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2015年11月25日

英中「黄金時代」にどう対処すべきか?

去る10月にイギリスは中国の習近平国家主席を迎えて両国の「黄金時代」の幕開けを称えた(“China, Britain to benefit from 'golden era' in ties – Cameron”; Reuters; October 18, 2015)。他方で人権活動家達は中国によるチベット抑圧を非難し、王室も習氏に皮肉を込めた対応をした(“Chinese president meets Queen as anger over human rights and steel overshadows state visit” Daily Express; October 20, 2015)。しかし政策的観点から言えば、最も重大な懸念はブラッドウェルとヒンクリー・ポイントでの原子力発電所の建設である。英中原子力合意に対する我々の対応を模索する前に、イギリスの外交および内政政策の背景を述べたい。

まずイギリスの外交政策上のバランス変更を理解する必要がある。現在、イギリスのメディアではデービッド・キャメロン首相がEU加盟の是非を問う国民投票を示唆する状況から、Brexit(Britain+Exit)すなわち脱EUが取り上げられている(“EU referendum: Brexit will become a real danger if David Cameron fails to secure reform deal”; Independent; 9 November, 2015)。イギリスはEU域内の移民問題に不満を抱え、新たな市場もユーロ圏ではなく特にアジアを中心とした新興諸国に求めている。これはイギリスが英連邦諸国と伝統的な関係があり、しかもその中でもインド、マレーシア、シンガポール、南アフリカ、ナイジェリアといった国々は新興経済諸国の代表的存在である。アメリカがアジアへの「転進」(pivot)あるいは「リバランス」を語る一方で、イギリスはアジアの最優先化(reprioritisation) に取りかかっている。これはキャメロン首相が2013年のインド訪問の際に大規模な財界代表団を引き連れたセールスマン外交に典型的に表れている (“Cameron bats for British trade with India”; Financial Times; February 18, 2013)。インドのナランデラ・モディ首相が訪英した際には、2002年のグジャラート州暴動時に州首相としてイスラム教徒への対応が不評をかったことには触れず、ひたすら投資を求めた(“Cameron to welcome Modi to UK despite misgivings by Indian Muslims”; Financial Times; July 12, 2015)。人権活動家達はキャメロン首相を批判するであろうが、外交政策はすでに習主席のロンドン訪問以前に「市場志向」であり、そうした外交方針はイギリスの歴史的本能に基づいたものである。

中国との商業上の合意は物議を醸しているが、それに評価を下すにはイギリスが特にヨーロッパとアジアの間で自国の立場をどう見ているかを理解する必要がある。今年の10月に英国王立国際問題研究所は『イギリスとヨーロッパと世界』(“Britain, Europe and the World: Rethinking the UK’s Circles of Influence”)と題する報告書を発行し、イギリス外交で3つの課題を挙げている。それはまずグローバル化による経済競争の激化、次にロシアや中国との地政学的競合から中東と全世界で台頭するイスラム過激派といった脅威の多様化、そして国連、国際金融機関、NATO、EUといった国際機関が時代に合わなくなったことによる構造改革である。これらの課題に鑑みて、その報告書ではイギリスは米中のパワー・バランスの動向に適応してゆかねばならないと記している。そこでイギリスがどのように適応しているのかを見てゆく必要がある。

キャメロン政権はブレトン・ウッズ体制が今世紀のパワー・バランスの変化に応じて更新される必要があると見ているので、イギリスは中国に人民元の国際化について助言を行なっている。非常に重要なことにBRICおよびMINT諸国へのイギリスの輸出は伸び悩んでいるが、その中で中国向けだけは2011年から2014年にかけて2倍に増加している。東シナ海および南シナ海での米中衝突は安全保障上の懸念材料ではあるが、王立国際問題研究所のロビン・ニブレット所長は中国をめぐるイギリスの国益と能力はアメリカのそれとは違うと、以下にある10月19日収録のオーディオで述べている。ニブレット氏の議論の焦点はイギリスの影響力をいかに維持してゆくかである。戦後のイギリス外交では、自国をアメリカ、ヨーロッパ、そしてその他の世界という3つの円のハブだと位置づけてきた。この内、その他の世界を代表するのが英連邦、中東、中国、日本といった地域や国々である。しかしニブレット氏は大西洋の架け橋というイギリスの役割は弱まっており、実際にアメリカはロシア封じ込めにはバルト海諸国を注視しているばかりかイギリス自身もユーロ圏に入っていないと言う。ニブレット氏はさらに、国連、ブレトン・ウッズ体制の国際金融機関、そしてG7といった国際機関の影響力低下は、そうした機関で重要な地位を占めるイギリス自身の影響力に多大な制約となっているとも評している。よってニブレット氏はイギリスは中国との関係強化によって外交政策上の優先事項を再考し、国際機関を再建する必要があると主張している。



