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2014年3月13日

プーチン政権のプロパガンダ五輪とウクライナ危機

ソチのオリンピックとパラリンピックは政治的に問題のある行事である。これはプーチン氏のプーチン氏によるプーチン氏のためのオリンピックである。問題は同性愛者の人権にとどまらない。クレムリンが国家の誇りと威信を優先した陰で会場周辺の住民の福利厚生が犠牲にされている。欧米諸国の首脳はロシアでの人権抑圧に対する懸念の意志表明として開会式への参加を見合わせたのに対し、日本は安倍晋三首相が西側同盟から突出してロシアのウラジーミル・プーチン大統領と二国間会談に臨み、中国との地政学的競合、平和条約の締結、東シベリアの資源開発を話し合った。今回のオリンピックおよびパラリンピックの政治的意味合いについて、6月に開催予定のG8と昨年11月から続くウクライナ情勢の不安定化を考慮に入れて模索したい。そして日本がロシアに対して西側民主主義同盟から突出した行動をとってしまえば、鳩山政権の過ちを繰り返すことになるかも議論したい。どのような理由があろうとも、こうした事態に陥れば安倍政権が新たに制定した国家安全保障戦略で強調した民主主義の価値観を共有する同盟と矛盾してしまう。

ソチ・オリンピックには2つの目的がある。第一にはロシアの国力を国際舞台で誇示することであり、第二には黒海地域への治安部隊の集中によって隣接するカフカスとウクライナに政治的あるいは軍事的な圧力をかけることである。このオリンピックはクーベルタン男爵が掲げたスポーツを通じた友好の促進とはかけ離れたものである。2012年のロンドン大会のような自由なオリンピックと、北京やソチのような国家主導の権威主義的なオリンピックの際立った違いについて述べたい。2008年の北京大会と同様に、2014年のソチ大会は専制国家の力を誇示するためのもので、自国民の福利厚生にはほとんど考慮が払われていない。オリンピック会場の建設のために、両大会では多くの住民が自分達の住処を追われたことはよく知られている。以下に示したヒューマン・ライツ・ウォッチのビデオを参照されたい。



ソチのスケート会場とクラースナヤ・ポリャーナのスキー会場の間にあるアクシュティールという山村で撮られたビデオによると、両会場を結ぶ高速道路と鉄道によって沿線住民の生活圏が分断されてしまった。村人達は高速道路の反対側に行くためには遠回りを余儀なくされている。道路建設によって日常生活のための井戸も干上がり、様々な環境劣化も起きている。ヒューマン・ライツ・ウォッチのジェーン・ブキャナン、ヨーロッパ・中央アジア次長は、そうした損失に対して村人が受ける保証は不十分だと述べている。プーチン氏はナロードの福利厚生など眼中にはなく、世界の中でのロシアの力に執心している。

ソチや北京とは異なり、ロンドンでは住民の立ち退きや疎外といった問題はほとんど生じていない。何よりも大きな違いは、ソチと北京では国家権力が全面に出てきたのに対し、ロンドンではそうではなかった。これは共和党のミット・ロムニー大統領候補がロンドン大会について失言をした際に、真っ向から反論したのがエリザベス女王でもデービッド・キャメロン首相でもなく、ボリス・ジョンソン市長であったという事実に端的に表れている。市民主導のロンドン・オリンピックとは異なり、ソチも北京も馬鹿げたほどに大国症候群にかかっていた。英中露3ヶ国の国力をハード・パワーとソフト・パワーの様々な側面を比較してみると、大国の地位を盛んに喧伝するロシアと中国がそうしたことをしないイギリスより必ずしも優位ではないことがわかる。両国とも人口と面積はイギリスよりはるかに巨大である。さらにロシアはアメリカに対抗できる核戦力を備えている。しかしロシアも中国も近年の急速な軍事力増強にもかかわらず、イギリスのような地球規模の戦力投射能力はない。中国の総体としての経済規模はアメリカと競合するほど巨大かも知れないが、国民一人当たりの所得ともなるとG8諸国にはまるで及ばない。さらに言えば、一体誰が英米系のブランドを差し置いてロシアや中国のブランドを買うのだろうか?ソフト・パワーではイギリスの方が中露両国より圧倒的に優位である。中国政府が運営する英字紙グローバル・タイムズは、キャメロン首相の訪中に際してイギリスを矮小化する記事を掲載した(“‘Britain is merely a country of old Europe with a few decent football teams': Chinese newspaper criticises UK during David Cameron visit” Independent; 3 December, 2013)が、中国が第二次世界大戦をめぐる歴史認識や尖閣諸島の領有権での反日キャンペーンで頼りにしているのは英米系のメディアである。そうした観点からすれば、オリンピックおよびパラリンピックでこれ見よがしに大国の地位を誇示する両専制国家の態度は馬鹿げている。

巨額の予算をかけたソチ・オリンピックは同性愛者の権利よりも深刻な問題をはらんでいることも述べたい。安倍氏がロシアに対して西側同盟から突出した行動に出たことは、ウクライナ危機が現在ほど深刻化する以前からすでに問題であった。ソチがどれほど奇妙なオリンピックであったかは、訪問者に対するホスピタリティーからもよくわかる。海外から訪れた訪問客はソチでの自分達の宿泊施設の水道やトイレの整備について、ツイッターで不満を漏らしていた(“#BBCtrending: Does Russia think it has #SochiProblems?”; BBC News; 8 February, 2014)。ソチの施設の建設労働者達が利用客にはほとんど考慮を払わず、建設を急ぐプーチン氏を満足させることばかり考えていたことは明らかである。これはソ連時代の中央統制的な思考様式の典型であり、とても「おもてなし」など眼中にはないものである。ロンドンではこうした事態は観られなかった。このようにあらゆる観点から見て、ソチはオリンピックおよびパラリンピックを主催するにはあまりにも抑圧的な開催地なのである。

