駐韓大使不在のトランプ政権では北朝鮮問題を取り仕切れない
北朝鮮危機において、太陽政策志向の韓国と圧力志向の日米との間の亀裂は深まる一方である。しかし韓国のムン・ジェイン大統領が選挙中から親北ぶりを発揮して日米韓3国の連携に不協和音をもたらしたからといって、彼を一方的に非難することは全くの間違いである。我々がもっと注意を向けるべきはドナルド・トランプ大統領による米政府、特に外交当局の運営の本質的な問題である。トランプ氏の大統領就任から政府要職の多くはいまだに埋まらないが、駐韓大使もその一つである。トランプ氏の悪名高きアメリカ第一主義に鑑みても、ムン大統領が朝鮮半島の安全保障に対するアメリカの関与に不安を抱いて北朝鮮との宥和に走っても不思議ではない。たとえ韓国の大統領がムン氏より親米であったとしても、この国は日米との連携強化よりも北と中国を相手にしたバランサー外交に傾斜してゆくだろう。私の目には朝鮮半島情勢に通じた者ほど、こうした基本的な点を見過ごす傾向があるように思える。
資質の高い大使がソウルにいれば、米韓両国は北朝鮮政策を毎日のように詳細にいたるまで話し合うことができるだろう。合衆国駐韓大使の役割は青瓦台との政策討議だけにとどまらない。ソウル駐在のアメリカ大使はムン大統領の行動が域内の他の同盟国と共通の立場から離れることがないように、観測と管制を行なうことができる。在韓米軍司令官では政治問題に関与することはできない。青瓦台に対して思いやりある相談であれ、無慈悲な圧力であれ影響力を行使できるのは大使である。わすれてはならぬ地政学的条件は、韓国は中国と同様に北朝鮮と隣接しているので半島の不安定化と自国領内への難民の大量流入を恐れ、ピョンヤンへの宥和に駆られがちである。アメリカの外交プレゼンスが強固であってはじめて、韓国がアジア太平洋地域の民主主義諸国との同盟関係を維持できるのである。トランプ政権は慌てふためいてマイク・ペンス副大統領をピョンチャン・オリンピック開会式に送り込み、韓国と北朝鮮の間に楔を打ち込んだ(「韓国の腰砕けを警戒するアメリカが北朝鮮に与えた『最後の時間』」;現代ビジネス;2018年2月16日)。さらに閉会式にはイバンカ・トランプ氏まで送り込んで、同氏が外交に従事する資格について厳しい批判が寄せられた(“Ivanka Trump's chronic problem”; Chicago Tribune; February 28, 2018)。いずれにせよ両氏の滞在は数日に過ぎないが、大使がいればムン大統領とは毎日のように会談できる。
トランプ氏が損益の観点から打ち出した国務省の予算および人員の削減という悪名高い計画に見られるように、彼の外交当局軽視の姿勢は酷く偏向したものである。しかし去る12月の新安全保障戦略で北朝鮮の重要性を強調していた(“President Trump's New National Security Strategy”; CSIS Commentary; December 18, 2017)のなら、トランプ氏はポピュリズムと損益思考に固執することなく、外交当局のプロフェッショナリズムの重要性を認める必要がある。こうした観点から、トランプ氏はキム・ジョンウンに対する外交的駆け引きと軍事的圧力の適正なバランスを再考する必要がある。トランプ氏としてはバラク・オバマ前大統領のマーク・リッパート大使の後任に、自分が任命した人物を韓国に赴任させたいのだろう。しかし彼が外交官集団の専門知識に敬意を払わない限り、自前の適任者など見つけられないだろう。ブッシュ政権で国家安全保障会議のメンバーであったビクター・チャ氏がトランプ氏の任命を受けなかったのも当然である(“Trump Finally Taps Ambassador to South Korea”; Diplomat; December 16, 2017および“Still No US Ambassador in South Korea”; Diplomat; February 10, 2018)。
根本的な問題は駐韓大使の件を超えたものである。ポピュリストのビジネスマンには政府と緊密な関係にある人物の知人が多くない。またトランプ氏自身も政府で働いた経験がほとんどない。よって政府高官の任命がこのように大幅に遅れている。2月28日時点でトランプ氏は41ヶ国および地域への大使の任命を終えていないが、その中にはトルコ、カタール、ヨルダンといった戦略的に重要な国々もある(“More than 40 countries lack a U.S. ambassador. That’s a big problem.”; Think Progress; February 28, 2018)。さらにレックス・ティラーソン国務長官の省組織再編計画には安全保障の専門家の間から、犯罪やテロといったグローバルな脅威からの本土防衛能力を低下させ、国際舞台でのアメリカの外交的プレゼンスを低下させるという懸念の声が挙がっている(“Rep. Nita Lowey: Trump is destroying America's status as a global leader and endangering national security”; NBC News; March 1, 2018)。こうした混乱はトランプ氏が大統領選挙に立候補した時から予見できたことである。トランプ氏の偏向したビジネス志向と政府に対する敬意の欠如は閣僚の任用にも表れている。ジョージ・H・W・ブッシュ氏からバラク・オバマ氏までの歴代大統領は閣僚の80%以上が政府経験者であったが、トランプ政権では47%に過ぎない。他方で企業最高経営責任者を歴任した者はトランプ政権では28%だが、他の政権では18%以下である(“Donald Trump’s Cabinet is radically unorthodox”; Washington Post; January 11, 2018)。
トランプ政権は資格充分な政治任用者にとっても快適に働ける場所でないばかりか、既存の政府官僚にも敬意を払っていない。トランプ氏が当選して間もない政権移行期に、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院のエリオット・コーエン教授はトランプ陣営の一貫性のない政策と険悪な雰囲気に失望し、保守派の仲間にはこの政権に加わらぬよう助言した(“I told conservatives to work for Trump. One talk with his team changed my mind.”; Washington Post; November 15, 2016)。トランプ氏の大統領就任から数ヶ月後、事態はコーエン氏が言った通りにネガティブに進展した。彼の政権はオバマ前大統領に盗聴されたと言って国民を欺き、人権軽視で国際舞台でのアメリカの影響力と評判を低下させ、ネポティズムによってホワイトハウスに公私混同をもたらした(“Eliot Cohen was right: Work for Trump, lose your soul”; Washington Post; April 3, 2017)。その結果、この政権は適性に問題のある人物を要職に登用せざるを得なくなった。これが典型的に表れているのがピート・ホークストラ駐オランダ大使のケースである。元共和党下院議員ながら外交経験に乏しいホークストラ氏は、大使就任後初の記者会見でオランダのイスラム教徒への恐怖感を扇動した過去の発言について厳しく問題視された(“Trump's ambassador to Netherlands finally admits 'no-go zone' claims”; BBC News; 12 January, 2018)。
トランプ氏はオバマ前大統領が任命した人物に代わって自分の人脈からのお気に入りを抜擢したいのだろうが、それが国内外で摩擦を引き起こしている。よって、トランプ氏は外交の立て直しのためにもアメリカが誇る外交官集団をもっと尊重すべきである。彼の人脈では人材が枯渇しているので、空席の大使には職業外交官を充てるべきだ。トランプ氏とティラーソン長官は国務省再編計画を撤回し、空席となっている大使の任務に必要な資質を身につけた人材を確保すべきである。事は米韓関係に限らない。先進諸国では公務員および外交官はメリット本位で登用され、大使は時の政権ではなく国家を代表する。トランプ大統領はこうしたグローバル・スタンダードに従うべきだろう。韓国が今のような政府と外交の混乱を見て、アメリカを信用できるだろうか?
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