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2011年3月31日

アメリカ外交政策におけるスマート・パワー:リビアと日本に鑑みた理論と実践

以前に私はスマート・パワーという新しい安全保障概念とアメリカ外交について論じた。「スマート」という単語は、時にはその真の意味を探ることもなしに多くの人々の気持ちをとらえてしまう。しばしば「スマート」あるいは「効率的」な組織は予期せぬ事態に対処できないことが多い。スマート・パワーに関して、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授とブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、PBSで3月4日に放映された「アイデアズ・イン・アクション」という番組で、この概念がアメリカ外交でどのようにあるべきかを討論した。以下のビデオを参照して欲しい。

ナイ氏はスマート・パワーに関する権威でオバマ政権とは緊密な関係にあり、他方でケーガン氏はネオコンの代表的な論客で先の大統領選挙ではジョン・マケイン氏の外交政策顧問を務めた。よって、この番組はアメリカの外交政策形成者達の間で新概念がどのように考えられているかを物語っている。番組の中でナイ教授は、スマート・パワーとは経済力や軍事力といったハード・パワーと、説得と魅了というソフト・パワーの組み合わせであると説明している。ナイ氏はアメリカが依然として抜きん出た大国であるのは、イデオロギーでの絶対優位のためだと言う。ロバート・ケーガン氏は、パワーとは多次元であり、そうした多様なパワーをスマートに活用できればアメリカ外交にとって有益であることには同意している。しかし、ケーガン氏はソフト・パワーは強力なハード・パワーがあってこそ有効であり、それはアメリカが冷戦期に同盟国に提供した安全保障の傘に典型的に表れていると主張する。

今日では安全保障の課題は相互に複雑に絡み合っている。金融秩序崩壊、環境破壊、非国家アクターの脅威といったグローバルな問題には超国家的な政策調整が必要だが、従来からの国家対国家の競合も強まっている。非常に重要なことに、ケーガン氏が述べるように中国やイランの挑戦を抑えるにはオバマ氏の魅力など何の役にも立たない。ナイ氏も軍事力が今世紀も重要な役割を担うことに同意している。両氏の議論を通じ、ハード・パワーとソフト・パワーは争議に関連し合っていることがわかる。

スマート・パワーについて論じる際に、安全保障問題の性質が相互に絡み合うように進化していることを忘れてはならない。これはアメリカ外交だけの問題ではない。昨年11月のNATOリスボン首脳会議で採択された新安全保障概念では、上記でナイ氏とケーガン氏が議論した安全保障の課題に取り組むために、「効果的な危機管理には政治、市民社会、軍事を包括的に取り込んだアプローチが必要だ」と記されている。

現在、リビアへの人道的介入と日本の原子炉故障危機はスマート・パワーの理論と実践を考えるうえできわめて重要な事例である。前者は中国、ロシア、インドが国連安全保障理事会で戦争に賛成票を投じなかったために、「欧米対その他」という従来からの力の対決の構図である。後者は超国家的な強調が要求される。原子力エネルギーと環境問題は地球人類共有財産に関わる死活的課題なので、問題は国家とイデオロギーの衝突を超えたものである。

リビアの事例はきわめて悩ましい。当初はフランスとイギリスが関与を求める一方で、オバマ政権は人道的介入に慎重過ぎるほどであった。これはイラク戦争とは正反対である。米欧同盟の強固な結束が、カダフィ体制への反乱を支援してゆくうえで重要である。同盟国との政策調整の他にも、オバマ政権はイラク戦争での反米運動に心理的なトラウマを抱えている。オバマ政権が地上軍の派遣に躊躇する理由は、これだけではない。アメリカの介入を呼びかけているのは、レジーム・チェンジを主張するネオコンと人道介入を主張するリベラルである。そうした中で、議会はオバマ政権に戦争目的と介入の限界を明確にするように要求した(“Pressure building on Obama to clarify mission in Libya”; Washington Post; March 24, 2011)。きわめて困惑すべきことに、「しかしオバマ氏の政権は戦略に関してそれ以上の議論を避けようとしていることは明らかで、国連安全保障理事会の決議実施の責任を、フランスとイギリスの他に、火曜日に軍用機の派遣を表明したカタールとアラブ首長国連邦まで含めた同盟諸国に押し付けた。言うなれば、アメリカの出口戦略は多国籍軍のものとは必ずしも一致しないのである」と報道されていることである(“Allies Are Split on Goal and Exit Strategy in Libya”; New York Times; March 25, 2011)。

