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2011年10月31日

プラウド・ジャパン・ネットワークへの寄稿

フェイスブックでの友人の一人から、プラウド・ジャパン・ネットワークという保守系の市民メディアを紹介されました。このグループはきわめて最近に設立され、日本の国益を強く主張するアドボカシー活動ともに、伝統的な日本文化の美と徳への意識を高める啓発活動も行なっています。

この目的のために、同団体はネット上での論説の掲載とオンラインでのビデオ放送も行なっています。このグループは安倍晋三元首相、海部俊樹元首相、田母神俊雄退役空将、ウイグル独立活動家のトゥール・ムハメット氏、そして尖閣列島紛争で名をはせた愛国主義の海上保安隊員こと一色正春氏ら、錚々たる顔ぶれからも支持されています。

私は当ブログよりプラウド・ジャパン・ネットワーク(PJN) 記事を1つ寄稿しました(国際2011年10月12日)。現在のところ、PJNには日本語のページしかありません。当ブログへの社会的認知を広める機会が、また一つ増えたのは喜ばしい限りです。

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2011年10月25日

中国の程永華駐日大使の講演を批判的に検証する

去る10月13日に日本国際フォーラムの主催で中国の程永華駐日大使を迎えて日中関係に関する講演が行なわれた。程大使は中国国務院が今年の9月に発行した「中国の平和的発展」白書を携えながら、中国が発展することは世界の公益に叶い、日中両国は体制とイデオロギーの違いを超えて経済から関係を強めるべきだと訴えた。会場の参加者達からは、日中両国の関係に対する関心の高さを反映して数多くの質問が寄せられた。そうした質問にどんな些細な点にも答えようとした程大使の姿勢には多いに感銘を受けた。しかし中国の政策が本当に、程大使が講演で述べたように「平和的」、「ウィン・ウィン」で、「覇権を求めない」ものなのだろうか?また、質疑応答時に出された質問の多くも現在の日中関係からすれば、あまりに「友好的」なものが多かった。だが真の日中相互理解には、もう少し厳しい質問が出てもよかったと思われる。そこで、以下の4つの疑問をぶつけてみたい。

第一に、中国の「歴史認識」と「東アジア観」について疑問を述べてみたい。中国では知識人から一般市民に至るまで、自らの国力増大を背景に「アヘン戦争以前の地位を取り戻す」いう議論が強まっている。アヘン戦争以前の中国と言えば、冊封体制により周辺諸国を中華皇帝の朝貢国として扱ってきた。イギリスと清朝の間で戦争が勃発したのも、対等な自由貿易が受け容れられなかったためである。このような事態を考慮すれば、中国はウェストファリア体制を尊重する英米以上に「覇を唱えようとしている」のではないかとの疑問を抱く。

そうした疑問を強くしたのは、程大使が講演で述べた地域協力が「日中韓+ASEAN」に集中し、オーストラリアやニュージーランドには全く言及がなかったためである。また、ヨーロッパと同様に、アジアの地域協力にもアメリカの支援が不可欠である。「日中韓+ASEAN」による地域統合の構想を先走りした議論には、「白人国家の排除」による「黄色人種連合」の結成を想起させる。もしそうであれば、中国が主張する地域協力とはかつての冊封体制の復活ではないかとの疑問を抱かれても仕方ないであろう。そのような地域協力なら、東アジアのどの国も望まない。

第二に、中国が国際公益と大国間のパワー・ゲームのどちらを重視するのかを問いたい。その具体的な試金石となるのは核不拡散で、特にイラン、北朝鮮、そしてパキスタンに対する中国の政策を検証する必要がある。イランと北朝鮮について、中国はいずれに対しても非核化を要求する国際交渉に参加しているが、両国への制裁に及び腰である。北朝鮮に対しては、中国は核問題の解決よりもキム体制の維持に熱心なのではないかとの見方が日本では広まっている。またイランに対しては、中国は原子力発電所の建設を支援したばかりか、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの制裁強化には、ロシアと共に反対し続けている。中国は核不拡散よりも石油資源の確保と欧米に対する地政学的競合のほうに熱心なのではあるまいか?

