中国の程永華駐日大使の講演を批判的に検証する
去る10月13日に日本国際フォーラムの主催で中国の程永華駐日大使を迎えて日中関係に関する講演が行なわれた。程大使は中国国務院が今年の9月に発行した「中国の平和的発展」白書を携えながら、中国が発展することは世界の公益に叶い、日中両国は体制とイデオロギーの違いを超えて経済から関係を強めるべきだと訴えた。会場の参加者達からは、日中両国の関係に対する関心の高さを反映して数多くの質問が寄せられた。そうした質問にどんな些細な点にも答えようとした程大使の姿勢には多いに感銘を受けた。しかし中国の政策が本当に、程大使が講演で述べたように「平和的」、「ウィン・ウィン」で、「覇権を求めない」ものなのだろうか?また、質疑応答時に出された質問の多くも現在の日中関係からすれば、あまりに「友好的」なものが多かった。だが真の日中相互理解には、もう少し厳しい質問が出てもよかったと思われる。そこで、以下の4つの疑問をぶつけてみたい。
第一に、中国の「歴史認識」と「東アジア観」について疑問を述べてみたい。中国では知識人から一般市民に至るまで、自らの国力増大を背景に「アヘン戦争以前の地位を取り戻す」いう議論が強まっている。アヘン戦争以前の中国と言えば、冊封体制により周辺諸国を中華皇帝の朝貢国として扱ってきた。イギリスと清朝の間で戦争が勃発したのも、対等な自由貿易が受け容れられなかったためである。このような事態を考慮すれば、中国はウェストファリア体制を尊重する英米以上に「覇を唱えようとしている」のではないかとの疑問を抱く。
そうした疑問を強くしたのは、程大使が講演で述べた地域協力が「日中韓+ASEAN」に集中し、オーストラリアやニュージーランドには全く言及がなかったためである。また、ヨーロッパと同様に、アジアの地域協力にもアメリカの支援が不可欠である。「日中韓+ASEAN」による地域統合の構想を先走りした議論には、「白人国家の排除」による「黄色人種連合」の結成を想起させる。もしそうであれば、中国が主張する地域協力とはかつての冊封体制の復活ではないかとの疑問を抱かれても仕方ないであろう。そのような地域協力なら、東アジアのどの国も望まない。
第二に、中国が国際公益と大国間のパワー・ゲームのどちらを重視するのかを問いたい。その具体的な試金石となるのは核不拡散で、特にイラン、北朝鮮、そしてパキスタンに対する中国の政策を検証する必要がある。イランと北朝鮮について、中国はいずれに対しても非核化を要求する国際交渉に参加しているが、両国への制裁に及び腰である。北朝鮮に対しては、中国は核問題の解決よりもキム体制の維持に熱心なのではないかとの見方が日本では広まっている。またイランに対しては、中国は原子力発電所の建設を支援したばかりか、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの制裁強化には、ロシアと共に反対し続けている。中国は核不拡散よりも石油資源の確保と欧米に対する地政学的競合のほうに熱心なのではあるまいか?
両国以上に問題なのはパキスタンである。インドがアメリカとの原子力協定を皮切りに先進諸国ばかりかロシアとまで類似の協定を結んだことに対抗するかのように、中国はパキスタンと原子力協定を結んだ。これは単にインドとパキスタンの核競争の激化につながるにとどまらない。パキスタンはテロリストへの核拡散という点で大変な問題を抱えている。かつてはカーン・ネットワークが存在し、最近ではビン・ラディンの潜伏に加えてハッカーニ・ネットワークのアメリカ大使館攻撃をISIが支援したという疑惑まで浮上している。とてもではないが、パキスタンはインドのように「核拡散に全く手を染めていない」と胸を張れる立場ではない。そうしたパキスタンとの原子力協定を結んだ中国には、国際公益よりもアメリカおよびインドとの地政学的競合を優先させているのではないかと疑惑の目を向けられても仕方がない。
日本は世界唯一の被爆国である。それを無視して、目先の商業的な利益だけを餌にして日中関係を強化できるだろうか?多くの参加者から質問が出た地球温暖化も国際公益の重要課題だが、その脅威はゆっくりと進行する。これに対して核兵器で新たな保有者が現れると、その脅威は急激に進行する。だからこそ、核不拡散に対する中国の政策を「平和的発展」なるものの具体的な試金石として問うているのである。
第三に、中国のグローバルおよび東アジア政策で、アメリカとの関係が殆ど言及されていなかった。しかし地域レベルであれグローバル・レベルであれ、アメリカを抜きにして日中関係は語れない。私が質問したいと思っていたのは、中国が来年のアメリカ大統領選挙をどう見ているのかである。現在は尖閣列島をめぐる領土紛争は鎮静化し、中国は近海で周辺諸国への挑発行動を自粛しているようだが、これはアメリカの大統領選挙を視野に入れてのことなのだろうか?実際に、ヒラリー・クリントン国務長官は『フォーリン・ポリシー』誌11月号にアジア重視を主張する論文を寄稿している。米中関係は日中関係により大きな影響力を持つようになるであろう。
第四に、程大使が講演で述べたように中国のメディアも多様化しているようだが、言論統制が全くないとまでは言えるのだろうか?劉曉波氏のノーベル平和賞受賞は世界の注目を浴びた。日本にはウイグル解放活動家のトゥール・ムハメット氏も亡命している。池袋のチャイナ・タウンには法輪功の活動家もいる。せいぜい、諸外国で言われるほど中国の言論統制は厳しくないと言われれば、我々もこの件に関する程大使の発言を信じることができる。
以上が私の抱いた疑問点であるが、冒頭で述べたほど「厳しい」質問ではなく「ソフトクリームのように甘い」質問になったのではないかと憂いている。何よりも中国は国際公益と大国間のパワー・ゲームのどちらを重視するのかを問いたい。中でも第二の核問題、特にパキスタンが、中国は「覇を求めない」のかどうかの試金石であると私は考える。表面的な友好関係や経済的な利益の追求だけで、日中関係が進展するとは思えない。そもそも、景気は循環するものである。経済成長の高さだけでは、日中関係や東アジア地域協力の切り札にはならない。
最後に、参加者からの質問に懇切丁寧に応じた程永華大使に敬意を表したい。あれほど丁寧に質疑応答すれば、私の他に数名の参加者まで質問が回ってこないのも当然である。多くの問題点はあれ、程永華駐日大使の真摯な態度からは中国が本気で日本との関係を強めたがっていることは強く印象づけられた。そうした観点に立てば、先の外交円卓懇談会は非常に有意義であった。
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