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2012年8月19日

パワー・シフト時代におけるアメリカとヨーロッパの同盟再強化の課題

オバマ政権の登場によって、イラク戦争以来のアメリカとヨーロッパの埋めがたい分裂は癒されると期待された。ブッシュ政権のカウボーイ外交に嫌悪感を抱いたヨーロッパ人にとって、バラク・オバマ氏は待ち焦がれた救世主であった。ノルウェーのノーベル平和賞委員会はオバマ氏が大統領に選出される以前に授賞を決定していた。しかしオバマ氏の下でアメリカとヨーロッパの関係が改善し、大西洋同盟は強化されたのだろうか?皮肉にもオバマ氏は大西洋同盟の深化にそれほど熱心ではない。オバマ氏は従来からの同盟国よりも新興諸国の方を重視している。オバマ氏にとって、パワー・シフトの時代の国際問題に対処するうえで米欧同盟こそが世界の平和と自由民主主義の礎であるというわけでもないようだ。

オバマ外交がヨーロッパ人をどれほど幻滅させたのだろうか?ブレア政権の政策顧問であったマーク・レナード氏はオバマ氏の大西洋外交が抱えるパラドックスを論じている(“The End of Affair”; Foreign Policy; July 24, 2012)。2008年の大統領選挙の際にオバマ氏がベルリンを訪れた時には、アメリカに多国間外交重視、平和志向、福祉重視、しかも雄弁な指導者が登場したことにヨーロッパ人の圧倒的大多数が喜び勇んだ。ジョージ・W・ブッシュ氏のカウボーイ外交とアメリカ特別主義は、ヨーロッパの指導者と市民に嫌悪感を抱かせた。一見するとアメリカとヨーロッパはイランとシリアをめぐって良好な協力関係にある。イラク戦争をめぐっての分裂は収まったかのように見える。しかし表面的な印象とは裏腹に、オバマ政権の下ではパワー・シフトへの認識が高まっているうえに大統領自身のパーソナリティーもあって、大西洋同盟の結束は弱まっている。

アメリカ側から見ると、オバマ政権は西側同盟の強化よりも中国、インド、ブラジルといった新興諸国とのパートナーシップ構築を重視している。オバマ氏は国際機関においてヨーロッパ諸国が実態以上に決定権を持ち過ぎていると見なし、これが多国間外交でアメリカの国益を損ねていると考えている。これはレナード氏が引用したウォルター・ラッセル・ミード氏の「かつてのヨーロッパ列強からアジアの新興諸国に力を再分配するというやり方でアジア諸国を支援し、世界の力の構造を是正する方がアメリカの国益にかなうと思われる」という発言に顕著に示されている。オバマ政権の視点からすれば価値観の共有などアメリカにとってこれまでほどの重要性はないので、ヨーロッパが中国、ロシア、アジア新興諸国よりも圧倒的に優位な地位にあるとは言えなくなっている。

政治的な側面以外にも問題はある。レナード氏は、オバマ氏は出自からいってヨーロッパよりもアジアおよびアフリカ志向であると述べている。確かにオバマ氏はケニア人を父親に持ち、少年時代をインドネシアで過ごしている。しかし一国の指導者にとって自らの政策が、人種、民族、階級、その他の出自に影響を受けているとの印象を抱かれることは大失態であると私は考えている。またオバマ氏のビジネスライクな態度もこれまでのアメリカ大統領のようにヨーロッパ諸国の指導者達との個人的な友好を深めることを阻んでいる。レナード氏以外からもこうした指摘は挙がっている。リチャード・アーミテージ元国務副長官は、バラク・オバマ氏はジョージ・W・ブッシュ氏のような人間味に欠けるために外国の指導者達との人間関係を築きにくいと語っている。

ヨーロッパ側にも問題はある。ヨーロッパは世界運営の責任をアメリカと分け合うことに消極的であり続けた。これは防衛において顕著である。ヨーロッパの軍事支出は世界の21%を占め、中国、ロシア、その他新興諸国よりもはるかに多い。しかしヨーロッパは自らの政治、経済、軍事での力をグローバルな部隊で積極的に活用しようとしない。ヨーロッパ諸国にはアメリカという保安官に安全保障の責任を丸投げしている。非常に重要なことに、イギリス労働党の論客マーク・レナード氏が主張する問題点は、アメリカのネオコンサーバティブの論客ロバート・ケーガン氏が主張するものとほとんど同じである。現在のヨーロッパは指導者のほとんどがユーロ危機に気をとられている状況で、内向きの傾向を強めている。今年の夏に開催されたNATOシカゴ首脳会議では、上記のように低調な大西洋同盟が印象づけられた。

