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2015年6月11日

ネタニヤフ・キャメロン外交からアメリカの同盟諸国への教訓

去る3月11日にグローバル・フォーラム・ジャパンが主催した日米対話において、慶応大学の宮岡勲教授と細谷雄一教授が同盟に関するいくつかの理論的な概念について言及した。特に他国への「巻き込まれ」および他国からの「見捨てられ」のリスクは非常に重要である。通常は脅威の認識に食い違いがある時には強い同盟国が弱い同盟国に自国の立場を押しつけると思われている。しかしアメリカ海軍大学のジェームズ・ホームズ准教授は全く正反対の事態が起こり得るとしている。弱小な同盟国は同盟の盟主の力を最大限に利用して自国の国益の伸長をはかるのに対し、強大な同盟国は対立国と対決のリスクを冒そうとは思わない。これはペロポネソス戦争の直前にスパルタとの対戦を促すケルキュラの要求を前にアテネが直面したジレンマである(“Thucydides, Japan and America”; Diplomat; November 27, 2012)。

上記でホームズ氏が言及したツキジデスの引用は、アメリカと同盟諸国の関係をどのように調整するかを理解するうえで非常に有益な示唆を与えてくれる。特にイランの核の脅威に関してイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とバラク・オバマ大統領の間で最近見られる見解の不一致は、世界各国の政策形成者達に重要な教訓を与えるだろう。オバマ氏との関係は良くないものの、ネタニヤフ氏はアメリカでも敵対勢力への宥和に走るホワイトハウスに強い懸念を抱く政策形成者達と中東の安全保障に関する理解を共有している。他方でイギリスのデービッド・キャメロン首相はオバマ大統領ときわめて良好な関係にあり、「よお兄弟(bro)」と呼ばれるほどである。しかし真面目な政策形成者はイギリスの軍事的能力を低下させているキャメロン氏の国防政策に批判的である。両指導者の著しい違いは我々が学ぶべき教訓を与えてくれるだろう。

まずベンヤミン・ネタニヤフ氏について述べたい。この場合、問題はイランの核の脅威に関するオバマ政権との認識の相違と、アメリカ国内の党派対立である。以下の点が主要な論点となる。第一は核協定自体の効果で、それというのもこれが一時的なものだからである 。第二の点は核拡散を超えたイランの脅威そのものの性質である。両方の論点ともに、オバマ政権がイランによるシーア派過激勢力支援の直接的な脅威を受けているイスラエル、サウジアラビアおよびその他湾岸アラブ諸国といった中東の同盟諸国とパーセプション・ギャップを抱えていることと深く関連している。いわば中東の同盟諸国はオバマ氏が自分達をケルキュラ扱いしているのではないかと疑念を抱いている。そうした中で共和党および民主党の一部は、トム・コットン上院議員が47人の署名を集めてアリ・ハメネイ最高指導者に核協定とそれが中東の安全保障に及ぼす波及効果への反対の意を示した公開書簡を宛てた一件に見られるように、こうした国々と懸念を共有している。最後の論点が事態をさらに複雑にするのはロシアと中国が核協定後のイランに関わってくるからである。例えばロシアはイランにS300対空ミサイルを売却しようとしているが、それがイスラエル、アラブ諸国そしてキャピトル・ヒルから由々しく思われている。ネタニヤフ氏の議会演説からほどなくしてワシントン近東政策研究所のロバート・サトロフ理事は、ネタニヤフ氏はオバマ氏に対してISISとの戦いよりもイランによる中東支配に戦略的な優先順位を置くようにと訴えたと評している。核協定自体についてサトロフ氏はイスラエルと欧米に諜報成果の食い違いを指摘し、アメリカはイスラエルをはじめとする中東の同盟諸国とのパーセプション・ギャップを解消してイランの不正行為を阻止せよと主張している。以下のビデオを参照されたい。


