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2017年2月28日

アメリカ第一主義という危険思想

先の選挙運動を通じて、ドナルド・トランプ大統領は外交政策のキーワードとして「アメリカ第一主義」を強調してきたが、それはアメリカの同盟国の間で懸念を呼んだ一方で、ロシアや中国は西側優位の世界秩序の転覆を積極的に模索するようになり、イランや北朝鮮はワシントンの新政権を試している。国民国家が自国民とジオ国の国益を優先することには何の問題もないと何の疑いもなく信じる人々もいる。事態はそれほど単純ではなく、このイデオロギーの危険で破壊的な性質を決して見過ごすべきではない。

何よりも、トランプ氏のアメリカの外交政策についての理解は非常に貧弱なので、世界情勢を利己的で防御的にしか見ることができない。幼少時に旧ソ連からのユダヤ系移民として帰化したマックス・ブート氏はトランプ氏の偏狭なゼロサム思考を批判している。何と言っても、トランプ氏はアメリカが非常に利他的だったために貿易相手の諸外国はラスト・ベルトの労働者階級を搾取してしまったと考えている。しかし世界の普遍的な見解では、アメリカが旧敵となった国々をも友好的な貿易相手や同盟国として再建したことは外交政策の成功を示す金字塔であると理解されている。トランプ氏が人権をはじめとしたアメリカの価値観を高く評価していないことは憂慮すべきもので、それがヨーロッパ同盟諸国と国際NGOから厳しく批判されている。実際に人権擁護がソ連のようなアメリカの敵国を弱体化させたばかりか、民主主義と自由の普及によってアメリカの力を増大させた。ブート氏のようなソ連からの移民の方が、そのことをトランプ氏よりはるかによく理解している(“Grave Dangers and Deep Sadness of “America First”: .Foreign Policy --- Voice; January 23, 2017)。

他方でヨーロッパト日本の極右ナショナリストはトランプ氏の世界観では自分達の国の安全保障と国益が損なわれるにもかかわらず、そうした考え方に感情的に共感している。これはそのように自らをグラスルーツの愛国者と見なす者達がグローバリストを嫌悪し、高圧的なトランプ氏にコスモポリタンの支配者階級を打ち負かして欲しいと思っているからである。トランプ氏のアメリカ第一主義に哲学的な土台をもたらしているのは、スティーブ・バノン大統領上級顧問である。ノース・カロライナ大学のダニエル・クライス教授はバノン氏の思想の二大支柱は経済的ナショナリズムとコーポラティストなグローバル・エリートへの反感である。バノン氏の見解では、世界は本質的に国民国家の競合の場である。こうした観点から、バノン氏は貿易、移民、そして多国間協力は国家の主権とアイデンティティーを損なうと信じている。近代啓蒙思想が提唱する普遍主義ではなく、バノン氏は文明の衝突の観点から国際政治を理解し、イスラムを本質的に好戦的なものと見なしている。グローバルな階級闘争を論じたバノン氏の理論の視点では、コスモポリタンのエリートは自分達の企業利益のためにはアメリカの国益をも犠牲にするほどのコーポラティストであり、メディアは彼らの味方だということだ。そうしたエリート主義の国家を転覆するためには、コーポラティストの支配階級と緊密で人民を侵害する行政国家を破壊しようとバノン氏は望んでいる。アメリカ第一主義とは、このように危険な思想なのである (“Stephen K. Bannon’s CPAC Comments, Annotated and Explained”; New York Times; February 24, 2017)。



トランプ氏はヨーロッパや日本との同盟解消さえ示唆したので、彼の外交政策は一般には孤立主義だと見られている。しかしクライス教授はバノン氏の思想は本質的にナショナリズムであり、各国が無慈悲にせめぎ合う世界の中で、ただ国益を最大化するためなら海外への介入には躊躇しないと主張する。ネオコンが掲げるレジーム・チェンジとは違い、トランプ氏が為そうとする介入はそうした普遍的な理念ではなく国際情勢に対する突発的な認識に基づいて行なわれることになる。トランプ大統領が予測不能なのは彼の人格だけでなく、バノン氏のイデオロギーのためでもある。エリオット・コーエン氏と彼の賛同者が公開書簡でトランプ氏の国際非関与から好戦的冒険主義への揺れを非難したのも、当然のことである。トランプ大統領へのバノン氏のこのような影響を考慮すれば、イギリスのテレーザ・メイ首相と日本の安倍晋三首相のような主要国の指導者がいわゆる「へつらい」外交に出たからと言って、新政権と安定した関係を発展させられる保証はない。ジェームズ・マティス国防長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官といった閣内元将官の高い専門的能力が、バノン氏によるオルタナ右翼の影響力を後退させることができる。それはトランプ大統領の反イスラム的な政策や言動に対して両氏が反対の意を表明したことからもわかる。統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード海兵隊大将とジョン・マケイン上院議員も両閣僚を支援している。3人の将軍はイラクおよびアフガニスタンでイスラム教徒と同じ釜の飯を食いながらテロリストと戦ったうえに、マケイン氏は上院軍事委員長として高い評価を受けている(“Trump's new security advisor differs from him on Russia, other key issues”; Reuters News; February 22, 2017)。

マックス・ブート氏は「根無し草のコスモポリタンに対するそのような嫌悪感が排外主義と反ユダヤ主義を刺激しているが、そうした思想はヨシフ・スターリンやチャールズ・リンドバーグのような反民主主義のナショナリストと緊密に関わっている」と主張する。彼がアメリカに移住してから、ここ数年までは反ユダヤ主義の台頭などなかったという(“The Bannon Administration?”; Commentary; January 31, 2017)。ブート氏の懸念はトランプ政権がセバスチャン・ゴルカ氏を大統領次席顧問に任命したことで現実となった。2012年にアメリカ国籍を取得する以前、ゴルカ氏はハンガリーの政界およびジャーナリズムでのキャリアを通じて当地の極右、反ユダヤ主義、人種差別主義の個人や団体と緊密な関係にあった。さらにゴルカ氏は対テロ作戦の専門家として、バノン氏にとって「身内のシンクタンク」にもなっている(“Exclusive: Senior Trump Aide Forged Key Ties To Anti-Semitic Groups In Hungary”; Forward; February 24, 2017)。

アメリカのオルタナ右翼と呼応するかのように、ロシアのネオ・ユーラシア主義者であるアレクサンドル・ドゥーギン氏はトランプ政権の誕生を好機に関係を強化して現在の自由主義世界秩序を破棄する一方で、ロシアの影響力をウクライナから中東のトルコ、イラン、シリアにまで拡大しようとしている。アメリカのマイケル・マクフォール元駐露大使はドゥーギン氏を「プーチンのバノン」と呼んでいる。ドゥーギン氏はトルコのレジェップ・エルドアン大統領に、アメリカとNATO同盟諸国はフェトフッラー・ギュレン師によるクーデターを画策して露土両国間にくさびを打ち込もうとしていると説いた。それはNATOに懐疑的なトランプ氏の主張とも通じ合う。アメリカ第一主義とは西側民主国家の同盟を解体させるイデオロギーである(“The One Russian Linking Putin, Erdogan and Trump”; Bloomberg News; February 2, 2017)。そうしてみると、トランプ大統領とプーチン大統領が緊密で離れられない関係にあることも、バノン氏の反グローバル主義がヨーロッパと日本の土着主義者を魅了するのも不思議ではない。アメリカ第一主義の危険性はあまりに重大で見過ごすことができない。

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