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2012年4月23日

ロシアは東アジアに何を求めるか明確にせよ

2008年の大統領選挙で、サラ・ペイリン元アラスカ州知事がロシアについて認識不足の発言をしたことで厳しく批判された記憶は生々しい。しかし考えてみれば、ロシアがアジア太平洋地域でどのようなビジョンを持っているのかはきわめて不明確である。ペイリン氏は外交政策に疎い田舎者の政治家かも知れない。しかし自分の州益に重要であったなら、ペイリン氏もアメリカの国家安全保障に対するロシアの挑戦にもっと鋭敏な問題意識を抱いたであろう。政策形成者の中には、東アジアの三大国である日米中のパワー・ゲームでロシアが重要な役割を果たすとの声もある。ロシア自身もアジアへの転向を必要としている。今年はウラジオストックでAPEC首脳会議が9月に開催される。また、ロシアにとって今世紀初頭の石油景気から取り残され、開発の遅れた極東と繁栄するヨーロッパの地域格差の是正は重要な国内問題の一つである。ロシアの東アジア転向は、特に中国、朝鮮半島そして日本に対する外交政策に何らかの変化をもたらすだろう。

ロシアのアジア転向は、ともに欧米に対抗するための枢軸を築いてきた中国との間に潜む緊張を刺激しかねない。人口希薄な極東ロシアの住民は、中国という巨大な隣国の存在を快く思っていない。カーネギー国際平和財団モスクワ・センターのドミトリー・トレニン所長はヨーロッパ改革センターから最近に発行されたレポートで、中露関係について「(アメリカの覇権に挑戦するという)共通の国益はあるものの、両国は同盟関係にはない。モスクワが北京への従属を受け容れることはなく、一方で中国はロシアを衰退しつつある大国と見なしている」と論評している(“True Partners?: How Russia and China see each other”; Centre for European Reform Report; February 2012)。トレニン氏によるとロシアの外交政策はソ連崩壊によって「ポスト帝国主義」となり、それは帝政からソビエト時代の拡張主義とは全く異なるという。現在のロシアは列強植民地帝国でもなければ超大国でもなく、二番手クラスの勢力として自国の安定を第一に考えている。ロシアはヨーロッパでNATOの圧倒的な通常兵力と対峙し、核戦力によってかろうじて欧米との均衡を保っている。よってロシアにとっては中国と強固な関係を維持することが国益に適う。また、中国にとってもヨーロッパ連合と近い関係にあるリベラルなロシアなどあって欲しくない。ロシアにとっても中国にとっても国際体制でアメリカ支配に挑戦し、グローバル・ガバナンスで自分達の影響力の拡大をはかることが多いに国益に適っている。上記の観点から、ロシアは中国の対等を肯定的にとらえている。アメリカのネオコンサーバティブとは違い、トレニン氏は中露枢軸を体制の性質よりも地政学から見ている。

しかしロシアの対中関係には懸念材料もある。トレニン氏は政治面と経済面での問題点を述べている。政治的には中国の政府関係者は、バイカル湖が両国の共有遺産だといったようなロシア極東地域での領土について両国関係を悪化させかねないことをしばしば口にする。他方でロシアは尖閣列島と南沙諸島に関しては中立を守り、中国の領有権主張を支持していない。より根本的なことには、ロシアは中国の軍事力増大に相反する感情を抱きはじめている。2006年に中国が瀋陽地区で大規模な軍事演習を行なったことがロシアの反発を招いている。トレニン氏はアジア太平洋地域での潜在的な脅威について、ロシア陸軍参謀のソココフ中将による「数百万人もの大軍が伝統的な戦闘作戦観に基づいて行動している。明確に言えば、大規模な兵員数と火力を機軸としている」という発言を引用している。経済ではロシアには極東国境地域の開発のために中国資本が必要ではあるが、中国企業はシベリアの一次産品を搾取するだけで現地ロシア人の雇用機会の拡大には何ら貢献しないという批判の声もある。ロシアはソ連から人口の半分を引き継いだに過ぎず、労働力不足を補うには中国人労働者が必要である。しかし中国の企業と労働力が大規模に流入するようになると、極東のロシア人の間では土地の占拠と犯罪組織の増大を恐れる声が挙がるようになる。