ネタニヤフ首相によるアメリカ議会演説。2015年3月3日


ロバート・サトロフ氏のインタビュー。2015年3月3日


核協定に関して、反対派はウラン濃縮と遠心分離機に規制が緩いうえに一時的な合意であることに懸念を抱いている。イラン国内の濃縮ウラン貯蔵量が減るとはいえ、必ずしも海外に輸送されるというわけでもない。イランの核施設はどれも閉鎖されない。また遠心分離機も全廃されるわけでもない。これは2012年にオバマ氏が突きつけた要求から大きく後退しているので中東の同盟諸国が重大な懸念を抱くようになる(“Obama’s Iran deal falls far short of his own goals”; Washington Post; April 2, 2015)。またワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は、一時的な合意でしかも公式の文書さえない協定の拘束力はほとんどないと評している。以下のビデオを参照されたい。



反対派からの批判に鑑みて、同じくワシントン研究所のデニス・ロス評議員は、オバマ政権は核協定に関して、特に一時合意の有効期間、査察、そして違反への処罰といった懸念材料にどう対処するか示すべきだと主張する。オバマ氏の顧問でもあるロス氏自身も、現在の協定ではオバマ氏が第一期政権時に掲げたイランの核開発を無能化するという目的から後退したと認めている。しかしこの協定によってイランの意志を平和的なものに変えられるともロス氏は言う(“Deal or No, Iran Will Remain a Nuclear Threat”; Politico; March 31, 2015)。協定への賛成派は、イランは制裁の影響で経済的に疲弊し、国際的な核不拡散規範の遵守に積極的になると言う。よって現実的な合意によって我々の重大な目的であるイランの核兵器保有阻止を達成すべきだと主張している。しかしイランとアメリカが協定の文書の意味の解釈が食い違っているとあっては、そうした議論は反対派にとってほとんど説得力がない。4月2日のローザンヌ合意では、イランは今後15年間に3.67%までウランを濃縮できることになっている。イラン原子力庁のアリ・アクバル・サレーヒー長官は、イラン国営のプレスTVとのインタビューで20%のウラン濃縮はいつでも可能だと応えた(“Iran Nuclear Chief Threatens New Uranium Enrichment”; Washington Examiner; April 10. 2015)。

さらにアリ・ハメネイ最高指導者は、アメリカは制裁を即刻解除して協定の実施に踏み切るようにと要求した。それは文書に書かれた英語とペルシア語という言語上の違いによるものだと言う者もいる。ウッドロー・ウィルソン・センターのロブ・リトワク副所長によれば、解釈の違いが起きるのは両国の内政事情によるもので、イランの強硬派は大悪魔との協定など望まず、アメリカの強硬派もならず者国家との合意には懐疑的である。アメリカの反対派とイスラエルはイランの体制の性質を協定の内容以上に問題視しているが、賛成派は文書の技術的な問題に注目すべきだと主張する。そうした事態とは裏腹に、解釈の相違をもたらしたのは政策として重視するものの違いである。アメリカはイランが核分裂物質を製造する能力に制約を科そうとしているが、イランはエネルギー目的でウラン濃縮をしたいと思っている(“The Language of the Iran Deal”; WNYC Brian Lehrer Show; April 13, 2015)。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官とジョージ・シュルツ元国務長官はイランが国際査察官を騙そうと思えば、多くの施設も核分裂物質も査察の対象外なので簡単にできると指摘する。中東でのアメリカの同盟諸国は、オバマ政権が一時的で拘束力の弱い合意を取り付けたことでイランの地域的な覇権を認めたと見なしている。よってサウジアラビアは独自の核抑止力を模索している(“The Iran Deal and Its Consequences”; Wall Street Journal; April 7, 2015)。

