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2012年5月20日

思った以上に深い鳩山外交が日米同盟に残した傷

2009年の「政権交代」以来、日米両国の政策形成者達は沖縄基地問題にかかりきりになり、日米同盟の最も重要な課題がかき消されてしまった。それはオバマ政権の戦略が妥当かどうかである。春原剛氏の一文を引用すると、鳩山由紀夫氏は自民党支配という55年体制の打倒の成功に喜び勇むあまり、沖縄をめぐる両国間の合意を見直すという自らの言動がもたらす致命的な結末を理解していなかった。戦後の日本政治の見直しという名の下に鳩山氏は普天間の合意を破棄して沖縄駐留の米軍を削減すべきと主張したが、この合意のためにどれほどの長い時間と労力が費やされたかということには考慮を払わなかった。後に鳩山氏は「学べば学ぶほど抑止力の意味がわかった」と言って沖縄の戦略的重要性を認めている。しかし覆水盆に返らずである。日本はアメリカの信頼を回復するためにも、この傷を癒す必要がある。現在の日本政府はワシントンの外交政策に影響を及し、沖縄基地と尖閣領土問題を超えて地域あるいはグローバルな安全保障の大局を話し合うには分が悪い立場にある。

これを示す一つのエピソードに触れたい。日本の民主党が歴史的な勝利を収めてからほどなく、私は日米双方の外交官やビジネスマンらによる会合に参加する機会があった。そこでの主要議題は民主党政権下での永田町の政局であった。普天間も主な話題の一つであった。私はアメリカ側の参加者が「民主党新政権は日米関係を上手く処理しきれていないようだが、事の成否は全て日本側にあり、アメリカ側には何の問題もない。合意が実行にうつされないなら、米軍は普天間に駐留し続けるだけだ。」と言うのを聞いて衝撃を受けた。参加者の殆どがこの見解に同意した。私が重視しているのは沖縄をめぐる技術的な問題よりも、それが日米同盟に与える心理的な影響である。こうした発言は「両国間に何が起ころうとも全ては日本の責任で、アメリカには何らわるいところはない」と言ったに等しい。すなわち、たとえアメリカの戦略が間違っていたとしても、日本はものを言える立場でなくなったということである。野田佳彦首相は4月30日のホワイトハウス訪問で日米関係の改善に向けて動き出したかも知れないが、鳩山外交の失敗が残した傷跡は一般に思われているよりもはるかに深い。その会合での議論が永田町の政局に集中したこともあり、私がアメリカ側の懸念材料に言及しなかったことは悔やまれてならない。

ここでオバマ戦略の致命的な欠陥について論じてみたい。というのも、それが日本のみならず、ヨーロッパから中東、アジアの主要同盟国との関係を損ないかねないからである。そうした全世界にわたる同盟関係の基盤はアメリカの超大国としての地位である。しかしバラク・オバマ大統領は就任以来、「超大国の自殺行為」を躊躇しないとも思われる態度を示している。プラハとカイロの演説で見られたようなこれまでのアメリカ外交への謝罪姿勢は厳しい批判にさらされた。日本の政策形成者の多くが財政上の困難を抱えながらのアジア回帰に「感謝」の意を示しているが、この戦略の中味は空である。中東は依然としてアメリカの軍事的プレゼンスを必要としている。またきわめて皮肉なことに、アジア回帰が必ずしもアジア太平洋地域でのアメリカの軍事力を強化しているわけではない。オバマ戦略ではエア・シー・バトルを重点に挙げているのに反し、アメリカの海空軍力は大幅に縮小されている。F35統合打撃戦闘機の開発遅延は最たる例の一つである。

アメリカン・エンタープライズ研究所のマッケンジー・イーグレン常任フェローは、アジア回帰戦略に批判的な分析を行なっている。オバマ政権の計画では米軍の大幅な人員削減が行なわれ、陸軍と海兵隊で合わせて10万人にもおよぶ兵員が解雇される。それはイラクとアフガニスタンでの長きにわたる戦争による「オーバー・ストレッチ」の是正を上回る規模である。さらに装備の調達と研究も全軍で削減される。海軍と空軍は大きな打撃を受けている。両軍の規模もさることながら、研究開発費の削減の方がより深刻である。中国に対するアメリカの優位を維持するためにも接近阻止・領域拒否能力への対抗手段への投資が重要だが、オバマ政権はこれも削減している。イーグレン氏はさらに、オバマ政権の国防政策の最大の犠牲者は空軍だと主張する。空軍が来年に購入する航空機の総数は、陸軍と海軍よりも少ない。さらに問題なのはステルス戦闘機・爆撃機や無人機といった最先端技術の支出が削減されていることである(“Obama's shift to Asia budget is a hollow shell game”; AOL Defense; March 15, 2012)。オバマ政権の「アジア回帰」によってアメリカが中国に対して戦略的に脆弱になるのは全く矛盾しており、イランやテロリストといった中東の脅威に対しては言わずもがなである。