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獲物を求めて東アジアを睨むロシアのシベリアトラ

政治面と経済面での問題の他に、私はロシアの自然環境に対する中国の脅威にも言及したい。中国企業はシベリアの亜寒帯林を違法伐採により破壊し、中国でのあくなき木材需要を満たそうとしている(“Corruption Stains Timber Trade”; Washington Post; April 1, 2007)。シベリアの広大なタイガは全世界住民の共有財産で、地球環境のうえでもアマゾンの熱帯雨林の劣らず重要である。生物多様性に関しては、ロシア極東地域にはシベリアトラアムールヒョウバイカルアザラシのようによく知られた固有種が生息している。さらに、地球温暖化対策にタイガが果たす役割も、もっと注目されるべきである。亜寒帯林の泥炭土壌は、膨大な二酸化炭素を貯蔵している。無軌道な伐採によって温室効果ガスが大気中に放出されてしまうのである。またアムール川がシベリアの森林からの栄養分を海洋生物に運んでいるので、違法伐採によってオホーツク海の漁業にも被害が及ぶ。

ロシアが東アジアの安全保障で果たす役割について語る際に、朝鮮半島は重要な場所である。現在、北朝鮮は新しい指導者キム・ジョンウンの下で、国際的な核不拡散体制に逆らっている。歴史的に見ても朝鮮半島はロシア、中国、日本、アメリカによるグレート・ゲームの舞台である。北朝鮮の非核化に関しては、リチャード・アーミテージ元国防次官補が日本のジャーナリスト春原剛氏とのインタビューでソ連崩壊後のロシアは北朝鮮への影響力が急速に低下したと嘆いている(『日米同盟vs.中国・北朝鮮』; p. 120)。しかしハドソン研究所のリチャード・ワイツ上級研究員は、ウラジーミル・プーチン次期大統領が最近になって北朝鮮ではイラン以上に非核化に積極的に取り組むという論文を出したと指摘している(“Putin’s Grand Plan for Asia”; Diplomat Magazine; March 13, 2012)。それだけの理由はある。ロシアは南北朝鮮鉄道を自国の鉄道網に連結し、韓国にヨーロッパへの貿易ルートを提供しようとしている。またロシアは北朝鮮領内を通るエネルギー資源パイプラインの建設を望んでいる。

日本との関係では北方領土問題が注目されがちである。日本のメディアはプーチン氏の大統領当選が領土交渉に及ぼす影響に目を奪われがちである。しかし大統領が誰であれ、ロシアの東アジア政策の全体像を理解する必要がある。クレムリンは政治的な問題を棚上げして日本との経済関係の強化を模索しているかも知れない。しかしウクライナ危機でロシアが天然ガスのパイプラインを閉鎖してヨーロッパのほとんど全てを混乱させたことを考慮すれば、我が国としてはそうした考え方を易々と受け容れるわけにはゆかない。他方で日本は全世界の住民の利益のためにもシベリアの森林保護には一役かえる。日露関係を考えるうえでは2009年の日本製中古車紛争で見られたように、クレムリンの国家中心の視点が東シベリアの住民との間で認識のずれを生じさせていることに留意する必要がある(“Russian motorists in Far East protest new rules, taxes”; RIA Novosti; October 24, 2009)。極東ロシアの住民は、プーチン首相がロシアの自動車産業保護を国際競争から保護するために日本製中古車の輸入を制限したことに反対して立ち上がった。

ロシアは今年の9月にAPECウラジオストック首脳会議を主催するので、東アジアでの自らの政策と経済的な目的を発信する必要がある。ロシア国民は帝政時代からソビエト時代の精神構造から抜け出し、世界を相手に情報発信してゆくべきである。これまでのところ、ロシアの東アジア政策はあまり注目されてこなかった。しかし開発の遅れたロシア極東地域には日中韓をはじめとするアジア近隣諸国の投資が必要なのは明らかである。ロシアがアジア転向を進めるようになると、アメリカの政策形成者もロシアのアジア太平洋政策を注視する必要が出てくる。また東アジアの側でも、政治家や外交官から千島列島の漁師にいたるロシア人とより多くの対話の機会を求めるべきである。サラ・ペイリン氏が2008年の大統領選挙で不用意な発言をしたことは、ペイリン氏よりもむしろロシアにとって恥ずべきことである。

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