オバマ政権と中東の同盟諸国の間のパーセプション・ギャップは協定の技術的解釈を超えたものである。そうしたパーセプション・ギャップは中東でのより包括的な安全保障上の意味合いから理解しなければならない。オバマ政権がイランをISIS打倒のためのある種のパートナーと見なしている一方で、反対派はイランの地域支配への野望とシーア派過激勢力への支援を域内で最も重大な脅威と見ている。サウジアラビア元総合情報庁長官のトゥルキー・アル・ファイサル王子は3月19日に英国王立国際問題研究所の講演で、今回の核協定が中東の安全保障に与える影響の全体像を語った。それは核協定によってこの地域のステークホルダーの間でアメリカとイランの談合によって湾岸地域でイランの影響力が増大するとの懸念から、域内の核軍拡競争が高まるというというものである。オバマ政権の中東への関与について、サウジアラビアは地域安全保障のためには言葉でなく行動を求め、アメリカが自由シリア軍を支援するかどうかが重要な試金石になると見ている。他方でトゥルキー王子はイラク政府がイランを刺激することを過剰に恐れているので、サウジアラビアの影響力はこの国にほとんど及ばないと述べた。以下のビデオを参照されたい。



トゥルキー王子が英国王立国際問題研究所で講演したようにサウジアラビアは今やオバマ政権をそれほど信頼できないと見なしているので、去る5月にキャンプ・デービッドで開催された会議にスルタンが参加しなかったばかりか、パキスタンから核兵器の購入さえ検討している有様である(“Saudi Arabia vs. Iran”; Value Walk; May 21, 2015)。イスラエルのモシェ・ヤーロン国防相もこの協定は抜け穴だらけで、イランが査察官を妨害して最終的には北朝鮮のように核兵器しかねないと懸念を述べている(“Current Iran framework will make war more likely”; Washington Post; April 8, 2015)。実際にイランのアリ・ハメネイ最高指導者はかつてのサダム・フセイン同様に、国際査察官による自国の軍事事施へのアクセスとイラン人科学者に聞き取りを拒否した(“Iran’s Supreme Leader Rules Out Broad Nuclear Inspections”; New York Times; May 20, 2015)。

オバマ政権はISIS打倒だけのためにイランと核問題での妥協を模索し、イランに支援されたシーア派代理勢力への支援さえ行なっている(“Complex US-Iran ties at heart of complicated Mideast policy”; Rudaw; 27 March, 2015)。外交問題評議会のマックス・ブート上級研究員はさらに、アメリカ空軍はイラン空軍になってしまったとさえ言っている (“America’s New Role: As Iran’s Air Force”; Commentary; March 25, 2015)。しかし民主国家防衛基金(FDD)のマイケル・レディーン、フリーダム研究員は、アメリカとイランがイラクで共通の敵を抱えているというだけで行動を共に出来るわけではないと論ずる。イランはイスラム革命以来、事あるごとにアメリカを呪っている。さらにイランのテロリストがアメリカ人を殺害したばかりが、駐米サウジアラビア大使の暗殺さえ行なおうとしていた。アメリカとその同盟国であるイスラエルに対してそこまで長年にわたって激しい敵意を抱くイランが、拡張主義的な野心を捨て去ることは考えにくい(“The Iran Deal: Forget About Stability, Our Strategy Should Be Survival”; Forbes; April 15, 2015)。上院の「四十七士」に代表されるキャピトル・ヒルの反対派が、オバマ政権にイスラエルをケルキュラ扱いすることをやめるように強く要求するのも当然である。

