ハードパワー外交もソフトパワー外交も稚拙なオバマ政権
オバマ政権はアメリカのハードパワーを外交政策に活用することを大変忌避しているので、リベラル派や海外の指導者達さえも大統領自身の指導力不足と超大国の自殺行為を批判している。その一方でバラク・オバマ大統領はアメリカのソフトパワーを利用して自国の国益と国際公益の増進を図ることには熱心でない。世界がロシアや中国といった冷戦の怪物の復活とイスラム・テロに典型的に見られるような宗教的な狂信主義の台頭に直面しているため、我々はオバマ氏がハードパワー外交に稚拙なことばかりに注目しがちである。しかしもっとバランスのとれた分析は、オバマ政権の外交政策を批判的に検証してアメリカと世界の安全保障により良いアプローチを模索するうえで役立つであろう。
オバマ氏がハードパワー外交を好まないなら、もっと強力なソフトパワー外交を展開する必要がある。しかし大統領就任から6年間、オバマ氏はほとんど何も成し遂げていない。通常は平和志向の国ならソフトパワー外交に力を入れる。カナダや北欧諸国が開発援助やエンパワーメントを自国の外交政策で優先度の高い分野としていることは非常によく知られ、それによってこれらの諸国は世界の中でシビリアン・パワーとして重要な地位を占めている。そうした平和志向の国々はアメリカ、イギリス、フランスとは比較にならない軍事小国である。そしていずれもドイツのように全世界とヨーロッパ地域での通貨システム安定の重責を担えるような経済大国でもない。ソフトパワー外交こそが、国際政治の中でこれらの国々の存在感を高めている。
同様に、日本では1970年代末に大平政権が総合安全保障のコンセプトを掲げ、国際安全保障での日本の貢献増大への要請と戦後平和国家の歩みの食い違いを埋めようとした。日本はアメリカおよびその民主主義同盟諸国からの軍事的役割への要求には応じられなかったので、当時の大平正芳首相はASEAN諸国への援助と政策対話を深化させた。ある意味でそれは安倍政権が現在推し進めている積極的平和主義の先駆けになるかも知れない。と言うのも、それは一国平和主義からの転換だったからである。当時は現在と同様に国際安全保障は不安定で、イランではイスラム革命が起きて過激派の学生がアメリカ大使館を占拠し、またソ連がアフガニスタンに侵攻した。
上記のような事例に鑑みて、オバマ政権のソフトパワー外交に対する稚拙なアプローチは国際舞台でのアメリカの優位をさらに揺るがしてしまうだろう。ここでカーネギー国際平和財団のトマス・カロザース副所長のコラムを取り上げたい。カロザース氏はオバマ政権になってから民主化促進に対するアメリカの援助額が28%も落ち込み、合衆国国際開発庁(USAID)が海外で民主主義、人権、説明責任のある統治の普及に向けて行なった支出は、2009年から現在では38%も縮小している。特にそうした援助額が急激に落ち込んでいるのは、中東で72%、アフリカでは43%も縮小している。オバマ政権はどれほど腐敗していようとも安定した独裁政権との共存を望んでいるようにみうけられるが、それは彼らが民主化を求める活動家とイスラム復古主義者の衝突に対処することが困難だと考えているためである。カロザース氏はそうしたことは理解できるとしながらも、専制政治は腐敗を助長し、究極的にはこれまで以上にテロを醸成すると警告している(“Why Is the United States Shortchanging Its Commitment to Democracy?”; Washington Post; December 22, 2014)。
アラブ側からも批判の声は挙がっている。アラブ系イギリス人のジャーナリスト、シャリフ・ナシャシビ氏はアメリカがグラスルーツでの自由への希求を犠牲にしてアラブの専制体制と復縁したことに深い失望の意を表明している(“A US resurgence in the Arab world?”; Middle East Eye; December 18, 2014)。オバマ大統領はブッシュ政権が始めた中東での軍事的プレゼンスを削減した。それならばアメリカはそれに代わるプレゼンスを拡大して当地での過激思想の拡大に歯止めをかけねばならない。遺憾にもオバマ氏はハードパワーのプレゼンスとソフトパワーのプレゼンスの両方とも削減してしまった!これは将来へのビジョンも示すことなく、ただブッシュ政権期の外交政策を否定しただけなのだろうか?
オバマ政権のソフトパワー外交に評価を下すうえで最も重要な事件の一つは、カーネギー国際平和財団中東プログラムのミシェル・ダン上級研究員の入国をエジプトが拒否した一件である。ダン氏はアメリカの政策形成者の間でもエジプトの民主化に関しては第一人者である。ダン氏はエジプト外交問題評議会が主宰する国際会議に出席しようとカイロに向かったが、その団体はエジプト外務省の後援を受けている。そしてダン氏が飛行経由地のフランクフルトでエジプト政府からの電話インタビューを受けたところ、入国を拒否されてしまった。エジプト側はこの件に関して理由を述べていない(“Egypt Denies Entry to American Scholar Critical of Its Government”; New York Times; December 13, 2014)。ブッシュ政権期のエリオット・エイブラハムズ元国家安全保障会議中東部長は、この事件はシシ政権がムバラク政権と同様に専制政治による腐敗とジハード主義者の蜂起というスパイラルに陥っていることを示していると論評している。よってエイブラハムズ氏はこの国がもはやアメリカの戦略的パートナーには値しないと主張する(“What’s General Sisi So Scared Of?”; Council on Foreign Relations---Pressure Points; December 13, 2014)。非常に不思議なことにオバマ政権はこの事件に関してエジプトに対して有意義な圧力を加えていない。
問題はもはや予算ではない。オバマ大統領にはアメリカのソフトパワーを本気で広める気があるのかきわめて疑わしい。オバマ政権によるハードパワー外交からソフトパワー外交への転身は空虚である。それに対応するかのように、アジア転進政策もアジアでのアメリカのプレゼンスを強化してはいない。オバマ氏は香港の民主化運動の支持には熱心ではなかった。北京でのAPEC首脳会議でオバマ大統領は中国の習近平国家主席とご機嫌で握手をしたが、中国は首脳会議の機をとらえてアジア太平洋諸国の首脳たちにJ31ステルス戦闘機を誇示するといった軍事的な示威行動に出たのである。世界の警察官でもない、民主主義のチャンピオンでもないともなると、オバマ大統領はアメリカをどのような国にしようとしているのだろうか?
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