両国以上に問題なのはパキスタンである。インドがアメリカとの原子力協定を皮切りに先進諸国ばかりかロシアとまで類似の協定を結んだことに対抗するかのように、中国はパキスタンと原子力協定を結んだ。これは単にインドとパキスタンの核競争の激化につながるにとどまらない。パキスタンはテロリストへの核拡散という点で大変な問題を抱えている。かつてはカーン・ネットワークが存在し、最近ではビン・ラディンの潜伏に加えてハッカーニ・ネットワークのアメリカ大使館攻撃をISIが支援したという疑惑まで浮上している。とてもではないが、パキスタンはインドのように「核拡散に全く手を染めていない」と胸を張れる立場ではない。そうしたパキスタンとの原子力協定を結んだ中国には、国際公益よりもアメリカおよびインドとの地政学的競合を優先させているのではないかと疑惑の目を向けられても仕方がない。

日本は世界唯一の被爆国である。それを無視して、目先の商業的な利益だけを餌にして日中関係を強化できるだろうか?多くの参加者から質問が出た地球温暖化も国際公益の重要課題だが、その脅威はゆっくりと進行する。これに対して核兵器で新たな保有者が現れると、その脅威は急激に進行する。だからこそ、核不拡散に対する中国の政策を「平和的発展」なるものの具体的な試金石として問うているのである。

第三に、中国のグローバルおよび東アジア政策で、アメリカとの関係が殆ど言及されていなかった。しかし地域レベルであれグローバル・レベルであれ、アメリカを抜きにして日中関係は語れない。私が質問したいと思っていたのは、中国が来年のアメリカ大統領選挙をどう見ているのかである。現在は尖閣列島をめぐる領土紛争は鎮静化し、中国は近海で周辺諸国への挑発行動を自粛しているようだが、これはアメリカの大統領選挙を視野に入れてのことなのだろうか?実際に、ヒラリー・クリントン国務長官は『フォーリン・ポリシー』誌11月号にアジア重視を主張する論文を寄稿している。米中関係は日中関係により大きな影響力を持つようになるであろう。

第四に、程大使が講演で述べたように中国のメディアも多様化しているようだが、言論統制が全くないとまでは言えるのだろうか?劉曉波氏のノーベル平和賞受賞は世界の注目を浴びた。日本にはウイグル解放活動家のトゥール・ムハメット氏も亡命している。池袋のチャイナ・タウンには法輪功の活動家もいる。せいぜい、諸外国で言われるほど中国の言論統制は厳しくないと言われれば、我々もこの件に関する程大使の発言を信じることができる。

以上が私の抱いた疑問点であるが、冒頭で述べたほど「厳しい」質問ではなく「ソフトクリームのように甘い」質問になったのではないかと憂いている。何よりも中国は国際公益と大国間のパワー・ゲームのどちらを重視するのかを問いたい。中でも第二の核問題、特にパキスタンが、中国は「覇を求めない」のかどうかの試金石であると私は考える。表面的な友好関係や経済的な利益の追求だけで、日中関係が進展するとは思えない。そもそも、景気は循環するものである。経済成長の高さだけでは、日中関係や東アジア地域協力の切り札にはならない。

最後に、参加者からの質問に懇切丁寧に応じた程永華大使に敬意を表したい。あれほど丁寧に質疑応答すれば、私の他に数名の参加者まで質問が回ってこないのも当然である。多くの問題点はあれ、程永華駐日大使の真摯な態度からは中国が本気で日本との関係を強めたがっていることは強く印象づけられた。そうした観点に立てば、先の外交円卓懇談会は非常に有意義であった。

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2011年10月22日

イラン核開発の野望を支援する韓国企業に抗議を!

イラン核開発反対連合(UANI)という市民アドボカシー団体が、韓国のデーリム財閥に対してイランとの商取引の継続を中止するよう、緊急の要求を表明しました。デーリムはイランのシーア派体制がテロ支援と核拡散に手を染めているにもかかわらず、彼らとの石油と天然ガスの開発プロジェクトに着手しています。

アメリカ政府説明責任局はデーリムがイランとの非合法な商業活動を通じて利潤を挙げたことに深刻な懸念を表明しました。イランとのエネルギー事業は、イランが天然ガスおよび石油部門で利潤を挙げることを防止し、この事業を管轄するイスラム革命防衛隊(IRGC)への資金源を断つ」ことを究極の目的としている「イラン包括制裁法(CISADA)に違反しています。イスラム革命防衛隊はイラン政府の組織でも大量破壊兵器の管理に直接関わり、核兵器および弾道ミサイル開発計画を管轄しています。イランは北朝鮮と共に悪の枢軸の一翼を担っています。よって、デーリムの事業は韓国自身の安全保障を損なっています。

上記のようなイランの危険な計画を阻止するために、リンク先の抗議文書への署名をお願いいたします。この書簡はデーリムの幹部およびアメリカ政府高官に送られます。ご協力宜しくお願いいたします。

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2011年10月12日

日米同盟の深化と平和国家は両立するか?

