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2012年3月 7日

アジアにとって、オバマ新戦略による超大国の地位放棄は受け容れられるか?

オバマ政権は今年の年頭に国家安全保障の重点を中東からアジア太平洋地域に移すという新国防戦略を公表した。しかしこの「アジア回帰」として知られる新戦略が軍事支出の大幅な削減と表裏一体であることを忘れてはならない。中国の台頭とそれがもたらす予測不能な影響に鑑みて、アジア諸国民がオバマ新戦略を歓迎することは理解できる。しかし保守派の政策形成者達は国防費の大幅な削減と中東からの撤退を厳しく批判し、新戦略は「スーパーパワー・スーサイド」(超大国の地位の自発的な放棄)だとまで言っている。外交政策イニシアチブのロバート・ケーガン所長は世界の安定を強化するためにもアメリカのハードパワーの役割が不可欠だと強調する(“The Importance of U.S. Military Might Shouldn’t Be Underestimated”; Washington Post; February 2, 2012)。議会では共和党議員から現行の国防費削減に批判の声が挙がっている。ジョン・マケイン上院議員は「オバマ大統領の新戦略は、いかなる種類の包括的戦略見直しもリスク査定も経ずに表明された」と主張する。バック・マケオン下院軍事委員長はさらに厳しく「大統領は戦略見直しそっちのけで、昨年4月に4千億ドル以上の国防費削減を行ないたかった」と非難する(“Fight over Defense budget has familiar ring”; DEFCON Hill; February 21, 2012)。

就任以来、バラク・オバマ大統領は世界の中でも特に中東でアメリカ役割を縮小し、イスラム諸国での反米感情を宥めようとしていることを示唆してきた。プラハ演説とカイロ演説は保守派の論客達から厳しく批判された。ヘリテージ財団マーガレット・サッチャー・センターのナイル・ガーディナー所長は、オバマ氏がアメリカ外交に対してあまりにも謝罪姿勢だと論評した。よってスーパーパワー・スーサイドと表裏一体となっているオバマ政権のアジア回帰は、逆にアジアの安全保障の利益を損なっているのではとの疑念を拭い去れない。こうした観点から、私は2月24日に開催されたグローバル・フォーラム・ジャパンの日米中対話で質問をした。私からの問いに応じていただいたカーネギー国際平和財団のダグラス・パール副会長、東京大学の高原明生教授、そして同志社大学の村田晃嗣教授には深く謝意を表したい。このイベントでのやり取りを通じ、この問題についてさらに考えてみたい。

まず、中国の軍事的な台頭がもたらす影響はアジア太平洋地域にとどまらない。中国は西方にも拡大している。中央アジアではウイグル人、チベット人、その他少数民族への抑圧によって東トルキスタンとチベットへの支配力を強めている。また上海協力機構を通じて中国の影響力はカスピ海方面に向かっても拡大している。さらに中国の影響力は中東にも浸透している。中国はテロリストへの核拡散に対する国際的な懸念をよそに、パキスタンと原子力協定を結んだ。また核保有の野心を抱くイランに対しては、接近拒否のための対艦ミサイルの製造を支援した。中国はスエズ以東のシーレーンを支配するために、イランに海軍基地を持とうとさえしている。アメリカが中東から撤退すれば、中国が力の真空を埋めようとしかねない。中国は今年に入って急激な軍事費を増加し、世界規模で戦力投射能力を拡大しようとしている(“China military spending to top $100 billion this year”; Washington Post; March 4, 2012)。習金平副主席が胡錦濤国家主席より地位を継承すると、前任者より人民解放軍とのつながりが深いために中国の国防費はさらに増大する可能性がある(“China’s defence spending to rise 11.2%”; Financial Times; March 4, 2012)。

