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2014年9月25日

NATOの分岐点となったウェールズ首脳会議

去る9月4日から5日にかけて開催されたNATOのウェールズ首脳会議は、ウクライナ情勢を反映して大西洋同盟がグローバルNATOからヨーロッパ再重視への転換点となった。いわば、今回の首脳会議はポスト冷戦時代の終結を象徴するものだった。8月初旬には、ウェストミンスターで下院がNATOの戦略的重点がイラクとアフガニスタンでの反乱分子掃討からロシアを念頭に置いた国家間の抑止力に移るべきだとの報告書を公表した(“Towards the next Defence and Security Review: Part Two — NATO: Third Report of Session 2014–15”; House of Commons Defence Committee)。ジャーマン・マーシャル財団パリ研究所のアレクサンドラ・ド・ホープ・シェファー所長はプーチン政権によるウクライナ侵攻がNATOのレゾン・デートルを再定義したとまで述べた(“NATO Should Act in Europe’s Defense, Not Ukraine’s”; New York Times; September 9, 2014)。ヨーロッパ同盟諸国はウクライナがNATOの加盟国ではないにもかかわらず、バラク・オバマ大統領がロシアの危険な拡大主義を阻止するという明確なメッセージを発信したことを歓迎した(“Putin Has Done NATO a Big Favor”; New Yorker; September 2, 2014)。NATOはウラジーミル・プーチン大統領が突きつける難題を乗り越えるため、東欧諸国防衛に第5条を適用すると再確認した(“NATO Summit Steels Alliance Members for Future”; DoD News; September 5, 2014)。そこで首脳会議の議題と同盟の行方について述べたい。

最重要議題はウクライナ情勢であった。今年2月のクリミア危機より、ロシアの意を受けた勢力が親露派の蜂起を促してウクライナ東部を不安定化している。ウェールズ首脳会議の直前にロシアの意を受けた勢力の侵攻によってNATO加盟国の間では警戒が高まった (“Russia Moves More Troops Across Ukraine Border, NATO Says”; NPR; August 29, 2014)。9月5日にウクライナと親露派の間で停戦が結ばれ(“Ukraine's unhappy ceasefire”; Economist; September 7, 2014)、その後にロシア軍が撤退したものの(Majority of Russian troops have left Ukraine, says Petro Poroshenko”; Daily Telegraph; September 10, 2014)、プーチン政権は巧妙なプロパガンダによって西側民主主義の弱点を利用している。プーチン氏は欧米の厭戦世論を背景に、あれはロシアの意を受けた勢力ではなく現地の分離主義者達だとの欺瞞を述べている。平和主義者達はそうした虚言を唯々諾々と受け入れている(“Putin Attacks the West's Soft Underbelly”; World Affairs; 12 September, 2014)。しかし反体制派「もう一つのロシア」を率いるミハイル・カシヤノフ元首相は9月4日放映のBBCインタビューでクレムリンがウクライナ侵攻のために派兵したと証言している。以下のビデオを参照されたい。




よって西側はロシアに対して平和主義的な希望的観測に基づいて行動すべきではない。NATOは加盟国に対するプーチン政権の攻撃に第5条を適用すると宣言した。これは「ゲームを劇的に変えるもの」ではないが、「NATOは東欧の防衛に軍事的な準備ができている」と通告したのである。以下のビデオを参照されたい。




欧米が現在のNATO加盟国域外でロシアの勢力拡大を食い止めるにはさらなる行動が必要である。プーチン政権はウクライナ東部での駐留兵力規模を削減したが、依然として残留する1,000人ほどの兵力が撤退することは考えにくい。停戦合意から2週間ほど過ぎた時点で、NATO最高司令官のフィリップ・ブリードラブ空軍大将は停戦合意など名目上に過ぎず、クリミアの再軍事化が重要な懸念事項だと述べた。実際にロシアのセルゲイ・ショイグ国防相はクリミアでの兵力増強はロシアの最優先事項だと言っている(“Ukraine ceasefire is "in name only" – NATO”; Reuters News; September 21, 2014)。ロシアの手強い軍事的プレゼンスとクレムリンの支援を受けた分離主義者を前に、オバマ大統領はウクライナのペドロ・ポロシェンコ大統領に4600万ドルの軍事援助を供与しただけで、しかも相手側が必要だと訴えていた対戦車兵器や無人機ではなく、防護服、エンジニアリング備品、哨戒艇を提供したに過ぎない。それでは意味はなく、上院外交委員会は2015年分で3.5億ドルの軍事援助でロシアに対抗するよう要求している(“Provide Ukraine with the military aid it needs to deter Russia’s aggression”; Washington Post; September 19, 2014)。欧米はウクライナにさらなる支援を模索する必要がある。

