アメリカ大統領選挙での外交政策チーム
外交政策チームの質と量は、各候補者が世界におけるアメリカの役割をどのように考えているのかを示す指標である。また政策顧問の選定は現候補者達が重視する政策課題を映し出している。顧問チームを見れば、どの候補者が大統領職に対して準備が整っているかがわかる。この観点から言えば、共和党のドナルド・トランプ候補が外交政策について問われた際に「私は何をおいても自分自身に問いかけることにしている、というのも私の頭脳は非常に優秀だからだ」と答えたことは、馬鹿丸出しの自信過剰である(“Trump: I consult myself on foreign policy”; Politico; March 16, 2016)。しかしライバルのテッド・クルーズ上院議員が自身の外交政策チームを公表すると、トランプ氏も数日後にはこれに続いた。上記の観点から、各候補者の政策顧問チームについて述べてみたい。
質量の両面においてヒラリー・クリントン氏の外交顧問チームは他の候補を圧倒している。クリントン氏は2007年に新アメリカ安全保障センター(CNAS)の設立に当たって来賓として記念演説を行なっている。CNASはオバマ政権への人材供給源となり、中でも共同設立者のミシェル・フロノイ氏とカート・キャンベル氏がよく知られている。さらにクリントン氏にはファースト・レディ、上院議員、国務長官の経験を通じて外交政策および国家安全保障のコミュニティーの間に広範な人脈を築いている。クリントン氏の外交政策チームは、規模のうえでも政策分野の広さのうえでも他の候補よりも多いに優位に立っている。チームを主導しているのはクリントン氏が長官在任中に国務省で政策を担ったジェイク・サリバン氏とローラ・ローゼンバーガー氏である。そのうえにレオン・パネッタ元CIA長官および国防長官、トム・ドニロン元国家安全保障担当大統領補佐官、マデレーン・オルブライト元国務長官、そしてミシェル・フロノイ国防次官らの重鎮も外部顧問としてクリントン氏のチームと連携している。バーニー・サンダース上院議員がローレンス・コーブ氏、レイ・タケイ氏、タマラ・コフマン・リッツ氏ら著名な中東専門家と会談して外交政策での自らの弱点を補おうとしたというが、彼らはクリントン氏とつながっている(“Inside Hillary Clinton’s Massive Foreign-Policy Brain Trust”; Foreign Policy; February 10, 2016)。
さらに、クリントン氏は共和党の外交政策で指導的な立場の人々とも深い関係にあり、特にそれは自らの国務長官就任に当たってヘンリー・キッシンジャー氏からの支持を得たことに顕著に表れている。湾岸戦争以来、民主党もサダム・フセインを排除すべきだとの見解を共和党とも共有していた。クリントン政権はアメリカ新世紀プロジェクトが主張したイラクのレジーム・チェンジという案さえも受容していた。ブッシュ政権はこれに沿って行動したに過ぎない。この点を反映するかのように、共和党の国家安全保障政策の中核からは、トランプ氏がイラク戦争、リビア、イスラエル・パレスチナ紛争、ロシアに対して非介入主義を掲げることに強い異議の声が挙がっている。外交政策に関する限り民主・共和両党とも共通の見識があり、両党とも極度に偏向した非正統派の自党候補者よりも正統派の他党候補者の方が受け入れやすい。共和党非主流派でもランド・ポール上院議員のように、リバータリアンの思想から受け入れられない水責め拷問やメキシコとの国境での壁の建設を主張するトランプ氏よりも、クリントン氏の方が好ましいと考える者もいる(“Hillary Clinton Has Long History of Collaboration With GOP on Foreign Policy; Intercept; March 13, 2016)。多くの共和党員にとって、クリントン氏の方がトランプ氏よりはるかに好ましいのは当然である。
実際に保守派からもハドソン研究所のブライアン・マグラス氏のようにクリントン氏の外交および国防政策を信頼するとの声も挙がっている(“Vocal Trump critics in GOP open to supporting Clinton”; Hill; March 24, 2016)。特にネオコンの間からはロバート・ケーガン氏やマックス・ブート氏のようにトランプ氏よりもクリントン氏を支持するとの声が公然と挙がっている。さらにブッシュ政権期の元高官もディック・チェイニー氏からコンドリーザ・ライス氏にいたるまでが、クリントン氏を国務長官としてもオバマ氏の潜在的なライバルとしても好意的に評価していた(“Neoconc War Hawks Want Hillary Clinton Over Donald Trump. No Surprise—They’ve Always Backed Her”; In These Times; March 23, 2016)。リベラル・タカ派と目されるクリントン氏はワシントン政界における両党の頭脳集団を独占している。