オバマ氏はアメリカ軍のハードウェアよりもソフトウェアの向上に力を入れているが、ロバート・ゲーツ前国防長官の退任演説を思い起こすべきである。国家安全保障の目的を達成するには軍備の規模が充分でなければならない。この議論に当たって2010年の『英国戦略防衛見直し』のに言及したい。キャメロン政権は厳しい財政事情の中でイギリスの国防を再編するに当たってハードウェアよりもソフトウェアを重視している。その結果はどうだろうか?リビア紛争でのイギリスの戦闘ぶりは充分に良いとは言えなかった。フォークランド戦争30周年を迎える今年はアルゼンチンでナショナリズムが高揚し、兵力規模を縮小されたイギリス軍がこれに自信を持って対処できるかと言えば心もとない。オバマ政権は「皮肉な特別関係」を示すかのようにイギリスの現政権と同様な過ちを犯している。

上記の観点から、オバマ戦略の矛盾をさらに議論してゆきたい。イーグレン氏は空軍協会のダグラス・バーキー政府関係部長との共同論文で国防総省の統計資料を駆使しながら、オバマ戦略の根本的な弱点について議論している(“Nearing coffin corner: US air power on the edge”; AEI National Security Outlook; March 2012)。重要な点は「同盟国がアメリカとその国益に寄与するかどうかは、アメリカがプレゼンスを誇示し、超大国の地位にとどまり、問題を解決する意志を示していると認識するかどうかに直接かかっている」ということである。空軍力の大幅な削減はアメリカのプレゼンスをかなり低下させてしまう。両氏は2010年に発行された『4年ごとの国防計画』を引用し、アメリカは中国の脅威の増大に対処するためにも「長距離攻撃システムとそれに伴うセンサーへの投資を増やすべきである。また米軍がハッカー攻撃にさらされた環境でも作戦行動を遂行できる能力を開発し、誇示しなければならない」と主張する。戦略爆撃機とA2/AD対抗能力は、エア・シー・バトルの戦闘力を質量とも高めるうえで重要である。まず長距離爆撃機について述べたい。以下の表に見られるように、爆撃機の保有数はベトナム戦争時の500機から現在では134機に減っている。

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技術の進歩によって1機の戦闘機でも複数の目標を攻撃できるようになったが、1機で同時に2ヶ所を攻撃することはできないので、同時並行攻撃は不可能である。リビアでのNATOの経験から、巡航ミサイルによる大規模な攻撃を持続的に行なうにはコストがかかり過ぎる。長距離攻撃能力がそれほど不充分なことを考慮すれば、在日米軍は第7艦隊以外はグアムに移転せよという小沢一郎衆議院議員の発言は全く間違っている。また前進基地の爆撃機は後方基地の爆撃機よりも多くのソーティーをこなせる。沖縄には沖縄の役割があり、グアムにはグアムの役割がある。同様の論理はイランについても当てはまる。湾岸地域の前進基地にはそうした基地ならではの役割があり、ディエゴ・ガルシア島にはそこに見合った役割がある。剣には剣の使い道があり、長槍には長槍の使い道がある。

長距離攻撃の成功には、前進基地からの戦術的な空爆とも併せて行なう必要がある。よって戦闘機の近代化と増加も必要である。これは特にA2/AD対抗能力の向上で重要である。中国は第5世代のJ20ステルス戦闘機や先端技術の対艦ミサイルといったA2/AD能力を開発しているが、アメリカにはF22とB2を合わせてもわずか185機である。以下の表に示される通りアメリカ空軍にはさらなる近代化が必要である。 

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イーグレン氏とバーキー氏は「政策形成に当たって優先すべき投資の対象は、まず次世代爆撃機である。そしてF35、KC46、F22の近代化である。次に空母を拠点とした攻撃および制空のためには、航続距離が長く探知され難い航空機も重要である。そして統合電子戦能力も優先課題である」と主張する。両氏は手段とは現実に適合しなくてはならないと総括しているが、オバマ政権のアジア回帰戦略とエア・シー・バトル重視には数多くの矛盾がある。

これまで述べてきたようにアメリカの政策形成も完全なものではない。しかし鳩山外交の傷があまりに深いので、アメリカ側にどのような間違いがあってもかき消されてしまう。これは「日本の一貫性のなさが両国関係を悪化させているが、アメリカ側には何も落度はない」という無意識の意識が現在の日米両国の間の空気を支配しているためである。普天間問題は日本の立場を損ない、アメリカの時の政権の政策が間違っていても「ノー」とは言いにくくなってしまった。当時の会合の出席者達は日本の政界とのつながりもあるため、鳩山外交の失態にもかかわらず日本に対して理解と忍耐と敬意を示した。しかしワシントンの政策形成者にはヨーロッパや中東の専門家も多く、彼らが日本に対してそこまで寛大でいられるかは保証の限りではない。野田佳彦首相は、鳩山政権が残したこれほどまで凄まじい難題に取り組まねばならない。野党には野党ならではの利点もある。政権与党は目の前の仕事に係きりになってしまうが、野党なら日米の同盟関係を長期的かつ土台から再建に多くのエネルギーを費やすことが可能で、そうしたことがアメリカで「超大国の自殺行為」に走るようないかなる動きも食い止め、孤立主義が高まることも防ぐことにつながるであろう。永田町での民主党の「未熟さ」など日本国民はわかりきっている。野党は永田町のコップの中の嵐を超えて行動をしなければならない。

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