アジアにおけるヨーロッパの役割
アジアン・ドリームを求めて海の彼方へ
「太平洋の世紀」という話題になると、アメリカ、中国、日本、ロシア、インド、そしてアジア太平洋地域のその他中小国家ばかりが注目されがちである。しかし域外のアクターでも特にヨーロッパの影響力は無視できない。歴史的に見て、ヨーロッパとアジアは互いに大航海時代以来の深い関係にある。イギリスとフランスのような大国ばかりでなく、オランダ、スペイン、ポルトガルといった中小国もアジアとは長い交流の歴史がある。ヨーロッパはアジアがまさに必要としている投資、知識、ブランド、輸出市場を提供できる。ヨーロッパが積極外交に転じれば、アメリカにも日本にも、そしてアジア太平洋地域のその他の民主国家にとっても、中国やロシアとの地政学的競合や北朝鮮による予測しがたい脅威への対処のうえで非常に心強い。
アジアの台頭によってヨーロッパは影が薄くなるのだろうか?カーネギー・ヨーロッパのジュディー・デンプシー上級研究員は自らのブログで欧米双方の識者の見解に言及し、欧亜関係を語っている(“Judy Asks: Should Europe Fear the Pacific Century?”; Strategic Europe; June 27, 2012)。人口構成では平均年齢の若いアジアが高齢化したヨーロッパより有利であるが、アジアはナショナリズムの高揚、数多くの領土紛争、経済格差の拡大、そして大規模な環境破壊といった難しい地域的課題を抱えている。ヨーロッパは社会経済開発、人権、統治の改善、科学技術といった面でアジアを支援できる。しかしヨーロッパはアジアで限定的な役割しか果たせないと見る専門家もいる。
多くのヨーロッパ人にとってアジアのパワー・ポリティックスは遠い世界の出来事で、彼らは貿易での関係は強化しても安全保障の関与は小さなもので満足している。そうした全てを考慮すると、ヨーロッパがアジアに対する姿勢には著しく目立つ側面がある。アメリカとは価値観を共有するものの、南シナ海の諸問題やアチェー紛争のようなアジアの危機への対処でヨーロッパは多国間の非軍事的な方策を好む。私にはデンプシー氏のブログ記事内容が日本の外交と似ているように思える。政治的価値観と社会経済の発展段階が共通するヨーロッパと日本は、アジアが抱える多様な問題に対処するうえで緊密な関係を築けるかも知れない。
経済的発展が進み政治的緊張が高まるアジアは、グローバル化が進む世界にかなりの影響を及ぼしている。よってヨーロッパ諸国はアジアでより積極的な役割を果たす必要があり、自国だけの内向きの幸福と繁栄に満足してはならない。安倍晋三元首相は、中国の有人宇宙飛行の成功によってはじめて、ヨーロッパの指導者達が中国の脅威に関する問題意識を高めるようになったと述べている。アジアへの関与を深めるようになれば、ヨーロッパは日米同盟と安全保障上の利益をより多く共有するようになるだろう。
ヨーロッパ諸国のアジアに対する姿勢をさらに理解するには、世界全体に対する姿勢を理解する必要がある。ロバート・ケーガン氏が自らの有名な著書『ネオコンの論理』で述べているように、ヨーロッパは安全保障の責任をアメリカと言う保安官に丸投げしている。ヨーロッパがアジアに消極的なのは地理的に遠いからではなく、ポスト帝国主義の心理状態にあるためである。ブッシュ政権によるイラク戦争を支持したケーガン氏を単独行動主義者と見る向きもあるが、それは間違っている。ケーガン氏は緊密な大西洋同盟によってグローバルな課題に取り組むべきだと主張しているので、こうした文脈からすればヨーロッパはアジアで自らが果たすべき役割をもっと鋭敏に認識すべきである。ヨーロッパが積極姿勢に転じれば、安倍元首相であれ他の誰であれアジア太平洋諸国の指導者は多いに歓迎するであろう。
ヨーロッパは欧州連合という集団チャンネルか主権国家という独立のチャンネルかのどちらかを通じてグローバル・パワーとして行動できる。アジア欧州会合(ASEM)は欧亜関係を深化させる集団チャンネルの一つである。EUは小国でも持てる実力以上の力を発揮できるという素晴らしい機会を与えてくれるが、カーネギー・ヨーロッパのステファン・レーン訪問研究員は三大国がしばしば主権国家としての行動を選択すると論評し、英仏独の外交政策を比較している(“The Big Three in EU Foreign Policy”; Carnegie Paper; July 2012)。レーン氏の論文を基に三大国のアジア政策について述べたい。第二次世界大戦の勝者で核保有国でもあるイギリスとフランスはより積極的な政策をとるが、ドイツはリーダーシップを取るような役割には消極的である。