ウクライナ危機はプーチン氏のオリンピックに見られるような大国志向と緊密に関わっている。欧米との地政学的な競合を抱えるロシアにとって、旧ソ連内共和国での影響力を維持することが重要な国益となっている。他方で日本の対露突出外交はきわめて目を引くものである。ウクライナは11月より不安定化し始めていたので、プーチン氏の介入は予測できないことでもなかった。明らかに、ソチには多くの政治的な問題があった。欧米諸国の首脳が参加を見送る中、安倍氏が開会式に参列してプーチン氏に対するチアリーディングを行なったことは遺憾である。もちろん、日本がロシアへの接近を模索する理由もわからぬではない。福島原発事故によって、エネルギー供給源の多様化に迫られる日本にとって、北極海や東シベリアでの石油および天然ガス開発でロシアとの提携も視野に入れるべきものとなっている(“Japan and Russia: Arctic Friends”; Diplomat; February 1, 2014)。 地政学的観点からも、日本はロシアの力で高まる一方の中国の拡張主義を抑えようとしている。また、安倍氏は第二次世界大戦終了より長年の悲願となっている北方領土問題の解決のためにも、ロシアを宥める必要があると考えている。岸田文雄外相は3月4日の記者会見でウクライナ情勢のステークホルダーに自制を呼びかけてロシアを刺激しないように努めた(“Between a Rock and a Hard Place: Japan's Ukraine Dilemma”: Diplomat; March 8, 2014)。反安倍色の強い朝日新聞さえもロシアと欧米のバランスをとるという安倍政権の方針に同意している(「社説:日ロ領土問題 地域の安定が前提だ」;朝日新聞;2014年2月10日)。

しかし安倍氏がソチで行なったチアリーディングの見返りに日本の安全保障上の要求に応ずるほど、プーチン氏は寛大なのだろうか?確かにロシアは開発の遅れた極東地域への経済的なてこ入れのためにも、日本の資金と石油および天然ガスの輸出市場を必要としている。しかしプーチン氏の最重要戦略目的はパックス・アメリカーナを否定し、ロシアがアメリカと並ぶ核大国、そして世界の中での大国の地位にあると主張することである。中国へのカウンターバランスどころか、ロシアは中国とともに上海協力機構を設立して西側同盟に対抗している。実際に、中国外務省の秦剛報道官は3月2日の記者会見で、欧米もロシアと同様に混乱の責任を負うと間接的に述べた(“China Backs Russia on Ukraine”; Diplomat; March 4, 2013)。2012年に中国が首位に躍り出るまでロシアは日本の領空に最も頻繁に侵犯してきたことを忘れてはならない(「中国に対するスクランブル発進が前年の倍に」; J-CASTニュース;2013年4月18日)。さらに2010年の大統領在任中に国後島を訪れたドミトリー・メドベージェフ氏よりもプーチン氏が寛容だとはとても思えない。ロシアが北方領土の住民生活施設に投資したということは、クレムリンが領土紛争中の島々にこれからも長く関わってゆくという意思表示である。

独裁者へのチアリーディングではなく、安倍氏は自らが制定したNSS(国家安全保障戦略)で日本は自由な国際秩序、その価値観、民主主義諸国の同盟を守ると謳った原則に忠実に従うべきである。この点からも日本がロシアと欧米のバランスをとれという主張は馬鹿げている。イランでは欧米とのバランスをうまくとってIJPCおよびアザデガン油田での日本の商業権益を維持しようとしたが、そうした政策は失敗に終わっている。また、鳩山由紀夫元首相の東アジア共同体によって米中のバランスをとろうという夢も惨めに頓挫している。ウクライナ危機以前においてさえ、プーチン氏に対する安倍氏のチアリーディングは一種の「鳩山化」のように思えてならなかった。安倍氏はソチでプーチン氏と何らかの合意に達したのかも知れないが(「日露首脳会談 プーチン大統領今秋来日 北方領土「協議重ねる」」;産経新聞;2014年2月8日)、それは祝賀ムードの中で決められたものである。ウクライナ危機で白日の下にさらされたプーチン政権の専制的でパワー志向の性質からすれば、彼の訪日によって日米同盟が冷却化するだけで領土問題でも極東地域の安全保障環境でも進展は望めないと思われる(「【ウクライナ情勢で安倍政権】 プーチン氏批判に及び腰  領土念頭、米と温度差」; 47NEWS; 2014年3月7日)。

NSSの原則に基づけば、日本は人道的な観点から親露派民兵の脅威にさらされているクリミア・タタール人に救いの手を差し伸べる立場にある。プーチン政権による侵攻はヨシフ・スターリンが彼らに強制立ち退きを迫ったという悲劇的な歴史を思い起こさせている (“Russian occupation opens old wounds for Ukraine's Crimean Tatars”; Sydney Morning Herald; March 11, 2014)。安倍氏の靖国神社参拝によって日米間には不必要な緊張が生じてしまったので、これ以上の緊張は避けねばならない。最後に、IOCに代表される国際的なスポーツ機関は開催都市の選定に当たって政治情勢を考慮すべきである。ソチも北京もオリンピックとパラリンピックを開催するには問題が多すぎた。現実世界においてスポーツと政治は切り離せない。独裁体制へのチアリーディングなどあってはならない。ソチとウクライナの問題は深く相互関連しているのである。

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