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2013年9月16日

イラクの安定なくしてシリアの平和なし

中東全域の不安定化でも特にシリア情勢について語る際に、2011年12月の米軍撤退後のイラクを忘れてはならない。オバマ政権はイラクとの健全なパートナーシップを築なかったので、当地でのアル・カイダの復活と宗派間抗争の激化を招いた。さらにイラクの治安悪化がシリアにも悪影響を及ぼしている。イラクを拠点にしたスンニ系の過激派が内戦に加わり、イランがイラクの領空を通過してアサド政権を支援している。さらにイラクでの経験によってR2P(保護する責任)に基づくシリア介入に心理的な歯止めがかかっている。よって米軍撤退後のイラクの治安とともに、それがシリア、イラン、サウジアラビアといった近隣諸国に及ぼしている波及効果を評定する必要がある。

まず現在のイラクの概観を理解しなければならない。アメリカと世界のほとんどの一般市民はイラクでの戦争は終わったものだと認識しているが、ジョン・マケイン上院議員は2011年12月以後もイラクへの関与を深めるべきだと主張している。イラクでの反乱分子掃討で成果を挙げた増派計画の立案にもかかわったジャック・キーン退役陸軍大将とアメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン重大脅威プロジェクト部長は、マケイン上院議員と共にイラクの不安定化の戦略的な意味合いを模索した。本年3月19日にAEIが主催した三人の有識者による公開討論について述べたい。以下のビデオを参照して欲しい。


この公開討論ではジョン・マケイン上院議員、ジャック・キーン退役陸軍大将、そしてフレデリック・ケーガンAEI重大脅威プロジェクト部長がイラクの治安情勢を評定した。三人のパネリストはイラク戦争と反乱分子掃討で重大な役割を果たし、イラク政策は党派抗争というコップの中の嵐を超えたものであるべきだと強調する。一般国民の間では2011年12月の撤退によってイラクでの戦争は終わったと見られているが、宗派間抗争は依然として続いている。こうした事態に鑑みて、三人のパネリストは政策形成に当たってイラクからの教訓を学び取るとともにアメリカの役割を明確にしなければならないと主張する。

教訓としては、現在のイラクの混乱がオバマ政権下で安全保障政策の協調ができていないからである。2008年にブッシュ政権がイラクと安全保障協定に調印した際に、マリキ政権は2万人の米軍駐留を認める用意ができていた。しかしマケイン氏がマーティン・デンプシー陸軍大将の発言を引用したようにオバマ政権は兵員数を3千人まで「ごっそりと削った」ので、それほど少数の兵力では治安維持には役立たないということでイラク側から駐留を拒否されてしまった。問題は米軍の全面撤退だけではない。ロサンゼルス・タイムズはイラクの部族長と湾岸地域の米軍の連絡が行き届いていないために、宗派間抗争が激化してイランの影響力の浸透するようになっていると報じている(“Ten years after Iraq war began, Iran reaps the gains”; Los Angels Times; March 28, 2013)。アメリカは反乱分子掃討への持続的な意志を示せなかったので、敵が勢いづいてしまった。敵への諜報活動を上手くやることもイラクから学ぶべき教訓である。サダムの核兵器に関して誤報があったことで積極的な介入に対する心理的な躊躇が生じ、一般国民の間で厭戦気運が広まるようになっている。

アメリカが果たすべき役割について、キーン氏はソ連崩壊やサダム・フセインによるクウェート侵攻といった過去の場合とは異なり、オバマ政権がアラブの春に対応できていないのでアメリカの指導力を低下させていると指摘した。破滅的なことに、イラクはアル・カイダの根拠地となり、イランがシリアに化学兵器を供給する経路になっている。こうした兵器はアサド政権からヒズボラのような過激派に渡りかねない。イラクの波及効果がこれほど大きいという事情から、アメリカにとってどこまでバグダッドが信頼できる同盟国であるかを見極める必要がある。

イラクの近隣諸国にとって最重要の問題は、イランがイラクの領空を通じてシリアに軍事援助を行なっていることである。3月24日にジョン・ケリー国務長官がイランからの武器供給を阻止するためにヌーリ・アル・マリキ首相と会談した際に、イラク側が充分な協力市営を見せないことに不満を募らせるだけであった(“10 years after Saddam, is Iraq a U.S. ally?”; Foreign Policy—Passport; April 9, 2013)。これはイラク治安部隊の武装と訓練が行き届いていないことが主な理由である。ライアン・クロッカー元駐イラク大使はオバマ政権による急な撤退によって2007年から008年にかけての増派で得た成果が無駄になり、アル・カイダがイラクに戻って根拠地を再構築していると述べている。クロッカー氏は、本年4月23日にキルクーク近郊のハウィージャで起きた衝突はスンニ派の抵抗運動が反乱分子を匿って治安部隊と対決したという点で注目すべきだと述べている。ジャバト・アル・ヌシュラなどイラクを拠点とするアル・カイダ組織の中にはシリアに戦闘員を送り、反政府勢力の間に影響力を広げている(“Iraq on the brink, again”; Washington Post; May 1, 2013)。

