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2015年7月31日

F35戦闘機の配備に伴う新しい戦争のあり方をどう評価するか?

F35ライトニング統合打撃戦闘機は航空戦のあり方を革命的に変えるものと思われている。しかし同機の配備によって退役する予定のF16ファイティング・ファルコンとの格闘戦での敗北によって、全米を巻き込む議論となった(“The F-35 Can't Beat The Plane It's Replacing In A Dogfight: Report”; Foxtrot Alpha; June 29, 2015)。模擬格闘戦では、新鋭の戦闘機が古い世代の戦闘機に負けることは必ずしも驚くべきことでもない。F15イーグルは実戦では無敗の制空戦闘機としてよく知られているが、初期には2世代古い航空自衛隊のF104スターファイターに負けたこともある(「空自『伝説のパイロット』は旧式機で最新鋭米軍機を“撃墜”した」;産経新聞WEST;2014年12月3日)。たった1回の勝利や敗戦で兵器の質を判断することは性急なのである。

国防総省は、格闘戦での結果によってF35がアメリカの航空兵力の中核としての資格が失われるわけではないと擁護する。統合計画局によれば、F35は格闘戦に当たってファースト・ルックで敵を発見するセンサー、レーダーからの捕捉を逃れるステルス塗装、敵機に機首を向けたり照準を合わせたりしなくても撃墜できる兵器も搭載していなかった(“F-35 fighter makers leap to its defence after it loses dogfight to 1970s jet”; Daily Telegraph; 3 July, 2015)。またF35はBVR戦と地上攻撃を想定した設計で格闘戦向きではない。近接航空戦を担うのはF22ラプターで、これが第5世代戦闘機のハイ・ロー・ミックスである(“Military: Don't Worry If F-35, Most Expensive Fighter Jet Ever, Can't Dogfight Well”; ABC News; July 1, 2015)。さらにマイク・ホステージ退役空軍大将は、F35は飛行高度と速度ではF22に及ばないかも知れないが、ステルス性は優れていると論評している。よってF35は敵の空域を通過して防空システムを破壊したうえで、空対空の戦闘をF22に任せることになると主張する。たとえそうだとしても、F35の捕捉が難しいことはBVR戦で第4世代の戦闘機を撃墜するうえでは非常に有利な点である(“F-16 Vs. F-35 In A Dogfight: JPO, Air Force Weigh In On Who’s Best”; Breaking Defense; July 2, 2015)。

国防政策の中枢からは肯定的な主張だったが、格闘戦の結果がセンセーショナルに取り上げられるようになったのはジャーナリストのデービッド・アックス氏が運営する”War in Boring”というブログに記載されたF35のテスト・パイロットによる匿名の証言である。そのパイロットはF35が「クリーン」な状態ながらF16の方は両翼に燃料タンクを追加して戦ったという条件から、この機の機動性を疑問視している。またパイロットの情報分析のために設計されたヘルメットが大き過ぎて、格闘戦の際に頭を動かすことが困難だと主張する。よってそのパイロットはF35は第4世代の戦闘機より劣ると評価している (“Test Pilot Admits the F-35 Can’t Dogfight”; War is Boring; June 29, 2015)。実際、F35の重量は、F15でも地上攻撃能力強化のために通常の機種よりペイロードと航続距離を伸ばしたF15Eストライク・イーグルとほぼ同じである。しかし小さな両翼とアフターバーナー出力も弱いエンジンも相まってF35の機動性はストライク・イーグルよりもはるかに劣る(“F-35 designed for long-range kills, not dogfighting”: Flight Global; 1 July, 2015)。さらにアビエーション・ウィーク誌のビル・スウィートマン上級国防編集員はF35がステルス性でF22より優れているというホステージ大将の主張に反論している。航空力学的にもF22の方がF35より電波の反射が少ない。またF35は主として輸出用の製品である。制空の他にもF22の方がスピードとミサイル搭載量が優れているので、DEAD作戦利用でも優位にある(“F-35 Stealthier Than F-22?”; Aviation Week – ARES; June 9, 2014)。