イランはイエメンでフーシ、レバノンでヒズボラ、イラクでシーア派民兵といったテロリストを支援している。また、イランはアフガニスタンでも戦闘員を募集してシリアでアサド政権を支援している。こうした周辺地域での工作ばかりか、イランは全世界で大規模なサイバー攻撃を仕かけている。イランがそれほど挑発的な行動に出る理由は、地政学と国際的な孤立にある。イランは西アジアと中央アジアを連結する位置にあるが、自然の防壁には恵まれていない。歴史的には北方からテュルク系民族が侵入し、メソポタミアはセム系諸国、ローマ、アラブ、そしてオスマン帝国との係争地であった。また、イランはイラン・イラク戦争の時期に自国が欧米からも中東諸国からも完全に孤立していると痛感している。よってテヘランのシーア派体制は中東地域で自国の代理勢力を支援し、安全保障に関する歴史的な不安を克服しようとしている(“Why Iran Needs to Dominate the Middle East”; National Interest; April 10. 2015)。上記の問題に鑑みて、デービッド・ペトレイアス退役陸軍大将はイスラエルが示した、中東一帯でのシーア派民兵勢力が拡大すると地域全体がイランの影響力に対して脆弱になってしまうとする懸念を支持している。さらにオバマ政権がイラクから性急に撤退してしまったために、イランがそれを中東でのアメリカの力の弱さだと解釈してしまった。問題はイランが中東の支配、イスラエルの抹殺、そして核開発の継続を目論んでいることである(“Former general splits with Obama; says Iran, not ISIS, is the real enemy.”; National Review; March 20, 2015)。そうした事態に加えて、イランは核開発で北朝鮮との協力を依然として続けている(”State: We can't deny Iran nuclear cooperation with North Korea; it won't stop nuke deal”; Washington Examiner; May 28, 2015)。ネタニヤフ氏はイランがイエメンで自国の代理勢力を支援している時期だけに、現状は核交渉を進めるには好ましくないタイミングだと恐れている。弱い合意では彼らの拡張主義を勢いづけかねず、イスラエルは現核協定ではイランへの懲罰もなしに利益だけを供与していると見ている(“Netanyahu accuses Iran of trying to 'conquer the entire Middle East' amid looming nuclear deal”; FOX News; March 29, 2015)。

上記で述べたように、イランとの現在の核協定の影響は技術的な問題を超えて中東の安全保障構造の全体に影響を及ぼす。オバマ政権とイスラエルやサウジアラビアに代表される中東の同盟諸国とのパーセプション・ギャップはこれほどまでに大きい。さらに、ロシアと中国は核協定の実施後を見越して国防分野も含めたイランとの関係強化を模索している。この協定が公表されると、ロシアはイランとS300対空ミサイルの売却で合意してイスラエルの危機感を高めた(“Russia-Iran relationship is a marriage of opportunity”; Washington Post; April 18, 2015)。ロシアのイラン政策の中核は欧米の影響力を低下させることである。またロシアの原子力産業はイランの市場を注視し続け、今回の核協定は彼らにとって絶好の機会となる(“How Russia Views The Iran Nuclear Talks”; Breaking Energy; March 18, 2015)。しかしオバマ氏はネタニヤフ氏の厳しい対露批判にもかかわらず、ロシアからイランへのミサイル売却を擁護する発言をしてしまいイスラエルのメディアを驚愕させた (“Israel analysts shocked by Obama’s comments on sanctions, S-300 supply”; Times of Israel; April 17, 2015)。そうした中で中国は、今回の協定がイランからの石油輸入を確保するために必要だと見ている(“The Dragon and the Atom: How China Sees Iran and the Nuclear Negotiations”; National Interest; November 14, 2014)。

オバマ政権が主導するイラン核協定はそれほど危険なので、上院「四十七士」をはじめとするワシントンの反対派はイスラエルやサウジアラビアの懸念に共鳴している。同盟の盟主がパーセプション・ギャップのためにより弱小な同盟国をケルキュラ扱いする時には、弱小な同盟国は盟主国内の反対派と手を組んでその国の内政に入り込んで、盟主の国の政府の決定を覆すべきだろうか?上記のような核協定の欠陥とオバマ政権の中東戦略の危険性にもかかわらず、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、ネタニヤフ氏がワシントン政治に深入りし過ぎだと批判的に論評している。ケーガン氏は決してオバマ政権の外交政策を支持してはいないことを忘れてはならない。それでは、どうしてそこまで批判的なのか?ケーガン氏はネタニヤフ氏によるワシントン政治への深入りは内政干渉であり、イスラエルが戦略的に重要であろうがオバマ氏との関係が良くなかろうが例外でないと述べている。また、そうした行為によってアメリカが国家全体としてイラン政策に関するコンセンサスを形成することを妨げるとも言う。ケーガン氏が言うように、党派分裂はアメリカの外交政策形成者の間で深刻な問題となっている。さらにウィンストン・チャーチルが鉄のカーテン演説を行なったのは議会でなくミズーリ州フルトンだったのも、チャーチル自身が大統領の招待を受けたわけでもなく、公職からも退いていたからである(“Five reasons Netanyahu should not address Congress”; Washington Post; January 29, 2015)。ケーガン氏はさらに、ジョン・ベイナー下院議長がネタニヤフ氏を招待できるなら、民主党側も共和党政権に対して同様なことができると主張する(“At what price Netanyahu?”; Washington Post; February 27, 2015)。ネタニヤフ氏の事例は全世界の国家指導者達にとって、アメリカが世界の期待に応えない時にどのように振る舞うかを模索するうえで重要な課題を示してくれる。アジア諸国はオバマ政権の戦略的リバランスに歓迎一色だが、オバマ大統領がアジアの期待に沿うという保証はない。それどころか中国に対してもイランに対するのと同様な宥和姿勢だと、どうなるのか?