リビア戦略に関する議論が激しくなるに従って、ジョン・マケイン上院議員はオバマ政権に対して空爆にとどまらず、カダフィ氏によるリビア国民への虐殺行為を許さぬようにせよと要求した(“McCain Wants Obama to Oust Qaddafi”; FOX News; March 25, 2011)。 他方でジョセフ・ナイ教授はオバマ氏のアプローチを擁護している。アメリカは一国中心主義に走らず、NATOに指揮権を譲るという低姿勢をとった。また、ナイ氏はオバマ氏の戦略目的と戦闘期間の拡大に慎重な姿勢を支持している(“Four reasons to support Obama on Libya strikes”; Power & Policy; March 22, 2011)。

国内外からの圧力を受けて、オバマ氏は3月28日の国防大学での演説でアメリカの特別な役割と普遍的価値観を称賛し、リアリスト的な姿勢を拒絶した。ロバート・ケーガン氏はこの演説がケネディを髣髴させると評している(“In Obama’s speech, echoes of JFK”; Washington Post—Post Partisan; March 28, 2011)。以下のビデオを参照して欲しい。

イギリスのウィリアム・ヘイグ外相が呼びかけたロンドン会議では、ヒラリー・クリントン国務長官がリビア反体制派指導者のマフムード・ジェブリル氏と会談し、リビアの民主化について話し合った。しかし、アメリカは政治的な圧力によるカダフィ氏の放逐を望んでいる。反乱軍のほとんどは真っ当なリビア国民だが、NATO司令官のジェームズ・スタブリデス海軍大将はアメリカ議会で、反乱軍の中にアル・カイダやヘズボラとつながりのある者がいると証言した(“Summit swings behind Libyan rebels”; Financial Times; March 29, 2011)。戦争の際限ない拡大に反対する国内世論とヨーロッパ同盟諸国との関係に加えて、オバマ政権が依然として地上軍の派兵に慎重な理由はこれである。

東日本大震災による福島原子力発電所事故は、国家の戦略的利害関係とイデオロギーを超えた超国家的な政策調整が必要になる。アメリカは多数の原子力の専門家と世界最強の軍事力を擁し、この危機に対処するために動員できる労力と資本は世界のどの国も圧倒している。アメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・オースリン常任研究員は、アメリカ軍の投入による被災者の救援を訴えている。日本には軍用ヘリコプターが100機しかないので、アメリカの重量輸送ヘリコプターの派遣を提言している(“Japan Needs Its Own Berlin Airlift”; FOX News; March 15, 2011)。地震とそれに続く津波は日本経済に甚大な被害を及ぼし、アメリカは内向きにならざるを得ないこの同盟国を数年間支援してゆかねばならない。経済関係が難しくなる中で、トモダチ作戦と名づけられた救済および復興任務によって、両国の政治的関係は強まっている(“The US Military's Role”; New York Times Room for Debate; March 16, 2011)。他の諸国からの救援チームも日本の被災者に多大な支援を行なっている。

多国籍の救済および復興活動に加えて、原子力安全利用に向けた新しい国際的なガバナンスの構築が必要である。ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は、国際機関による原子力利用安全基準を強化せよ提案した。また、メドベージェフ氏はロシアが途上国での安全な原子力発電の建設に積極的な技術的支援を行なうと述べた(”Russian standards of safety for nuclear power industry should be adopted internationally”; President of Russia News; March 24, 2011)。

リビアと日本はアメリカ外交でスマート・パワーがどのように実践されるかを見極める重要な試金石である。前者ではケーガン氏が主張するような従来からの力によるアプローチが必要になる。後者ではナイ氏が主張するように市民社会と地域社会とも連携した多国間のうえに多くの民間当事者との関係も重要になってくる。スマートであるということは、必ずしも小さな資本と労力で何かを成し遂げるという意味ではない。スマート・パワー外交とは、世界の安全保障でのアメリカの関与を深めるものでなければならない。大統領が誰であれ、心理的に世界に関わってゆかねばならない。