その後、死傷者数は急速に上昇した。レイ・オデアーノ陸軍大将の政治顧問を務めたエマ・スカイ氏も新アメリカ安全保障センターへの寄稿で「戦争終結の至上命題に囚われたアメリカのイラク戦略は治安権限の移譲を前に空中分解したのは、両国の関係を非軍事的な分野で強化する代わりにイラクに関与しない政策をとるようになったからである」と論評している(“Iraq’s Sectarian Violence: Bombings Plunge Country Into Deadly Spiral”; Time; May 21, 2013)。今年の7月には死者が1,000人を越え、2008年以降では最悪の数字となった(“Over 1,000 Iraqis killed in July, highest monthly toll since 2008: U.N.”; Reuters; August 1, 2013)。以下の表を参照して欲しい。


Iraq_death_toll


ヒズボラがレバノンで行なっているように、シーア派フィクサーのアブ・メフディ・モハンダス氏もイラクでのイランの影響力の拡大を支援している。モハンダス氏のような外部勢力の代理人の存在は、イラクの政治家と欧米外交官の間で重大な懸念材料となっている (“Ten years after Iraq war began, Iran reaps the gains; Los Angels Times; March 28, 2013)。イランにとってシリアは1979年のイスラム革命より唯一の一貫した同盟国である。イランの近隣アラブ諸国のほとんどはシーア派革命の輸出を恐れ、イラン・イラク戦争でサダム・フセインのイラクを支持した。イランがシリアに対して化学兵器の開発をも含めた軍事援助と資金援助を行なってきたのは、ヒズボラとともにアメリカとイスラエルに抵抗する同盟国が必要だからであるとカーネギー国際平和財団のカリム・サドジャプール上席研究員は述べている(“Iran’s Unwavering Support to Assad’s Syria”; Combatting Terrorism Center; august 27, 2013)。それほどまで重要な戦略的利益を考慮すれば、イランがシリアへの経路を確保するためにもイラクの不安定化を煽るのも不思議はない。

イラクの不安定化が進めばもう一つの近隣大国サウジアラビアにも波及効果を及ぼす。スンニ派とシーア派の国内抗争はサウジアラビアにももたらされる。経済的不平等がサウジアラビアでのスンニ派とシーア派の衝突を激化させている。シーア派はリヤドやジェッダのような都市部ではなく石油資源に恵まれた湾岸地域に居住している。しかし彼らは日干し煉瓦の家屋に住むような疎外された生活を送っているが、石油会社はオイルダラーを稼いでいる。憂慮すべきことに、シーア派の忠誠は自らが市民権を持つ国家よりも自分たちの宗派の指導者に向けられている(“Iraq conflict reignites sectarian rivalry in Saudi Arabia”; Baltimore Sun; April 27, 2013)。このことはイラクの治安悪化が域内に広がる可能性があり、エジプトで見られたような過激派ポピュリズムの台頭は危機をさらに高める可能性がある。イラクの地政学戦略上の重要性は歴史的な観点から理解されるべきである。アッバース朝のカリフであったアル・マンスールがバグダッドに遷都したのは762年で、そこはイランと地中海方面に勢力を伸ばしながらアラビア半島との連絡も維持するという目的には格好の立地条件であった。

イラクの治安改善の方策として、ライアン・クロッカー元大使はアメリカがイラクへの影響力を強化するためには治安部隊への武装と訓練の提供とともに、戦略枠組合意に基づいて事務レベルでの意思疎通を促進するようにと提言している。イラクのホシュヤール・ゼバリ外相は7月に2008年以来最悪の死者数を記録したという事態を受けて8月中旬にワシントンを訪問した際に、「イラク政府内でももっと積極的に諸外国に支援を求めるべきだという認識が高まっている」と語った。ゼバリ外相はイラクからスンニ派のテロリストが反政府勢力に加わってアラウィ派のアサド政権と戦っている事態を深刻に憂慮している (“Iraq seeks help from U.S. amid growing violence”; Military Times; August 16, 2013)。

