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2012年11月29日

アメリカの国防と予算をめぐる抗争の序論

来る財政の崖に鑑みて、アメリカが世界の警察官の役割を果たすうえで予算と国防の問題がきわめてきびしいものになっている。世界各地の多くの国がアメリカの覇権下の自由主義世界秩序の中に存在している。国防と予算の問題については後の投稿で議論するとして、有益な参考論文に言及したい。

アメリカの軍事支出は過剰なのだろうか?アメリカン・エンタープライズ研究所、外向政策イニシアチブ、ヘリテージ財団が共同で運営する「国防を防衛するプロジェクト」は『国防支出入門』(Defense Spending 101)と題するガイドブックを刊行した。アメリカの国防費がGDPに占める割合は冷戦期より縮小しているので、オーバー・ストレッチとは言えない。さらにアメリカが直面する安全保障上の課題は多岐にわたり、自国の経済的繁栄にも安定した自由主義世界秩序が必要である。よってアメリカの国防力は維持されねばならない。非常に重要なことに、後方基地が前進基地を補完できないのは、地域の抑止力弱体化と同盟国からの信頼低下という問題があるからである。

財政の崖に関しては、アメリカン・エンタープライズ研究所のマッケンジー・イーグレン常任研究員は「現在考えられる全てのシナリオで共通して言えることは、財政の崖を乗り越えたからと言って事態が自動的に改善するわけではない。唯一の解決策は包括的な債務削減合意である」と論評している(“The fiscal cliff's threat to national security”; US News and World Report; November 1, 2012)。

国防費削減の理由は予算抗争だけではない。AEIのダニエル・プレトカ所長は「財政問題の影に隠れて孤立主義の台頭も見逃せない。多くのリベラルでそうした傾向が見られる。保守でもロン・ポール氏の一派でもそうした傾向が見られる」と総括している(“Beef jerky and the nation’s defense”; American Enterprise Institute; November 15; 2012)。

国防と予算については、今後の投稿でさらに深く議論したい。

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2012年11月21日

忘れ去られたイラクでの戦い

今年の大統領選挙では外交政策は主要争点とはならず、オバマ氏とロムニー氏の間ではイラクとアフガニスタンはほとんど議論にならなかった。しかしイラク情勢はイランとシリアに直接の影響を及ぼす。また、リビアでのベンガジ攻撃に鑑みてアル・カイダの復活を注視する必要がある。問題はこうした安全保障上の課題だけではない。イラクのレジーム・チェンジは中東の若者達を触発し、それがチュニジア、エジプト、リビアでのアラブの春につながった。イラクは日本とドイツのように民主主義のショーウィンドーになるものと期待された。アメリカは両同盟国を忘れたことはない。イラクが大統領選挙であれほど議論の対象とならなかったのは、どうしたことだろうか?オバマ政権はイラクから駐留軍を撤退させたが、この国でのテロとの戦いと安全管理の行方は中東どころかサヘル・アフリカにも大きな影響を及ぼす。中東の安全保障が脆弱ではオバマ政権のアジア移転政策にも陰がさす。よって西側多国籍軍の撤退後のイラクで何が起こっているのかを見過ごしてはならない。

まずイラクと近隣諸国の安全保障情勢について述べたい。昨年12月の米軍撤退に際してバラク・オバマ大統領が「独立、安定、自立したイラク」を宣言したのとは裏腹に、事態は逆の方向に進んでいる。アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン部長と軍事問題研究所のキンバリー・ケーガン所長は、オバマ政権が安全保障でイラクを信頼できるパートナーに育て上げていないと指摘する(“Losing Iraq”; National Review; October 15, 2012)。昨年末の撤退後にイラクに残った米軍要員はわずか150人で、イラク軍とは訓練も戦闘も共に従事することはない。その結果、米・イラク両国によるテロ対策での協調は急速に衰え、アル・カイダが復活している。撤退以降はイラクのアル・カイダの前線組織であるイラク・イスラム国による襲撃が増加している。スンニ派である彼らは、モクタダ・アル・サドル師が率いるシーア派民兵との間の宗派抗争を激化させている。

さらにイランの影響力も増している。イランはイラクの領空を通ってシリアのアサド政権に軍事物資を供給している。アメリカと安全保障で強力な協力関係を築いていないイラク空軍では、イランの侵入を撥ねつけるにはあまりに脆弱である。イランの影響はイラク当局にも浸透している。アメリカがマリキ政権にシーア派過激思想の持ち主の身柄を引き渡した際に、イラクの司法当局は自国の国内法に規定されているような民兵組織の解散も行なわせずに過激派を釈放してしまった。

