アメリカ外交政策におけるスマート・パワー:リビアと日本に鑑みた理論と実践
以前に私はスマート・パワーという新しい安全保障概念とアメリカ外交について論じた。「スマート」という単語は、時にはその真の意味を探ることもなしに多くの人々の気持ちをとらえてしまう。しばしば「スマート」あるいは「効率的」な組織は予期せぬ事態に対処できないことが多い。スマート・パワーに関して、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授とブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、PBSで3月4日に放映された「アイデアズ・イン・アクション」という番組で、この概念がアメリカ外交でどのようにあるべきかを討論した。以下のビデオを参照して欲しい。
ナイ氏はスマート・パワーに関する権威でオバマ政権とは緊密な関係にあり、他方でケーガン氏はネオコンの代表的な論客で先の大統領選挙ではジョン・マケイン氏の外交政策顧問を務めた。よって、この番組はアメリカの外交政策形成者達の間で新概念がどのように考えられているかを物語っている。番組の中でナイ教授は、スマート・パワーとは経済力や軍事力といったハード・パワーと、説得と魅了というソフト・パワーの組み合わせであると説明している。ナイ氏はアメリカが依然として抜きん出た大国であるのは、イデオロギーでの絶対優位のためだと言う。ロバート・ケーガン氏は、パワーとは多次元であり、そうした多様なパワーをスマートに活用できればアメリカ外交にとって有益であることには同意している。しかし、ケーガン氏はソフト・パワーは強力なハード・パワーがあってこそ有効であり、それはアメリカが冷戦期に同盟国に提供した安全保障の傘に典型的に表れていると主張する。
今日では安全保障の課題は相互に複雑に絡み合っている。金融秩序崩壊、環境破壊、非国家アクターの脅威といったグローバルな問題には超国家的な政策調整が必要だが、従来からの国家対国家の競合も強まっている。非常に重要なことに、ケーガン氏が述べるように中国やイランの挑戦を抑えるにはオバマ氏の魅力など何の役にも立たない。ナイ氏も軍事力が今世紀も重要な役割を担うことに同意している。両氏の議論を通じ、ハード・パワーとソフト・パワーは争議に関連し合っていることがわかる。
スマート・パワーについて論じる際に、安全保障問題の性質が相互に絡み合うように進化していることを忘れてはならない。これはアメリカ外交だけの問題ではない。昨年11月のNATOリスボン首脳会議で採択された新安全保障概念では、上記でナイ氏とケーガン氏が議論した安全保障の課題に取り組むために、「効果的な危機管理には政治、市民社会、軍事を包括的に取り込んだアプローチが必要だ」と記されている。
現在、リビアへの人道的介入と日本の原子炉故障危機はスマート・パワーの理論と実践を考えるうえできわめて重要な事例である。前者は中国、ロシア、インドが国連安全保障理事会で戦争に賛成票を投じなかったために、「欧米対その他」という従来からの力の対決の構図である。後者は超国家的な強調が要求される。原子力エネルギーと環境問題は地球人類共有財産に関わる死活的課題なので、問題は国家とイデオロギーの衝突を超えたものである。
リビアの事例はきわめて悩ましい。当初はフランスとイギリスが関与を求める一方で、オバマ政権は人道的介入に慎重過ぎるほどであった。これはイラク戦争とは正反対である。米欧同盟の強固な結束が、カダフィ体制への反乱を支援してゆくうえで重要である。同盟国との政策調整の他にも、オバマ政権はイラク戦争での反米運動に心理的なトラウマを抱えている。オバマ政権が地上軍の派遣に躊躇する理由は、これだけではない。アメリカの介入を呼びかけているのは、レジーム・チェンジを主張するネオコンと人道介入を主張するリベラルである。そうした中で、議会はオバマ政権に戦争目的と介入の限界を明確にするように要求した(“Pressure building on Obama to clarify mission in Libya”; Washington Post; March 24, 2011)。きわめて困惑すべきことに、「しかしオバマ氏の政権は戦略に関してそれ以上の議論を避けようとしていることは明らかで、国連安全保障理事会の決議実施の責任を、フランスとイギリスの他に、火曜日に軍用機の派遣を表明したカタールとアラブ首長国連邦まで含めた同盟諸国に押し付けた。言うなれば、アメリカの出口戦略は多国籍軍のものとは必ずしも一致しないのである」と報道されていることである(“Allies Are Split on Goal and Exit Strategy in Libya”; New York Times; March 25, 2011)。