ロシアの侵攻に対応してNATOは東欧諸国に第5条を適用するための即応部隊の創設を宣言した。この合同部隊は4,000人規模で48時間以内に配備される(“NATO Weighs Rapid Response Force for Eastern Europe”; New York Times; September 1, 2014)。国防総省報道官のジョン・カービー少将は「それはロシアに対して重要なメッセージを発したことを念押しするためだ」と述べている(“US Backs Improved NATO Reaction Force in Europe”; Military Times; September 2, 2014)。アナス・フォー・ラスムセン事務総長は、新しく創設される即応部隊には指揮命令系統の改革、ロジスティクスの刷新、同盟諸国間での情報共有は必要であるとしている(“NATO leaders take decisions to ensure robust Alliance”; NATO News; September 5, 2014)。英国王立国際問題研究所のケア・ジャイルズ研究員は、NATOはこうした前線部隊の創設が単なる宣言にとどまらないことを示すとともに、ロシアの拡大主義を阻止するためにさらなる行動に出るべきだと評している (“Ukraine and Estonia are on the Front Line of a New Division in Europe”; Chatham House Expert Comment; 9 September, 2014)。いわばウェールズ宣言は始まりに過ぎない。

どのような宣言も政策も充分な国防費の裏付けがなければならない。プーチン氏がナショナリスト姿勢を強めたのは現在のウクライナ危機よりもはるか以前からである。しかしNATO加盟諸国はポスト冷戦期に、ヨーロッパどころか世界規模でも安全保障上の懸念などまるでないかのように国防費を大幅に削減した。ヨーロッパに国防費の増額を促しているアメリカは、オバマ政権が議会対策に失敗したために財政支出強制停止に直面している。従来からの脅威に加えて、NATOはサイバー攻撃に対抗する準備も必要となっている(“NATO Set to Ratify Pledge on Joint Defense in Case of Major Cyberattack”; New York Times; September 1, 2014)。28ヶ国の首脳はウェールズ首脳会議で国防費の増額に合意した(“Allied leaders pledge to reverse defence cuts, reaffirm transatlantic bond”; NATO News; 8 September, 2014)。問題は各主権国家のレベルで合意がどのように実行されるかである。加盟国の間で国防政策が整合していなければ即応部隊も充分に効果のあるものとはならない。

ウェールズ首脳会議はNATOがヨーロッパを最重視する転機となったが、欧州大西洋域外の脅威も増大している。イスラム過激派の台頭は当初からの議題ではなかったが、ウェールズ首脳会議主催国イギリスのデービッド・キャメロン首相はバラク・オバマ大統領とともに多国間の連携を呼びかけた。問題はその目的である。共和党のアダム・キンジンガー下院議員は対ISIS作戦が彼らの封じ込めのためか破壊のためかを質疑で問いかけている(“Obama, Cameron to push for coalition against ISIS at NATO summit”; FOX News; September 4, 2014)。オバマ大統領は依然として地上軍派兵に消極的なためあいまいな態度しか示していない。ISISについてはウェールズ首脳会議の最終宣言で言及されたが、多国間の連携はフランスやアラブ諸国といった有志の主権国家に頼っている。キャメロン首相自身は前回のシリア空爆をめぐる議論のような議会の否決を乗り越えねばならない(“Britain close to joining U.S.-led air strikes against Islamic State”; Reuters News; September 24, 2014)。

プーチン政権のウクライナ侵攻がなければアフガニスタンがウェールズ首脳会議の最重要議題となっていただろう。ISAF(国際治安支援部隊)は今年の末までに撤退するが、欧米の関与は引き続き必要である。NATO首脳会議を前に現地の治安は悪化した (“Afghan turmoil threatens NATO's 'mission accomplished' plans”; Reuters News; September 2, 2014)。ラスムセン事務総長はアフガニスタン政府にアメリカとのBSA(二国間安全保障合意)とSOFA(地位協定)に出来るだけ早く調印するよう要請している (“NATO reaffirms continued support to Afghanistan”; NATO News; 4 September, 2014)。ISAF撤退後のNATOの関与の三本柱は断固とした支援任務、持続的なアフガニスタン国軍建設への貢献、そしてアフガニスタンとの長期的な政治協調の強化である (“NATO leaders reaffirms continued support to Afghanistan”; Khaama Press; September 4, 2014)。こうしたコンセプトも実行を伴った裏付けがなければならない。NATOはアフガニスタンへの軍事援助を41億ドルから2014年以降は51億ドルに増額した(“NATO increases funding of Afghan forces to $5.1 billion”; Khaama Press; September 4, 2014)。

