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2016年11月 5日

西側民主主義の再建によって不確実性を増す世界を乗り切れ

今や多極化する世界の不確実性が語られているのも、アメリカ国内での孤立主義の高まりによって、国民の間で世界の警察官という役割への支持が低下しているからである。ロシアと中国が自国の力を強く意識していることは疑いようもないが、それはアメリカと西側同盟国が自由主義世界秩序への関与に消極的になり、西側のハードパワーが相対的に低下しているからである。しかし注目されるのはそうした生の国力の側面ばかりで、西側民主主義の弱体化という憂慮すべき事態は見過ごされているように思われる。民主主義への信頼が失われると、専制国家とデマゴーグが勢いづく。これによって世界はますます不安定で不可測性を強める。

まず、現在の民主主義の危機についての全体像を述べたい。不確実性の時代に入った今や、ポピュリズムの台頭が世界各地で見られるようになった。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は10月20日にシンガポールで開催されたバークレイズ・アジア・フォーラムにて、このことに関する概要を述べた。ブレグジットやトランプ現象に見られるように、先進国では金融危機の移民、自由貿易、「腐敗した」エスタブリッシュメントへの反感が広まっている。他方で新興経済諸国では国民のナショナリズム感情を満足させるために強権指導者が望まれているが、それによってこれらの諸国では権力分立も透明性も弱くなっている。以下のビデオを参照されたい。



ポピュリズムはどのように民主主義を劣化させるのだろうか?スイスの歴史学者ヤーコプ・ブルクハルトは1889年に友人のフリードリヒ・フォン・プリーンに当てた手紙で「事態を恐ろしく単純化する者」について警告し、「悪徳」な指導者が自らを国家が抱える複雑な問題の解決できる全能者のごとく振る舞い、究極的には法の支配が否定されてしまう。現在では法案も条約も過去のものに比べて非常に長大で複雑になった。マグナ・カルタや独立宣言といった歴史的文書は数枚の紙に書かれただけであるが、TPPの原案は5,554ページ、オバマ・ケアは961ページにも及ぶ(“Simplifiers v. complicators”; Boston Globe; October 3, 2016)。このような状況では、政治家は問題の全体像を充分に理解することなく互いに枝葉末節な議論に陥りがちである。エリートがこのように混乱してしまえば国民は上からの「説教」にはますます反発し、醜悪な感情に突き動かされてしまう(“It’s Time for Elites to Rise up against Ignorant Masses”; Foreign Policy; June 28, 2016)。今日の国民はブルクハルトの時代よりも「悪徳な指導者」に容易に影響を受けかねない。

ドナルド・トランプ氏は「事態を恐ろしく単純化する者」の最も顕著な例で、西側民主主義の信頼を傷つけて世界を不安定化させかねない。にもかかわらず、反エスタブリッシュメントの労働者階級にとって彼は救世主である。トランプ氏は保護主義と政府の規制を支持して経済的な選択の自由を尊重しないばかりか、「俺だけが問題を解決できる」という発言に見られるように民主的手続きを軽視している。『ワシントン・ポスト』紙コラムニストのジョージ・ウィル氏はマックス・ウェーバーによるカリスマ的権威の分析を引用し、大衆がトランプ氏のカリスマを渇望しているということは、アメリカ国民が魔術的な救世主に対して従来にはないほど受動的で簡単に信じ込みやすくなっていると主張する。そうした社会規範と国家の性格の変化がデマゴーグの台頭に一役買っている(“If Trump wins, the Republican party will no longer be the party of conservativism.”; National Review; September 28, 2016)。さらにトランプ氏は人生を通じてファミリー・ビジネスの経営者としてキャリアを積んできたが、それでは権力分立という行政管理者に求められる要件に合うとは言えない。雇われ経営者と同様に、大統領や首相は国家に雇用される身分である。トランプ氏の「ビジネス感覚」なるものはむしろ独裁者に適合している。

西側での民主主義の弱体化は専制的な大国を勢いづける。これは今年のアメリカ大統領選挙に典型的に見られ、それは政策上の真面目な意見交換よりも民主党と共和党の候補者同士の低俗な中傷合戦に陥っている。本来は良き統治の模範であったアメリカの民主主義に、国際世論は幻滅している。そうした事情あるものの、ヒラリー・クリントン氏はドナルド・トランプ氏に対して全ての討論会で、政策上での理解ついて優位にあることを見せつけた。クリントン氏の当選によって「悪徳」なポピュリズムが自国優先主義、人種差別主義、男性優位主義、そして孤立主義の有害な影響を弱められるだろう。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がトランプ氏を支援しようと選挙に介入してくるのも当然である。国際世論はトランプ現象、ブレグジット、ヨーロッパ大陸諸国での極右の台頭が低俗で反主知的な性質であることを良く知っている。皮肉にもこうした愛国者気取りの人々の間に広がるNIMBYな排外主義は、西側主要国の名声と国際的地位に害をなすだけである。

政策エリートが自由で開放的で理性的な民主主義を再強化するには、どのようにすべきだろうか?この問題に対して単純明快な答えはないが、少なくとも大衆の自国優先主義に妥協してはならない。例えばオバマ政権は在任中にアメリカ国際開発庁を通じた民主化支援の予算を削減したのは国民の関心が低下したからである。2013年に行なわれたピュー研究所の調査では民主化の促進が外交政策上の優先事項だと答えたアメリカ国民は18%に過ぎず、80%が海外への介入よりも国内の問題を優先すべきだと答えている。しかしそうした対外不関与の傾向がアメリカの国家安全保障に重大な危険を及ぼしている。こうした人々は、ソ連撤退後のアフガニスタンに対する西側の無関心が9・11同時多発テロという大事件につながったことを思い出すべきである。トランプ現象やブレグジットのような極右の台頭は、エリートが国民を正しい方向に教育できなかったことの結末である。

しかし西側民主主義の全てが悲観的なわけではない。フーバー研究所のラリー・ダイアモンド上席研究員は経済成長の鈍化によって中国とロシアでの専制政治の正当性は失われつつあると指摘する。民主主義は完全ではないが、ダイアモンド氏が言う通り暴力性が低く、人権が尊重されやすく、また市場経済も発展させやすい。オルタナ右翼の理念はそのように開放的で自由なものではなく、全く正反対である。彼らの思想はむしろ国家社会主義に近い。国際安全保障における民主主義の重要性に関しては、マイケル・マクフォール元駐露大使の「過去においても現在においても世界の民主主義諸国の全てがアメリカの同盟国ではないが、アメリカの敵となった民主主義国は過去にも現在にもない。そしてアメリカにとって最も永続的な同盟国は全てが民主国家である」という発言を思い起こすべきである(“Democracy in Decline”; Foreign Affairs; July/August 2016)。皮肉にも国内で機能不全に陥った民主主義は、自由世界にとって外部からの脅威と同様に大きな脅威となっている。よって我々の国内での民主主義を再建するとともに民主化普及の取り組みを再強化し、我々にとってかけがえのない安定した世界秩序を取り戻す必要がある。


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