日米欧は世界の民主主義の巻き返しに向けて結束を再強化せよ
チュニジアとエジプトのフェイスブック革命が昨年のアラブの春を引き起こし、独裁者を政権から引きずり降ろして長年にわたる中東の民主化の夢が動き出した。しかしフリーダム・ハウスは、世界全体でも特にアジア、ラテン・アメリカ、南部アフリカを中心に民主主義が後退していると警告するレポートを発行した(“Democracy declined worldwide in 2011, Arab Spring nations at risk: report”; Reuters; September 17, 2012)。
専制国家の台頭に鑑みれば、これは由々しき問題である。中国は東アジア圏での拡張主義に何の躊躇も示していない。ロシアではウラジーミル・プーチン大統領がアメリカは今年の大統領選挙で反体制派の票が増えるように「画策」したと非難した(“Russia says U.S. aid mission sought to sway elections”; Reuters; September 19, 2012)。そしてイランは核兵器を入手しようとしている。
そこでレポートの内容を手短に吟味したい。”Freedom in the World 2012”では、チュニジア、エジプト、リビアで民主化が進展した一方で、シリア、バーレーン、イエメンでは市民運動への弾圧が盛んに行なわれていると述べられている。よって、テロとの戦いが始まってから世界の安全保障の重要課題となっている中東の民主化は、大きな壁に突き当たっている。また中国とロシアでは政府のプロパガンダによって市民の抵抗運動への恐怖感が扇動され、ジャスミン革命の波及が食い止められている。中国は世界でも最も巧妙なメディアの抑圧によって報道規制と情報検閲を行なっている。ロシア、イラン、ベネズエラといった他の専制諸国も様々な手段を通じてメディアやブログを規制している。.
現在のところ、西側同盟はそうした好ましからざる動向を座視するのみである。しかし専制政治に回帰しようとする世界的な傾向を逆転させられるのは、日米欧をはじめとする主要民主主義国である。圧政体制に抵抗して自由を求める活動家達は、西側同盟が民主化の希望を犠牲にして矮小なリアリズムと宥和政策をとることに失望している。フリーダム・ハウスのレポートに記された内容に鑑みれば、こうした活動家達の主張には理がある。
世界の民主化の進展を考えるうえで、中東は鍵となる地域である。フリーダム・ハウスはチュニジア、エジプト、リビアの変動を肯定的に評価しているが、いずれも民主主義の基盤は脆弱である。また、アメリカとヨーロッパの保守派の中にはシャリア法の施行に端的に見られるようなイスラム主義の台頭を懸念する向きもある。しかし、チュニジアのモンセフ・マルズーキ大統領は、アラブの春は反欧米でも親欧米でもないと述べている。また宗教もシャリア法も問題ではなく、社会正義こそが重要だという。マルズーキ氏は民主化によって過激派が自由な政治体制を悪用できるようになったことは認めている。しかし宗教過激派の真の目的は政治参加ではなく、混乱の助長であると強調している。過激派はアメリカの象徴を攻撃するより先に、チュニジアの国旗や国歌という自国の象徴を攻撃しているとマルズーキ氏は指摘する(“The Arab Spring Still Blooms”; New York Times; September 27, 2012)。
イスラム主義者が近代啓蒙思想という普遍的な価値観をどこまで尊重するかは注意深く見守る必要がある。しかしマルズーキ大統領の論文に注目すべきなのは、ある国での社会正義がその国の国際舞台での行動に大きな影響を与えるからである。西側同盟の再強化によって専制国家の台頭に備える必要があるのは、まさにこのためである。テロとの戦いの重要目的の一つは民主化の促進によって統治の改善をはかることであり、それによって暴力と過激思想の根を絶とうとしていることを忘れてはならない。
現在、NATOシカゴ首脳会議で見られたように、大西洋同盟には遠心力が働いている。また日米同盟も沖縄基地問題をめぐって大きく揺れている。専制諸国と過激派はこうした機会を逃さない。民主主義の後退から立ち直り中東の自由を支援してゆくためには、主要先進民主主義国の戦略的パートナーシップを再構成して自由の価値観を全世界に広める動きを主導すべきである。こうした民主化のイニシアチブは日米欧だけのものではない。戦略パートナーシップが立ち上がったら、次は新興民主主義諸国とも手を携えて民主化を促進すべきである。そうした国として、インド、オーストラリア、イスラエル、韓国などが挙げられる。フリーダム・ハウスのレポートによって、現在の世界の中で我々の自由な社会への安全保障がどれほど不充分かを認識させられる。
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