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2013年6月25日

トルコ人はトルコをどう見ているのか

現在、トルコはエルドアン政権によるイスラム主義の内外政策に対する厳しい反発の真っただ中にある。トルコはシリアのアサド政権に対するNATOの最前線でもある。さらに重要なことに、トルコは環大西洋圏、中東、ユーラシアを結ぶ要の位置にある。よってアメリカ、ヨーロッパ、日本の政策経営者にとっては世界と国内でのトルコの立場を理解することが肝要である。

そこでトルコの外交政策と現在の混乱を理解するために『ザ・ニュー・ターキー』誌の論文をいくつか取り上げてみたい。『ザ・ニュー・ターキー』誌はアンカラを本拠にトルコの視点を英語で全世界に発信している。我々はトルコを見る際に外国、特に欧米の視点から見がちである。しかしイスラムと西欧の間にあるというトルコのユニークな立場をトルコ人の視点から理解する必要がある。『ザ・ニュー・ターキー』誌はトルコの外交政策、中東問題全般、そして中央アジアおよび世界全体の安全保障についてトルコの視点を発信している。また海外からもコロンビア大学のジェフリー・サックス教授のような論客が投稿している(“Why Turkey is thriving?”; New Turkey; May 30, 2013)。

まず、今世紀の世界の中でトルコがどのような立場にあるかを述べたい。イスタンブールにあるマルマラ大学タリプ・キュシュッカン教授とトルコのシンクタンクである政治経済社会研究財団(SETA)のミュジェ・キュシュッケレス助手は、ケマル革命からエルドアン政権下でのイスラム主義外交に至るトルコの対外政策の基本的な動向を概括している (“Understanding Turkish Foreign Policy”; New Turkey; May 17, 2013)。イスタンブール暴動以前に書かれたこの論文では、トルコはもっと自らを主張する外交政策をとるように主張している。タイップ・エルドアン首相がイスラム主義外交に走るにはこれが理由の一つなのだろうか?

そのためにはケマル・アタチュルク以降のトルコの外交史を理解する必要がある。1923年の革命を経た戦間期と第二次世界大戦時には、トルコは中立の立場を守った。戦後になるとトルコはトルーマン・ドクトリンによって西側陣営に入った。これは冷戦の地政学のみならず、トルコがケマル主義による西欧化で国家建設を行なってきたという背景もある。1955年にバンドンで開催された第1回アジア・アフリカ会議ではトルコは欧米を弁護した。さらにスエズ戦争では英仏による侵攻を支持したばかりか、それ以外にも欧米諸国が中東で行なった介入政策を支持した。その結果、中東地域の近隣諸国はトルコを欧米のトロイの木馬だと見なすようになった。しかし1960年にはアメリカがキプロス民族紛争へのトルコの介入を批判し、またデタントによってソ連との関係も緩和したために西側同盟との関係は弱まった。それが1980年にはイラン革命によるイスラム主義の脅威に加えてソ連のアフガニスタン侵攻やイラン・イラク戦争による情勢の不安定化によって、トルコ外交の振子の針は西側に揺れ戻すのである。

冷戦が終結すると当時のトゥルグト・オザル大統領はトルコ外交の刷新を打ち出し、従来以上に自国の主張を出して多次元的な外交を模索するようになった。湾岸戦争によって中東でのトルコの戦略的重要性は高まった。またソ連崩壊によってトルコ、カフカス諸国、中央アジア諸国の間にある歴史的なつながりに対する意識も高まった。オザル氏は「アドリア海から中国万里の長城まで」というビジョンを打ち上げたが、ポスト・モダンで非軍事指向のヨーロッパは権威主義的なトルコの台頭に警戒心を抱いた。そうした中でイスラム主義者とクルド人は主流派のケマル主義者の欧米志向には反対であった。冷戦後の自国肯定主義と2002年の選挙でのAKP(公正発展党)の勝利によって、トルコはヨーロッパの中での自国のアイデンティティを再考し、自らをアフロ・ユーラシア地域の要だと位置づけた。他方でAKPはヨーロッパ連合との共存のためにリベラルで市場志向の政党に変貌していった。キュシュッカン氏とキュシュッケレス氏は、ヨーロッパ人はAKPのイスラム主義的な側面に対して神経質になり過ぎていると主張する。少なくともそれがトルコ社会の視点である。

アフロ・ユーラシア外交の概念はアフメト・ダウトール外相がエルドアン首相の首席外交顧問であった時に作られた。この概念が典型的に表れているのは、トルコがNATOの加盟国にとどまりながら上海条約機構(SCO)のパートナーになるために署名したことである。中東工科大学で博士課程に在籍するガリプ・ダレイ氏はこの重要かつ無視できない問題を論じている(“Turkey between Shanghai and Brussels”; New Turkey; May 14, 2013)。トルコがSCOに接近しているのはEUが長年にわたるトルコの加盟申請に消極的なことに対する埋め合わせだと一般には信じられている。トルコのAKP政権はSCOへの加盟はEU加盟国の人権と法の支配について定めたコペンハーゲン基準とは矛盾しないと強調する。他方でダレイ氏はトルコがEUの準加盟国であることが民主化に一役かっていると認めている。

