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2016年1月25日

ロールス・ロイス社国有化をめぐる国家と軍事産業の関係

イギリスは海外企業による買収からロールス・ロイス社を救済するために国有化を考慮していると表明した。政府筋によるとロールス・ロイス社の国有化か、さもなければ同社の一部ないし全てをBAEシステムズ 社と合併させるということである。ロールス・ロイスは2014年より船舶および航空エンジン部門の不振から株価が下がっている。アメリカのプラット&ホイットニー社とドイツのシーメンス社がロールス・ロイスの航空エンジン部門を買収しようとしている(“Britain would consider nationalizing Rolls Royce's submarine business – FT”; Reuters; December 14, 2015)。キャメロン政権の政策が国家安全保障政策の立案者達が国家と軍事産業の関係についてどうするかという重大な問題を投げかけているのは、企業の国有化とはきわめて保守党らしくないばかりか、それがオールド・レイバーで失敗した政策だからである。マーガレット・サッチャーがこのことを聞けば驚愕するであろうことは疑いようもないが、それは1987年にこの会社を民営化したのが他ならぬ同首相(当時)だからである。

このニュースが私の目をひいた理由は、佐藤正久参議院議員が最近の論説で日本の防衛産業について問題提起をしていたからである。佐藤氏は企業の国有化が非現実的である以上、日本には防衛産業に小さな国内市場で利潤を挙げさせようという意志と具体的な取り組みが必要だと主張する。そして日本の防衛調達がF35やV22といった輸入兵器の価格高騰に圧迫されていることにも懸念を抱いている(「日本の防衛生産・技術基盤を守れ」;議論百出;2015年12月2日)。防衛産業は戦略的な価値が高く、民間産業とは違って何らかの重商主義的な政策は不可避である。

私がロールス・ロイスを取り上げるのは、この会社と日本の防衛産業には相通じるところが多く、注意深く観測すれば日本だけでなく他の国々で国防政策に携わる者達にとっても非常に有意義だと信ずるからである。日本の防衛企業と同様にロールス・ロイス社も有名軍事企業の間ではそれほど企業規模は大きくないが、高い技術水準である。世界軍事産業ランキング2015年版によるとロールス・ロイス社は15位で収益の軍事依存度は22.60%である。それに対し日本の防衛産業では三菱重工が36位で5.60%の依存度、IHIが91位で4.30%の依存度となっている。そうした軍事依存度の低さは、国防部門に大きく依存している大手軍事産業とは著しい対照を成している。実際に1位のロッキード・マーチン社は88.00%、3位のBAEシステムズ社は92.80%、4位のレイセオン社は97.40%、5位のジェネラル・ダイナミックス社は60.20%、6位のノースロップ・グラマン社は76.70%の収益を軍事部門に依存している(“Top 100 for 2015”; Defense News)。

しかしロールス・ロイス社と上記の日本企業はともに目覚ましい技術開発によって高い評価を得ている。ロールス・ロイスの場合、そのブランドと高い技術が船舶および航空宇宙エンジンから原子炉の部門まで活かされている。イギリス製の兵器は言うにおよばず、外国製に最新鋭兵器にもロールス・ロイス製のエンジンが利用されている。例えばアメリカ海軍のズムウォルト級駆逐艦は同社製のガス・タービンで航行している。また、韓国の国産ステルス戦闘機KFXの一部にもユーロファイター・タイフーンと同じロールス・ロイス製のエンジンが備え付けられることになっている。他方で三菱製のステルス戦闘機ATDX(先進技術実証機)は世界的な注目を集めている。非常に驚くべきことに、三菱製戦闘機にエンジンを提供しているIHIは同じサイズでは推力重量比と燃費効率が欧米製のものを上回るHSE(ハイパワー・ストリーム・エンジン)の開発に成功し、日本の念願である国産戦闘機F3の開発にはずみをつけることになっている(「次期戦闘機エンジン、民間機用に開発応用も 米国製上回る技術、燃費効率が強み」;産経ビズ;2015年3月17日)。