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2011年3月21日

東北関東大震災について

全世界に知れわたっているように、マグニチュード9.0という史上かつてない巨大地震が東北地方の太平洋岸を襲った。国民は狂乱し、買い占めによって食料や懐中電灯といった生活物資が店頭から姿を消した。東京では電力不足が市民のストレスとなり、多くの行事がキャンセルされた。

セント・パトリック・デー以降は事態も落ち着いてきたが、東日本は依然として非常事態にある。市民は計画停電を憂慮している。節電のために電車の運行本数も減らされ、商店も通常より早く閉店している。こうしたことで市民生活は不便になっている。私の住む東京北西の郊外では、横田基地と入間基地からアメリカ空軍と自衛隊の航空機とヘリコプターが夜間も飛行している。通常なら夜間飛行の騒音には住民の苦情が出るが、今や緊急事態である。災害に見舞われた日本国民にとって、日米両軍は「救世主」なのである。

グローバル・アメリカン政論は突っ込んだ分析と政治理念主張のブログなので、準備不足の性急な論評は投稿されない。当ブログで地震と津波について記されなかったのは、こうした理由からである。しかし、今後に地震からの教訓について投稿することもあり得る。考えられるのは危機管理と福島原発事故についてである。特に、後者は当ブログの重要テーマの一つである核不拡散とも深く関わっている。今回の地震に関する私の見解はツイッターに記している。特に3・11(地震当日)から3・17にかけてである。

史上かつてない災害の苦難に遭われた方々に、心底よりの哀悼の意を述べたい。

頑張れニッポン!

Pray for Japan!

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2011年3月18日

アメリカは中東の民主化をどのように支援すべきか?

前回の投稿で述べたように、中東での反政府運動の台頭は、この地域でのアメリカの影響力の低下を意味しない。むしろ、アフガン戦争とイラク戦争の勃発以来の長年にわたって追求してきた中東の民主化というアメリカン・ドリームが実現されつつある。アメリカは中東の政治変動に対してどのように関与すべきだろうか?当記事ではエジプト、リビア、イランの主要3ヶ国について記したい。

チュニジアのジャスミン革命とエジプトのホスニ・ムバラク大統領の退陣に刺激された民衆の運動の広まりは、晴天の霹靂ではない。カーネギー国際平和財団のマリーナ・オッタウェイ氏とアムル・ハムザウィ氏の共同論文では、チュニジアで始まった抵抗運動は特に目新しいものでなく、アラブ世界に潜在していた大衆の欲求が劇的に表れたに過ぎないと記されている。エジプトで政治および経済の改革を求める市民運動は、前世紀の終わり頃より見られ、イラク戦争が勃発した2003年より民主化の要求は強まっていった。チュニジア、アルジェリア、モロッコといった他のアラブ諸国でも同様の傾向が見られる。オッタウェイ氏とハムザウィ氏はアラブ世界の政治社会運動について深く切り込んだ分析を行ない、若者による運動は組織基盤が整備されていなくても急速に広がると述べている。従来からの労働組合や左翼活動家達は、ソーシャル・メディア頼みの運動は長続きしないと主張するが、チュニジアでのフェイスブック革命は自分達を強力な治安部隊で抑圧してきた独裁者達を引きずり降ろそうと望んでいるアラブ諸国民を勇気づけた(“Protest Movements and Political Change in the Arab World”; Carnegie Endowment Policy Outlook; January 28, 2011)。

ヨルダンのマルワン・ムアシェル元外相は、さらに踏み込んでアラブの改革に必要なステップを提言している。アラブ諸国の市民はもはや政府を信用していないので、いかなる『改革もリップ・サービスに終わってはならない。ムアシェル氏は公正な選挙、強力な議会、権力分立、そして教育改革を推奨している。政治改革が行なわれなければ、経済の自由化も成長が社会の不公平を拡大するだけだとして国民の支持を得られない。ムアシェル氏は上記の改革を強力に推し進め、指導者達は既得権益層の厳しい反対を押し切らねばならないと主張する(“How to Achieve Real Reform in the Arab World”; Washington Post; February 2, 2011)。