中東はアジア諸国にとっても重要な地域である。イスラム・テロは共通の安全保障問題である。インド、タイ、フィリピンといったアジア諸国もイスラム過激派の脅威に直面している。インドネシアとマレーシアではイスラム教徒が人口の過半数を占める。「アラブの春」に関しては、アメリカン・エンタープライズ研究所のアヤーン・ヒルシ・アリ研究フェローがイスラム教徒と現地キリスト教徒の間の衝突が激化していると指摘する(“Ayaan Hirsi Ali:The Global War on Christians in the Muslim World”; News Week; February 6, 2012)。 よって中東の政治的安定はアジアの多くの国々にとっても重要な安全保障上の利益なのである。イランが核兵器を保有するようになれば中東の政治的混乱はさらに深まる。核不拡散はアジア太平洋諸国にとっても共通の安全保障政策課題なのである。さらに重要なことを言えば戦略提携は互恵的でなければならない。オバマ大統領は新戦略でインドを主要パートナーの一国に挙げたが、米印関係が深化したのはテロとの戦いが契機である。中東からの一方的な撤退によって、ブッシュ政権以来の米印戦略提携が弱体化しかねない。

さらに、アジア経済は自分達だけで勝手に成長することはできない。アジアの繁栄は域外の天然資源供給と輸出市場と強く関わっている。アジアでの急速な工業化と都市化を支えているのは中東からの石油の輸入である。また中東はアジアからヨーロッパに向かうシーレーンでもある。ユーロ圏の金融危機によって、アジア諸国は自分達の経済によってのヨーロッパ市場の重要性を痛感するようになった。尖閣列島と南沙諸島を守るだけでは中途半端なのである。忘れてはならないのは、アジア諸国の海軍がアメリカおよびNATO諸国とともにソマリア沖の海賊掃討作戦に参加したことである。このことは中東のシーレーンがアジアにとってどれほど重要化を示している。

中東でのアジア太平洋諸国の利益についてさらに述べたい。日本は平和憲法に基づくフリーライダー外交をいまだに信じ込んでやまない左翼教条主義者の猛烈な反対を押し切って、バース党体制崩壊後のイラクの復興のために自衛隊を派遣した。オバマ政権の新戦略に「スーパーパワー・スーサイド」の懸念があるにもかかわらず、オーストラリアのジュリア・ギラード首相がそれを大歓迎した理由が私にはわからない。オーストラリアは太平洋国家であるとともにインド洋国家でもある。アフガニスタンとイラクには、主権国家としてアメリカとイギリスを支援するために出兵した。これは第一次世界大戦で大英帝国の忠実な自治領としてエジプト、パレスチナ、メソポタミアに出兵したこととは全く異なる。現在のオーストラリアがアフガニスタンとイラクへの出兵を決断したのは、それが自国にとって重要な国益だったからである。そうして見ると、ギラード首相が「アジア回帰」をあれほど喜々として受け容れたことは不可解である。

国防支出の削減によって、特にF35統合打撃戦闘機に関して同盟国にも予期せぬ負担がかかるようになった。オバマ政権がF35の受注を削減したために、一機当たりの価格は跳ね上がるとともにこの戦闘機の開発もさらに遅れるようになった。よってアジア諸国民は新戦略の背後にある現実を考える必要がある。F35戦闘機の問題はオバマ政権による「スーパーパワー・スーサイド」がもたらす致命的な影響を示している。アジア諸国は本当に「アジア回帰」を歓迎すべきなのだろうか? 

もちろん、中国がアメリカの優位と地域安全保障の死命を制する挑戦を突き付けていることに異論はない。オバマ新戦略の何から何まで反対というわけではない。カート・キャンベル国務次官補が主張するように、中国の海洋進出に対抗するために北東アジア、東南アジア、オーストラリア、そしてインドでの安全保障の取り組みが互いによくかみ合うようにすることには賛成である。先の日米中対話で村田教授が私の質問への返答で述べたように、パックス・アメリカーナへの第一の挑戦相手は中国であろう。問題はこの対話でEU東京代表部のアレクサンダー・マクラクラン第一審議官が評したように、アジア諸国がアメリカとの安全保障パートナーシップであまりに受動的なことである。そうした例をいくつか挙げてみたい。沖縄の人々は普天間米軍基地問題でNIMBYな希望を表明しているが、日本の政策形成者達と一般国民は米軍には自国周辺に居てもらいたいというYIMBY(Yes, in my backyard)な姿勢で、世界規模のテロとの戦いにも中東の安全保障にも 充分な関心を向けていない。インドネシア国民も同様に、中東のイスラム教徒の同朋よりも近隣諸国のことで精一杯である。2010年12月に日本国際フォーラムが主催した外交円卓会議で、私はインドネシア戦略国際問題研究所のリザール・スクマ所長にインドネシアによる中東の民主化への貢献について質問した。スクマ氏は、インドネシアはイスラム文明の周辺に位置するので中東には影響力がないと答えた。私の質問は「まるでヨーロッパ人からのもののようだ」とも述べた。私にはアジア太平洋諸国でのそうした見方が、オバマ政権によるスーパーパワー・スーサイドを何の疑いもなく受け容れてしまう素地となっているように思われる。

