イデオロギー上、イランは日本の敵である!
ホルムズ海峡をめぐるイランと欧米の緊張が激化する中で、日本のオピニオン・リーダー達は日本とイランの間で長年にわたって深く根付いた友好関係が双方の仲立ちに役立つだろうと主張している。しかし両国の体制に性質には著しい違いがあり、イランと日本は相容れない関係である。イラン革命ではシーア派の僧侶達が近代主義のパーレビ体制を崩壊させ、西欧型の政教分離の啓蒙主義を完全に否定してこの国を暗黒時代に逆戻りさせてしまった。レザ・シャー1世統治下でのイランのネーション・ビルディングが日本の明治維新に倣ったものであることは非常によく知られており、イスラム革命はこうした国家建設を否定するものである。
日本の指導者達がイランをどのように見ているのかについて述べる前に、イランと日本での建国イデオロギーの根本的な違いについて論じたい。徳川幕府の崩壊以来、日本の国民的な価値観は福沢諭吉と森有礼らが推し進めた啓蒙思想に基づいている。これによって日本は明治の近代化から大正デモクラシー、戦後のレジーム・チェンジへと進化していった。戦間期のドイツにワイマール民主主義が広まったように、同時期の日本にも自由な社会の強固な基盤があった。ダグラス・マッカーサーによる占領統治は、そうした基盤がある日本の民主化を触発したに過ぎない。アジア近隣諸国民が近代化に目覚めなかったのに対し、日本国民は西欧ルネッサンスの本質を学ぶことによって暗黒時代の封建主義から人間性と理性を解放した。ルネサンスが人類文化史上で最も偉大な業績であることは、普遍的に受け容れられている。日本が西洋列強とともに「文明国」の仲間入りができたのはこうした基本的な価値観によるものであり、西洋の生活様式の模倣によるものではない。福沢は自らの有名な著書『学問のすすめ』において「麦飯を食べながらでも西洋文明を学べばよい」と記している。そうした近代的精神からすれば、日本で戦後のレジーム・チェンジが成功したのは何ら不思議ではない。
他方でイランの神権体制は、呪術、魔術、狂信主義、宗教的権威主義といった暗黒時代のイデオロギーに根ざしている。イラン革命はいわば日本の否定である。シャーの体制は自由とは程遠かったかも知れないが、啓蒙専制主義ではあった。きわめて遺憾なことに、イランは革命によって西欧型民主主義に進化する代わりに退化していった。この国は日本とドイツが歩んだ道とは正反対の道を歩むことになった。1979年のアメリカ大使館占拠事件で見られたような暴虐行為は、シーア派神権体制が抱えるおぞましい性質ならではの帰結である。テヘラン政府の究極の目的は革命の輸出である。これを恐れたサウジアラビア、ヨルダン、クウェートといったアラブ諸国はイラン・イラク戦争において、バース党の危険なイデオロギーを承知でサダム・フセインを支援したのである。
イランの現体制はそれほどまでに恐るべきものなので、日本がこの国との「長年にわたる友好関係」なるものを維持して欧米とは独自の行動をすべきだという理由が皆目理解できない。イデオロギーとレジームの性質という観点からすれば、イランは日本の敵なのである。また、イランは悪の枢軸の一員であり世界平和を脅かすために軍備を増強している。パーレビ体制のイランはケマル体制のトルコとともに、日本の誇りであった。イスラム革命がイランを中世の狂気に戻してしまったことで、我が国は赤っ恥をかかされたのである。日本のエリート達がそのような悪逆体制との「長年にわかる友好関係」を維持すべきだと考えていること言語道断である。遺憾なことに、彼らが愛する暴力、狂気、抑圧が、我が国の愛する理性、人間性、自由とは相容れないという認識が大平政権には欠けていた。戦後の受動的平和主義と経済至上主義に支配された日本政府は、米大使館占拠事件をめぐって西側同盟諸国が制裁強化を要求してきたにもかかわらず、イラン・日本石油化学プロジェクトの継続にばかり気をとられていた。後にプロジェクトは破談となり、日本は狂気と憎しみの体制との商取引の廃棄によって多大な損失を被ることになる。これがイランと日本の間の「長年にわたる友好関係」の実態である。非常に不思議なことに、企業の金儲け主義を攻撃することが大好きな左翼からは、イランのようなテロリスト国家との商取引を非難する声が殆ど聞かれない。左翼の大企業批判には良心のかけらもないことがよくわかる。
そうした建国理念の著しい違いとシャー体制崩壊後の両国関係の悲劇的な歴史を見れば、日本のエスタブリッシュメントはイランの脅威への警戒感をもっと強める必要がある。イラン核問題は1月31日に行なわれた参議院予算委員会の外交問題審議で取り上げられた。しかしこの審議での野党の質問には驚愕させられた。最も驚くべき質問は、イランの核兵器とイスラエルの核兵器の混同である。公明党の浜田昌良参議院議員はイランとイスラエルがまるで中東の安全保障で同等の脅威であるかのごとく述べた。しかし以下の点に留意すべきである。最も重要なことに、イランにはパレスチナからレバノン、イラク、アフガニスタンまで及ぶテロリストとの広範なネットワークがある。核不拡散で今日の最も危険な政策課題は、テロリストと核保有国の結びつきである。さらにイランの核兵器は攻撃目的だがイスラエルの核兵器は防御目的だということにも注意すべきである。イランのシーア派体制は究極的に中東から中央アジア一帯に及ぶ革命の輸出を目指しており、この目的のために核兵器を保有して大国の地位を得ようとしている。イランが核開発計画を推し進める第一の理由がイスラエルであるなら、今年の2月にナビド衛星を打ち上げたのはどうしたことなのだろうか(“Iran Reports Launch of Small Satellite into Orbit”; Sci-Tech Today; February 6, 2012)?このことはイランのミサイル標的がイスラエルにとどまらないことを示唆している。一体どこを狙っているのだろうか?ロンドンか?パリか?ニューヨークか?それともワシントンか?最後に中東諸国が怯えているのはイスラエルよりもイランの核の脅威であることを指摘したい。核不拡散の専門家の間ではエジプト、サウジアラビア、その他湾岸王制諸国への核拡散の懸念がある。これらの国々が核保有に走るとすればイランに対してであり、イスラエルに対してではない。浜田氏は参議院において上記の点に考慮を払っていなかったので、公明党には反ユダヤ主義の影響が及んでいるのではないかとの疑念を私は抱かずにはいられない。
