« 日本の保守政治家は戦後のレジーム・チェンジを肯定せよ | トップページ | アメリカの国防と予算をめぐる抗争の序論 »

2012年11月21日

忘れ去られたイラクでの戦い

今年の大統領選挙では外交政策は主要争点とはならず、オバマ氏とロムニー氏の間ではイラクとアフガニスタンはほとんど議論にならなかった。しかしイラク情勢はイランとシリアに直接の影響を及ぼす。また、リビアでのベンガジ攻撃に鑑みてアル・カイダの復活を注視する必要がある。問題はこうした安全保障上の課題だけではない。イラクのレジーム・チェンジは中東の若者達を触発し、それがチュニジア、エジプト、リビアでのアラブの春につながった。イラクは日本とドイツのように民主主義のショーウィンドーになるものと期待された。アメリカは両同盟国を忘れたことはない。イラクが大統領選挙であれほど議論の対象とならなかったのは、どうしたことだろうか?オバマ政権はイラクから駐留軍を撤退させたが、この国でのテロとの戦いと安全管理の行方は中東どころかサヘル・アフリカにも大きな影響を及ぼす。中東の安全保障が脆弱ではオバマ政権のアジア移転政策にも陰がさす。よって西側多国籍軍の撤退後のイラクで何が起こっているのかを見過ごしてはならない。

まずイラクと近隣諸国の安全保障情勢について述べたい。昨年12月の米軍撤退に際してバラク・オバマ大統領が「独立、安定、自立したイラク」を宣言したのとは裏腹に、事態は逆の方向に進んでいる。アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン部長と軍事問題研究所のキンバリー・ケーガン所長は、オバマ政権が安全保障でイラクを信頼できるパートナーに育て上げていないと指摘する(“Losing Iraq”; National Review; October 15, 2012)。昨年末の撤退後にイラクに残った米軍要員はわずか150人で、イラク軍とは訓練も戦闘も共に従事することはない。その結果、米・イラク両国によるテロ対策での協調は急速に衰え、アル・カイダが復活している。撤退以降はイラクのアル・カイダの前線組織であるイラク・イスラム国による襲撃が増加している。スンニ派である彼らは、モクタダ・アル・サドル師が率いるシーア派民兵との間の宗派抗争を激化させている。

さらにイランの影響力も増している。イランはイラクの領空を通ってシリアのアサド政権に軍事物資を供給している。アメリカと安全保障で強力な協力関係を築いていないイラク空軍では、イランの侵入を撥ねつけるにはあまりに脆弱である。イランの影響はイラク当局にも浸透している。アメリカがマリキ政権にシーア派過激思想の持ち主の身柄を引き渡した際に、イラクの司法当局は自国の国内法に規定されているような民兵組織の解散も行なわせずに過激派を釈放してしまった。

イラクでの米軍のプレゼンスが強固であれば、2008年の戦略提携合意が企図したようにアル・カイダとイランを牽制できたであろう。しかしオバマ政権は米軍にイラクで抑止力になって欲しいというマリキ政権の要請を拒絶した。アメリカとイラク双方にとってアル・カイダによるこの国での根拠地の形成を阻止することが国益にかなう。オバマ氏のイラクへの関与に対する消極姿勢は何とも不可解であり、アフガニスタンがテロリストの根拠地となったことにアメリカが注意を払わなかったことが9・11攻撃につながったという教訓を忘れ去ったのではないかと思えるほどだ。ベンガジでの米大使らへの攻撃がアル・カイダによって行なわれたことを銘記すべきである。オサマ・ビン・ラディン殺害が成功したからといって、テロとの戦いの終結は保証されていないのである。

オバマ政権がイラクでの軍事的な関与の深化にそこまで消極的で、しかもアジアを重点に人員と資材を配分したいというなら、イラクとの関係を緊密に保つための外交手段をもっと活用する必要がある。アメリカン・エンタープライス研究所のマイケル・ルービン常任研究員はアメリカとイラクの外交チャンネルでのコミュニケーション・ギャップに言及している。アメリカ側ではバグダッド駐在の外交官のほとんどがアラビア語を満足に話せない。私にはこれがイラン革命の事例と何か二重写しに思える。シャーの王政崩壊の直前には、イランにはペルシア語が堪能な外交官もCIA要員もほとんどいなかった。そのためカーター政権は適切な行動がとれなかった。オバマ政権は同じ過ちを繰り返すのだろうか?

イラク側について言えば、ワシントンで信頼性のある外交チャンネルを築いていない。アメリカは典型的な多元的民主主義の国である。よって対米外交には国務省、ペンタゴン、ホワイトハウスといった公式の窓口ばかりでなく、メディア、シンクタンク、議会といった非公式の窓口も必要になってくる。イラクはそうした窓口を築いていないので、ワシントンの政策形成者達はシリア、イラン、アル・カイダへの対処でイラクの言い分にほとんど耳を傾けていない(“Iraqi diplomacy has no voice in Washington”; Al Aalem; November 1, 2012)。ルービン氏はこれをイラク側の問題としてのみ語っているが、私はアメリカ側もイラクが米国内で非公式の窓口を築けるよう支援してゆく必要があると考える。それはどんなコミュニケーションも双務的なものだからである。

オバマ大統領は上院議員時代にはイラク戦争にただ一人で反対票を投じたせいか、この戦争を忘却の彼方に追いやりたいのかも知れない。しかし外交には政権交代があろうとも国家としての一貫性が必要である。アメリカのイラクへの関与が急速に縮小してしまえば、この地域の若者達の間で自由への望みが高まっていることに相反して中東の民主化という長年のビジョンが無駄になってしまう。歴史的に見てバグダッドはアッバース朝時代からオスマン・トルコ帝国崩壊後のイギリス統治の時代に至るまで、アラブ世界の中心地の一つであった。中東地域全体への影響を考慮すれば、オバマ政権はイラク政策を再考しなければならない。中東の安定なくしてアジアへの軸足移転などあり得ない。

|

« 日本の保守政治家は戦後のレジーム・チェンジを肯定せよ | トップページ | アメリカの国防と予算をめぐる抗争の序論 »

中東&インド」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/109615/56163274

この記事へのトラックバック一覧です: 忘れ去られたイラクでの戦い:

« 日本の保守政治家は戦後のレジーム・チェンジを肯定せよ | トップページ | アメリカの国防と予算をめぐる抗争の序論 »