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2013年3月27日

イラク戦争10周年とそれがアメリカ外交に及ぼした影響

今年はイラク戦争10周年であり、イラク戦争の動機および中東と全世界の安全保障への影響に評価を下し、将来への政策上の教訓について議論してみたい。戦争の動機と影響は緊密に関連している。まず政策形成の内幕を知る者たちからの論評に言及したい。サダム・フセインに対する開戦に当たって重要な論点となったのは核拡散、およびそのテロリストとの関係がもたらす脅威である。当時のジョージ・W・ブッシュ大統領による「悪の枢軸演説」のスピーチ・ライターであったデービッド・フラム氏は、反西側の国家アクターと非国家アクターの根深いコネクションについて語っている。シーア派のイランとスンニ派のハマス、イスラム神権政治のイランと共産主義の北朝鮮の関係について懐疑的な向きもあった。しかしそれらが事実であったことはすでに判明している。さらにカーン・ネットワークはアル・カイダに核兵器の技術を売り渡し、北朝鮮は2007年にシリアの核施設建設を支援し(The Speechwriter: David Frum on the Rhetoric of Iraq”; News Week; March 19, 2013)。

米英主導の多国籍軍に敗北した時期のサダム・フセインは核兵器を保有していなかったかも知れない。しかしIAEAは1990年にカーン・ネットワークがイラクに対して3年以内に核開発ができるように大がかりな支援を行なったことを明らかにした(“Khan’s Bomb Offer to Saddam’s Iraq: Document Showing Iraq’s Interest in Nuclear Weapon Design”; ISIS Online News; April 1, 2010)。イラクを含めた悪の枢軸は現実のものだったのである。イランとハマスの宗派の違いなど意味がない。ニューヨークのユナイティッド・ウィズ・イスラエルという親イスラエルの市民団体は、アフマディネジャド政権下のイランをヒトラー統治下のドイツになぞらえるプロモーション・ビデオを発信している。アドルフ・ヒトラーはヨーロッパからユダヤ人を根絶すると宣言した通りにホロコーストを実行した。マフムード・アフマディネジャド氏もイスラエルを地図から抹殺すると宣言し、イランは彼の下で全世界からの圧力と批判をものともせずに核開発に突き進んでいる。イランもハマスも宗派の違いを超えた共通の敵を抱えている。また、フォルド事件によってイランと北朝鮮が核開発で緊密な関係にあることが明らかになった。

核の脅威とともに、民主化と地政学も重要である。ジョン・ボルトン元国連大使はイラク戦争の概観を述べるとともに、イラクと地域の安定のためにもサダム・フセインは湾岸戦争後に政権から追い落とされるべきだったと主張する。よってイラク戦争は必要な戦争だったと言う。さらにサダムを政権から引きずり降ろした後にイランとシリアのレジーム・チェンジに精力をふり向けておけば、今になって両国に手を焼くこともなかったという。きわめて重要なことに、ブッシュ政権は断じてイラクの核兵器について情報操作を行なってないとボルトン氏は強調する。イラクが核兵器を隠していたというのが当時の観測筋の間での共通の理解であり、たとえ大量破壊兵器がなかったとしてもイラクはそうした壁の開発計画を再開して地域と国際社会の安全保障の脅威となったであろう(“Overthrowing Saddam Hussein was the right move for the US and its allies”; Guardian; 26 February, 2013)。陰謀論がはびこってはいるが、ボルトン氏のような整然とした分析の前にはそんなものは意味をなさないと理解すべきである。

イラク戦争を正しく評価するために、湾岸戦争でのサダム侵攻からのクウェート解放以降のアメリカの中東政策を検証する必要がある。ポール・ウォルフォビッツ国防次官補はジョン・ボルトン氏と同様に、ブッシュ・シニア政権がサダム打倒の蜂起を支援しなかったために、イラクではサダム・フセインによる抑圧が長引き、アメリカの道義的な立場を損なったと論評している。いわば、戦闘死傷者が出ることに過敏になってしまったために地域の混乱が放棄され、現地の情勢は悪化した。そのため、ウォルフォビッツ氏はオバマ政権のイラク撤退が早過ぎると批判している。以下、AEIが3月19日に行なったインタビューのビデオを参照されたい。



軍事介入反対派はサダム・フセインが自国民によって政権から追い落とされていただろうと主張するかも知れないが、イギリスのトニー・ブレア元首相はイラクの紛争は国民の蜂起によってシリアの内戦よりも凄惨なものになったであろうと論評している(“Blair: Iraq uprising would have been 'worse than Syria'”; BBC News; 19 March, 2013)。ブレア氏が軍事介入に肯定的な見解を述べていることは、オバマ政権の非関与政策を観測するうえで貴重な教訓を与えてくれる。アメリカの同盟国にとって、イラク戦争は対米関係の在り方を考えるうえで今後の行く末を左右する機会であった。しかしそれも充分ではない。アメリカと行動を共にするに当たり、ブレア氏はサダム以後の中東へのビジョンがあった。しかし日本政府にはそうしたビジョンもなく、米英両国の要求に受動的に反応しただけなのではないかと思われるのが当時の福田康夫官房長官へのインタビューである。福田氏はイラク戦争の開戦に当たってブッシュ政権が核兵器に関する情報を捏造した可能性まで口にしている(“イラク戦争10年 福田元首相「我々に情報はなかった」”; 朝日新聞;2013年3月20日)。これはボルトン氏がガーディアンへの投稿できっぱりと否定していることである。

