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2011年8月 2日

それでもイスラム過激派は極右より大きな脅威である

アンネシュ・ベーリング・ブレイビクがノルウェーで起した7・22殺戮事件は、あまりにも痛ましい。テロ対策というと世界の政策形成者達はイスラム過激派ばかりに気をとられているが、キリスト教徒やユダヤ教徒の極右も視野に入れよという主張はもっともである。しかし、私は安全保障の観点から見ると、キリスト教とユダヤ教の過激派や白人至上主義者といった極右よりもイスラム過激派の方がはるかに危険だと考えている。よってテロ対策がイスラム過激派を中心として練り上げられることは当然と思われる。もちろん、イスラム教徒への差別と偏見には断固として抗議しなければならない。

なぜイスラム過激派の脅威が極右より大きいのか?以下の点に言及したい。第一には組織の規模と国際性が挙げられる。アル・カイダ、ハッカーニ・ネットワーク、ラシュカレ・トイバなど、イスラム過激派の場合は組織が国際的で、しかもグラスルーツでの膨大な支持層の拡大を積極的に行なっている。欧米在住のイスラム教徒の若者へのリクルート活動は、その顕著な例である。また、イスラム過激派同士の相互のつながりもある。それに対して極右の場合は「我が国を守る」という視点から過激な愛国主義をマニフェストに掲げているために、国際的な連携はあまり見られない。アメリカのKKKやWAR、イギリスのナショナル・フロント、ドイツのネオ・ナチといった極右が国境を超えて連携することはほとんど見られない。組織の規模という問題で見逃せないのは、国家による支援である。イランがレバノンでヒズボラを支援していることは、非常によく知られている。その他にもイラク南部やアフガニスタンのテロリスト達もイランの支援を受けている。これに対して極右で国家の支援を受けているテロリストはほとんど皆無である。

第二にその国にとって敵か味方か、すなわちジョージ・W・ブッシュ前米大統領がイラク戦争前の演説で述べた”with us, or against us”という観点を忘れてはならない。イスラム過激派になら先進国の大都市での大規模破壊を躊躇しない。彼らにとって敵であれば一般市民の殺戮は当然で、さらに敵が誇る象徴的建造物は重要な破壊目標となる。9・11事件は、その最たるケースである。これに対し極右は自国至上主義なので、自分の国の大都市が他国に誇るような象徴的建造物を含めた大規模破壊を行なうことは考えにくい。ブレイビクの殺戮は痛ましいものだが、この事件でノルウェーの誇りとなるような建造物は何も破壊されていない。彼が殺したのは、彼自身が「自国の伝統を汚す」と見なした者だけである。すなわち、自国至上主義者達による味方への破壊行為には抑制がかかる。

第三には大量破壊兵器、特に核兵器の使用の脅威を挙げたい。これは第一および第二の問題点と相互に深く関わってくる。テロリストへの核不拡散は現在の安全保障では重要課題の一つである。かつてカーン・ネットワークは、イラン、北朝鮮、リビアの他にアル・カイダともつながりがあったと見られている。イスラム過激派はこうした国際ネットワークとの関係を持ちやすいが、極右勢力は自国至上主義の性質から「悪の枢軸」への仲間入りは困難である。万一、テロリストが核兵器を入手するとどうなるだろうか?イスラム過激派なら、その核兵器で都市そのものを破壊しても不思議ではない。これは9・11事件での大規模破壊から、充分に考えられることである。これに対し、極右の核兵器入手も危険ではあるが、イデオロギー的な観点からすれば彼らが自国の都市そのものを破壊する可能性は低い。

ここまで欧米の極右とイスラム過激派のどちらがより大きな脅威かを述べてきたが、日本の極右と極左についても同様な関係が当てはまる。皇国主義を掲げる極右が皇居や靖国神社と一緒に東京の街を破壊する可能性は低いが、極左が核兵器など大量破壊兵器を入手すればこれら象徴的建造物と一緒に街全体を破壊することも考えられる。実際に極左には北朝鮮による日本人拉致を幇助したという実績がある。やはり同じテロリストでもどちらがより大きな脅威かは、上記の三点から判定できる。

ここで欧米の極右とイスラム過激派の関係に立ち返ってみよう。上記三点に基づいて考えれば、前者は警察の対処で済む。これに対して後者に対する「テロとの戦い」では、世界最強の軍事力やギネス・ブック級の腕前を持つ狙撃兵が投入されている。やはりイスラム過激派の方が極右よりはるかに大きな脅威なのである。ブレイビク事件はあまりに痛ましく、イスラム教徒をはじめとしたマイノリティーへの偏見はなくされねばならない。この意見には強く同意する。しかし政策当局者が対テロ対策で極右よりイスラム過激派への対策を重視することは、何ら間違っていない。

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コメント

基本的に、極右は治安問題、イスラム過激派は安全保障の問題です。
両者の脅威を意図的に同レベルに置きたがるような言説が散見されますが、それに対して理路整然と真正面から否と言っている、このエントリーには、全く同感です。

投稿: 高峰康修 | 2011年8月 3日 15:23

最も危険なのは核兵器です。非国家アクターを相手にした核軍備交渉となると、MADなど従来の考え方が通用しません。

投稿: Σ・亜歴 | 2011年8月 4日 17:13

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