イラクでの経験から国際世論はシリア介入には消極的である。BBCとのインタビューに応じたイギリスのトニー・ブレア元首相は、下院がシリア攻撃を否決したためにアメリカとの同盟関係を低下させたうえに、アサド政権による化学兵器を使用した大虐殺に対するR2Pの任務も果たせなくなってしまったと述べた。イラクと違ってシリアの場合には化学兵器の使用が明白である。よってブレア氏は介入への心理的な障壁を語る際には過激派の参戦という問題に重点を置いて語っている(“Tony Blair: Iraq War made UK 'hesitant' over Syria intervention”; BBC News; 6 September 2013)。実際に共和党内の反戦派はオバマ政権がアサド政権を攻撃することによって親欧米の自由の戦士よりも過激派が得をするのではないかと懸念している。エジプトでのムスリム同胞団の政権掌握が欧米の保守派を驚愕させたのは、モルシ氏がシャリア法を導入したためである。



イラク効果がシリアに及ぼす影響については、ポール・ウォルフォビッツ元国防副長官も9月4日にCNNのアンダーソン・クーパー360に出演した際に、化学兵器に使用は明白だと語っている。ウォルフォビッツ氏はレーガン・ドクトリンに従ってアメリカ側について戦う者には援助の手を差し伸べ、武器供与によって彼らの戦いを支援すべきだと訴えた。厭戦気運に満ちた世論に対し、ウォルフォビッツ氏はシリアでは地上軍の派遣は必要ないと応じている。非常に重要なことに、湾岸戦争で敗戦を喫した直後のサダムがクルド人を圧迫した際にアメリカは迅速に対処すべきだったと述べている。これはアメリカの介入を道義的に肯定するうえで重要な論点である。上記のビデオを参照して欲しい。

国際的な危機への介入のリスクを語る際には非介入のリスクも考慮しなければならない。オバマ政権の対イラク非関与政策がシリアの内戦とアラブの春以降の中東の政治変動を悪化させている。地政学的な位置を考慮すれば、イラクはシリアの内戦、アラブの春以降の民主化促進、中東でのアメリカの優位の維持にはきわめて重要な国である。さらに、対症療法的な国別の対策よりも包括的な中東戦略が必要である。


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コメント

はじめまして、とても勉強になるブログをありがとうございます
シリアの件は下手にアサドに打撃を与えてもイスラム過激派に塩を送ることになりそうだし難しいですね
エジプトも非民主主義的ですが反イスラム主義的な政権が出来たことはアメリカ・イスラエルにとってはマイナスではないのだろうし・・・

投稿: まいす | 2013年9月21日 22:33

どうもありがとうございます。
シリアではイスラム過激派のリスクはありますが、このまま大量破壊兵器の廃棄もできないではイランや北朝鮮に対してアメリカが無策な印象を与えます。かと言って、アメリカの代わりに大量破壊兵器の廃棄を指導できる国はどこもありません。

エジプトのモルシ政権は統治に失敗しました。とりあえず軍政で安定しましたが、これは長続きしません。リベラルな知識人から指導者が出るか?そして市民社会の形成支援をどうするか?先稿でも述べましたが、最終回答にはまだまだです。

投稿: Σ・亜歴 | 2013年9月23日 21:43

ご返信ありがとうございます。

ブログ主様は失礼ながら民主主義という政治体制を過大評価されているのではないかと思います。

イラクでは、イラク戦争後、キリスト教徒の割合が激減したそうです。一連のアラブの春の動きでもキリスト教徒は抑圧される傾向にあります。
おそらくシリアやエジプトのキリスト教徒は「民主的なイスラム政権よりも世俗的な軍事政権が良い」と考える人が多いのではないでしょうか。
実際エジプトのコプト教会はクーデター後すぐに軍部支持を表明し、シリア政府軍にはキリスト教徒などマイノリティーで構成された部隊があります。

民主主義というのは国民全体に「少数派への寛容」「多様な価値観への理解」といった暗黙の了解があって始めてまともに成り立つものです。
そうでないと民主主義は容易に「多数派による少数派への抑圧」の道具に成り果てます。
そしてイスラムのクルアーンでは、キリスト教やユダヤ教をズィンミーとして差別し、多神教にいたっては生存権を認めていません。

そう考えると本質的にイスラムの教義と民主主義は両立しないのではないでしょうか?
私たちはそろそろ宗教の教義というものに理性と良心の光を当てる時期に来たのではないでしょうか?

投稿: まいす | 2013年9月24日 16:01

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