エジプトに関しては、ベイルートのカーネギー中東センターのアムル・ハムザウィ所長がマルワン・ムアシェル氏と同様な点を主張している。それは、戒厳令の解除と市民の自由の保護である。ハムザウィ氏はさらに、政治犯の釈放も勧告している(“Egypt's Path Ahead: Agree to the People's Demands”; National; February 2, 2011)。

欧米の論客の中にはイスラム宗教勢力の危険性を説く者もいるが、オランダのアヤーン・ヒルシ・アリ元下院議員は、エジプトのムスリム同胞団はかつて暴力的だったが、今では現実に適応する能力があると言う。自ら選挙経験を踏まえ、アリ氏は「政党は社会階級、宗教、そして時には政治思想を問わず、できるだけ多くの地域社会に根ざす必要がある」と指摘する(”Get Ready for the Muslim Brotherhood”; New York Times; February 3, 2011)。よって欧米の政策形成者達はイスラム宗教勢力の台頭よりも、エジプトで透明性と説明責任が保たれた統治が行なわれるかを注目すべきである。

カーネギー国際平和財団のミシェル・ダン上級研究員とブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、エジプトの民主化に成功すればアラブ世界に非常に大きな影響を及ぼすと主張する。エジプトはパン・アラブ主義生誕の地であり、イスラエルと最初に平和条約を結んだ国である。また、人口はアラブ諸国では飛び抜けて多い。両氏ともエジプトに効果的で目的を絞った支援を行なうよう勧告している。欧米の援助は、軍事よりも債務猶予や自由貿易協定といった経済に振り向けるべきだと両氏は主張する。またジョン・マケイン上院議員とジョセフ・リーバーマン上院議員による最近のエジプト訪問の報告にも言及し、民間企業の投資増加とハイテク産業の代表団派遣も訴えている(“Why Egypt Has To Be the U.S. Priority in the Middle East”; Washington Post; March 7, 2011)。ムバラク政権に反発する若者達が経済と社会の不公平の是正を要求したことから見て、両氏の提言は妥当に思える。非常に重要なことに、両氏はアメリカ政府がエジプト人による自発的な運動を尊重し、アメリカ型の民主主義を押し付けないようにと勧告している。ケーガン氏とダン氏は中東政策には省庁間の垣根を超えて強い指導力を発揮する人物が必要で、オバマ政権に中東政治変動担当の閣外特別代表(Czar)を任用すべきだというユニークな提案までしている。

ムアマル・カダフィ大佐が権力の座にしがみついているリビアでは、事態が全く異なる。欧米の政策形成者達はリビアでの飛行禁止空域の設定を主張しているが、ロバート・ゲーツ国防長官はアメリカがそうした任務をこなすことは難しいと考え、イギリス、フランス、イタリアに作戦を委ねようとしている(“Robert Gates on Libya, Afghanistan, Iraq, and the Defense Budget”; Weekly Standard Blog; February 23, 2011)。オバマ政権がリビア介入に慎重なので、ロバート・ケーガン氏、ウィリアム・クリストル氏、そしてブッシュ政権とクリントン政権で高官を歴任した外交政策と人権問題の専門家達がオバマ大統領に対し、カダフィ大佐の圧政には特に飛行禁止空域の設定をはじめとした断固とした行動をとるように訴えた(Open Letter; Foreign Policy Initiative; February 25, 2011)。外交政策イニシアティブのジェイミー・フライ所長は、アメリカと主要同盟国による飛行禁止空域の設定にはイラクとコソボの先例に見られるように、国連安全保障理事会の承認は必要ないと指摘する。また、オバマ政権はアメリカにはカダフィ氏の攻撃にさらされているリビア国民を守る道義的責任があることを忘れてはならないとも主張している(“Opposing view: A moral obligation to intervene”; USA Today; March 3, 2011)。さらにフライ氏はリベラルなニューヨーク・タイムズ紙さえも「オバマ政権はリビアに関して矛盾だらけのメッセージを発してしまったので、現体制への圧力を鈍らせ、ひいてはアメリカの信頼を損なっている」との論説を展開しているとして、オバマ政権を批判している(“What Should We Do About Libya?”; National Review Online Symposium; March 10, 2011)。

