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2017年2月13日

トランプ政権によって人権問題の劣等生となったアメリカ

アメリカは自らを世界への民主主義と自由の普及を担う、不可欠な国だと見なしてきた。アメリカの価値観は自らの世界戦略とも互いに深く絡み合っているので、人権でのアメリカの関与を疑う者はほとんどいなかった。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチが新年に当たって刊行した報告書では、トランプ政権のアメリカは今や世界の人権に脅威になってしまったと記されている。

The Dangerous Rise of Populism”と題された報告書では、経済のグローバル化によって多くの人々が疎外され、格差拡大にもかかわらずそんな自分達には全く目を向けていないと思われる各国政府やグローバル・エリート達に不満を抱いているという概観が述べられている。問題はデマゴーグが自分こそが国民大多数の代表だと言い張り、そうした大衆の怒りを悪用することである。彼らは多数派の意志を押しつけ、自国民および外国人の人権を犠牲にしている。嘆かわしいことに、西側の政治家は人権の価値観に対する自信を失ってしまい、ドイツのアンゲラ・メルケル首相やカナダのジャスティン・トルドー首相を除くほとんどの者は偏狭で危険なポピュリズムと対決する気概を喪失しているように見える。しかしそれではトランプ氏の巨大ショックに立ち向かうには弱すぎる。またイギリスのテリ-ザ・メイ首相はナショナリストの突き上げに受動的な一方で、メルケル氏は今年の総選挙でAfDの挑戦を受けている。

そうした動向から、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書ではトランプ現象の影響をどう見ているかを見てみたい。トランプ氏が移民や貿易相手国をスケープゴートにするという挑発的言動は無知なブルーカラーの支持者を満足させてはいるが、それが実施されれば経済が不況に陥るだけである。にもかかわらず、トランプ氏がTPP破棄とイスラム教徒入国禁止の大統領令に署名したのは、中東からの難民を安全保障上のリスクと見ているからである。この観点から、トランプ氏は国民への監視を強めようとしているが、それは司法当局の監視下で行なわれる対象を限定したものをはるかに逸脱している。トランプ氏のイスラム教徒入国禁止は憲法違反だと批判され(“Immigration analyst: Trump refugee ban is illegal”; Hill; January 28, 2017)、大統領令はいくつかの州の連邦判事に差し止められたが、トランプ氏の方は自らの命令に従わなかったサリー・イェーツ司法長官代行を解雇した(“Trump’s Executive Order on Immigration: What We Know and What We Don’t”; New York Times; January 29, 2017)。

大統領就任演説からほどなくして、ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表は「たとえ問題だらけの公約の10%でもトランプ大統領が実施するなら、国内外で人権が後退してしまうようになる」と述べている。さらに「トランプ氏の公約が実施されればアメリカおよび国外で数百万人もの人々の権利を踏みにじられるばかりでなく、全ての人権が侵害されることになる」とまで訴えている。アメリカ民主主義を混乱に陥れる一方で、トランプ氏は専制国家との協調関係にも躊躇しないので、人権の普及にはさらに懸念が持ち上がる(“US: Dawn of Dangerous New Era”; Human Rights Watch; January 20, 2017)。非常に由々しきことにトランプ氏は選挙期間中に厳しい批判にさらされた大統領令を矢継ぎ早に、しかも関係省庁や議会に相談もせずに発令している(“White House failed to consult federal agencies on Trump's executive orders, report claims”; Aol News; January 26, 2017)。自己中心的で自己顕示欲が強いトランプ氏の性質を考慮すれば、ロシアに関してはイギリスのテレーザ・メイ首相、そして難民問題ではドイツのアンゲラ・メルケル首相の助言に真剣に耳を傾けるかどうか疑わしい。