注目すべき点は、トルコの外交政策においてEU加盟が他の地域協力よりも魅力があるかどうかである。長年にわたってEU加盟申請が受け入れられないこともあり、トルコはそれに代わるべきシステムによって世界の中での自国の存在感を高めようとしている。しかしアメリカはトルコによるSCOへの接近はNATO加盟とは相容れないと見ている。ダレイ氏はこの件に関してトルコとイギリスを比較している。イギリスがEUを脱退したとしてもNATO加盟国の地位に異議を挟む者はいない。エルドアン氏によるSCO加盟申請によってトルコとEUの関係は悪化し、NATO加盟国としての地位も危うくなる。ダレイ氏はむしろトルコが将来のEU正式加盟の可能性も排除せずに現実的な手順を踏むべきだと提言している。

アフロ・ユーラシア地域での存在感と多次元外交を強化しようとトルコの目標とともに、AKPによるイスラム主義的な内政政策も絡んできている。これらの要因が自国の主張を強める外交とイスタンブールへのオリンピック誘致につながっている。しかしエルドアン氏のAKP政権は現在、国内の混乱に直面している。何が騒乱を引き起こし、それが外交政策にどのような影響を与えるのだろうか?街頭での政府への厳しい批判にもかかわらず、トルコのアナリスト達はAKPは欧米のメディアや論客達が思っているよりも国民から強固な支持を得ているDと言う。そこでトルコの視点をいくつか取り上げたい。

市民の抵抗はあるもののAKPは2011年に行なわれた先の総選挙では約50%を得票している。SETAのタハ・オザン所長はAKPは軍事政権下の1982年に制定された憲法の改正やクルド労働党(PKK)との和平交渉の推進といった野党が積極的に取り組まない諸課題に取り組んでいると評している。そして「恐怖、閉塞感、抑圧感」だけでは市民の抵抗を説明できず、トルコの政治社会的な変動にもっと注目する必要があると指摘する(“The meaning of the protests”; New Turkey; June 7, 2013)。 非常に興味深いことに、ハムザ・タスデレン氏はAKPが野党の支持基盤の気持ちをつかんでいると主張する。民族主義者行動党(MHP)は憲法改正を拒否しているが、グラスルーツで彼らの支持基盤となっている中央アナトリアの保守派ナショナリストは改憲支持である。また、AKPは社会民主主義的なアプローチによって社会経済的な不平等に取り組む姿勢を見せ、共和人民党(CHP)の支持基盤にも浸透しいている(“Being the opposition while in power”; New Turkey; May 28, 2013)。富裕層はAKPに投票しないかも知れないが「経済のためには選挙でエルドアンに勝たせておけ。しかし他の件についてエルドアンに政治的な決断をさせるな」と言うほどだ。タハ・オザン氏はそうした政治情勢で政教分離の野党が有権者を惹きつけられなくなっていると評している(“What really happened in Turkey?”; New Turkey; June 7, 2013)。

当然のことながら、上記の識者たちがAKPに対して好意的であり過ぎることには留意すべきである。彼らの分析には我々が傾聴すべき点もあるだろうが、エルドアン政権が大衆の不満に直面していることを忘れてはならない。それは否定しようがない。エルドアン首相はオリンピック開催ができるほどトルコを安定に導いていない。他方で先進民主主義諸国イスラム教自体に対する恐怖感にとらわれるべきではない。ヨーロッパはトルコのイスラム的な政治社会文化を極度に警戒してしまい、それがトルコを西欧民主国家の代わりに中露主導のSCOに立場を求めるように追いやってしまった。トルコの専門家達は一般国民が欧米諸国、政教分離主義政党、そして現行憲法の番人を自負する軍部指導者層に失望していると明言する。アメリカはヨーロッパとトルコの立場の違いを橋渡しできなかった。.

他方で日本はトルコの「親日」ぶりを無邪気に喜ぶだけである。だが日本がこの国のために何かしただろうか?殆どの日本人はトルコに関心もなく何も知らない。猪瀬直樹東京都知事がオリンピック誘致競争でイスタンブールに対する東京の優位を強調するために不適切な発言をしたが、この一件を批判できるような日本のオピニオン・リーダーは殆どいない。トルコ国民は日本に好印象を抱いているかも知れないが、自国に真の危機が迫った時には日本ではなくアメリカとヨーロッパに支援を求めることは、シリア危機を見れば明白である。日本の政策形成者達はこのことを銘記し、トルコ政策を再考すべきである。

近隣アラブ諸国での自由を求める動きを考慮すれば、政教分離の民主主義を推進すること自体は間違っていない。国際社会は現在進行中のトルコの政治変動の性質を理解する必要がある。現在、ブラジルでもリオ・デ・ジャネイロで開催されるワールド・カップ・サッカーをめぐって似たような形で市民のエネルギーが爆発している。新興諸国には何か共通の問題があるのか?トルコの識者達とは異なり、アメリカ人、ヨーロッパ人、そして日本人としてはAKPを礼賛する立場にはないが、トルコ人の視点というものを注意深く検証する必要がある。野党には国民の支持を得られるだけの魅力がないという事実は見落とせない。『ザ・ニュー・ターキー』誌はトルコの政治変動を見据えるうえで何らかの鍵を与えてくれるだろう。

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