ライバル候補者達の顧問チームはこれとは対照的に質量ともはるかに不充分である。サンダース氏は外交政策チームの名に値するものは設立していない。共和党側の外交政策チームはイスラム系テロに対する大衆の恐怖に迎合する一方で、世界の中でのアメリカの役割に関してはほとんどビジョンを示せていない。まずテッド・クルーズ氏のチームについて述べたい。クルーズ氏はトランプ氏に先んじて自陣営の顧問の名を公表した。チームを主導するのはジム・タレント元上院議員とブッシュ政権のエリオット・エイブラハムズ元国家安全保障担当副補佐官である(“Cruz unveils national security team before Trump”; Washington Examiner; March 17, 2016)。ネオコン系の両人ともマルコ・ルビオ上院議員が大統領選挙から撤退するまで、彼の政策顧問チームに名を連ねていた(“Marco Announces Support of Top National Security Experts”; MarcoRubio.com; March 7, 2016)。他方で反イスラムの陰謀論者を代表するフランク・ガフニー氏は在米ムスリムの4分の1は反米ジハードを企てているばかりか、彼らのシャリア法は米国内で重大な脅威となっていると主張する(“Cruz Assembles an Unlikely Team of Foreign-Policy Rivals”; Bloomberg View; March 17, 2016)。
クルーズ氏が最近、イスラム教徒の住民の周辺では監視を強化すべきと主張した(Ted Cruz: Police need to 'patrol and secure' Muslim neighborhoods; March 23, 2016)背景にはこうした見方があるのかも知れないが、共和党主流派はそうした考え方を受け入れていない。クルーズ陣営のチームは党内のイデオロギー的立場を広くカバーしているが、特定の問題に関する見解の相違が深刻化した際には普遍主義者のネオコンとナショナリストの陰謀論者の間で亀裂が生じかねない。また顧問の人選も中東とイスラム系テロの専門家に偏っている。それでは今日のアメリカが直面する全世界規模での課題に対処するという要求を満たすには程遠い。
最後にトランプ氏の外交政策チームについて述べたい。クルーズ氏と同様にトランプ氏のチームもイスラム系テロ対策に偏った人選となっている。クルーズ氏に対抗するかのように、トランプ氏は相手陣営の発表から数日後にジェフ・セッションズ上院議員主導の外交政策チームを公表した。トランプ氏の顧問団には著名な人物も政府の高官を歴任した人物も名を連ねていない。際立った特徴を挙げれば、トランプ氏のチームは自らが財界人であることに由来するかのように極端に商業主義である。チーム内で重要な地位になるカーター・ペイジ氏とジョージ・パパドプロス氏はともに石油エネルギー業界のコンサルタントである(“Trump begins to peel back curtain on foreign policy team”; Hill; March 21, 2016)。中にはきわめて眉唾でアウトローな経歴の人物もいる。まず、ジョセフ・シュミッツ氏は度重なる腐敗に関わって2005年にペンタゴンを辞職している。他にもワリド・ファレス氏はレバノンでキリスト教徒民兵として参戦した際にパレスチナ難民を殺戮しているが、そうした犯罪的な行為に及んだ人物が対テロ政策の顧問となっている。さらに驚くべきことに、キース・ケロッグ退役中将にいたっては、彼の主張とは裏腹に2003年から2004年にかけてイラク占領軍での陸軍の雇用履歴が残っていない(“Top Experts Confounded by Advisers to Donald Trump”; New York Times; March 22, 2016)。
このようなあきれるばかりの人選について、ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏は「トランプ氏は経験など歯牙にもかけないのか、それともあまりの暴論で思慮のかけらもない見識の人物の顧問などになって自分の評価を落とすようなことは誰もやりたくないのではないか」と論評している(“D.C.’s Foreign-Policy Establishment Spooked by ‘Bizzaro’ Trump Team”; National Review Online; March 24, 2016)。トランプ氏の外交政策に関する見識が、ワシントンの外交および安全保障政策コミュニティーで党派とイデオロギーを超えて共有される認識とは全くかけ離れているのも不思議ではない。そうした見解が顕著に表れているのは、アメリカが全世界で築き上げた同盟ネットワークの価値を軽蔑しきっていることである。 中でも典型的なものは日本と韓国への自主核武装の要求で、これでは全世界での核不拡散を目指すアメリカの安全保障上の至上命題を真っ向から否定することになる(“In Japan and South Korea, bewilderment at Trump’s suggestion they build nukes”; Washington Post; March 28, 2016)。もはやこうなると、事態は「ゆすり」だの、二国間同盟だの、バードン・シェアリングだのどころではなくなる。トランプ氏の発言は党派の枠を超えて核不拡散に取り組む外交政策の専門家達に対して、およそこの世のものとは思えないほどの侮辱である。核兵器保有国が増えれば増えるほど、テロリストが核兵器を入手する可能性が高まるということをトランプ氏は知っておくべきである。
政策顧問の選任に関して言えば、指導者は国民よりもはるかに大きな視野から事態を見通さねばならない。候補者は国民の要求に応える必要がある。しかしそれだけでは不充分である。良き指導者となるには注目されていなくとも重要な問題に国民の意識を向けさせるべきであり、大衆の怒りに迎合してばかりではいけない。こうした観点から言えば、クリントン氏のチームが最善でありトランプ氏の顧問団が最悪である。クルーズ陣営のチームはブッシュ陣営およびルビオ陣営から顧問が参入してくれば、質量とも向上する可能性もある。
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