他方でデービッド・キャメロン首相の場合に問題になるのは同盟国としての軍事的能力である。キャメロン氏はオバマ氏と個人的に良好な関係にある。2013年12月にプレトリアで行なわれたネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の葬儀では、キャメロン氏はオバマ氏とデンマークのヘレ・トーニングシュミット首相と共に嬉々として自撮り写真を撮っていた(“David Cameron defends 'selfie' at Nelson Mandela memorial”; Daily Telegraph; 11 December 2013)。しかしそれでアメリカの政策形成者の間でキャメロン氏の評価が高まるわけではない。2010年の戦略防衛見直し以来、イギリスの国防能力は縮小され、それが多くのアメリカ人に危機感を抱かせた。アメリカ陸軍参謀長のレイモンド・オディアーノ大将は、イギリスは戦後のアメリカが世界各地で軍事作戦を展開するうえで最も信頼できるパートナーであったこともあり、国防力削減は英米同盟にとってマイナスであると発言した。特にウクライナ危機以後のロシアの脅威の高まりとISISによる自称カリフ国家の台頭によってNATO諸国は国防力の再強化の必要があり、イギリスはこうした取り組みの主導的立場にある。しかしイギリスの陸海空軍は大幅に削減されたので、軍事的能力は地球規模での活動の要求を満たすことが難しくなっている。現状では英海軍のマンパワーと飛行部隊の数はクイーン・エリザベス級空母の運用には少な過ぎる(“US fears that Britain's defense cuts will diminish Army on the world stage”; Daily Telegraph; 1 March 2015)。そうした事態にもかかわらず、イギリスの有権者は国防費が海外開発援助費を下回っても何とも思っていない(“EXCLUSIVE: UK set to spend MORE on foreign aid than on Armed Forces”; Daily Express; March 1, 2015)。

イギリスの国防の問題はNATOが掲げたGDP2%という目標達成に過剰に囚われていることだが、実際の軍事的能力は予算の金額で決まるわけではない。海軍史家のアレクサンダー・クラーク氏は、イギリスは自国の国防への要求水準とその目的には何が求められるかを明確にすべきだと主張する(“The Defence Debate – why the UK needs to change the subject”; USNI Blog; February 20, 2015)。実際にイギリスは自国の主権が及ぶ領土の防衛にさえ難題を突き付けられている。スコットランドではロシアの潜水艦がトライデント・ミサイル原潜の基地があるファスレーン近海にまでやって来ている。イギリスはロシアの潜水艦勢力に対抗するために、アメリカ、カナダ、フランスなど同盟諸国の支援を必要としている。いわば、イギリスはキャメロン政権が対潜水艦能力を削減したために、自国の独自核戦力を守れないのである(“A Suspected Russian Submarine Is Lurking Off Of The Scottish Coast”; Business Insider; January 9, 2015)。イギリスがドイツのUボートと戦った豊富な経験によって、冷戦期を通じてNATOの対ソ潜水艦抑止を主導してきたことを考慮すれば、これは驚くべき事態である。キャメロン政権の致命的な誤りはニムロッド対潜哨戒機を廃棄してしまったことである(“Nimrod cuts 'have allowed Russian submarines to spy on Trident”; Daily Telegraph; 29 May, 2015)。アルゼンチンでのナショナリズムの台頭も新たな脅威である。イギリス海軍はクイーン・エリザベス級空母の就役を前にインビンシブル級を退役させてしまったが、アルゼンチンはロシアからフォークランド諸島を攻撃できるスホイ24爆撃機を賃借している(“Britain's military defences in the Falkland Islands”; Daily Telegraph; 24 March 2015)。

