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2018年8月 8日

ヘルシンキでのトランプ大統領によるプーチン大統領への危険な宥和

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自信に満ちたプーチン大統領と不安そうなトランプ大統領


ドナルド・トランプ大統領の選挙チームが2016年の大統領選挙でクレムリンとの共謀が疑われていることもあって、ヘルシンキ首脳会談についてアメリカの外交政策の論客達と情報関係者が重大な懸念を抱いていたが、それは正しかったことが明らかになった。当初の予想通り、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との共同記者会見においてメディアと安全保障の専門家達からの批判の渦を巻き起こした。この共同声明の全文書き下しを見ての通り、両首脳はクリミアやシリアといった重要な問題について詳細には語らずにこれらの問題をめぐる相互の見解の相違を述べただけだった(“Read the full transcript of the Helsinki press conference”; Vox; July 17, 2018)。そのためトランプ氏がプーチン政権によるクリミア併合を認めたのか、またシリアをロシアに委ねるのかは不明である。ともかくトランプ氏にはクリミア併合の合法性、およびシリア難民の人道的処遇についてプーチン氏に強く要求を押し出す意図などなかったものと理解されている(“Putin didn’t have to push the Kremlin’s narrative. Trump did it for him.”; Brookings Institution; July 20, 2018)。そうした中でトランプ氏はロシアは選挙に介入しなかったとプーチン氏が言うのでそれを信じると発言したので、あまりに安易に相手の言い分を受け入れる態度に批判が紛糾した。トランプ氏はアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼すると言ったばかりか、ミュラー捜査で12人のロシア人スパイへの取り調べをさせる見返りにクレムリンが不都合と見なすアメリカ人および同盟国民に対する尋問をロシアの情報機関に認めるとまで言明した(“Trump Says He Lay Down the Law in His Latest Account of His Meeting With Putin”; New York Times; July 18, 2018)。

プーチン氏がトランプ氏にロシア当局による尋問を要求した人物には、クレムリンが反プーチン的な外交活動をしていたとするマイケル・マクフォール元駐露大使、元MI6工作員でトランプ文書でトランプ氏のロシアとの緊密な関係と不名誉な行状について記したクリストファー・スティール氏、ロンドン在住のビジネスマンでロシアから15億ドルを違法に持ち出してヒラリー・クリントン氏の選挙運動に4億ドルの献金を行なったとしてプーチン政権から指名手配を受けているビル・ブラウダー氏らの名が挙がっている。非常に重要なことに、ブラウダー氏はロシアの人権侵害に対する制裁を科す目的のマグニツキー法の成立のためのロビー活動を行なっていた(“White House says Trump to discuss allowing Russia to question US citizens”; Hill; July 18, 2018)。プーチン氏の要求に応じてアメリカおよび同盟国の国民の身柄を引き渡すなら、トランプ氏が固執する国家主権とは明らかに矛盾する。特にマクフォール元大使への取り調べというプーチン大統領の要求は言語道断で、しかもアメリカが国際刑事裁判所から距離を置いているのは自国の外交官を敵国から守るためである(Twitter; Richard Haass; July 19, 2018)。さらに重要なことにトランプ氏がプーチン氏との間で成した無分別なディールは、ウィーン外交関係条約の外交特権の侵害になる。トランプ氏はマクフォール氏のようなオバマ政権の高官、そしてスティール氏やブウラダー氏のように彼に不利な行動をとった者への個人的な復讐のためには、アメリカの主権などプーチン氏に切り渡してしまうように見受けられる。トランプ氏はロシアとの和解によって有権者の間で自身の人気が高まると思っていたが、逆に議会から超党派の激しい批判を浴び、政権内からもマイク・ペンス副大統領、ジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官らホワイトハウスの陣営の加えてジェームズ・マティス国防長官とマイク・ポンペオ国務長官がトランプ氏とプーチン氏の間のディールに危機感を唱えた(“Pence, Bolton, Kelly confronted Trump in Oval Office about Russia comments”; Chicago Tribune; July 21, 2018)。

実際に外交政策の識者達はリベラルだろうが保守だろうか、トランプ氏とプーチン氏の和解には失望している。アメリカ政治へのロシアの介入にこだわっているのはリベラルの人達で、それはトランプ氏を貶めるためだという見方は全くの間違いである。現在の共和党はもはやレーガンやリンカーンではなく「プーチンの党」とまで言われるほどナショナリストで孤立主義になってしまったが、責任ある識者達はグラスルーツ保守の間で広まるそのように視野の狭い党派主義には染まっていない。アトランテック・ジャーナル誌のジェームズ・ファローズ氏は大統領がロシアの国益を優先する有り様に衝撃を受け、共和党支持者は党に忠誠を誓うのか国家に忠誠を誓うのかと問いかけている(“This Is the Moment of Truth for Republicans”; Atlantic; July 18, 2018)。ブッシュ政権のスピーチライターを務めたデービッド・フラム氏は、アメリカ政府はプーチン大統領とのディールについて何か聞いているのか、そのようなディールが存在するならトランプ氏はその意味が本当に分かっているのかという深刻な懸念を表明している(“The Worst Security Risk in U.S. History”; Atlantic; July 19, 2018)。マックス・ブート氏はさらに辛辣で、トランプ氏がプーチン氏と成したディールはアメリカ国民に対する敵対行為であり、彼の許し難い国家反逆をとりあげたことはメディアの大きな手柄だとまで述べている(“We just watched a U.S. president acting on behalf of a hostile power”; Washington Post; July 16, 2018)。自らを保守と見なす有権者の多くがトランプ氏を夢中で支持する有り様は非常に嘆かわしい。フォックス・ニュースによると共和党支持層の88%がトランプ大統領の職績を肯定的に評価している(Twitter; Fox News; July 24)。プーチン大統領がトランプ氏にロシア政府による捜査を認めるようにと要請したマクフォール氏とブラウダー氏はインタビューで、そうした過剰な要求はクレムリンがマグニツキー法にどれだけ戦慄しているかを示すものだと答えている(“Deeply disappointed”: Michael McFaul opens up about threat of being turned over to Putin by Trump”; Salon; July 20, 2018)。トランプ氏がそうした背景と外交的なやり取りの基本を理解しているか否かはともかく、彼はオバマ政権期の成果の破棄とミュラー捜査への直接的あるいは間接的な協力者への報復しか考えていないように思われる。