イラクでの米軍のプレゼンスが強固であれば、2008年の戦略提携合意が企図したようにアル・カイダとイランを牽制できたであろう。しかしオバマ政権は米軍にイラクで抑止力になって欲しいというマリキ政権の要請を拒絶した。アメリカとイラク双方にとってアル・カイダによるこの国での根拠地の形成を阻止することが国益にかなう。オバマ氏のイラクへの関与に対する消極姿勢は何とも不可解であり、アフガニスタンがテロリストの根拠地となったことにアメリカが注意を払わなかったことが9・11攻撃につながったという教訓を忘れ去ったのではないかと思えるほどだ。ベンガジでの米大使らへの攻撃がアル・カイダによって行なわれたことを銘記すべきである。オサマ・ビン・ラディン殺害が成功したからといって、テロとの戦いの終結は保証されていないのである。

オバマ政権がイラクでの軍事的な関与の深化にそこまで消極的で、しかもアジアを重点に人員と資材を配分したいというなら、イラクとの関係を緊密に保つための外交手段をもっと活用する必要がある。アメリカン・エンタープライス研究所のマイケル・ルービン常任研究員はアメリカとイラクの外交チャンネルでのコミュニケーション・ギャップに言及している。アメリカ側ではバグダッド駐在の外交官のほとんどがアラビア語を満足に話せない。私にはこれがイラン革命の事例と何か二重写しに思える。シャーの王政崩壊の直前には、イランにはペルシア語が堪能な外交官もCIA要員もほとんどいなかった。そのためカーター政権は適切な行動がとれなかった。オバマ政権は同じ過ちを繰り返すのだろうか?

イラク側について言えば、ワシントンで信頼性のある外交チャンネルを築いていない。アメリカは典型的な多元的民主主義の国である。よって対米外交には国務省、ペンタゴン、ホワイトハウスといった公式の窓口ばかりでなく、メディア、シンクタンク、議会といった非公式の窓口も必要になってくる。イラクはそうした窓口を築いていないので、ワシントンの政策形成者達はシリア、イラン、アル・カイダへの対処でイラクの言い分にほとんど耳を傾けていない(“Iraqi diplomacy has no voice in Washington”; Al Aalem; November 1, 2012)。ルービン氏はこれをイラク側の問題としてのみ語っているが、私はアメリカ側もイラクが米国内で非公式の窓口を築けるよう支援してゆく必要があると考える。それはどんなコミュニケーションも双務的なものだからである。

オバマ大統領は上院議員時代にはイラク戦争にただ一人で反対票を投じたせいか、この戦争を忘却の彼方に追いやりたいのかも知れない。しかし外交には政権交代があろうとも国家としての一貫性が必要である。アメリカのイラクへの関与が急速に縮小してしまえば、この地域の若者達の間で自由への望みが高まっていることに相反して中東の民主化という長年のビジョンが無駄になってしまう。歴史的に見てバグダッドはアッバース朝時代からオスマン・トルコ帝国崩壊後のイギリス統治の時代に至るまで、アラブ世界の中心地の一つであった。中東地域全体への影響を考慮すれば、オバマ政権はイラク政策を再考しなければならない。中東の安定なくしてアジアへの軸足移転などあり得ない。

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2012年11月11日

日本の保守政治家は戦後のレジーム・チェンジを肯定せよ

野田政権がレイムダックの様相を増している現在、自民党の安倍晋三総裁が日本の次期首相になる公算が高い。安倍氏と他の自民党政治家だけでなく、ナショナリスト最右翼の石原慎太郎氏とポピュリストの橋下徹氏に率いられる「第三極」においても保守派の声は高まっている。そうした保守派の間ではかなり多くの政治家が「戦後レジームの見直し」を主張し、その多くがアメリカによる「押し付け」の民主化を公然と批判している。そうした発言によって、日本は戦前のナショナリズムに逆戻りしているかのような誤ったメッセージを国際社会に送っているのではないかと懸念される。

むしろ日本は戦後のレジーム・チェンジを肯定し、西側同盟の中での役割をより積極的にすべきだと思われる。ここで強調したいことは、小泉政権以降の自民党政権はアメリカ主導で行われたイラクとアフガニスタンのレジーム・チェンジを支持したが、それらはいずれも日本とドイツに倣ったものである。中東の民主化を支持しながらアメリカ主導の占領軍による戦後の「押し付け」改革を非難するというのでは、論理的に成り立たない。小泉純一郎氏以降の自民党の首相達はテロとの戦いへの勝利、そして特にアル・カイダに代表されるテロ組織への核拡散の阻止のために、そうしたレジーム・チェンジを支持した。私は小泉政権以降の自民党首相達が米軍によるサダム・フセインとタリバン打倒を本気で支持したものと固く信じている。小泉氏の後継首相達は両戦争の開戦時に閣僚の座にあった。麻生太郎氏に至ってはブッシュ政権の方針と呼応するかのように「自由と繁栄の弧」の構想を打ち出した。オバマ政権はテロ攻撃が依然として続く両国からの撤退を決定したが、イラク戦争に反対したフランスもドイツも含めた国際社会は両国の復興と治安部隊の訓練への支援を模索している。日本はアフガニスタン復興支援国際会議を主催した実績もある。