そのように全米を巻き込む議論となったのは、価格の高騰、スケジュールの遅延、そしてソフトウェアや兵器とのマッチングといった技術的な問題である。F35は1機当たりの価格ではまだF22より低価格であるが、開発費用の総額はすでに同機を上回っている。開発価格はすでに当初の計画より2千億ドル以上も上回り、スケジュールも3年遅れている。そのためF35の配備数は削減され、その余剰資金は既存の戦闘機のアップグレードに回される(“The F-35: Is it worth the cost?”; WBALTV; July 16, 2015)。技術的な問題も深刻である。海兵隊は今年の夏よりSTOVL版のF35Bを配備し始めたが(“F-35 Joint Strike Fighter passes important, live-fire test”; CNBC News; 6 July, 2015)、地上の動く標的の攻撃に使用される多モード誘導弾でも最先端のSBD-II を当初の予定分の搭載をすることができない。これはウェポン・ベイが合わないためで、その解決は2022年以降になる(“F-35 Can't Carry Its Most Versatile Weapon Until At Least 2022”; Foxtrot Alpha; February 28, 2015)。さらに旧式のA10サンダーボルト攻撃機の方が近接航空支援に特化している(“Major Obvious: F-35 Pilot Says A-10 Will Always Be Better At Air Support”; Foxtrot Alpha; April 10, 2015)。

ステルス戦闘機の計画は費用もかかり、技術的にも厳しい要求が突きつけられる。さらに統合打撃戦闘機は多国間プロジェクトなので、意思決定過程が複雑になる。これはユーロファイター・タイフーン計画でも見られた事例である。F35はパートナー諸国の多様な要求を調整するために、タイフーン以上に多大な労力が必要になる。過去にはアメリカはロバート・マクナマラ国防長官(当時)の指導下に海空軍共同でF111アードバークの製造計画を立ち上げた。基本的な考え方は長距離ミサイルを搭載する共通の航空機モデルを製造し、海軍と空軍双方の要求を満たすことで開発とメンテナンスのコスト・ダウンをはかろうというものである。その結果、F111は重量過剰で飛行の機動性に支障をきたしたばかりか空母での運用もできなくなった。F35も同じ間違いを繰り返しているのだろうか?

価格と技術的な問題はあるが、F35についてはステルス性以外にも新しい戦術および戦略の概念を理解しなければならない。イギリス空軍のアンドリュー・リンステッド退役大佐は元トーネード戦闘機パイロットとして、新しい戦闘機を判断する際にスピードや飛行高度、機動性といった従来から馴染んできた指標に頼ることは理解できると言う。しかしリンステッド氏はF35には戦場での全ての情報を一つの画像に統合してパイロットが迅速かつ的確な決断を下すためのSAを支援するとともに、僚機とも情報共有ができるという大きな利点があると述べている。長年にわたるトーネードでの経験から、リンステッド氏はこの技術こそ新しい時代の戦闘で重要になると主張する(“In defence of the F-35: Why future air combat will be different”; Daily Telegraph; 3 July, 2015)。

F35は単なる技術革新ではない。パイロットでもエンジニアでも整備工でもない我々が注視すべきは政策形成に当たっての新時代の戦略概念である。ポピュラー・サイエンス誌のエリック・アダムズ航空軍事編集員はディスカバリー・チャンネルの”Secret of Future Air Power 2015”という番組で、アメリカの将来の航空兵力の鍵を握るのはステルス、UAVEMPといった技術を超えて、航空戦を行なうことなしに敵を無力化するという概念であると語っている。以下のビデオを参照されたい。



実際にステルス技術そのものは新しいものではない。ナチス・ドイツがすでに現在のステルス戦闘機の原型を開発している。RCSを低下させたからと言って戦争が劇的に変わるものではない。以下のビデオを参照されたい。



BVR戦も新しい戦術概念ではない。それはすでに1954年にアメリカ海軍がF3DスカイナイトにAIM7スパロー対空ミサイルの配備を始めてから実施されていたものである。F35を配備するための戦略および戦術思想は、そうした長年の進化の成果なのである。よって、新鋭の戦闘機にたった1回の格闘戦の勝敗で評価を下すのは性急である。軍事評論家の岡部いさく氏が述べるように「戦闘機を“虎とライオンが戦ったらどちらが勝つか”のような単純化された議論で比較することはあまり意味がない」のである(「中国の軍事力は日本にとってどれほどの脅威なのか」;週刊ダイヤモンド;2012年11月15日)。リンステッド退役大佐も同様なことを述べている。

