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2014年11月30日

アメリカと世界を危険にするオバマ外交

中間選挙から間もない11月5日に開催されたムンク討論会というイベントで、「オバマ政権の外交政策によってアメリカの敵対勢力が活気づき、世界はより危険になったか?」というテーマの討論会が行なわれた。ムンク討論会は半年ごとに開催される公共政策の公開討論会で、カナダの慈善事業家でバリック・ゴールドという鉱山会社を経営するピーター・ムンク氏の後援によってトロントで開催されている。このイベントは英語圏では大いに注目を集め、カナダのケーブル公共問題チャンネル(CPAC:Caple Public Affairs Channel )およびCBC、アメリカのC-SPAN、イギリスのBBCで放映されている。以下のビデオを参照されたい。



このイベントでは4人のパネリストを招待してオバマ政権の外交政策が世界平和に与える悪影響について討論が行われた。このテーマへの賛成派にはブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員と「ウォールストリート・ジャーナル」紙のブレット・スティーブンス編集員が招かれた。反対派にはニュー・アメリカ財団のアン・マリー・スローター最高責任者兼所長とCNN国際問題番組ホストのファリード・ザカリア氏が招かれた。この6年間にアメリカの敵は続出し、これまでになく挑発的な行動に出るようになった。ウクライナに対するロシアの攻撃的な政策がヨーロッパを震撼させたのは、プーチン氏が武力によって国境を変更したような行動は第二次世界大戦の終了から見られなかったからである。ジハード主義者の人数は急速に膨れ上がり、彼らはシャリア法が支配する国家のような統治形態さえ設立している。

国際安全保障が不安定化しているにもかかわらず、アメリカの世論と国際世論のパーセプション・ギャップは著しい。アメリカ国民はオバマ政権の外交政策に対して内政政策以上に不満を抱いているが、アメリカ国外ではいまだにオバマ氏がブッシュ政権による単独行動主義を軌道修正し、国内の人種差別をも克服した救世主のように思われているようである。ドイツ、インドネシア、中国といった国々の世論調査結果がオバマ氏に好意的であるように。しかしバラク・オバマ氏が国際舞台で挙げた成果はきわめて乏しい。ブレット・スティーブンスがこのイベントで述べたように、オバマ氏は外交政策については中東のテロ掃討とイラクおよびアフガニスタンからの撤退、ロシアとの関係リセット、ヨーロッパおよびイスラム世界との関係改善にいたる選挙公約を何一つ達成できていない。それどころかアメリカの敵は活発化する一方である。ジハード主義者は海軍特殊部隊によるオサマ・ビン・ラディン殺害をものともせず勢いが衰えない。ロシアはリセットをリセットしてしまい、より敵対的になっている。

スローター氏とザカリア氏は非国家アクターや新興諸国の台頭のようなグローバル政治の変化こそ重要で、それによって世界は複雑化していると言ってオバマ氏を擁護した。確かにアメリカが今日直面する問題は、全てがオバマ氏の責任だというわけではない。しかしISISをJV(junior varsity)チームと呼ぶほど不謹慎で致命的な誤りを犯すようでは、オバマ氏は国家の指導者としての資質を根本的に欠いていると疑わざるを得ない(“What Obama said about Islamic State as a 'JV' team”; PolitiFact.com; September 7, 2014)。 そのような発言にはオバマ氏自身の政権の中枢を占めたレオン・パネッタ氏やミシェル・フローノイ氏ばかりか、軍高官までもあきれてしまった(“Obama ignores Panetta’s warning”; Washington Post; October 6, 2014)。歴史は我々に大帝国がしばしば弱小な部族に敗北したことを教えてくれる。敵がどれほど弱体であっても過小評価は危険である。