文書に示された宣言と政策の他に、文書には記されない同盟内部の政治動向も注視すべきである。トルコの欧米再回帰はきわめて重要である。2002年にレジェップ・エルドアン党首のAKP(公正発展党)が政権に就いて以来、トルコはケマル主義を離れてイスラム主義志向の内政および外交政策を追求している。しかしエルドアン氏の長年にわたる政策助言者であったアフメット・ダウトール首相は隣国シリアでの戦争を抱える現状から欧米との関係修復に乗り出した。シリア内戦によってアサド政権を支援するイランとの関係も悪化した。トルコはムスリム同胞団勢力がエジプト、リビア、シリアで力を失ったために、イスラム主義の仲間も失った。トルコがISISに対抗してクルド人を支援したためにイラク中央政府との関係も緊張した(“Turkey's Middle-East Dream Becomes a Nightmare”; Wall Street Journal; September 3, 2014)。

トルコの欧米回帰は世界の安全保障にも重大な影響を与える。日本から安倍晋三首相がエルドアン氏と会談した際には、NATOの機密情報を敵対勢力に漏洩させかねない中国製の防空ミサイル・システムの購入をやめるよう説得している。公式の宣言では国防費の増額に言及しているが、重要なのはそれがどのように使われるかである。NATOは2つの要求を満たす必要がある。それはロシアそして可能性としては中国を相手にした新冷戦、そして中東の反乱分子を相手にした非対称な戦争である。国防費の増額だけでは必ずしもこうした要求を満たすことはできない。同盟諸国の間で国防政策がうまく噛み合わないと諸事は効果的に運ばないのである。


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2014年9月 3日

NATOにおける米欧間の国防支出の格差

9月4日から5日に開催されるNATOウェールズ首脳会議を前にウォール・ストリート・ジャーナル紙は重大な図表を掲載した(As Russian Threat in Ukraine Grows, NATO Faces Thorny Spending Questions"; Wall Street Journal; August 29, 2014)。ほとんどの国がNATOに加盟しているEUとアメリカの経済の規模はほぼ同じであるが、ヨーロッパ諸国はアメリカと比べて国防への支出がはるかに少ない。ウェールズ首脳会議ではウクライナ危機、ISAF後のアフガニスタン、バードン・シェアリングなどが取り上げられる。本来ならNATOの集団防衛のあり方などは、積極的平和主義への道を歩み始めた日本にとって手本となるはずである。しかし防衛への加担の格差が大きいと、民主主義諸国の同盟の中でNATOがロール・モデルとなる資格に疑念を抱かせてしまう。


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2つの図表について述べたい。加盟国ごとの国防支出の割合から見ると、アメリカが占める比率は2007年の68%から2013年には73%に上昇している。現在、アメリカの国防予算は財政支出強制停止によって大幅に削られ、政策形成者の間ではその悪影響を食い止めて必要な国防費を調達しようと努力を重ねている。にもかかわらず、NATOの国防支出でヨーロッパが占める割合は低下している。ナショナリスト化を強めるロシアとイスラム過激派の拡大にいたるまで安全保障に突きつけられる課題が多様化する事態からすれば、ヨーロッパ諸国の国防費がこれほどまで少ないのは不思議である。ロバート・ケーガン氏が論じるように、アメリカのマルスとヨーロッパのビーナスの食い違いは明白である。上記の図表を参照されたい。

さらなる理解のために、下記に別の図表で各加盟国のGDPに占める国防費の割合を示した。NATOは加盟国に最低2%の支出を推奨しているが、これを満たしているのはアメリカ、イギリス、ギリシア、エストニアの4ヶ国だけである。中にはカナダ、スペインなどのように1%以下の国もあるが、これでは古き消極的平和主義の日本と同水準である。驚愕すべきことに、バルト海沿岸のラトビアとリトアニアはそれぞれが0.9%および0.8%しか国防に回していない。両国ともロシアとの最前線にあり、ウクライナをめぐる緊張が高まるに及んでNATOの空軍が派遣されているにもかかわらずである。ヨーロッパ諸国は福祉国家を維持する必要があり、国防費に多くを割けないと主張する声もある。それは言い訳にならない。冷戦期のヨーロッパ諸国はGDPの4ないし5%ほどを国防費に充てていたが、高水準の社会保障を維持してきた。


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いかなる戦略であれ、それがどれほど優れたものであれ、充分な質と量の軍事力がなければ何も実施できない。アフガニスタンやソマリア沖での作戦に見られるようなグローバルなNATOの名の下に、ソ連崩壊以降の大西洋同盟の軍事力は縮小されてきた。今やウクライナ危機に見られるようにロシアが重大な脅威として再浮上してくると、NATOはヨーロッパに回帰してくる。しかし地域レベルであれ全世界レベルであれ、いかなる脅威も貧弱な国防力では対処できない。

パックス・アメリカーナは有志の同盟国に基盤があり、それは世界が一極支配であれ多極化したものであれ、それどころか無極になってさも変わらない。大西洋同盟はその中でも中核中の中核である。NATOの分裂が進めば、それは同盟の弱体化と民主主義の世界の脆弱化をもたらし、やがては専制的な大国と中世さながらの宗教的狂信主義が支配する暗黒時代の再来を招いてしまうだろう。同盟を持続させるには何をすべきか。それは普遍的な問題である。


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