中国との関係を再考せよ
自由諸国との政治的な競合関係にもかかわらず、財界では中国は成長の機会をもたらす不可欠なパートナーと見なしている。さらに政策形成者の中には先進諸国が高齢化にあえぐ一方で中国が世界経済の牽引役を担うことを期待する者もある。しかし北京体制とも関係は政治的にも経済的にも再考を要する。バラク・オバマ大統領がAPECシンガポール首脳会議で演説したように、専制政治を「平伏礼賛」することが本当に我々の利益に適うのだろうか?
まず、政治的な側面について述べたい。外交政策イニシアチブのエレン・ボーク所長は、オバマ政権の対話路線では中国共産党体制の抑圧的な性質に変化をもたらしていないと批判している。アラブ世界でジャスミン革命が起きてからというもの、中国当局は数多くの自由を求める活動家、弁護士、ブロガー達を逮捕している。ニューヨーク市弁護士連盟や全米弁護士連盟といったアメリカの人権弁護士団体が中国政府にこうした逮捕者の釈放を要求したのに対し、5月にワシントンで開催される米中経済戦略対話では人権問題は取り上げられない。ボーク氏はオバマ政権が民主化を差し置いて経済に過大な比重を置いていると言う(“Meanwhile, in Beijing ...”; Weekly Standard; April 11, 2011)。欧米から艾未未氏を釈放するよう圧力を受けた(“Amid crackdown, U.S. groups strive to improve China's legal system”; USA Today; April 14, 2011)ため、中国警察は艾氏について脱税、重婚、猥褻物流布という罪状を挙げた(“China police building tax case against detained artist”; Reuters; April 14, 2011)。中国が人権活動家の罪状を捏造してまで自国内でのジャスミン運動を弾圧しようとしているので、オバマ政権は北京政府との経済優先外交を見直す必要がある。
尖閣紛争のような地政学的対立にも注目すべきである。私はオバマ政権の謝罪姿勢丸出しの世界政策が中国を自信過剰にさせたのではないかと疑っている。これは東アジアのみならず全世界で当てはまる。スペインのエル・パイス紙のルイス・バセッツ副編集長は、リビアに関して西側民主主義諸国のリーダシップを執ろうとしないオバマ政権の過剰な低姿勢がヨーロッパの同盟国を失望させていると主張する(“EU and NATO in a tail spin”; Presseurop; 15 April, 2011)。非常に興味深いことに日米双方の論客達は、両国の関係悪化に中国がつけ込んだ元凶として鳩山由紀夫前首相を批判しているが、オバマ大統領の対中政策の批判的検証は殆どしていない。鳩山氏は日米中の正三角形を主張した。また、普天間基地に関する二国間協定を撤回しようとした。ワシントン・ポスト紙が鳩山氏をルーピーと呼ぶことは全くもって正しい。しかし鳩山氏ばかりに目を奪われるとオバマ氏の側の失態を見逃してしまう。オバマ氏が断固とした姿勢を見せていれば、日本の指導者がどれほどルーピーであっても中国が日米同盟を刺激するような危険な冒険を犯すことはなかったであろう。
さらに中国の経済成長は我々の経済に寄与し、当地での市場機会を逃してはならないという、経済の専門家や財界人の間に広まる見解に疑問を差し挟む必要がある。英エコノミスト誌は自社のブログで米中貿易の利益と損失を比較衡量している。アダム・スミスとデービッド・リカードが主張するように、中国との自由貿易はアメリカに利益をもたらす。しかし、これは雇用喪失と相殺される。このブログで述べられているように、アメリカの福祉制度もグローバルな経済競争に適応する必要があるかも知れない(“Better safety nets needed”; Economist—Free Exchange; February 22, 2011)。しかし、低賃金で膨大な中国の労働力は日米欧の労働者にとって重大な脅威になるのではないかと私は考えている。
最後に3・11地震とそれに続く福島原発事故によって、とても日本が米中の力のバランスの間を泳ぎまわれるような立場にはないことが明白になった。鳩山氏が構想した正三角形など全くの間違いであることが白日の下にさらされ、トモダチ作戦によって日本国民は日米同盟の強化が重要かつ死命を制する国益であると理解するようになった。さらに原発事故ではアメリカとフランスがこの危機への対処に技術支援を提供し、ロシアがチェルノブイリの経験に基づいて原子力エネルギー利用の管理体制の構築を提案した。中国が何をしたと言うのだろうか?知識の分野で中国はとても欧米やロシアに敵わない。日本国民はこのことをしっかりと銘記すべきである。
中国の真の実力と我々の国益に占める重要性を評価する際に、従来の視点を再考すべきである。スーザン・ストレンジの理論を適用すれば、中国の力は関係的であっても構造的ではない。中国はハード・パワーを見せつけて自国の意志を他国に押し付けることはできるが、国際規範の設定や世界規模の課題に解決策を示すことはできない。我々は目先の経済利益のためにレッド・チャイナに叩頭するような真似は決してすべきではない。財界人と「実務本位」の政治家達は、このことを銘記すべきである。中国は必ずしも我々の経済を活性化させる救世主ではない。
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