同委員会でのイラン問題に関する審議では他にも質問があった。新党改革の舛添要一代表はイラン問題で中国の協力を得る必要を強調したが、彼の国が我々とは世界平和に関して共通のビジョンを有していないことに留意しなければならない。中国は石油資源の確保にとどまらず、イランをめぐって危険な軍事的野心を抱いている。中国はイランに先端技術を用いた対艦巡航ミサイルの製造の支援を行なっている(“Inside the Ring --- China-Iran Missile Sales”; Washington Times; November 2, 2011)。ワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は、中国はこうした軍事技術支援だけでなくイランに海軍基地を確保してスエズ以東のシー・レーンを支配しようと模索していると警告している(“China's Iranian Gambit”; Foreign Policy; October 31, 2011)。北朝鮮の場合と同様に、我々西側民主国家が中国を六者協議に加えているのは、彼らが我々と価値観と安全保障上の利益を共有しているからではなく、我々の取り組みを彼らが崩壊させることを防ぐためである。イラン問題では中国に対し、我々は彼らの行動を監視すれども頭を下げて強力を願う立場ではない。元東京大学教授である舛添氏が中国に関してあのように甘い認識を示した理由が、私にはわからない。
参議院の審議では制裁の強化がどれほどの効果があるかも重要な議題であった。しかし制裁については経済的な効果ばかりでなく、政治的な圧力を込めたメッセージという側面も忘れてはならない。制裁の強化はイランが我々の要求に従わないなら先制攻撃も辞さないという警告のメッセージとなろう。玄葉光一郎外相は野党からの質問に落ち着いて筋の通った答弁で応じたが、イランが日本とはイデオロギー上は敵対関係にあるという重要で基本的な事実を認識している兆候をかけらも見せてくれなかったのは残念と言う他にない。日本のエスタブリッシュメントがイランをどう見ているかを理解するために、政府以外の部門からの論評にも触れたい。NHKの大越健介キャスターは、ミャンマーの場合と同様に日本が「長年にわたる友好関係」を活用してイランと欧米の仲介役を果たすべきだと主張する。しかしミャンマーとイランを混同するのは全くの間違いである。ミャンマーは孤立しているが、イランはテロリストとも他の専制国家ともつながりがある。アメリカとヨーロッパの政策形成者達がイランの危険性を問題視している理由は、まさにこれである。大越氏はそれでも我が国が「長年にわたる同盟諸国」とは独自の行動に出て、悪の体制との友好関係を重視せよというのだろうか?こうしたナイーブなコメントを聞くと、彼がワシントン駐在を経て東京のメインキャスターになったとはとても思えない。
日本のエスタブリッシュメントは対イラン関係において明らかに商業利益のみを追求し、我が国の建国基盤となるイデオロギーと体制について考慮を払ってこなかった。国際関係においてイデオロギーと体制を超えて互恵的な経済発展を追及できると言われることが多い。しかし実際にはこの文言は専制国家が仕掛ける最も危険なハニー・トラップである。専制国家は民主国家の犠牲のうえに自分達の生存の見通しを最大化しようとしている。日本のエリート達は経済にばかり目が向きがちで、圧政国家が抱える「悪の性質」を見落としがちである。1960年代当時、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領は池田勇人首相を「トランジスター・ラジオのセールスマン」と揶揄したが、彼らの世界観はそのころのものとあまり変わっていないのではなかろうかと思える。日本のエリート達には我が国のアイデンティティなど関心がないようだ。日本はそのように空虚な友好関係をイランとの間で維持すべきなのだろうか?そんなことはあり得ない!暗黒時代の体制を地図上から消し去るのは、我が国の国益に適っている。我々日本国民は、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、そして何よりも重要なことにグリーン運動で神権政治に対して立ち上がったイラン国民と政策目標を共有している。制裁の強化が叫ばれて先制攻撃が真剣に考慮されるにおよんで、我が国としてもチャーチル的な決意をもってシーア派のヒトラーの野望を挫く準備ができていなければならない。イランは殺人者、殺戮者、圧政者、テロリスト、狂信主義者、誇大妄想主義者の体制である。彼らが核拡散に手を染めているのは、まさにこのためである。1979年の米大使館人質事件はテヘランの現体制のおぞましい性質の象徴である。福沢・森思想に基づく近代主義の我が国にとって、彼らは受け容れがたい存在である。ここに一人の市民運動家として、日本のエスタブリッシュメントには我が国の国民的価値観とイランの専制政治に内在する悪をこれまで以上に強く認識していただくように懇願したい。
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