そうした中でヒラリー・クリントン国務長官はパリで国家政権移行審議会というベンガジ暫定政府の代表団と会談した。暫定政府が国際社会から承認されれば、リビアの海外資産の活用と共に、石油の輸出もできるようになる。フランスはこのカダフィ後の体制を承認したが、暫定政権はイスラエル・パレスチナ、イラク、アフガニスタンに関してアメリカに同意しているわけではない(“Rebel council seeks to transform Libya”; Washington Post; March 15, 2011)。しかし、これはエジプトのムスリム同胞団についても同様である。私は、そのことがアメリカにカダフィ体制への抵抗運動への支援を控えさせる正統な理由になるとは思えない。にもかかわらず、アメリカはG8パリ外相会議でフランスとイギリスが主張する飛行禁止空域に同意しなかった(“France fails to get G8 accord on Libya no-fly zone”; Reuters; March 15, 2011)。オバマ政権はブッシュ政権下でのイラク戦争の経験にトラウマを抱いているのかも知れないが、国連決議案への執着は必要な行動を遅らせるだけである。これは、現政権によるスマート・パワー活用の重要な試金石である。

アラブ諸国で親欧米政権が崩壊する中でイランが力の真空を埋めると主張する識者もいるが、カーネギー国際平和財団のカリム・サドジャプール研究員は逆の議論を展開している。民主化したエジプトが再台頭してくればイランの相対的な力は低下する。また、イランもエジプトとチュニジアと同様に圧政と経済悪化という問題を抱えている。さらにイラクとバーレーンのシーア派アラブ人は、イランに親近感を抱いていない(“Arabs Rise, Tehran Trembles”; New York Times; March 5, 2011)。アラブの政治変動はグリーン運動に立ち上がったイランの若年層に刺激を与える可能性はきわめて高い。

最後にアラブ世界の大局観とこの地域の民主化推進の指針を模索したい。マルワン・ムアシェル氏は欧米に対して政治改革を経済自由化より優先せよと主張しているが、それは権力分立のない市場経済が支配階級に富をもたらして社会経済的な不公平を拡大しただけだったからである。またムアシェル氏は抵抗運動の拡大の担い手は専制政治に反感を抱いた一般市民であって、時代遅れの神権政治に固執するイスラム宗教勢力ではないという重要な事実に注目を呼びかけている。そうなると圧政体制との妥協は無意味になる(“Arab Myths and Realities”; Project Syndicate; March 8, 2011)。

現在のアラブ民主化をベルリンの壁崩壊になぞらえる専門家に対し、カーネギー国際平和財団のトマス・カロザース副所長は注意深い論評をしている。冷戦期の中央および東ヨーロッパが共産主義体制一色だったのに対し、アラブ諸国は改革派王政、保守派王政、専制共和政、部族国家、統治不全国家、石油産出国、そして水資源欠乏国など多様性に満ちている。またアラブの指導者達は中・東欧諸国よりも西側に依存してはいない。だからと言ってアラブの民主化が困難なわけではなく、アラブの活動家達は海外の成功経験を貪欲に学ぼうとしている。イスラム宗教勢力は組織化が進んでいるかも知れないが、多数派を形成するには浮動票も獲得しなければならない。きわめて重要なことに、カロザース氏はイアラブ世界のスラム宗教勢力は複数政党体制の枠内で活動しようとしていると指摘する(“Think Again: Arab Democracy”; Foreign Policy; March 10, 2011)。

中東の民主化への道はそれほど単純ではない。湾岸王政諸国は西側にとって重要な同盟国で、あせらず着実なアプローチが必要である。そのようなアプローチは国ごとに違ってくる。思い切った介入が必要な場合もあり、オバマ政権はついにリビア問題でフランスとイギリスへの支持に踏み切った(“Specter of Rebel Rout Helps Shift U.S. Policy on Libya”; New York Times; March 16, 2011)。他方でバーレーン情勢への対応は難しくなっている。9・11よりアメリカの重要政策課題となった中東の民主化は、今こそ成否が問われている。

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2011年3月 5日

中東の民主化はアメリカン・ドリーム実現の好機か?