イギリスのようにグローバルな海軍国が主力艦に空白期間を作るとはきわめて信じがたい。イギリスの軍事的能力の低下は外交政策のビジョン欠如と深くかかわっている。サセックス大学のマキシン・デービッド講師はそうした傾向を以下のように分析している。総選挙を前にした4月2日の党首討論では、外交政策はほとんど語られなかった。イラクとアフガニスタンでの戦争への厭戦気運と地域ナショナリズムの高揚によって、イギリスは孤立主義を深めている。さらに国際安全保障への国民的関心の低下によってイギリスの外交政策は通商志向になっている(“State of the Nation: Britain’s Role in the World Just Keeps Shrinking” The Conversation; 29 April 2015)。これが典型的に表れているのがAIIBへの加盟申請で、しかもそれはヨーロッパ諸国の先陣を切ってであった。問題は世界が直面する脅威が多様化する時にイギリスがグローバルな役割を果たすと期待しにくくなっていることである(“World crises may be multiplying, but campaign turns Britain further inward”; Washington Post; April 25, 2015)。イギリスの関与はヨーロッパから中東、アフリカ、アジアにいたる地域で低下している。キャメロン政権は香港の学生運動に対する中国の抑圧にさえ強く抗議しなかった。フランスも軍事的な役割はドイツにとって微妙な問題であることから、イギリスの孤立志向を懸念している(“Britain’s Drift From the Global Stage Becomes an Election Issue”; New York Times; April 27, 2015)。イギリスの国防能力の問題はきわめて根深い。ダウニング街は世界の安全保障と国際公益のためにイギリスが持てる力を全面的に発揮することを忌避している。オディアーノ陸軍大将の発言は全世界のイギリスの同盟国の懸念を代弁したもので、キャメロン首相がオバマ大統領の良き相棒であろうともそれは変わらない。

ここまで、中東とヨーロッパにおけるアメリカの主要同盟国について記したので、次はアジア太平洋地域の最重要同盟国である日本について記したい。日本はイスラエル、サウジアラビア、そしてイギリスから何か教訓を学べるだろうか?現在、安倍政権は国会で安全保障法案を通過させ、積極的平和主義を強く推し進めようとしている。安倍晋三首相のキャピトル・ヒルでの演説は概ね成功であった。日本の安全保障の認識と軍事的能力についてはどうだろうか?中東でイランが地域の派遣を目指しているように、極東では中国が地域の覇権を目指している。自国の軍隊の他に、イランがシーア派代理勢力を利用しているのを真似て中国は漁師を代理勢力に仕立てて影響圏を拡大しようとしている。よってオバマ政権のアメリカがイスラエルとサウジアラビアにとっている態度は、日本にとって死命を制する問題である。安全保障法案と憲法改正に関する限り、日本国民は「巻き込まれ」を過剰に懸念しているが、日本という国の生存には「見捨てられ」の方がはるかに重大な意味を持つ。たとえ日本が憲法その他の法的制約を超えてアメリカ主導の多国籍軍に積極的に全面協力しようとしても、国力を超えたことまでしてもらおうと誰が期待するのだろうか?日米あるいは多国間同盟への貢献強化に反対する者は、アメリカ側とのパーセプション・ギャップを埋めて「見捨てられ」を避けることをもっと真剣に考えるべきである。日本国民にとって最悪のシナリオはオバマ氏が日本をイスラエルやサウジアラビアのようにケルキュラ扱いすることである。それは私の背筋を凍らせるものである。日本はワシントン政界で自国に同調する者達とともに行動してこうした事態を避けることもできるが、それはスマートで人目につきにくいロビイングでなければならない。それには高度な政治手腕が要る。ネタニヤフ氏はアメリカの外交政策で党派分裂を刺激してしまった。