何よりも、トランプ氏が通訳以外に誰も同伴させずにプーチン氏と会談したことは非常に奇妙である。太ってたるんだ肉体の不動産屋上がりなど、筋肉質で引き締まった肉体の旧KGBエリートにはとても敵わぬことはホモ・サピエンスの常識である。チーム・アメリカになってはじめてチーム・ロシアと同等あるいはそれ以上に渡り合うことができるのである。それではトランプ氏がプーチン氏と一対一の会談を望んだのはなぜだろうか?外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、こうした交渉スタイルはトランプ氏のビジネスマンとしての経験に由来すると述べている。トランプ氏は外交においても個人的な関係を重視している。官僚が準備した会談よりもトランプ氏が臨機応変の会談を好む理由は、相手方とより自由に議題を設定できるからである。しかし合意について公式の文書のない会談では何をすべきという義務も定義されないので、最終的にはディールの実施をめぐって相互不信になりかねない。双方が何かで見解の相違にいたった時にはディールの内容を読み直す手段がない。トランプ氏はそうした危険を軽視しているので、プーチン氏やキム氏など奸智に長けた独裁者のカモになりかねない(“Summing up the Trump Summits”; Project Syndicate; July 25, 2018)。またトランプ氏はロシアとの共謀が疑われていることから、さらなる考察が必要である。ワシントン・ポスト紙およびロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのアン・アップルボーム氏はロシアと英米の右翼がケンブリッジ・アナリティカを通じて情報を共有していたと指摘しているが、この会社がクレムリンによる選挙干渉でトランプ氏を支援したことはメディアの注目を集めた。ロシアおよび東ヨーロッパを専門とするアップルボーム氏は、オルタナ右翼のブライトバート・ニュースと緊密な関係にあったこのコンサルティング会社を通じて先に挙げた「悪の枢軸」がどのように形成されたかを説明している。ケンブリッジ・アナリティカはケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン氏を通じて8700万人のフェイスブック利用者の個人データを違法に入手し、トランプ氏、ブレグジット運動そしてテッド・クルーズ上院議員の選挙運動まで支援した。ロシアのインターネット・リサーチ・エージェンシーはケンブリッジ・アナリティカと共同でトランプ選挙チームと選挙情報を共有し、特定の有権者を標的にしたと疑われている。例を挙げると、トランプ氏の支持者には反移民のメッセージを送って立ち上がるように促し、黒人の有権者には歪曲された情報を送りつけて投票意欲を削いだ。ケンブリッジ社のデータが彼らの違法工作に一役買ったと考えるのは当然である(“Did Putin share stolen election data with Trump?”; Washington Post; July 20, 2018)。

ヘルシンキ首脳会議は、トランプ氏の国家に対する忠誠と外交上のやり取りへの理解不足以上に深刻な問題を露呈している。トランプ政権の発足時にはワシントン政治の観測者達は「政権内の大人」によって大統領の気質や不可測性には対処できると言ってきた。その後、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は更迭され、後任にはトランプ氏への忠誠とナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏がそれぞれ就任した。しかし両人はトランプ大統領との関係が近くとも、プーチン氏とキム氏を相手に彼が行なおうとした準備不足でしかも危険な一対一外交を阻止できなかった。さらにトランプ氏はジェームズ・マティス国防長官をも遠ざけるようになり、軍事問題に関しても自分が主導権を握ろうとしている(“Trump is reportedly turning on Mattis and taking US military matters into his own hands”; Business Insider; July 25, 2018)。またジョン・ケリー首席補佐官自身がトランプ氏の任期終了まで現職に留まるとメディアに語っても、首席補佐官の大統領との緊張関係の噂は絶えない(“John Kelly, Trump’s chief of staff, says he will stay in role through 2020”; PBS; July 31. 2018)。閣僚達が大統領の歯止めとならないなら、プーチン氏との間には公開されていない合意もあるのだろうか?それはきわめて危険である。ドナルド・トランプ氏のコアな支持層はヘルシンキ首脳会談で露呈したきわめて憂慮すべき欠陥など気にもかけないだろうが、こうした問題を追及することは見識ある人々の責務であり、我々も俗悪なポピュリズムに迎合すべきではない。


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