リビア戦略に関する議論が激しくなるに従って、ジョン・マケイン上院議員はオバマ政権に対して空爆にとどまらず、カダフィ氏によるリビア国民への虐殺行為を許さぬようにせよと要求した(“McCain Wants Obama to Oust Qaddafi”; FOX News; March 25, 2011)。 他方でジョセフ・ナイ教授はオバマ氏のアプローチを擁護している。アメリカは一国中心主義に走らず、NATOに指揮権を譲るという低姿勢をとった。また、ナイ氏はオバマ氏の戦略目的と戦闘期間の拡大に慎重な姿勢を支持している(“Four reasons to support Obama on Libya strikes”; Power & Policy; March 22, 2011)。
国内外からの圧力を受けて、オバマ氏は3月28日の国防大学での演説でアメリカの特別な役割と普遍的価値観を称賛し、リアリスト的な姿勢を拒絶した。ロバート・ケーガン氏はこの演説がケネディを髣髴させると評している(“In Obama’s speech, echoes of JFK”; Washington Post—Post Partisan; March 28, 2011)。以下のビデオを参照して欲しい。
イギリスのウィリアム・ヘイグ外相が呼びかけたロンドン会議では、ヒラリー・クリントン国務長官がリビア反体制派指導者のマフムード・ジェブリル氏と会談し、リビアの民主化について話し合った。しかし、アメリカは政治的な圧力によるカダフィ氏の放逐を望んでいる。反乱軍のほとんどは真っ当なリビア国民だが、NATO司令官のジェームズ・スタブリデス海軍大将はアメリカ議会で、反乱軍の中にアル・カイダやヘズボラとつながりのある者がいると証言した(“Summit swings behind Libyan rebels”; Financial Times; March 29, 2011)。戦争の際限ない拡大に反対する国内世論とヨーロッパ同盟諸国との関係に加えて、オバマ政権が依然として地上軍の派兵に慎重な理由はこれである。
東日本大震災による福島原子力発電所事故は、国家の戦略的利害関係とイデオロギーを超えた超国家的な政策調整が必要になる。アメリカは多数の原子力の専門家と世界最強の軍事力を擁し、この危機に対処するために動員できる労力と資本は世界のどの国も圧倒している。アメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・オースリン常任研究員は、アメリカ軍の投入による被災者の救援を訴えている。日本には軍用ヘリコプターが100機しかないので、アメリカの重量輸送ヘリコプターの派遣を提言している(“Japan Needs Its Own Berlin Airlift”; FOX News; March 15, 2011)。地震とそれに続く津波は日本経済に甚大な被害を及ぼし、アメリカは内向きにならざるを得ないこの同盟国を数年間支援してゆかねばならない。経済関係が難しくなる中で、トモダチ作戦と名づけられた救済および復興任務によって、両国の政治的関係は強まっている(“The US Military's Role”; New York Times Room for Debate; March 16, 2011)。他の諸国からの救援チームも日本の被災者に多大な支援を行なっている。
多国籍の救済および復興活動に加えて、原子力安全利用に向けた新しい国際的なガバナンスの構築が必要である。ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は、国際機関による原子力利用安全基準を強化せよ提案した。また、メドベージェフ氏はロシアが途上国での安全な原子力発電の建設に積極的な技術的支援を行なうと述べた(”Russian standards of safety for nuclear power industry should be adopted internationally”; President of Russia News; March 24, 2011)。
リビアと日本はアメリカ外交でスマート・パワーがどのように実践されるかを見極める重要な試金石である。前者ではケーガン氏が主張するような従来からの力によるアプローチが必要になる。後者ではナイ氏が主張するように市民社会と地域社会とも連携した多国間のうえに多くの民間当事者との関係も重要になってくる。スマートであるということは、必ずしも小さな資本と労力で何かを成し遂げるという意味ではない。スマート・パワー外交とは、世界の安全保障でのアメリカの関与を深めるものでなければならない。大統領が誰であれ、心理的に世界に関わってゆかねばならない。
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