上記のような国際安全保障環境において、注目すべき点はオバマ政権がシリアでの化学兵器濫用を阻止するレッドラインを実行できなかったことの影響で、それはこのことでアメリカは世界各地の危機に対処するうえでの弱さだと解釈されているからである。ロシアによるウクライナ侵攻は典型的な事例である。さらにケーガン氏は日本からサウジアラビアやアラブ首長国連邦のような湾岸諸国にいたる同盟諸国も、オバマ氏が同盟諸国にとって近隣の敵となる中国、北朝鮮、イラン、ISISに対して宥和姿勢であることに不安を募らせていると強調した。アメリカの指導力に対する疑念が高まれば世界平和にさらなる痛手となる。民主主義は弱体化し、ルールに基づいた世界秩序は専制国家によって踏みにじられている。これらの論点はケーガン氏がこのイベントや自らの著作で行なってきた議論の中核を成している。明らかに、オバマ氏がアメリカの指導的地位に信念を抱いていないことが世界をますます危険にしている。こうした議論への反論として、スローター氏は賛成派に対してオバマ政権でなければ世界の安全保障環境はもっと良好だったのか証明せよと要求してきた。しかしバーチャルな世界を見る方法がない以上、スローター氏の発言は無意味である。政治は数学でも哲学でもないのである。しかしオバマ氏が国家安全保障の専門家の意見を無視するという致命的な誤りによってイラクとシリアで過激派による暴虐を許してしまった。ロシアとのリセットはプーチン政権を勢いづけた。これが及ぼした波及効果を否定することはできない。

しかしスローター氏は冷戦後の世界について重要な問題提起をした。それは民間企業、市民社会、個人など非国家アクターの台頭である。スローター氏はこのように複雑化する世界では、アメリカの指導力は軍事的手段を通じて行使されるよりも、むしろ国連及びその関連機関に基盤を置くべきであると主張した。またスローター氏は貿易と投資に関する協定、中でもTPP(環太平洋パートナーシップ)の方が全世界で展開される軍事行動よりもアメリカが今世紀も優位を保つうえで重要になると強調した。ザカリア氏はさらに、軍事介入が非常に大きな失敗をもたらすだけでアメリカの価値観と国益のためにはなっていないのはベトナムの経験からも明らかで、国連やブレトン・ウッズ体制の方がアメリカの指導力発揮を容易にし、反米感情を弱めるうえで貢献を果たしていると述べた。

しかし世界におけるアメリカの指導力について軍事的な側面を過小評価することは全くの誤りである。反対派の論客はアメリカが世界の警察官として軍事行動をとることに関して否定的だったが、ケーガン氏はスローター氏自身がアサド政権からのR2Pのためシリアへの軍事介入を訴えていたばかりか、イラク戦争直前にもサダム・フセインに対する開戦を支持していたと指摘した。さらにスローター氏とザカリア氏が訴えかけたようなカント的な外交は、ケーガン氏とスティーブンス氏が主張するようなホッブス的な外交によって強化されることを私は訴えたい。まず1946年のイラン危機について言及したい。それは当件が国連安全保障理事会に持ち込まれた最初の事件だからである。周知の通り、ヨシフ・スターリン麾下の赤軍は第二次世界大戦後もイラン北部に駐留し続けた。ソ連軍が撤退したのは国連決議のためだけではなく、米英両国との軍事的衝突になる危険があったからである。スターリンは力の真空を埋めるだけの軍事的対抗勢力がなければ、東ヨーロッパでも日本の北方領土でも勢力拡大と領土強奪の機会を逃さなかったことを忘れてはならない。今日ではウラジーミル・プーチン氏がスターリンさながらの行動をとっている。イラン危機からほどなくして、アメリカは1948年のベルリン封鎖に対抗して多国籍軍による空輸を主導した。それに引き続いてアメリカは韓国を北朝鮮と中国の侵攻から守るため、国連の名の下で朝鮮戦争に出兵した。これら目に見える軍事介入と見えない軍事介入によって、アメリカによる世界秩序および国連や多国間イニシアチブに代表されるカント的なアプローチも進めやすくなる。

オバマ大統領がイラクから拙速に徹兵し、シリアへの対処も稚拙だったことで中東および他の地域でアメリカの同盟国は自国の安全保障に神経質になっている。その一方でザカリア氏のアジア転進政策は21世紀への適応として高く評価されるべきで、中国、インド、インドネシアといったアジア諸国が世界の貿易と投資でますます重要になってくると主張した。しかしケーガン氏はオバマ氏の転進政策はレトリックに過ぎず、その中核とも言うべきTPPは頓挫し、パネッタ元国防長官が言うように中東での力の真空を生み出しているだけだと批判した。アジアへの戦略的リバランスの名の下で、オバマ政権はアジアのみならず他の地域でも政策課題への対処に失敗している。中国とロシアは自信過剰の度合いを強め、核兵器は北朝鮮とイランにまで拡散している。さらにケーガン氏はオバマ氏のアジア転進政策には戦略的な考察が欠如しており、新興諸国に関してはきわめて「市場志向」だと述べた。これは、私がオバマ政権のアジア太平洋政策に強く懐疑的である重要な論点である。私はアメリカが超大国としてとどまる強い意志の方が、戦略的バランスよりもはるかに重要だと考えている。

