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2014年3月31日

アフガニスタン大統領選挙とアメリカとの二国間安全保障合意

今年はアフガニスタンにとってきわめて重要な年である。ハミド・カルザイ大統領は二国間安全保障合意(BSA)の締結をめぐってオバマ政権に厳しい姿勢で臨む一方で、4月5日には大統領選挙が行われる。NATO軍は今年の終了を前に撤退するが、アフガニスタンの治安部隊がテロとの戦いを乗り切るにはアメリカの大幅な支援が必要である。早期の合意締結が望まれているが、カルザイ氏はBSAの条件に難色を示している。カルザイ氏が憲法によって大統領への再選が禁じられているという状況では、2014年以降のアフガニスタンの治安と安定で次期大統領が担う役割は無視できない。

まずBSAについて簡単に述べ、そしてロヤ・ジルガが合意を承認したにもかかわらず交渉手続に不満を述べるカルザイ氏の真意は何なのかを検証したい。BSAは「アフガニスタンイスラム共和国とアメリカ合衆国の間の持続的な戦略パートナーシップ合意」の一部である。この合意は両国関係の長期的な枠組みとして2012年7月4日に発効した。戦略パートナーシップ合意の下ではアメリカが開発援助を供与し、教育、医療保険、地域協力など社会経済改革のために統治の助言を行なう。しかし2014年の兵員削減後の米軍の地位やアフガニスタンにおける米軍の長期的なプレゼンスは、この合意では述べられてない。よって、アメリカとアフガニスタン両国は2012年11月15日にBSA交渉を始めた。アメリカとアフガニスタンの両国ともアメリカはアフガニスタンの主権を尊重し、アフガニスタンの隣国に脅威となるような米軍の恒久的な軍事的プレゼンスは要求しないことを強調した。兵員は削減されるものの、米軍は依然として活発なテロリストや反乱分子との戦闘を続けるアフガニスタン治安部隊を支援するものとされている。

BSAの重要な争点は、アメリカ軍が自国兵を自らの軍事法廷で裁けると記された第13条である。ロヤ・ジルガは昨年11月21日にこの条項を承認している(“US troops immunity approved by majority in Afghan Loya Jirga”; Khaama Press; November 23, 2013)が、カルザイ氏はこれを覆したばかりか、11月末のカーブルでのスーザン・ライス国家安全保障担当補佐官との会談では新たな条件を突きつけた。米軍の地位に関する法案がロヤ・ジルガを通過したその日にカルザイ氏はそれに対する疑念を述べた。BSAは相互の承認なしに米軍が戦闘行為に出ることを制限しているが、カルザイ氏はさらに米軍の駐留期限を10年に区切るように要求している(“Afghan President Hamid Karzai says he’ll delay signing of U.S. accord on troops”; Washington Post; November 21, 2013)。ロヤ・ジルガの議員達はカルザイ氏の演説に驚愕し、チャック・ヘーゲル国防長官はゼロ・オプションまで示してカルザイ氏に合意への早急な調印を促した(“Hagel Threatens Complete Withdrawal from Afghanistan”; Fiscal Times; December 9, 2013)。アメリカは2014年以降も訓練と対テロ作戦のためアフガニスタンに8千から1万人規模の兵員を駐留させ、米兵が充分整備されていないアフガニスタンの刑法の処罰を受けぬようにと要求している。カルザイ氏が議会の承認を覆したことはアメリカの政策形成者の間で困惑されている。カルザイ氏は治安管理と意思決定がアメリカに有利になっていると不満を述べているが、前ISAF司令官のジョン・アレン海兵隊大将はアメリカがこれまで積み上げてきた犠牲とアフガニスタンの将来の治安のためにもカルザイ氏に過大な意思決定能力を与えぬようにと主張している(“U.S. Backing off its deadline for Afghan security agreement”; Washington Post; December 12, 2013)。