ここ数年、日本では毎年のように首相が代わっている。また、経済の不振と国際的地位の低下を憂慮する気運も漂っている。そうした頼りない政情に鑑みて、日本政界の御意見番として知られる中曽根康弘元首相が、9月15日放映のNHKニュースウォッチ9で大越健介キャスターのインタビューに応じ、日本の将来への指針を語った。インタビューの中で、中曽根氏は3・11地震を受けて災害に強い国造りを訴えるとともに、自由民主国家としてのソフト・パワーの重要性を訴えた。また首相の責務に耐えるための自己研鑽の必要性も説いた。そうしたインタビューの内容に私は感銘を受けたが、日米同盟の強化と平和国家を共に日本の基本的な指針としたことには矛盾を感じた。それは1991年の湾岸戦争で典型的に見られたように、憲法9条に基づく平和国家では日米のみならず国際社会とも安全保障での協力で矛盾を抱えることが明らかになったからである。

中曽根氏は日本が先の大戦でアジアの国々に迷惑をかけたことを忘れてはならないと力説した。確かに、太平洋戦争期の軍国主義への回帰は否定されるべきであるが、世界は過去への悔恨から抜け出せぬ日本を望んでいるのだろうか?安倍政権および麻生政権はNATOとの軍事協力の強化を模索し、我が国と同様にアメリカと緊密な同盟関係にある先進民主国家であるヨーロッパ諸国から歓迎された。また、中国の軍拡に脅えるアジアの民主主義諸国も、日本の軍事的役割の強化を歓迎している。冷戦終結後の世界が、テロとの戦い、中露の再台頭、そして核拡散の脅威に直面する中で、日本だけが戦後を引きずり、過去への悔恨に浸り続けるべきだろうか?

振り返って見れば、中曽根氏が政権を担った1980年代は、イラン革命とソ連軍のアフガニスタン侵攻によって中東情勢が日米同盟に大きな影響を及ぼし始めた時期である。アメリカはニクソン・ドクトリンを撤回せざるを得なくなり、それによって日本は安全保障でフリー・ライダーからの脱却が迫られるようになった。これは当ブログの以前の記事で述べたような「日米同盟グローバル化」の先駆けであった。こうした同盟のグローバル化に加えて多国間化を象徴するのが、RIMPACへの参加である。すでに前任の鈴木政権の時期に日本は太平洋諸国の合同海軍演習に参加していたが、その規模が拡大したのは中曽根政権からである。この演習には域内の自由主義陣営諸国のみならず、アジア太平洋圏外からイギリスまで参加している。ここまで大規模な国際軍事演習に参加したことが、後の小泉政権による自衛隊のイラク派兵につながっている。1980年代の防衛政策が後の日本に与えた影響は、これほど大きなものである。そうした業績に加え、中曽根氏は憲法改正論者でもある。にもかかわらず、平和国家を日本の基本的な立場としてしまえば、上記のような中曽根氏自らの業績と思想信念を否定するかのように聞こえてしまう。

日本にとって専守防衛の平和国家という足枷は、今なお重い。イラクではイギリス軍の指揮下で自衛隊は復興作業に当たったが、戦闘行為はできなかった。自衛隊が銃をとってテロリストを一人でも撃ち殺すことができたなら、共に作戦任務に従事したイギリス、オランダとも戦友としての一体感の醸成にもつながったであろう。何よりも、それはイラクの国民より歓迎されたであろう。そうなっていれば、国際社会での日本に対する信頼はもっと高まっていたであろう。現在、日本の本土への最も大きな脅威の一つとなっている北朝鮮の弾道ミサイルへの対処でも、専守防衛の原則に縛られるあまりにどの段階で迎撃するのかをめぐって神学論争になっている。

