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2016年6月 8日

オバマ大統領の広島レガシーをどう評価すべきか?


バラク・オバマ大統領は5月27日に広島の平和記念公園で「核兵器無き世界」を訴える歴史的な演説を行なった。演説そのものは自然を支配しようとした人類の歴史と文明への批判的な考察であった。そして原爆の犠牲者については日本人、朝鮮人、米軍捕虜を問わず心底からの哀悼の意を示す一方で、謝罪は行なわないといったバランスのとれた演説であった。東アジアでは、日本は中国と韓国を相手に終わりなき謝罪の泥沼を抱えている。日米関係はそのようにいつまでも終わらぬ感情的な行き詰まりを避けねばならない。トランプ現象に直面する現在、オバマ氏が日米両国は大戦時の敵対関係を克服して両国の同盟を真の友好関係とアジア太平洋地域の戦略的な基軸に発展させたと強調したことは注目すべきである。それは安倍晋三首相がオバマ大統領に続いて希望に満ちた未来志向のメッセージを発信するうえでも有益であった。

しかし私はオバマ氏の広島レガシーを台無しにしかねない問題点も指摘したい。第一の問題は、アメリカの次期大統領が核不拡散に真面目に取り組むかどうかである。オバマ大統領が広島で表明した良心は、党派やイデオロギーや歴史認識の違いを超えて次期大統領が継承してゆく必要がある。特に共和党のドナルド・トランプ候補がこの問題に関してきわめて不真面目な態度なことは、日本と韓国ばかりかサウジアラビアにさえ核保有を促していることからもよくわかる。よって、彼は今や世界では最も深刻な核の脅威である。こうした観点から、オバマ氏の演説で「国家のリーダー‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬が選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬から得られるでしょう」という一文が私の注意を引きつけた。オバマ氏は広島では大統領選挙に直接言及することはなかったが、G7伊勢志摩サミットの最終日にトランプ氏を非難した(“In a rare occurrence, Obama speaks his mind about Trump for the world to hear”; Washington Post; May 26, 2016)。しかし問題はトランプ氏だけではない。全世界の指導者達が核安全保障に高い問題意識を持たねばならない。さもなければ今回のレガシーなどすぐにも消滅してしまうだろう。

第二の問題はオバマ大統領の核不拡散政策である。プラハ演説に見られるようにオバマ氏は自らが核兵器廃絶の使徒であるかのように振る舞ってきた。広島演説は全世界のメディアと日本国民から好評であったが、オバマ大統領自身は任期中を通じてレアルポリティークよりも自らの崇高な理念の方が先走っていたように思われる。これが典型的に表れたのは就任後間もなくロシアとの関係リセットのために開始された新START交渉である。しかしながら、ロナルド・レーガン大統領(当時)がソ連にSTARTを提唱した時代から安全保障環境は大きく変わっている。イランや北朝鮮への核拡散問題の浮上から、核の力のバランスは二極から多極になってきた。そのため米露両国はミサイル防衛をめぐる認識の違いを埋められなかった(“Debating the New START Treaty”; Council on Foreign Relations; July 22. 2010)。またウラジーミル・プーチン氏には、ソ連時代のミハイル・ゴルバチョフ議長ほど西側との関係改善の動機もなかった。オバマ政権がロシアとの核軍縮でレーガン政権のように目覚ましい成果を挙げられなかったのも不思議はない。さらにオバマ大統領は北朝鮮の核計画の進展を阻止するうえで有効な対策をとれなかった。それどころかキム・ジョンウンは水爆やさらに高度な弾道ミサイルの実験まで行なうようになった。しかし前任者のジョージ・W・ブッシュ氏も北朝鮮の核開発を阻止できなかったので、オバマ氏だけを批判することは公正を欠く。

しかし何よりもオバマ大統領の広島レガシーの最も重要な試金石となるのは、彼自身がその「成果」を誇るイラン核合意である。反対派は10年後には無効となる合意を批判している。制裁解除によってイランの資産1千億ドルの凍結が解除され、それによって革命防衛隊はテロへの資金援助ができるようになる(“Debating the Iran Nuclear Deal”; Brookings Institution; August 2015)。 実際にジョン・ケリー国務長官は、そうした資金がテロ支援に利用されることを認めている(“US State Department: Iran world’s top sponsor of terrorism”; Y net News; June 3, 2016)。合意そのものは当面の間は効力を発揮するかも知れないが、これでイランの核の脅威が完全に排除されるわけではないことを訴えたい。イランがテロ支援を続ける限り、放射性物質の入手によるダーティーボムの製造は可能である。さらに深刻なことに、この合意ではアメリカが32トンの重水を860万ドルで購入することになっているので、イランはそれを元手にプルトニウム爆弾の開発を手がけられる。P5+1との合意ではイランの重水保有量は制限されるが、それでもなお制限を課された重水の生産を輸出に回すことができる。外交政策イニシアチブのツヴィ・カーン氏は「これではイランの核開発に諸外国が補助金を出すようなものだ」と批判している(“U.S. Bankrolls Iran’s Nuclear Ambitions”; FPI Bulletin; May 4, 2016)。

オバマ政権による核合意はそれほど脆弱であり、アリ・ハメネイ最高指導者もハッサン・ロウハニ大統領もゴルバチョフ氏には程遠い。イランは今なおアメリカとイギリスを悪魔だと非難している。さらに弾道ミサイルを振りかざしてイスラエルには抹殺の脅しをかけている(“Iranian commander: We can destroy Israel ‘in under 8 minutes’”; Times of Israel; May 22, 2016)。今のような中途半端な合意では、彼らがアングロ・サクソンとシオニストに対して抱く敵対心を封じ込めることはきわめて難しい。イラン核合意はオバマ大統領が広島で築いた美しきレガシーを消し去りかねない。だからこそ我々はオバマ氏の業績を厳しく批判的に見つめる必要がある。


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