アメリカ外交と2012年大統領選挙
大統領選挙が近づくに従い、外交政策の議論も見てゆく必要がある。9・11同時多発テロ事件10周年と前後して、パレスチナの国連加盟申請、パキスタンISIとハッカーニ・ネットワークの関係に関するマレン海軍大将の議会証言(“Pakistan supports Haqqani network, Adm. Mullen tells Congress”; CNN News; September 23, 2011)、そしてイランの核遠心分離機の導入(“Iran's Nuclear Experiments Raise Alarm at U.N. Agency”; Wall Street Journal; September 3, 2011)といった安全保障を揺るがしかねない政策課題が出てきた。アメリカは外交政策に気を配らずにいられ続けられるのだろうか?先日にはイランがアメリカ大西洋岸沖に自国の艦隊を派遣すると表明した(“Iran planning to send ships near U.S. waters”; CNN News; September 28, 2011)。
ここで来る選挙での外交政策の論点に関する識者の論評について言及したい。テキサスにあるSTRATFORというシンクタンクのジョージ・フリードマン最高経営責任者は、オバマ政権の誕生に付随する本質的な矛盾と弱点を指摘している。バラク・フセイン・オバマ氏に投票した有権者は、イラクとアフガニスタンの戦争終結、一国行動主義の停止、社会経済的な不平等の是正、雇用輸出への歯止め、そしてグアンタナモ収容所の閉鎖を期待した。しかしオバマ氏が主張したのは、アメリカはイラクでなくアフガニスタンでの戦闘に集中すべきだということであった。非常に皮肉なことにオバマ氏の多国間主義はアメリカとヨーロッパの溝を埋めるに至らなかった。オバマ氏の期待に反し、彼の政権がヨーロッパ諸国の言い分に耳を傾けようとしても相手側はグローバルな政策課題への対処で必ずしもアメリカを支援しようとはしていない。ドイツがリビア紛争で「背後から主導する」ことさえ拒否し、空爆にも地上軍派遣にも参加しなかったことは典型的である。
さらに重要なことに、バラク・オバマ氏が前回の選挙に勝利したのは、有権者が突然の金融危機に慌てふためいたのが主な原因である。オバマ氏支持層の中核は福祉国家志向で高課税政策を好んでいる。他方で中道派は必ずしも増税に反対ではないものの、国家介入を強めるような福祉計画による政府の肥大化には非常に敏感に反応する。ジョージ・フリードマン氏はオバマ氏が中核支持層と浮動票層のバランスをとろうとするあまりに内政に気をとられ、選挙を前にしたアメリカ外交は海外の情勢に受け身になると言う。問題は冒頭で述べているような国外からのショックは、アメリカが受け身で対応するにはあまりにも大きなものだということである(“Obama's Dilemma: U.S. Foreign Policy and Electoral Realities”; Geopolitical Weekly; September 20, 2011)。
しかしヘリテージ財団のトニー・ブランクリー訪問上級フェローによると、ジミー・カーター氏がイランでのアメリカ大使館占拠事件とソ連軍のアフガニスタン侵攻によって二期目の選挙に敗れたことを考えれば、そうした関心の低さはオバマ氏にとって望外の幸いである。こうした事態にもかかわらず、ブランクリー氏はオバマ氏の外交政策が世界の中でのアメリカの立場を弱めているという深刻な懸念を抱いている。ブランクリー氏は特にロシアと中国への警戒感を述べている。オバマ氏はメドベージェフ政権の間にウラジーミル・プーチン氏の大統領復帰への準備を怠り、プーチン氏を二番手の首脳として臨んできた。よって大統領に復帰しようとするプーチン氏にとってオバマ氏は好ましい相手ではなくなった。これによってアメリカはロシアと中国のバランスをとるというキッシンジャー流の外交を行なえなくなった。さらにオバマ政権はナショナリスト傾向を強めるクレムリンを前にして、ポーランドとチェコからミサイル防衛システムを撤退させてしまった。中国への融和姿勢をとるオバマ氏には、リベラル派やネオ・リベラル派の間からも懸念の声が挙がっている(“President's Foreign Policy Failures Increase”; Real Clear Politics; September 28, 2011)。世界規模での力のバランスとアメリカの安全の維持を考慮すれば、オバマ氏はこの選挙で外交政策を過小に扱うべき立場ではない。
選挙での議論が内向きであるが、外交問題の中にも全米の有権者の注目をひくものもある。イスラエル・パレスチナ紛争はその一つである。パレスチナ自治政府内でイランの支援を受けているハマスの影響力は、アメリカ国民の懸念を強めている。共和党の大統領候補の一人であるリック・ペリー、テキサス州知事はオバマ政権がパレスチナの国連加盟申請を支持せぬようにと要求を突きつけた(“Perry blasts Obama’s policies on Israel, Palestinians”; Washington Post; September 21, 2011)。ムーブ・アメリカ・フォワードなど保守派の市民団体が、イスラエルは中東で唯一の西欧型民主国家であるとして「テロとの戦い」の重要な同盟国と位置づけていることは見逃せない。事態はユダヤ・ロビー云々を超えたものなのである。
マレン海軍大将の証言に関しては、ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニストであるサダナンド・デューム氏が、これはアメリカが「テロとの戦い」で裏表のあるパキスタンの態度に業を煮やしていることを示すと論評している。上院軍事委員会でなされたこの証言の直前に、アフガニスタンのブルハヌディン・ラバニ元大統領がカブールで自爆テロ攻撃により死亡した。デューム氏はパキスタンがハッカーニ・ネットワークに対して断固として戦う姿勢を見せなければ、アメリカはパキスタン領内への軍事攻撃を含めた強硬手段に訴えざるを得なくなると主張する(“Admiral Mullen Slams Pakistan”; The Enterprise Blog; September 22, 2011)。オバマ大統領によるアフガニスタン駐留兵力削減の決断の是非もあり、この件でアフガニスタン・パキスタン問題が大統領選挙の行方を左右する問題にも発展しかねない。
そうした情勢の中で、中国は静けさを保っている。中国政府はこの9月には日本のポップ・ソング・グループであるSMAPの北京公演を国家支援で開催し、尖閣諸島紛争をめぐる日本との二国間関係の緊張を緩和しようとした。そうした微笑外交は日本だけを対象にしたものなのだろうか?中国は選挙中にアメリカを刺激しないように注意深く振る舞っているのかも知れない。ともかく、この選挙で外交政策は無視できない。11月には超党派の拡大委員会が国防予算に関する最終的な結論を出す。主要政策課題は相互に絡み合っているので、国内経済だけの議論では立ち行かない。
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