憲法9条には戦中の軍国主義からの脱却という歴史的な意義はあった。しかし戦後と今では国際情勢が変わったので、もはやその政治的な役割を終えてしまった。そもそも国防政策が憲法で規定されるものなのだろうか?国家の政策とは時の政権と議会のやり取りできまる。例えば経済政策において、自由市場を重視するか福祉国家を重視するかを憲法で規定することはあり得ない。憲法とは国家統治のあり方と人権の保護について規定するもので、個々の政策を決めるものではない。こうした観点からも平和国家は再考されねばならいと私は考える。

最後に平和国家の是非を考えるうえで、私は一つの仮説を唱えたい。それは最近のメディアや世論で政治家の質が劣化したとよく言われる。その原因は日本の政治家達が、政策としての戦争を長年にわたって考えることができなかったからではないか?戦争について何も考えられない政治家を本物の政治家とは思えない。アリストテレス、プラトン、孫子、孔子、からクラウゼビッツに至るまでの古今東西の賢人達は、戦争を国家にとって究極の政策課題と論じてきた。それを端的に示すのが、軍事技術が高度に専門化していなかった19世紀初頭までは、世界各地の君主達は自ら戦場に赴き、馬上から戦争の指揮を執っていたということである。戦争とはこれほどまでに国家の重要課題なのである。それについて何も考えることができない政治家に国家の命運を委ねられるだろうか?

戦争は強大な破壊力を伴い、その行使には高い見識と倫理感が求められる。この件を考えるうえで、私は江戸時代の武士について言及したい。彼らは支配階級として帯刀の特権が認められたが、刀の殺傷力が強大であるが故に巨大な力ゆえに百姓町人へむやみなやたら抜刀は抑えられた。武士同士でも同様である。彼らには自らの力に対する畏れがあった。政策としての戦争を考えることを放棄した政治家に、こうした「謙虚さと責任感」を期待できるだろうか? 

以上より、日本が過去への悔恨に浸る平和国家であり続けることには疑問を抱く。むしろ政策としての戦争をしっかり考え、未来志向の態度を示すことが日米同盟の深化にも国際社会での信頼の強化にもつながると思われる。

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2011年10月 5日

アメリカ外交と2012年大統領選挙

大統領選挙が近づくに従い、外交政策の議論も見てゆく必要がある。9・11同時多発テロ事件10周年と前後して、パレスチナの国連加盟申請、パキスタンISIとハッカーニ・ネットワークの関係に関するマレン海軍大将の議会証言(“Pakistan supports Haqqani network, Adm. Mullen tells Congress”; CNN News; September 23, 2011)、そしてイランの核遠心分離機の導入(“Iran's Nuclear Experiments Raise Alarm at U.N. Agency”; Wall Street Journal; September 3, 2011)といった安全保障を揺るがしかねない政策課題が出てきた。アメリカは外交政策に気を配らずにいられ続けられるのだろうか?先日にはイランがアメリカ大西洋岸沖に自国の艦隊を派遣すると表明した(“Iran planning to send ships near U.S. waters”; CNN News; September 28, 2011)。

ここで来る選挙での外交政策の論点に関する識者の論評について言及したい。テキサスにあるSTRATFORというシンクタンクのジョージ・フリードマン最高経営責任者は、オバマ政権の誕生に付随する本質的な矛盾と弱点を指摘している。バラク・フセイン・オバマ氏に投票した有権者は、イラクとアフガニスタンの戦争終結、一国行動主義の停止、社会経済的な不平等の是正、雇用輸出への歯止め、そしてグアンタナモ収容所の閉鎖を期待した。しかしオバマ氏が主張したのは、アメリカはイラクでなくアフガニスタンでの戦闘に集中すべきだということであった。非常に皮肉なことにオバマ氏の多国間主義はアメリカとヨーロッパの溝を埋めるに至らなかった。オバマ氏の期待に反し、彼の政権がヨーロッパ諸国の言い分に耳を傾けようとしても相手側はグローバルな政策課題への対処で必ずしもアメリカを支援しようとはしていない。ドイツがリビア紛争で「背後から主導する」ことさえ拒否し、空爆にも地上軍派遣にも参加しなかったことは典型的である。