中国の脅威を前に、日本の反応はアメリカの政策形成者達の間で注目を集めている。ケーガン氏は、日本はオバマ政権の対中宥和政策を大いに懸念するあまり、指導者層の間ではナショナリストで自主独立志向の動きが見られるようになったと述べた。さらにスティーブンス氏は、永田町がアメリカを頼りにならないと思えば日本のプルトニウム施設は核兵器に使用されかねないと警告した。オバマ氏による超大国の自殺行為によって、日本の政策形成者達の間でアメリカへの信頼が低下しているという両人の見解には私も同意する。しかし現在の日本にアメリカ離れの兆候があるという両人の見解には同意しない。確かに鳩山由紀夫氏による史上初の民主党政権は、アメリカ抜きの東アジア共同体を推し進めるほど非常に独自路線志向でアジア主義であった。鳩山氏はトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領や韓国のパク・クネ大統領がそうであるように、戦後歴代の日本の首相の中でも変わった首相であった。しかしそれも同じ民主党の野田佳彦首相によって大幅に修正された。安倍晋三現首相の深層心理は非常にナショナリストかも知れないが、内閣の首班としては「地球儀を俯瞰する外交」の名の下で民主主義諸国の同盟関係の強化を進めようとしている。さらに安倍氏はエルドアン氏に中国からの防空ミサイル購入を破棄するように説得し、西側同盟を専制国家から守っている。それは中国から防空ミサイルを導入しようとしていた韓国に同様な商談を再考させるうえで一役買ったかも知れない (“Official: THAAD missile defense system being considered for South Korea”; Stars and Stripes; October 1, 2014)。

他方で日本の指導者達はアメリカとの同盟関係を強固で安定したものにするためにも、歴史認識に関しては注意深くあらねばならない。それはキャロライン・ケネディ氏が昨年の安倍氏の靖国神社参拝に「失望」したからではない。ケネディ氏はオバマ大統領が任命した大使に過ぎず、任期の終了とともに本国に帰国してしまう。誰もケネディ氏の外交問題に関する知識に多大な期待は抱いていない。大事なことは世界の中でこの同盟が抱える意味合いを長期的な観点から見つめねばならない。ケーガン氏とスティーブンス氏は中国の脅威の重大性を認識しているのに対し、リベラル派や財界は当地での貿易と投資の方に関心が向いている。そうした彼らでさえ日本でのナショナリストあるいは歴史修正主義の兆候が表れると、それがどれほど小さなものでも懸念を抱くのである。よって日本の指導者達は中国を中心とした専制国家の枢軸を利さないためにも、充分に注意深くなければいけない。

最後に、私は自国の価値感と理念に信頼を寄せていない大統領の下でアメリカの指導力が最大化されることはないと主張したい。就任以来、バラク・オバマ氏はアメリカ外交について物議を醸すような謝罪姿勢の発言を繰り返してきた(“Barack Obama should stop apologising for America”; Daily Telegraph; 2 June, 2009)。アメリカはもはや世界の警察官ではないという、あの悪名高き一言にもそうした発言と同様な思想が示されている(“Team America no longer wants to be the World’s Police”; Washington Post; September 13, 2013)。そのように低姿勢であっても世界の中でのアメリカのイメージが好転したわけではない。ただ、中国やロシアのように専制的な大国からはオバマ外交がアメリカの弱体化を反映したものと見られ、そうした国々がそれに応じて自信過剰な行動に出るのはクリミアでの武力により国境の変更、そして東シナ海および南シナ海での海洋航行の自由を脅かす行為を見れば一目瞭然である。アメリカを嫌う者は、ワシントンがハト派であろうがタカ派であろうが嫌うのである。長年にわたる同盟国は不安を強めている。最近報道されたようなイランによるISIS空爆は重大な事件で(“Iran Denies it Flew ISIS Airstrikes in Iraq, Pentagon Says Different”; USNI News; December 3, 2014 および “Iran confirms it carried out air strikes in Iraq”; Al Arabiya; December 6, 2014)、もしオバマ氏が核交渉と並行してイラクのシーア派地域にイランの影響力浸透を許してしまえば由々しき事態である。世界に対するオバマ氏の基本認識が、先のムンク討論会の問いかけへの鍵となる。


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