軍事的能力に関しては、国際社会の期待に応えることが重要である。キャメロン政権下のイギリスは国力に見合った国防力の維持をやっていない。だからこそオディアーノ陸軍大将がそのことに懸念を表明したのだと銘記しなければならない。日本には脅威が多様化する時代にあって、近隣地域を超えて活動する能力がある。安倍氏が安保法制をめぐる議論で言及したホルムズ海峡は日本の石油需要のために死活的な海路で、緊急時には多国籍軍に参加してここの海上交通を保証することは日本にとって当然の役割である。しかし安倍氏が日本の関与を1991年の湾岸戦争後に日本が既にやっていた掃海に限定したことは非常に残念であった。現在、湾岸地域の海上で最も深刻な脅威はイランの対艦ミサイルである。イランは当時よりもA2AD能力を質量ともに大幅に強化している。キャリアー・キラー・ミサイルはどのような艦船でも、たとえそれが機雷敷設水域から遠く離れていいようとも撃沈できる。艦隊防空がなければ、エネルギー供給のシーレーン防衛の任務を安全かつ成功裡に行なうことは不可能である。日本の海上自衛隊はイージス艦を配備し、こうした艦艇は日本のオピニオン・リーダーの間でしばしば言われるように多国間での北朝鮮の弾道ミサイル撃墜作戦に役立つ。しかしイージス艦開発の第一目的は艦隊防空であり、日本には他の参加国と共に多国籍軍の艦隊をイランのミサイル攻撃から守る能力がある。これはSEADあるいはDEADのように敵の基地を無力化したり、あるいは敵の領土に上陸したりといった攻撃的な役割ではなく、全面的に防衛的なものである。日本が中東でそのような作戦を行なう能力がないのは明らかであり、そうした役割を諸外国が期待することなどまず考えられない。しかし艦隊防空であれば日本にできることであり、これぞ過去に日本が成し得た成果から積極的平和主義に向かう真の一歩となる。

安保法案をめぐる永田町での議論では、海外派兵によって戦争で死傷者が出るリスクが過剰に意識に取り上げられている。しかしこの法案で決定的に重要な点は、日本が自国の防衛能力を全面的に活用して国際公益に尽くすことである。これは積極的平和主義の中核を成す概念である。ペルシア湾の安全保障は日本一国の狭い国益を超えたものであり、その価値は日本が国際社会に貢献することに付随すると考えられる「リスク」よりもはるかに大きなものである。遺憾なことに安倍政権も野党もこの絶対的に見逃せない論点を忘れ去っている。現在の日本で繰り広げられる防衛論議の質は、キャメロン政権下のイギリスでのものよりもはるかに悪い。しかし防衛能力を完全に発揮できれば、日本が諸外国と共通の安全保障認識を形成してゆくうえでも役立つだろう。

最後に首脳同士の個人的関係について述べたい。国家間の関係であっても首脳同士が個人的に親密な方が有利なことに疑いの余地はない。しかし私は日本の政界および言論界では安倍首相とオバマ大統領の関係を心配するあまり、首脳間の個人的関係を情緒的にとらえ過ぎていると睨んでいる。オバマ大統領と親密なキャメロン首相だが、アメリカの政界や識者の間での評価は必ずしも高くはない。逆にホワイトハウスとの関係が良好とは言えないネタニヤフ首相の主張を支持するためには、47人もの上院議員の署名を動員できるのである。もちろん、オバマ外交に批判的なロバート・ケーガン氏でさえ述べたように、外国の首脳がアメリカ国内の党派対立に深入りし過ぎることは好ましくないだろう。だがここで問題提起したいのは、日米関係の観測者の間で安倍氏とオバマ氏の個人的関係を情緒的に拡大解釈し過ぎていなかったかという点である。こうした傾向はアメリカ側の日本問題専門家にも見られるように思われる。首脳同士の関係を決して軽視するつもりはないが、日米双方のオピニオン・リーダー達はより重要な課題を注視した方が良いと思われる。

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