なぜカルザイ氏はロヤ・ジルガを通過したBSAの調印を遅らせているのだろうか?カーマ通信のアフマド・アカタワザイ記者は憲法によって再選を禁じられているカルザイ氏が退任後も政治的影響力を維持したいと考えていると評している。カルザイ氏に最も近い候補者が選挙を制すると見られている(“Is Karzai using BSA as Leverage in the Forthcoming Presidential Elections?”; Khaama Press; January 14, 2014)。カルザイ氏はアメリカに一般市民の家屋への軍事攻撃を停止し、グアンタナモ基地のアフガニスタン人収容者を引き渡すようにと要求している(“New differences revealed over Afghan-US security deal” Khaama Press; November 26, 2013)。カルザイ氏はさらに、この戦争では欧米の利益ためにあまりにも多くのアフガニスタン人が死傷しているとまで不満を述べている。またアメリカがアフガニスタン国内よりもパキスタンのタリバンの方を注視しているという失望の意を漏らしている(“President Karzai says Afghan war fought in West’s interest”; Khaama Press; March 3, 2014)。カルザイ氏はアメリカの戦闘であまりにも不用意にアフガニスタン国民が巻き込まれて死傷していると非難する。さらにアメリカは反乱分子の攻撃を意図的に誘発しているという陰謀論まで主張した。カルザイ氏がこのような態度をとるのは、自身が超大国に立ち向かった偉大な指導者だと印象づけようとしているためでもある。非常に困惑すべきことに、反乱分子の攻撃はアメリカの無人機による攻撃と並行して起きている(“Karzai suspects U.S. is behind insurgent-style attacks, Afghan officials say”; Washington Post; January 28, 2014)。

他のステークホルダーにとってBSAの調印を遅延させているカルザイ氏の強引な態度は当惑すべきものである。ISAF現司令官のジョセフ・ダンフォード海兵隊大将は1月9日の記者会見でカルザイ政権は速やかにBSAに調印すべきだと促し、2014年以降のアフガニスタンの再建に他の選択肢はないとまで語った。以下のビデオを参照されたい。



NATOのアナス・フォー・ラスムッセン事務総長も2月26日のブリュッセル国防相会議でNATO軍の地位協定の実施のためにもBSAは不可欠だと強調した。

他方でカルザイ政権はゼロ・オプションに備えてBSAの代替手段を模索している。カルザイ氏は米軍の地位について不満を述べる一方でテヘランを訪問し、イランとの間で8月に調印された長期的友好および協力条約を締結した。イランのハッサン・ロウハニ大統領は近隣諸国に多大な脅威となる欧米軍はアフガニスタンから速やかに撤退するようにと要求した(“Afghanistan agrees to pact with Iran, while resisting US accord”; FOX News; December 8, 2013)。カルザイ氏がイランに向き始めたのはBSA交渉を有利に運ぶとともにアメリカとの合意を結べなかった場合に備えるためでもある。さらにイランがP5+1との核交渉を開始したので、インドがアフガニスタンの安定化に向けてイランと協調するうえでの制約はおくらか取り払われる。アメリカやイギリスといった欧米主要国ばかりでなくインドもアフガニスタンに軍事援助を供与することになったが、シン政権はカルザイ氏にBSA妥結の希望を伝えた(“Could Iran and India be Afghanistan’s ‘Plan B?’”; Diplomat; February 14, 2014)。カルザイ氏は他の手段もとっている。そのためにタリバンと秘密裏に接触したが、それによってアメリカと彼の政権の間の信頼が損なわれてしまった。実際にカルザイ氏はオバマ政権が昨年6月のカタール和平交渉にタリバンを招いたことに激怒している。カルザイ氏は自らの政府こそアフガニスタンを代表する唯一の正当な政府だと主張し、タリバンのカタール事務所の閉鎖を求めた。過去の主権論争だけでなく、カルザイ氏はパシュトゥン人主導のタリバンに対して自分がアメリカに一歩も引かぬ人物だと見せつけようとしている(“Karzai Arranged Secret Contacts With the Taliban”; New York Times; February 3, 2014)。

