9・11同時多発テロ10周年から見るテロとの戦いの行方
9・11同時多発テロ事件から10周年を前に、それが将来に向けてどのような政策的意味合いを持つかを考える必要がある。
まず、ランド研究所のブライアン・ジェンキンズ所長上級顧問による興味深い論説に言及したい(“Five myths about 9/11”; Washington Post; August 29, 2011)。ジェンキンズ氏はテロとの戦いに関して広く信じられている間違った見方を検証している。9・11は晴天の霹靂のように思われているが、それ以前にアル・カイダがローテクの襲撃を行なっていたことから、こうした攻撃は予測できた。きわめて重要なことに、オサマ・ビン・ラディンはクリントン政権がソマリアから急速に撤退した過去を踏まえ、アメリカは戦闘のリスクを非常に恐れているのでアル・カイダに反撃することはないという間違った認識を抱いていた。またテロとの戦いが起こった時に、オサマが思ったようにイスラムが欧米連合に対して団結することはなかった。
この論文で最も重要な論点はアメリカの対応である。ジェンキンズ氏はブッシュ政権によるイラクとアフガニスタンへの攻撃は正しかったと述べている。同時多発テロ攻撃勃発の際には、アル・カイダがさらに攻撃してくると予測された。そのため、アメリカには諜報能力の向上、本土の安全の強化、そして海外での軍事力の行使による敵対体制と潜在的脅威の除去を行なう以外に選択肢はない。私はアメリカが主導する中東の民主化と核不拡散の取り組みを理解するためにも、この点にもっと注目を訴えたい。アラブの春をもたらしたのも、9・11以降のアメリカの中東戦略あってのことである。
しかしアメリカ国民の間には長期にわたる戦争への厭戦気運もあり、予算をめぐる議論も国防支出に心理的な歯止めとなっている。アメリカン・エンタープライズ研究所のカーリン・バウマン上級フェローは、アメリカ国民がテロとの戦いをどのように見ているかを理解するために世論調査を行なった(“The War on Terror: Ten Years of Polls on American Attitudes”; AEI Political Report; September 2011)。そのレポートによると、「国民の間ではテロに対する関心は10年前ほど高くはないが、脅威に対する関心が全く失われたわけではない」という。アメリカ国民はブッシュ政権もオバマ政権もテロ対策に良く取り組んでいると高く評価している。しかしテロとの戦いには相反する感情も抱いている。アメリカ国民は自分達をテロから守るために政府が強固な手段をとることを望んでいるが、監視の強化によって市民の自由が奪われることに対する懸念を強めている。アフガニスタンでの戦争も相反する感情を抱かれている。アメリカ国民の57%がアフガニスタン介入という開戦当時の決断は正しいと見ているが、当地での兵力削減を望む声は今や64%にのぼる。こうしたデータから、アメリカ国民は自分達の生活に戦争の負担がかかることには及び腰だが、自国の安全を守ることには熱心であるという結論が得られる。
最後に9・11に関するグラスルーツでの動きについても述べたい。上記のような気運を反映し、ムーブ・アメリカ・フォワード(MAF)などの保守派の市民団体は、テロと戦うアメリカ軍部隊への支持を訴える大々的なキャンペーンを行なっている。9・11事件10周年を目前に控え、MAFは8月30日付けで現在も続く中東での戦争への注目を呼びかけた。それ以降、MAFはイラクとアフガニスタンでの作戦任務を含めたテロとの戦いへのグラスルーツでの支持を訴えかけるメッセージを発信し続けている。こうした運動が大統領選挙での議論にも影響を及ぼすかも知れない。
現在、民主党も共和党も経済にばかり目が向いている。9・11事件10周年は国防に関する議論を活性化する可能性もある。ティー・パーティーが自由市場経済を重視するリバータリアンだけだと考えるのは短絡的で、憲法の精神を重視する愛国主義者も含まれていることを忘れてはならない。後者は建国の父達が築いた祖国を守るために強いアメリカを作り上げることに熱心である。今回の10周年によって愛国感情が刺激され、それによって大統領選挙に向けた国防予算の議論も活性化するかも知れない。
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