イギリスはアジアとの関係強化を打ち出している。マーク・キャニング駐インドネシア大使は英国外務省のブログでアジア政策について語る際に「再優先化(re-prioritisation)」という語句まで使った("EU has Arrived"; FCO Blogs; April 27, 2012)。キャニング大使は駐ASEAN大使も兼務しているので、イギリスのアジア太平洋政策で非常に大きな影響力を持つ立場である。イギリスはアメリカやロシアと同様にアジアでの影響力拡大を狙っている。ヨーロッパ外交問題評議会のジョナス・パレロプレスネルセニョール政策研究員は、イギリスが他のヨーロッパ諸国もアジアで積極外交を展開して欲しいと望んでいると指摘する。
ロイヤル・ネービーが1971年にシンガポールより撤退した後も、イギリスはオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールと結んだ五ヶ国防衛取極めを通じてアジアでの軍事的な影響力を維持しようとしてきた。今年の4月にはデービッド・キャメロン首相がヨーロッパの首脳の先陣を切ってミャンマーを訪問し、アウン・サン・スー・チー氏を激励した(“David Cameron calls for Burma sanctions to be suspended”; BBC News; 13 April, 2012)。6月にシンガポールで開催されたシャングリラ対話では、ニック・ハーベイ国防担当閣外相が渡辺周副防衛相と会談し、サイバー空間と宇宙に関する日英間の防衛協力の進化で合意に至った。以下のビデオとこちらのリンクを参照されたい(“PM Emphasises UK commitment to signing a defence cooperation memorandum with Japan”; Defence News; 10 April, 2012および"Japan, Britain Agree on Joint Defense Development"; House of Japan; 3 June, 2012)。
フランスもアジアで目立った動きをしている。福島原発危機からほどなく、フランスは日本を救済するために原子炉の専門家を派遣した。インドへの武器輸出では、ダッソー社のラファール戦闘機がF35とタイフーンを押しのけてしまった。フランスのアジアに対するアプローチは理念よりもリアリズムに基づいている。これはフランスにはイギリスのような自由帝国主義の伝統がないことも一因であろうし、ディエン・ビエン・フーの戦いで屈辱的な敗北を喫してベトナムから撤退したことも一因かも知れない。
ドイツの場合は事情が異なる。この国は世界第2位の貿易輸出国でありながら、二度の世界大戦での敗戦のトラウマによって大国として行動することを躊躇うようになっている。三大国の中では最もポスト・モダンなドイツは自らをヨーロッパ連合と一体化する傾向が強まっている。しかしドイツはEUを基盤とした共通の外交政策でリーダーシップをとることには及び腰である。ドイツは他の大国との政治的なバードン・シェアリングよりも通商重視の外交を好む。よってドイツが「遠く離れた」アジアで大きな影響力を発揮することを望んでいるとは考えにくい。
それぞれの主権国家はアジアに対してその国ならではの国益を持っている。非常に重要なことに、専門家は太平洋の時代がアジアによる世界支配を意味せず、域外の国々にも経済成長の機会をより多くもらすという見解でほとんど全面的に一致している。そうした専門家達は、ヨーロッパはアジアの勃興と西欧の衰退を恐れる必要はないと言う。ヨーロッパはアジアで第一級のアクターにはならないかも知れないが、ブリュッセルのシンクタンクFRIDEのダニエル・コヘイン所長は「マラッカの支配者はベネチアの喉元を押さえる」という古い格言を引用している。
緊密な欧亜関係は域外の他のアクターにも波及効果をもたらす。そうした例にはBRICSの一角を占める南アフリカが挙げられる。地理的な観点だけでなく歴史、人種、文化の観点からも南アフリカはヨーロッパとアジアを結ぶ位置にある。クリストファー・コロンブスとバスコ・ダ・ガマの子孫達がアメリカによる悪意なき無関心と西欧の衰退を恐れることは有益とは言えない。ヨーロッパはアメリカと日本と共に行動し、アジアン・ドリームを追求すべきである。
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