によって中東の民主化の議論が活性化したのだから、謝罪姿勢をとるなと言うべきであった。これこそ、スマート・パワーのスマートな活用である。

鳩山由紀夫氏が対等な日米関係を口にした時、アメリカの政策形成者達の間ではリベラル派から保守派にいたるまで、軽蔑と嫌悪の感情が巻き起こった。しかしイギリスのウィリアム・ヘイグ外相が就任演説で対等な英米関係を主張した際には、アメリカでは敬意を払われた。このことは忘れてはならない!日英のダブルHがこれほどまで違うのは、なぜだろうか?中東の民主化と日米関係からは、スマート・パワーのスマートな利用に関して多くの教訓が得られる。

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