ニブレット氏の見解は深い分析と冷静なリアリズムに基づいているが、それでも私はイギリスの過剰な対中関与には異を唱えたい。歴史的に見て、イギリスは台頭する大国を受け入れて世界での影響力を維持しようとしてきた。ビクトリア朝時代にはソールズベリー侯爵が米独両国との良好な関係に努めた。しかしのちにドイツと敵対するようになったので、そうした政策は続かなかった。こうした観点から、我々は英中黄金時代には疑問を呈さねばならない。イギリスのアジアインフラ投資銀行加盟には、王立国際問題研究所の論文とニブレット氏の発言に鑑みてある程度の合理性はあるだろう。原子力合意のリスクと安全保障上の意味合いはAIIB加盟どころではないほど重大である。

また安全保障と環境の懸念を乗り越えて原子力合意にいたった、キャメロン政権内でのジョージ・オズボーン財務相の役割にも注意するべきである。オズボーン氏が今年の9月に貿易拡大のために中国を訪問した際に、人権問題にあまり触れなかったことを感謝された(“Osborne praised for 'not stressing human rights' in China”; BBC News; 25 September, 2015)。オズボーン氏がイギリスを中国主導のAIIBに加盟させた張本人であることを忘れてはならない(“George Osborne talks up growth on visit to Beijing”; Daily Telegraph; 20 September, 2015)。元MI6作戦情報局長のナイジェル・インクスター氏は中国の巨大市場への参入機会を逃すまいとばかり考えるオズボーン財務相の見解に警告を発している。他方でオズボーン氏は二国間貿易の拡大とともに中国からのインフラ投資Mも求めている。ウエストミンスターでの党利党略から、保守党の議員達は不本意ながらオズボーン・ドクトリンに引き込まれている(“China and 'the Osborne Doctrine'”; BBC News; 19 October, 2015)。このドクトリンの根本的な考え方は、イギリスが国際舞台で重要な地位を保ち続けるには急成長の中国と強い関係を築くことが絶対に必要だというものである。まさにこうした理由から、オズボーン財務相はイギリスを西側で中国の最友好国にしようとしている(“An interview with George Osborne”; September 24, 2015)。

オズボーン氏とインクスター氏の亀裂はキャメロン政権の政策的優先事項を反映しているかも知れない。キャメロン首相はイギリスの貿易と投資の拡大に熱心な一方で、予算的合理性のために国防を犠牲にしたことはスコットランド海空域へのロシア侵入に見られる通りである。レイモンド・オディアーノ米陸軍大将はこれに重大な懸念を表明し、3月のウエストミンスターは大騒ぎとなった。キャメロン首相がNATOの設定したGDP2%ラインを満たしているとしているイギリスの国防費は、実際には縮小し続けている(“Britain's Promise to America: We'll Spend 2% on Defense”; Motley Fool; July 25, 2015)。

中国との原子力合意は脱EUの動きを反映する一方で、背後でのフランスの関与も見逃せない。英中合意を前に、EDF(フランス電力会社)とCGN(中国広核集団)が核燃料の加工および再処理の施設建設に向けた協力強化の合意に調印した(“China, France further strengthen their nuclear cooperation”; World Nuclear News; 1 July, 2015)。中国によるブラッドウェルとヒンクリー・ポイントでの原子力発電所建設ではEDFが一役かっている(“Chinese investment in British nuclear power is fueling concerns”; Washington Post; October 20, 2015)。原子力エネルギーは国家安全保障のうえでも細心の注意を払うべき問題なのだが、中国の公共企業は一般に思われているよりも早くからヨーロッパに入り込んでいる。

これらの問題に取り組むに当たって、我々はイギリス国民の間で環境や安全保障といった問題意識を共有する人々に自らの見解を訴えかけるべきである。特に原理力の安全性は福島原発事故を機に世界的な関心事となっている。中国は自分達が建設する原子力発電所を西側への産業ショーウィンドーにするつもり(“Osborne expected to back Chinese nuclear power station in Essex”; Guardian; 21 September, 2015)だが、イギリスの環境活動家や現地住民は中国企業が西側の基準を遵守してブラッドウェル河口地域の生態系を守るかどうかを憂慮している(“Chinese-built reactor at Bradwell could have 'major impact' on estuary”; Guardian; 19 October, 2015)。