しかし戦争は進化する一方で古い性質も保ち続けることも銘記すべきである。よって新しい概念を過剰に盲信することは危険である。ベトナム戦争の時にはF4ファントムは機銃を外して完全にBVRミサイルに依存し、ベトナム軍のミグ17、ミグ19、ミグ21と対戦した。その結果、アメリカ軍のF4は全てのミサイルを撃ち尽くして格闘戦に入ると全く脆弱になった。アメリカは自国の戦闘機に機銃を再配備して格闘戦での巻き返しをはかった(“The U.S. Air Force Promised the F-4 Would Never Dogfight”; War is Boring; July 6, 2015)。F111はBVRと地上攻撃に固執したために空中戦では全く役立たなくなった。BVR戦と近接航空戦の要求を両方とも満たしたのはF14トムキャットで、重量のあるAIM54フェニックス長距離対空ミサイルが搭載可能だった一方で、模擬格闘戦でF15に勝つほどの機動性があった。F14とは違い、F35は初期のF4、そうでなければF111の21世紀版に陥りかねない。戦争の理念は進化するであろうが、F35が格闘戦能力をテストしたこと自体、古い戦い方が依然として重要なことを示している。

F35に関する賛否はともかく、それはアメリカと開発に関わった多くの同盟国の空軍力に重要なものとなる。新しい戦争の概念とF35の長所と短所の充分な理解がなければ、この新鋭機をうまく活用することは難しいであろう。JSFのパートナーおよび顧客となった国の政府が全て、それらを充分に理解しているのかとなると疑問の余地がある。中にはステルス技術に飛びついた国もあるだろう。また、空軍力のハイ・ロー・ミックスを考えるのはパイロットやエンジニアではなく、政策形成者の仕事である。ホステージ大将が述べるようにF35は開戦初期の段階で敵のレーダー網を抜けて空爆に使用されるだろう。これはF35がローの役割を担うことを意味する。各国でF35のハイ・ロー・ミックスのパートナーとなるのは、アメリカ空軍では第5世代のF22、イギリス空軍では第4.5世代のタイフーンとなるであろう。しかしアメリカおよびイギリスと違って日本でハイの役割は引き続き第4世代のF15が担うことになりそうである。航空自衛隊は中国が計画しているJ20とJ31両ステルス戦闘機によるハイ・ロー・ミックスに対抗できるだろうか?またF35の価格高騰とスケジュール遅延はアメリカとその他のJSFパートナー諸国では論議をよんでいるのに対し、日本や韓国などはただこの戦闘機を輸入するだけで満足という優良顧客になり過ぎているように思われる。数年の内にF35の配備を始めるためには非常に多くのことを考慮する必要がある。

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2015年7月 7日

中国は本当に広く信じられているほど強いのか?

中国の台頭は国際政治の学徒の間では最重要テーマの一つである。様々な国際会議ではアメリカ人からヨーロッパ人、アジア人、そして日本人まで国籍を問わず世界各国の有識者達は、この巨大な新興国の上昇と、この国がグローバルな問題で影響力を拡大してゆくという「マニフェスト・デスティニー」を受け入れよと説いている。中には我々のような従来からの大国は国際社会の力の変遷という動向に抵抗することなく、自らの衰退を受け入れよというほど受け身の発言さえ見られる。そうした諸行無常を何が起ころうとも、それが望ましくてもが望ましくなくても受け入れよというのはあまりに「仏教的」である。しかしホッブス的な世界で一国の指導者がそのように諦観的な態度をとれば、その国は野心に満ちた新興国のなすがままに陥ってしまうだろう。新たに台頭してくる国の国力は適正に評定し、その国に対処する戦略を考えねばならない。

ともかく中国は多くの有識者達が言うように本当に強いのだろうか?この国が勃興する大国であることに異論はなく、それが世界秩序と国際安全保障にもかなりの影響を及ぼすであろう。しかし我々は中国を大変な経済大国だと見なしてよいのだろうか?この疑問については中国経済の相反する性格を注視すべきで、それは国家全体では巨大な経済も一人当たりの所得が不釣り合いに低いということである。世界銀行が公表した2014年の一人当たり国民所得によると、中国はアトラス方式では101位で購買力平価では105位となっている。財界人はしばしば急激な経済成長と都市開発に印象づけられてしまって中国の台頭に 魅入られがちなのは、伊藤忠商事会長から転身した丹羽宇一郎駐中国大使を見ればよくわかる。中国経済が総合で大きいのは巨大な人口が主要な要因である。歴史的にも国民が貧しい経済大国など、スペインからオランダ、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本にいたるまで例がない。そのために中国の本当の経済的な実力を評定することは非常に難しい。ともかく中国がアメリカに対して最有力で手強い経済的な競合国だという認識は馬鹿げている。実際のところ、中国は日本やヨーロッパ主要国に追いついてもいない。中国はロシアよりもはるかに貧しい。近い将来、中国がアメリカを追い越す?それはいつのことか?