BSAに対するカルザイ氏のアプローチは非常に危険である。アフガニスタンの外交官で同国科学アカデミー正会員でもあるアフマド・シャー・カタワザイ氏は、ゼロ・オプションという事態になれば中央アジアでジハード主義者やアル・カイダの動きが活発化し、アフガニスタンはイラクのような混乱に陥ると警告している。ロヤ・ジルガ議員もアフガニスタン国民もBSAがどれほど重要かを理解している。カタワザイ氏は米軍が撤退すればアフガニスタンの復興に全力で取り組んでいる改革派にとっては心理的に大打撃となるだろうと主張している(“Iraq a bloody lesson for Zero Option in Afghanistan”; Khaama Press; January 7, 2014)。昨年9月にはダンフォード大将が米軍はアフガニスタン治安部隊の戦闘能力向上を支援するとともに、アフガニスタンへの無関心は関与よりも高い代価として跳ね返ると明言した(“First person: Top U.S. general in Afghanistan maps out next phase of war”; Military Times; September 12, 2013)。非常に困惑させらせることに、カルザイ氏はただBSAで米軍の行動への規制を強めるために空爆による事故被害について虚偽の事件を捏造しているという(“Karzai Government Submits False Evidence To Substantiate US Collateral Damage”; Diplomat; January 27, 2014)。

ブッシュ政権下のスティーブン・ハドレー元国家安全保障担当補佐官はカルザイ氏による遅延を乗り切るために3つの方策を提言している。第一にアメリカは両国の合意では米軍は必要不可欠な夜襲に集中することを再確認し、自らは社会経済改革と和平交渉を後押ししてカルザイ氏の面目を保つべきである。第二にオバマ政権はアフガニスタンに駐留する米軍の正確な規模を明言し、2014年以降の米軍のプレゼンスを保証すべきである。これによってNATO同盟諸国も同様な手段をとれる。最後にオバマ政権は合意への署名の意志を明言すべきであるが、選挙前にアフガニスタン側もそうするように圧力をかけるべきではない。ゼロ・オプションなど口にするだけでも相互信頼を損ない、核兵器を保有する隣国パキスタンの不安定化につながる(“In Afghanistan, an alternate approach to a security pact”; Washington Post; January 15, 2014)。

来る選挙では特定案件の政策よりもカルザイ氏の影響と民族のバランスが結果を大きく左右する。アフガニスタンのATRコンサルティングが最近行った世論調査によると、アシュラフ・ガニ氏が首位を走り、アブドラ・アブドラ氏と他の候補者がこれに続いている (“Ashraf Ghani Ahmadzai emerges as leading presidential candidate: Survey”; Khaama Press; March 30, 2014)。パシュトゥン人のガニ氏はウズベク人のラシッド・ドスタム将軍と組み、タジク人のアブドラ氏はイスラム主義者のモハマド・カーン氏およびハザラ人のモハマド・モハケク氏と組んで選挙を戦っている。しかしアフガニスタンの政治アナリストのヘレナ・マリクヤール氏は民族構成とともに物質主義の影響も大きいと指摘する。支持者達は候補者に金品や政府での官職を要求している(“Afghanistan elections: The myth and reality about ethnic divides”; Al Jazeera; March 3, 2014および“Abdullah, in Interview, Speaks About His Presidential Campaign”; Wall Street Journal; October 3, 2013)。上位の両候補ともBSAの重要性と、それに代わる代替案などないことも理解している。ガニ氏は元世界銀行のエコノミストであり、アブドラ氏は外相を歴任した。いずれにせよBSAはロヤ・ジルガで承認されている。両候補ともハミド・カルザイ大統領の下で働いた経験があるので、選挙後に彼がどのように影響力を行使するのだろうか?

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