上記の議論が福田氏の個人的な見解なのか、それとも小泉政権の見解なのかは定かではない。理由が何であれ、福田氏とブレア氏の間には著しい隔たりがある。 福田氏は明らかに戦争に確信が持てない傍観者として発言しているが、ブレア氏はステークホルダーとして発言している。これは両国の立場の違いを反映している。イギリスはアメリカと特別関係にある普通の国として行動しているのに対し、日本は平和憲法を掲げる非介入主義の国として行動している。よってイギリスはアメリカの世界秩序に参加しているのに対し、日本はアメリカに安全保障の傘を要請するだけで受動的に行動している。ブレア氏はアメリカと行動を共にするに当たって中東の民主化と紛争予防について語ったのに対し、福田氏は日米同盟の強化を語っただけである。一連のアーミテージ・ナイ・レポートを議論する際には、そのような著しい対照を念頭に置くべきである。

何はともあれサダム・フセインは政権の座を追われ、イラクの核の脅威は取り除かれた。アラブの春に鑑みて中東の民主化について述べたい。ブッシュ政権の帝国主義的な政策には特にリベラルな市民社会の間では厳しい批判の声が挙がっているが、イラク戦争を契機に国際社会は本格的に中東の民主化を論ずるようになった。英国王立国際問題研究所のナディム・シェハディ準研究員は、メディアにはブッシュ政権が残したものを否定するオバマ政権の政策的な方向性のバイアスがかかっているが、中東でのアメリカのソフト・パワーは保守的な王政や警察国家と同盟関係にあった時期よりも強まっていると指摘する。 サダム体制の崩壊により、アラブの若者の間ではアメリカと民主主義の価値観を共有し、アメリカン・ポップ・カルチャーを楽しむ者が増えている。是非とも留意すべき点は、民主党はイラクを宗派抗争とテロ攻撃から救済するために行なわれた2007年の兵員増派に反対した。現在では増派が有効だったことはわかっている。シェハディ氏が主張するようにブッシュ政権の介入政策は再評価されるようになるだろう(One day the world will thank Bush for shaking up the Arab region”; World Today; February 2013)。

アラブの春の前年に当たる2009年にイランで起きたグリーン運動を思い出して欲しい。イランの市民達はアメリカに自分達の自由への希求を支持するように訴えたが、オバマ氏はそうした要求を拒絶した。ジョン・マケイン上院議員はそうした非関与政策が自由を求めるイランの市民達失望させたと批判した。しかし民主化への希求は前進している。サウジアラビアでさえ市民達は社会経済的な不平等を意識するようになり、政治的な改革を要求するようになっている。この国の富の蓄積と宗教保守的な気運をもってしても自由への情熱から逃れることはできない(“A growing divide in Saudi Arabia between rulers, ruled”; Washington Post; March 15, 2013)。

イラクでの長く絶えることのない関与によって上記のような成果が挙がったが、オバマ政権は宗派対立が政治の進展を遅らせ、シーア派地域でイランの影響力が増大する現状を横目に米軍撤退を決断した。ワシントン・ポスト紙コラムニストのチャールズ・クローサマー氏は、オバマ政権が超大国の役割を果たすことに消極的なために、アメリカは中東地域で民主化のショー・ウィンドーとなり、イランとテロの脅威に立ち向かうパートナーになるべきであった中核的な同盟国を失ったと論評している。それによってブッシュ政権が多大な犠牲を払って得た成果が無駄になってしまうという。以下、ナショナル・レビュー・オンラインが3月19日に行なったインタビューのビデオを参照されたい。



イラクが投げかける問題は地域レベルにとどまらず世界的なものである。ジョン・ボルトン氏がガーディアンへの投稿で述べた最後の箇所を引用してこの記事の結論としたい。

オバマ氏が現在関わっている政策と予算論争で持論を押し通すなら、アメリカは世界各地から兵力を撤退して軍事力を削減してゆくだろう。これはまさに2003年のイラク戦争に反対した者達が長年の宿願だと訴えてきたことである。このような政策が実現してしまえば、その結末に不満の声を挙げるのは彼ら自身だろう。今、もうすでにそうした不満の声を聞く羽目になった。

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2013年3月17日

北朝鮮核ミサイルの射程範囲

昨年12月のキム・ジョンウンによるミサイル発射テストの成功(“One small step for Kim Jong Un”; CNN News; December 13, 2012)を受け、新任のチャック・ヘーゲル国防長官はオバマ政権が1期目に削減したミサイル防衛の拡大を表明した(US to boost nuclear missile defence to counter N Korea; BBC News; 16 March, 2013)。以下の地図を参照されたい。今やアメリカの領土であるアラスカが北朝鮮のミサイルの射程範囲に入ってしまった。


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北朝鮮の脅威はパール・ハーバー攻撃のレベルにまで高まった。フォルド事件(“North Koreans among 40 dead at Iran nuke plant”;WND; February 3, 2013)によって北朝鮮とイランを主とする悪の枢軸が突きつける脅威が差し迫ったものだと示された。核保有の野望をあらわにする両国に、どう対処すべきだろうか?

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