アメリカは長年にわたって中東の政治改革を追い求めている。主要なシンクタンクやNGOは、中東で地域社会、女性、少数民族などのエンパワーメント(自助努力への方向づけ)を支援し続けている。特に911同時多発テロ事件とそれに続くアフガン戦争とイラク戦争以降、アメリカの政策形成者達は世界への民主主義の普及を優先度の高い事項と見なすようになった。ヨーロッパの外交政策専門家達もこれに続いている。さらに言えば、アフガン戦争とイラク戦争と連動したアメリカ主導の民主化政策がなければ、日本の指導者達が中東の政治改革にこれほど本気で取り組んだだろうか?西側同盟の共同の取り組みによってはじめて、中東の民主化はアル・カイダのようなテロリスト集団の打倒のために世界安全保障の重要な政策課題となった。

中東の騒乱はアメリカの影響力の低下を示唆すると見なす向きもある。チュニジアとエジプトのフェイスブック革命がサウジアラビアやバーレーンなどの湾岸王政諸国に大きな影響を及ぼしていることから、こうした見方に立つ者達は市民の間に広がる民主化への要求が親米ながら腐敗した体制を揺るがし、イランが影響力拡大を謀るようになると主張する “As Arab world shakes, Iran's influence grows”; San Jose Mercury News; February 23, 2011)。イスラエルのアビグドール・リーバーマン外相は、イラン艦艇のスエズ運河通行に危機感を強めた(“Passage of Iran ships through Suez delayed by 48 hours”; Haaretz; February 20, 2011)。

中東の騒乱が、新興勢力にとっては力の真空を埋める好機だという見方もあながち間違いとは言えない。エジプトでのホスニ・ムバラク大統領の失脚に見られるように、新たに誕生する民主政権は必ずしも欧米やイスラエルの強固な同盟国にはならないかも知れない。しかし911以降はアメリカ国民の間で、長年にわたってアメリカの同盟国であったサウジアラビアとパキスタンへの不信感が強まっていることも忘れてはならない。その事件での自爆テロリストの殆どはサウジアラビア人とパキスタン人であった。アメリカ国民の間の無数の保守派ブロガー達は、テロの温床となった両国の腐敗と劣悪な統治を嫌悪している。

欧米の知識人も中東の独裁政権と王政に手厳しい。イギリスのダーラム大学のクリストファー・デービッドソン教授(Reader)は、ペルシア湾岸の富裕で説明責任を欠く王政諸国がもはや中東の騒乱の影響を受けずにはいられないと主張する。デービッドソン氏は湾岸諸国の王政は殆どの政党を非合法化しているので、一党独裁に近いと述べている。社会的な格差と人権侵害だけが問題ではない。親族登用と現君主の長期支配によって、サウジアラビアとオマーンは有能な後継者の選定に問題を抱えている。よって、湾岸王政諸国の統治は行き詰まっている(“Lords of the Realm”; Foreign Policy; February 21, 2011)。イギリスのデービッド・ミリバンド前外相はツイッターで、中東の現状を1979年のイランよりも1989年のベルリンになぞらえている

アラブ諸国の中でも、エジプトが民主化の将来を占う鍵となる。アメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・バロン常任研究員は、中東の改革によってアメリカの指導者達は清廉な統治を行なう国とだけ同盟を結べばよくなるという、歴史上かつてない好機が訪れていると主張する。歴史上は、アメリカがより強大な脅威を打倒するためにはスターリン政権下のソ連のような専制体制と同盟しなければならないこともあった(“As with Other Fallen Allies, Egypt Will Vex the US”; Washington Examiner; February 5, 2011)。ジョン・マケイン上院議員は市民の運動に惜しみのない支持を表明し、圧政なき世界というロナルド・レーガンの夢の実現に向かう好機だとまで述べている(“John McCain on Egypt”; Weekly Standard Blog; February 8, 2011)。