よってアメリカによる占領統治に不満を述べるよりも、日本はチベットや東トルキスタンをも含めた中東から中国に至る地域のレジーム・チェンジのロール・モデルとして行動すべきである。すなわち、日本は民主化の成功への道程を示し、この地域の諸国民にも自らと同様の道を歩むように呼びかけ説得してゆくのである。これによって国際舞台での日本の存在感は増すであろう。日本がイラクとアフガニスタンのレジーム・チェンジを支持したことに何も間違いはない。政治家達はこのことにもっと自信を持つべきである。

イデオロギー的な立場を超えて、時代遅れで機能しなくなったシステムを変えてゆくことには何の異存もない。民主党リベラル派の鳩山由紀夫氏、菅直人氏、岡田克也氏らも日米同盟や霞ヶ関の官僚支配に代表される日本の戦後政治の見直しを主張したが、それによって内政が麻痺状態に陥り、日米関係も悪化しただけであった。誰が次期首相になろうとも、そうしたおぞましき誤りは繰り返してはならない。「戦後レジームの見直し」というスローガンを掲げれば、国際社会から日本とドイツにおけるレジーム・チェンジと民主化を否定するものと誤解されかねないと懸念される。さらに、そうした誤解が広まれば日本は欧米からもアジアからも孤立しかねない。

そこで日米関係について述べたい。ワシントン政界内部に通じたジャパン・ハンドラーなら、中国や北朝鮮といった東アジアの脅威およびアル・カイダやイランなど世界規模での脅威に対して日本が真摯に取り組む限り、保守派が望んでやまない「自主独立」にも寛大かも知れない。しかしアメリカ人の全てがそうした考え方をするわけではない。メディアの中には、専制国家への対処のために日米同盟の緊密化と集団安全保障を追及しながらダグラス・マッカーサーによるレジーム・チェンジを「押し付け」と非難する一貫性のなさに疑念を呈するかも知れない。言い換えれば、「戦後レジームの見直し」が何を意味するのかが明確でないと未熟な反米史観とも受け取られかねない。そうなると日本はアジアと欧米の民主国家から孤立してしまう恐れがある。戦後レジーム・チェンジの中核は平和憲法である。その憲法は国際社会に日本のレジーム・チェンジを印象づけるという歴史的役割をすでに達成し、国際安全保障環境も変わった今となってはそうした役割は終わっている。そうした事情から、私は憲法の改正を支持している。

戦後占領統治が良いことづくめではなかったということは理解できる。また戦前の日本も悪いことづくめではなかった。明治維新の改革はエリートが持ち込んだ西洋の思想に多いに依存していたが、大正デモクラシーの運動は日本のグラスルーツから立ち上がった。それは普通選挙の実施にとどまらない。女性や被差別部落民は自分達の社会的地位の向上を求めて立ち上がった。自由と平等への希求は全国的な広がりを見せた。大正デモクラシーが成功を収めていれば、日本は外国の介入なしにプロシア式の明治憲法を民主的なものに改正できたかも知れない。遺憾ながら大正デモクラシーはドイツのワイマール民主主義と同様に自ら崩れ去ってしまい、軍国主義の台頭を許した。我々が戦前の政治文化を批判的に見つめねばいけないのは、まさにそうした理由からである。

現在、安倍晋三氏が野田佳彦首相に代わって政権をとる公算が最も高い。「失われた20年」に鑑みれば、時代遅れで機能しないシステムは一掃されねばならない。しかし誰が首相になろうとも、そして思想的立場がどのようなものであろうとも、国内外で不要な誤解を生じないためにも「戦後レジームの見直し」が何を意味するのか明確にする必要がある。日本はドイツとともに民主主義を世界に広めるうえでのロール・モデルである。日米同盟の深化、欧米とアジアの民主国家との戦略提携の発展、そして国際舞台での自らの存在感の向上には、これが重要な点である。イラクとアフガニスタンでの日本の貢献を忘れてはならない!歴史修正主義は日本が国際舞台で成し遂げてきたことを台無しにするだけである。

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