さらに重要なことに、バラク・オバマ氏が前回の選挙に勝利したのは、有権者が突然の金融危機に慌てふためいたのが主な原因である。オバマ氏支持層の中核は福祉国家志向で高課税政策を好んでいる。他方で中道派は必ずしも増税に反対ではないものの、国家介入を強めるような福祉計画による政府の肥大化には非常に敏感に反応する。ジョージ・フリードマン氏はオバマ氏が中核支持層と浮動票層のバランスをとろうとするあまりに内政に気をとられ、選挙を前にしたアメリカ外交は海外の情勢に受け身になると言う。問題は冒頭で述べているような国外からのショックは、アメリカが受け身で対応するにはあまりにも大きなものだということである(“Obama's Dilemma: U.S. Foreign Policy and Electoral Realities”; Geopolitical Weekly; September 20, 2011)。

しかしヘリテージ財団のトニー・ブランクリー訪問上級フェローによると、ジミー・カーター氏がイランでのアメリカ大使館占拠事件とソ連軍のアフガニスタン侵攻によって二期目の選挙に敗れたことを考えれば、そうした関心の低さはオバマ氏にとって望外の幸いである。こうした事態にもかかわらず、ブランクリー氏はオバマ氏の外交政策が世界の中でのアメリカの立場を弱めているという深刻な懸念を抱いている。ブランクリー氏は特にロシアと中国への警戒感を述べている。オバマ氏はメドベージェフ政権の間にウラジーミル・プーチン氏の大統領復帰への準備を怠り、プーチン氏を二番手の首脳として臨んできた。よって大統領に復帰しようとするプーチン氏にとってオバマ氏は好ましい相手ではなくなった。これによってアメリカはロシアと中国のバランスをとるというキッシンジャー流の外交を行なえなくなった。さらにオバマ政権はナショナリスト傾向を強めるクレムリンを前にして、ポーランドとチェコからミサイル防衛システムを撤退させてしまった。中国への融和姿勢をとるオバマ氏には、リベラル派やネオ・リベラル派の間からも懸念の声が挙がっている(“President's Foreign Policy Failures Increase”; Real Clear Politics; September 28, 2011)。世界規模での力のバランスとアメリカの安全の維持を考慮すれば、オバマ氏はこの選挙で外交政策を過小に扱うべき立場ではない。

選挙での議論が内向きであるが、外交問題の中にも全米の有権者の注目をひくものもある。イスラエル・パレスチナ紛争はその一つである。パレスチナ自治政府内でイランの支援を受けているハマスの影響力は、アメリカ国民の懸念を強めている。共和党の大統領候補の一人であるリック・ペリー、テキサス州知事はオバマ政権がパレスチナの国連加盟申請を支持せぬようにと要求を突きつけた(“Perry blasts Obama’s policies on Israel, Palestinians”; Washington Post; September 21, 2011)。ムーブ・アメリカ・フォワードなど保守派の市民団体が、イスラエルは中東で唯一の西欧型民主国家であるとして「テロとの戦い」の重要な同盟国と位置づけていることは見逃せない。事態はユダヤ・ロビー云々を超えたものなのである。

マレン海軍大将の証言に関しては、ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニストであるサダナンド・デューム氏が、これはアメリカが「テロとの戦い」で裏表のあるパキスタンの態度に業を煮やしていることを示すと論評している。上院軍事委員会でなされたこの証言の直前に、アフガニスタンのブルハヌディン・ラバニ元大統領がカブールで自爆テロ攻撃により死亡した。デューム氏はパキスタンがハッカーニ・ネットワークに対して断固として戦う姿勢を見せなければ、アメリカはパキスタン領内への軍事攻撃を含めた強硬手段に訴えざるを得なくなると主張する(“Admiral Mullen Slams Pakistan”; The Enterprise Blog; September 22, 2011)。オバマ大統領によるアフガニスタン駐留兵力削減の決断の是非もあり、この件でアフガニスタン・パキスタン問題が大統領選挙の行方を左右する問題にも発展しかねない。

そうした情勢の中で、中国は静けさを保っている。中国政府はこの9月には日本のポップ・ソング・グループであるSMAPの北京公演を国家支援で開催し、尖閣諸島紛争をめぐる日本との二国間関係の緊張を緩和しようとした。そうした微笑外交は日本だけを対象にしたものなのだろうか?中国は選挙中にアメリカを刺激しないように注意深く振る舞っているのかも知れない。ともかく、この選挙で外交政策は無視できない。11月には超党派の拡大委員会が国防予算に関する最終的な結論を出す。主要政策課題は相互に絡み合っているので、国内経済だけの議論では立ち行かない。

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