中東の騒乱は西側への対抗勢力にとって絶好の機会ではない。イスラム世界の民主化は中国にも影響を及ぼす。カーネギー国際平和財団のミンシン・ペイ準上級研究員は、中国が経済成長本位の正当性では立ち行かなくなっていることを理解し始めていると指摘する。中国もエジプトのように社会格差と腐敗が深刻化しているからである。ペイ氏は、中国共産党は台湾、メキシコ、ブラジルのような漸進的な民主化という難しい途を歩まねばならないと主張する(”The Message for China from Tahrir Square”; Financial times; 12 February, 2011)。

ロシアもまた反動勢力に過ぎない。NATO事務局次長のジョージ・ハコビアン卿は、ロシアが騒乱を鎮めるために、リビアとイエメンの独裁政権に武器を輸送したと述べている。中国と同様に、ロシアにとっても中東の混乱はアメリカに取って代わる好機ではないのである。

イランは中東での影響力拡大の機会を狙っているが、国内の騒乱にも直面している。グリーン運動の再来を恐れるシーア派神権体制は、野党指導者のミール・ホセイン・ムサビ氏とメフディ・カルビ氏を逮捕した。今やアメリカとEUがリビアと同様にイランにも制裁を強化しようとしている(“What about Iran?”; Wall Street Journal; March 3, 2011)。 ジョン・ボルトン元国連大使は、アメリカは中東の民主化を支援するという正当な国益のためにもイランの拡張主義を阻止すべきだと訴えている(“How Freedom's Foes Exploit Arab Unrest”; New York Post; February 21, 2011)。事態は必ずしもイランに有利には動いていない。

最近のリビアの混乱では、アメリカとNATOだけが国際警察軍として行動できることが明らかになった。欧米の介入に関して、カタールのブルッキングス・ドーハ・センターのイブラヒム・シャルキエ副所長は「リビア人にとっては何の問題もないはずだ。アラブ世界からの支持も得られるだろう」と述べている(“Analysts: More Libyan bloodshed could prompt U.S., NATO intervention”; CNN; February 25, 2011)。イギリスのサー・リチャード・ダルトン元駐リビア大使によると、この国の内戦は国際的な人道軍事介入を考慮せねばならないほど深刻である。ロシアと中国は欧米の軍事介入に反対しているが、リビアはアラブ世界で孤立している。また、リビアの石油生産は短期間ならサウジアラビアなど他国で代替できる。ダルトン氏は以上の二点が欧米の人道的介入を受け容れやすくしていると言う(“We must stand ready to intervene in Libya”; Daily Telegraph; 27 February, 2011)。

中東の改革はアメリカが長年にわたって追求してきたこともあり、カーネギー国際平和財団のミシェル・ダン上級研究員とブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、バラク・オバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官に宛てた書簡でアメリカがエジプトの民主化に積極関与するように強く促した(Open Letter; Working Group on Egypt; February 7, 2011)。さらにウィリアム・クリストル氏は、オバマ氏がアラブの民主化をい支援すれば「私をはじめアメリカ国内でオバマ政権に批判的な者達も大統領に敬意を抱くようになるだろう」と述べている(“Obama's moment in the Middle East - and at home”; Washington Post; February 23, 2011)。広くゆきわたっているイスラム宗教勢力への懸念に関しては、オランダのアヤーン・ヒルシ・アリ元国会議員が原理主義の台頭を否定している。エジプトの場合、ムスリム同胞団は部族指導者、自由市場主義のリベラル派、社会主義者、過激派マルクス主義者、人権活動家まで抱合するイデオロギー的には多様な団体である。アリ氏は民主主義を持続的なものにするためには効果的な組織を作る必要があると指摘する(“Get Ready for the Muslim Brotherhood”; New York Times; February 3, 2011)。

メディアはフェイスブック革命をドラマチックに報道するが、インターネットのソフトウェアはただの道具に過ぎない。フェイスブックやツイッターよりも、それを使う人の方がはるかに重要なのである。アメリカとヨーロッパの開発援助機関、シンクタンクそしてNGOが中東の市民のエンパワーメントに関わってきたことを見逃してはならない。この地域の住民の覚醒には、こうした関与が大きな支援となった。オバマ政権はそれを忘れてはならない。

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