これはヨーロッパ大西洋圏だけの問題ではない。例えば日本の指導者達は中国への恐怖心からあまりにナイーブにオバマ政権のアジア重視を歓迎している。西洋から東洋へのパワー・シフトという地理的な側面を超えて、アジア重視政策の真の意味を考えようとする気配はほとんど見られない。オバマ政権がアジアへのシフトを強めるということは、パートナーシップの優先順位が従来からの民主的な同盟国から、体制の如何を問わず新興諸国にシフトすることをも意味している。よって米欧関係の停滞は日本の国益を害しかねないのである。

その根底にある問題はオバマ政権の外交政策の前提がアメリカの衰退を不可避としていることで、そのために中国との「G2」パートナーシップなるものを受け入れる、ロシアとのリセットでプーチン氏でなくメドベージェフ氏を窓口とする、イランのグリーン運動への支援を控えるなどの戦略上の誤りを犯すことになった(“The 'Obamians' and the truth about American decline”; Shadow Government; July 24, 2012)。アジア回帰も深刻な問題である。オバマ政権の計画では、アメリカは特に海軍と空軍を縮小した状態の削減された軍事力でアジアにシフトをすることになる(“Obama’s defense ‘pivot’ masks shrinkage”; Politico; July 22, 2012)。

これまで述べた観点から、ミット・ロムニー氏がイギリス、イスラエル、ポーランドを訪問したことは注目に値する。それはオバマ政権がこれら主要同盟国との戦略的関係を弱体化させたからである。この海外歴訪を前に、保守派のメディアはロムニー氏が外交に力を入れていることを示す絶好の機会だと訴えた。イギリスではデービッド・キャメロン首相とトニー・ブレア氏とは中東および世界の安全保障に関して議論し、またイスラエルではパレスチナ問題について、ポーランドではミサイル防衛についてオバマ政権の姿勢に反論するなど予定が目白押しであった(“Romney uses trip to stress foreign policy”; Washington Times; July 25, 2012)。これら3国への歴訪が成功裡に終われば、オバマ政権が弱体化させた西側民主国家同盟の礎が再強化されたはずである。訪英直前のロムニー氏は、英米特別関係には左翼的な冷淡さで臨みながらアメリカの敵国や競合相手国に宥和姿勢をとるオバマ政権を批判した(“Mitt Romney would restore 'Anglo-Saxon' relations between Britain and America”; Daily Telegraph; 24 July, 2012)。

しかしロムニー氏はほどなくして外交政策には経験も知識も不足しているという馬脚を現してしまった。イギリスではロンドン・オリンピックの準備の進み具合への疑念を口にして滞在先の国民から反感をかった。さらにエド・ミリバンド労働党党首の名前を思い出せないという失態も演じた(“Romney in Britain: Diplomatic Offensive”; Economist blog --- Blighty; July 27, 2012)。またロムニー氏が「我が国は日本ではない」といった問題発言をした際には、日本国民と日米同盟の強化を訴えるジャパン・ウォッチャーから懸念の声が挙がった(“Romney's Japan remark raises eyebrows”; Cable; August 10, 2012)。

そのような失態がありながら、ミット・ロムニー氏はコンドリーザ・ライス元国務長官やデービッド・ペトレイアス陸軍大将のような重鎮を差し置いてポール・ライアン下院議員を副大統領候補に選んだ。予算問題に通じるライアン氏はサラ・ペイリン氏よりはるかに優秀ではあろうが、ロムニー氏と同様にライアン氏も外交政策でのバックグラウンドは充分ではない。歴史的に見て、外交政策に強いバックグラウンドがない大統領候補は自らの弱点を補完できる副大統領候補を選んだ。ロムニー氏がライアン氏を選出したことは、外交政策を選挙の主要争点とは見ていないのだと解釈されかねない(“With Ryan pick, Romney would send a message: This is not a foreign-policy election”; Passport; August 11, 2012)。

オバマ氏は自由民主主義諸国との関係の深化よりもむしろ、体制の如何を問わず新興諸国とのパートナーシップ強化に政策をシフトしつつある。大西洋同盟の弱体化は世界の安全保障のためにならない。ロムニー氏は世界の平和と自由民主主義の礎の再強化への意欲を示したが、自らの失言によって外交でのバックグラウンドの不充分さを露呈させてしまった。アメリカとヨーロッパの同盟は世界の自由、繁栄、文明の推進に最も重要な役割を担ってきた。専制諸国家の台頭に鑑みてアメリカとヨーロッパは再び結束を強める必要がある。現時点では政権与党の民主党も野党の共和党もこの問題に関する認識が不充分である。シカゴの停滞から大西洋同盟を再強化できる人物はいるのだろうか?

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