ここまで述べてきた観点から、私はアジア太平洋諸国がオバマ政権による「アジア回帰」を万歳して受け容れるべきかどうかを再び問いかけてみたい。村田教授が今後10年以上にわたってアメリカ主導の世界秩序に最も重大な挑戦を突き付けるのは中国だと述べたことには同意する。しかし、現時点で最も差し迫った脅威となっているのはイランである。ホルムズ海峡をめぐる軍事的緊張は石油価格を引き上げるかも知れないが、長期的にはイランの核保有の野望を野放しにすることの方が高くつく。1月28日に放映されたNHK「ニュース深読み」ではイラン核危機に関する討論があり、その番組に出演した村田教授は日米連携強化による対処を主張した。日本の論客達の間でイランへの関心が充分に高いとはいえない中で、そうした鋭敏な問題意識に私は感銘を受けた。しかし私の質問に対しては、アメリカには中東で新たな戦争を起こさせずにアジアに力を注がせるようにすることが日本の国益に適うと答えた。 

問題は、アメリカが戦争に及び腰だとなるとイランが勢いづくことである。サダム・フセインがクウェートに侵攻したのは、アメリカ介入してくるとは露ほども思っていなかったからである。戦闘の意志は抑止力の要である。アメリカン・エンタープライス研究所のフレデリック・ケーガン氏とマセー・ザリフ氏は、国際社会が手をこまねいている間にイランの核兵器開発が進んでいると警告する(“America's Iranian Self-Deception”; Wall Street Journal; February 27, 2012)。そうした状況の下、イスラエルは必要ならアメリカへの通知なしにイランを攻撃するとまで言う(“Israelis reportedly don't plan to notify US if decision made to strike Iran”; FOX News; February 27, 2012)。イスラエルは明らかに、イランに対するオバマ氏のチェンバレン的な態度を憂慮している。イラク戦争の勃発に際し、日本の反戦派は「ブッシュ政権がアメリカ世論の全てを必ずしも代表しているわけではないので、リベラル派の政権獲得による政策変更にも準備を整えるべきだ」と主張した。それならば、ノルウェーのノーベル平和賞委員会のようにオバマ氏を平伏礼賛する必要などない。 

オバマ新戦略がアジア太平洋諸国にどのような影響を及ぼすかを論じる際に、アメリカとの同盟の真の意味を考え直す必要がある。アジアにとって必要なのは超大国のアメリカであって、地域大国のアメリカではない。アメリカによる安全保障の傘は、アジア諸国を中国、ロシア、北朝鮮といった域内の不安定要因から守る。また域外と非伝統的な安全保障分野での脅威に対処するにもアメリカの安全保障の傘が必要である。よって「スーパーパワー・スーサイド」にはもっと警戒を強めねばならない。新戦略の問題は中東だけではない。アジアの成長をアメリカ経済に取り込むというバラ色の夢を語る一方で、北朝鮮への対処については殆ど言及していない。しかしTPPをはじめとしたいかなる自由貿易の枠組も、世界規模での安全保障の土台がなければ経済的な繁栄を保証することなどありえない。アメリカ外交の学徒にとって、「スーパーパワー・スーサイド」の真の意味を徹底的に考えるべきである。アジア太平洋地域の一市民として、私は間違ってもオバマ政権の新戦略を万歳で受け容れようとは思わない!

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