さらにトランプ氏の人権に対する問題意識の低さは、拷問がテロ容疑者からの情報収集に効果的だといった不用意な発言に端的に表れている。しかしトランプ氏がジェームズ・マティス退役海兵隊大将に国防長官主任を要請した際には自らの主張を撤回し、信頼と報酬が容疑者を協力的にするのだというマティス氏の主張を受け入れた(“Marine General 'Mad Dog' Mattis got Trump to rethink his position on torture in under an hour”; Business Insider; November 22, 2016)。しかしトランプ氏は再び拷問の復活を唱えて議会を紛糾させ、ジョン・マケイン上院議員は大統領なら法を遵守するようにと要求した (“McCain to Trump: 'We're not bringing back torture'”; Hill; January 25, 2016)。トランプ氏は米英首脳会談の記者会見ではマティス氏の助言に従うと述べたものの(“Laura Kuenssberg's stern questioning of Donald Trump angers president's supporters”; Daily Telegraph; 27 January, 2017)、そのことからトランプ氏が人権に関してほとんど学んだことがないばかりか、絶望的に無知であることが明らかになった。

レックス・ティラーソン氏の国務長官起用も懸念材料である。元エクソン・モービル最高経営責任者のティラーソン氏の経営能力と交渉力に期待する声もある。しかし公務は利潤追求ほど単純ではない。上院外交委員会の公聴会では、ティラーソン氏はISISなどアメリカ外交の重要課題についての知識に乏しいことが露呈した(“Rex Tillerson is unqualified to be secretary of state”; Boston Globe; January 12, 2017)。さらにロシアとの関係にまつわる疑惑に加え、ティラーソン氏の人権に対する問題意識の低さは国務長官の職責には非常に不利に働きかねない。公聴会において。ティラーソン氏はサウジアラビアの女性の権利、シリアでのR2P、フィリピンでのドゥテルテ政権による抑圧政策といった重要な人権問題には満足な答弁ができなかった(“Tillerson doesn’t seem to realize speaking up for human rights is part of the job” Washington Post; January 12, 2017)。ドナルド・トランプ氏の思慮分別を描いた中傷は、人権に関する認識がまるでなっていないことを示している。公聴会での答弁のまずさを考慮すれば、ティラーソン氏がトランプ氏の酷い欠点を補えるとは考えにくい。

国際社会、特に西側同盟は、このようなトランプ政権のアメリカにはどう対処すべきだろうか?我々はトランプ氏のアメリカ第一主義が完全に競争本位で無秩序な世界での適者生存の考え方に基づいていることに留意しなければならない。トランプ氏はそうした無秩序を利用して自らが考えるアメリカの国益を最大化しようと考えているので、いかなる手段によっても現行の国際規範や多国間の枠組みを弱体化しようとしている。トランプ氏がそこまで人権を軽視するのも何ら不思議ではない。『シュピーゲル』誌の論説では西側民主主義国がトランプ政権に対抗して結束し、国際規範と普遍的なかち価値観を守るようにと力説している(“Time for an International Front Against Trump”; Spiegel; January 20, 2017)。我々はこのようにして人権の重要性を再確認できる。

また民主主義諸国の指導者達はアメリカの中に影響力を確保する経路を模索する必要がある。何よりも、トランプ氏とアメリカを同一視してはならない。イギリスのテレーザ・メイ首相はホワイトハウス訪問に当たってトランプ政権との強固な関係構築にとらわれていた。しかしイスラム教徒入国禁止への反応が鈍かったことで、イギリス国内ではトランプ氏への追従が過ぎると厳しい批判の声が挙がった(“Theresa May has put the Queen in a 'very difficult position' over Donald Trump's UK visit”; Business Insider; January 31, 2017)。別にトランプ氏との衝突を推奨するわけではないが、この人物の大統領としての資質と正当性が非常に貧弱なことは銘記しなければならない。

トランプ氏は第二次大戦終結以来で最も不人気な大統領であるばかりか、ヒラリー・クリントン氏より総得票では300万票も少ないという点で前例がないほど正当性を欠く指導者なのである。いわば、彼のことをゲリマンダーの大統領と見なすこともできるのである。民主主義の政治家としては、トランプ氏はまるで訓練ができていない。メディアと司法に対する侮辱はその最たるものだ。彼は権力分立も法の支配もほとんど理解していない。トランプ氏には追従するよりも、民主主義諸国は彼の理不尽な圧力からみずからを守るためにもアメリカの中にファイアウォールを持つべきである。例を挙げれば、ジョン・マケイン上院議員はトランプ氏の暴言にからオーストラリアを擁護した。またジェームズ・マティス国防長官は国家安全保障関係者の主流派の声を代表するためにトランプ政権に加わっているのである。


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