世界各国の有識者達が、国籍、文化、経歴を問わずそれほど単純明快な事実を見過ごすのはどうしたことだろうか。そのように中国の実力に間違った評定を下すことの危険性は、北京の共産党が心理的な幻想を利用して国際規範を強引に抑えつけて自らをより有利な立場に置こうとすることである。高名な論客たちは中国について深く知り過ぎるあまり、ここで言及したような簡明な事実を忘れ去っているように思われる。アジア・インフラ投資銀行に対する受容姿勢は、中国によるアジアの最有力大国としての地位の強引な主張に対する「仏教まがい」の宥和の典型的な事例である。社会問題や環境問題に対してどこまで考慮するかという懸念はさて置き、中国が多国間機関を運営するだけのノウハウや専門知識を持っているとは到底思えない。この国は地域機関でも安全保障同盟でも主導的な役割を果たしたことはない。この国は西側、ソ連、そして非同盟のどのブロックからも孤立してきたのである。多国籍開発銀行を運営するだけの中国人経済学者は多くない。さらに貧しい国が多国間銀行を実質的に一国で運営するだけの経営体力はあるのだろうか?中国が日米両国および国際社会の敬意を勝ち取りたいという希求は理解すべきだが、彼らが多国間記入期間を運営するだけの能力を備えているかどうかは疑わしい。

他に問題とすべき点は製造業である。中国は世界の工場と呼ばれ、付加価値の低い製品と一般消費者向け用品での競争力については反論の余地がない。しかしハイテク製品ともなると中国は世界の最先端ではない。人民解放軍の戦闘機のほとんどはロシア空軍のもののコピーである。例えばJ11はスホイ27から、J15はスホイ33からといった具合である。中国独自のステルス戦闘機J31さえミグ29と同じエンジンを使用している。実際に中国製のエンジンは旧式でパワー不足である(“Why China’s Air Force Needs Russia's SU-35”; Diplomat; June 1, 2015)。J31はアメリカのF35の情報をハッキングしたコピーと見なされているが、2014年珠海航空ショーでのパフォーマンスは酷い評価であった(「自国メディアにも叩かれた「中国最新ステルス機」の未熟さ」;イザ産経デジタル; 2014年12月17日)。しかし正当であれ不当であれ、模倣は模倣に過ぎない。興味深い事例はドイツ製214型潜水艦の韓国への技術移転である。韓国はドイツのハイテク潜水艦を建造するライセンスを認可されたが、ボルト接合技術が充分に発達していなかったのでその潜水艦を造れなかった。言い換えれば、基礎レベルの技術もなしに模倣を行なうのは、素人が一流コックのレシピを読んだだけで作った料理のようなものである。よってライセンスであれハッキングであれ、コピーされた技術は本物の技術ではない。

戦闘機以外でも、中国のミサイルは輸入かコピーといった形式でロシアの技術に依存している。先進技術では、中国はロシアあるいはハッキングを通じたアメリカの技術にこれほど依存している。このことは中国の製造業の基盤が非常に脆弱だということになる。経済の面では、中国はもはや止めようもないほど台頭してしまった国ではなく、アメリカ、日本、ヨーロッパ主要国、そしてロシアに追いつくには程遠い。G2構想など白昼夢である。また中国は軍事超大国でもない。中国は巨大な低開発国に過ぎない。中国が「衰退する」ロシアをジュニア・パートナーにすると信じる者も少なくない。そんなことはほとんど考えられない。スーザン・ストレンジの構造的な力の理論を適用すれば、国防のあり方を決定づける力を行使しているのはロシアであって中国ではない。ロシアの技術への依存は、中国の国防システムをそれに応じたものにしてしまう。この観点から、私は日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長が対独戦勝70周年記念での習近平氏のモスクワ訪問について「それにしても、そのような場に中国の習近平国家主席が席を連ねたことは、果たして中国のためによかったのであろうか。私は疑問に思う。」と記した最後の一文を注視している(「プーチン・ロシアはどこへ行くのか」;日本国際フォーラム――百花斎放;2015年5月12日)。

最後に質問を繰り返したい。どうして世界各国の有識者達は中国の台頭にそれほど受容的で、国際社会で自国の序列が下がることに寛容なのだろうか?「仏教まがい」の諦観は政策形成の態度ではない。何かが望ましくないのなら、それを望ましいものに変えねばならない。何かが望ましいなら、それをさらに望ましいものに変えねばならない。この目的のためには、中国の真の実力に冷静な評価を下さねばならない。

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