そうした一方で小規模な会社はグローバル化が進んだ世界市場の荒波に対して脆弱である。また、こうした企業の質の高い頭脳は海外どころか敵対的な勢力の手先には格好の買収の対象である。市場機能は時には非常に無慈悲であり、国益や公益に一切の考慮を払わないこともある。しかし国家が戦略的な産業を国有化すべきなのだろうか?1985年から1986年にかけてのウエストランド事件ではマーガレット・サッチャー首相(当時)が市場原理に基づいてアメリカのシコルスキー社によるウエストランド・ヘリコプター社の合併を認めたのに対し、マイケル・ヘーゼルタイン国防相(当時)が同社の所有権をヨーロッパの枠内に収めようと主張した。周知の通りサッチャー側が閣内構想に勝利し、ヘーゼルタイン氏は辞任となった。

冷戦期にはボーダーレス経済と言ってもほとんど西側同盟の中でのことであった。今日では企業はそうした政治的な境界を超えて活動する。例えば中国のハイアール・グループは三洋やジェネラル・エレクトリックといった西側企業の洗濯機部門を買収している。しかし軍事産業は家電産業とは違う。軍事企業が一度でも本国から外国の手に渡ってしまえば、それがたとえ同盟国や友好国の企業による買収であっても、買い取られた企業が敵国に売り渡される危険を秘めている。こうした観点からすればキャメロン政権がロールス・ロイスを外国企業の買収から何としても守ろうとするのは当然である。特に同社の原子力部門はトライデント戦略ミサイル原潜とも深く関わっているだけに、イギリスの国家安全保障のうえで細心の注意が必要な問題である。

ロイター通信のロバート・コール論説員は問題の解決は市場に任せるべきで、たとえ弱くても同社には業績回復の見込みはあると言う。それで上手くゆかないならば、BAEシステムズ社が一部あるいは全社を傘下に収めることも可能で、その方が国有化より好ましい。BAEは自社の事業を民間部門に多角化し、イギリス、アメリカ、サウジアラビアの国防関連事業への依存度を下げることができる(“BAE deal beats Rolls-Royce nationalization”; Reuters; December 14, 2015)。この案は国有化よりはましだが、たとえBAEによる合併であってもロールス・ロイスの分解は両案とは思えず、同社の技術が自動車から航空および海洋エンジン、そして原子炉まで相互に深く関わりあっていることに留意すべきである。デイリー・テレグラフ紙のジェレミー・ウォーナー氏はロールス・ロイス社が顧客からの多様な要求を満足させられるのは独立でエンジンの専門性が高いメーカーだからだと主張する。大手企業に飲み込まれてしまえばロールス・ロイスはオーダーメイドに応えられる専門性という利点を失ってしまう。それではペンタゴンのような同社の優良顧客にとって魅力がなくなってしまう(“BAE in Rolls Royce merger? Let’ not go there”; Daily Telegraph; 16 January, 2015)。

グローバル化が進む経済において、小規模ながら戦略的に重要な企業のイノベーション意欲と高い士気を保つ一方で、そうした企業を熾烈な競争や敵対的な投資家から守ってゆくのは難しい課題である。ウエストランド事件から何らかの教訓は得られるかもしれないが、過去は過去である。日本の場合、三菱重工あるいはIHIの業績が悪化してもBAEシステムズのように敵対的な投資家に対抗するホワイト・ナイト役を引き受けられるような巨大軍事企業は存在しない。日本政府はこうした企業が外国からの買収の脅威に直面した時には46位の川崎重工や66位のNECなどとの合併に向けた行政指導を行なうべきだろうか?しかし日本の企業は民間部門への依存度が高く、川崎は11.20%、NECは3.50%を防衛部門から収益を挙げているだけである。こうした事実に鑑みて、日本企業が防衛省に従うインセンティブはあまり高くないように見受けられる。

軍事産業はあまりに戦略性が高く、教科書通りに市場経済の原則を当てはめられない。こうした企業への支援と国益の確保のために、民間の公共事業においても政府が軍事企業を優遇するという施策はどうであろうか。その典型的な事例を挙げれば、キャメロン政権が国有化という手段に訴えてまでロールス・ロイス社を守りたいのであれば、ヒクリー・ポイントとブラッドウェルの原子力発電所の再建に人民解放軍との深い関係が懸念されるCGN(中国広核集団)の入札を受け入れたことは理解しがたい。そこまで言うならイギリスの看板とも言うべき企業を特別に優遇すべきであった。ロールス・ロイス社の一件は現在進行中で、各国の国防政策関係者にとっても注目に値する。それはこの会社が富裕層の玩具メーカーをはるかに超えた存在だからである。

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