さらに重大な懸念材料は、CNGが他の多くの中国企業と同様に人民解放軍と緊密な関係にあることである。中国人技術者はハッキングでも従来からのスパイ行為によってでも、機密性の高い先端技術を盗み取ることができる。忘れてはならないことは、プーチン政権の秘密工作員がロンドンのロシア人社会に潜んでアレクサンドル・リトビネンコ氏を殺害したことである。ブラッドウェルとヒンクリー・ポイントの原子力発電所は、次のリトビネンコ事件のために中国人スパイを匿うトロイの木馬にさえなりかねない。中国がBAEシステムズ社からF35戦闘機の情報を盗み出したことはあまりにもよく知られている (“After latest F-35 hack, Lockheed Martin, BAe Systems, Elbit under multiple cyber attacks….right now.”; Aviationist; March 14, 2012)。それは氷山の一角かも知れず、中国はBAEシステムズからクイーン・エリザベス級空母や多種多様なミサイルなどさらに多くの情報もハッキングしたと疑ってもよい。元MI6高官のインクスター氏は、中国はハード・パワー志向で躊躇なく国益を押しつけてくるのでイギリスが弱みを見せるとそこにつけ込んでくると指摘する。オズボーン財務相とフィリップ・ハモンド外相は、イギリスは背後で中国に影響力を行使してゆくと主張するが、両閣僚が言うほど事態は容易ではない。

さらに言えば、この原子力合意はイギリスが日米およびNATO同盟諸国とともに、安全保障情報の漏洩を恐れてトルコと韓国に中国製のHQ9防空ミサイルの輸入を止めるように説得した行為とは矛盾する。また、どうしてイギリスがこれほどの物議を醸しながら中国に原子力発電所の建設を頼み込まねばならないのか?イギリスは科学技術立国であり、英国病の最中にあった時代でさえ国民はそのことに誇りを抱いていた。アスチュート級潜水艦でも証明済みだがイギリスには高い原子力技術がある。政府は自国の企業と契約してイギリス人の技術者を雇う気がないのだろうか?公共投資による雇用創出と経済刺激策には、この方がずっと合理的である。

我々は英国内の反対派と共鳴してキャメロン首相とオズボーン財務相にこうした環境及び安全保障上の懸念を述べねばならない。特にオズボーン氏はキャメロン首相後継者の最有力候補であり、2012年5月に行なわれたキャメロン氏とダライ・ラマの会談からイギリスの対中政策を転換させた人物でもある(“The one chart that shows how George Osborne is almost certainly going to be our next Prime Minister”; Independent; 2 September, 2015)。日米両国はオズボーン氏に対して、トルコと韓国による中国製防空システムの導入に西側諸国がこぞって抗議したような強いメッセージを伝えなければならない。労働党のジェレミー・コービン党首は中国の人権侵害を非難した("Nuclear deals with China could endanger UK national security, says Labour"; Guardian; 16 October, 2015)が、先の総選挙では労働党は従来からの選挙地盤であったスコットランドでSNP(スコットランド国民党)に大敗を喫するなど壊滅的な打撃を受けた(“Election 2015: SNP wins 56 of 59 seats in Scots landslide”: BBC News; 8 May 2015)。彼らがキャメロン政権を引き継ぐとは考えにくい。このままではイギリスでの中国の影響力はさらに強まるであろう。

よって我々はオズボーン財務相がイギリスと世界の安全保障をどう考えているのか説明を求めねばならない。またEDFを通じた「フレンチ・コネクション」も問題視すべきである。ヨーロッパへの中国勢力の浸透は非常に深いものだが、核安全保障での人民解放軍の影響は深刻化しないうちに排除ないし最小化されるべきである。最後に、イギリスの政策形成者達が環大西洋圏で自国の地盤沈下がそれほど深刻だと認識しているなら、その他の世界を代表するのが中国でなく日本ではいけないのかを問いかけたい。究極的に、イギリスと安全保障上の負担を分かち合えるのは日本であって中国ではない。科学技術の分野では日英パートナシップの方が英中パートナシップよりはるかに成果が期待できる。我々はこの原子力合意をもっと警戒すべきである。


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