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2018年10月 8日

書評:デービッド・フラム著“Trumpocracy”

トランプ政権はあまりに多くのスキャンダルと情報漏洩に見られるように、混乱しきっている。暴露本も数点が出版されて国民の関心を大いに寄せている。多くの人々の間ではトランプ氏のゴシップと特異な性格が話題になっているが、それはアメリカ政治の現状を理解するうえではそれほど役立たない。ドナルド・トランプ氏は毎日のように、悪臭が漂うかのように低俗な言動でアメリカ国内および全世界の人々に不快感を与えている。きわめて多くの有権者が、なぜ10代の反抗期の子のようにトランプ氏の反グローバル主義および反主知主義に惹きつけられたのかを理解することは難しい。正統派の政治経済学への反抗など破滅的な結末となることは明らかである。にもかかわらず、トランプ氏には彼に賭けてみようという強固な支持基盤がある。トランプ氏を支持するアメリカ国外のオピニオン・リーダー達は、トランプ氏に大きな期待をかけて激動の時代にある自分達の国の運営を委ねた無数のアメリカの有権者に対してもっと敬意を払う必要があると主張する。しかし我々はトランプ氏の無礼、無知、腐敗、そしてリーダーシップのスタイルがもたらす政治的な影響を批判的に見つめねばならない。

本書著者のデービッド・フラム氏はジョージ・W・ブッシュ元大統領の政権下でスピーチ・ライターを務め、現在は『アトランチック』誌の上級編集員である。フラム氏は保守派の論客として名高く、よって本書でのトランプ政権批判はリベラル派のプロパガンダではない。我々は多くの保守派知識人が「トランプの党」から去っていったことを銘記する必要がある。だからこそ彼の分析には非常に価値がある。『Trumpocracy』ではトランプ氏の政治における力の議論が中心で彼の性格は主要な問題ではない。すなわち、どのようにして力を獲得し、それがどのように使われたか、そしてそうした力の濫用がなぜ効果的に抑制されなかったのかということである。また本書ではトランプ氏自身についてよりも、彼の台頭をもたらして支持をしている有権者の方に重点を置いている。こうしたアプローチは政治学の基本に立ち返るものである。


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まずトランプ氏の台頭をもたらした前提条件を理解することが必要である。冷戦終結直後には敵対勢力も消滅したので、重要な政策課題は国家安全保障から当時の低成長や2008年の金融危機といった国内経済に移っていった。その結果、国内でのイデオロギー、文化、階級による対立が激化した。グラスルーツの心理がこのようになると、オバマ氏の出生疑惑のようなフェイク・ニュースの影響力が増してきた。トランプ氏はこの機を捉えた。フラム氏はトランプ氏が2016年に急浮上したわけではないと指摘する。2012年の共和党大統領候補指名争奪戦では、トランプ氏は4月には首位に躍り出た。彼はオバマ氏の出生疑惑にまつわる陰謀を訴えてグラスルーツの怒りを利用した。これは2016年の選挙運動でトランプ氏が行なったえげつない情報歪曲による対立候補への激しい誹謗中傷の原型であった。こうした観点からすれば、専門家達はトランプ氏が全世界の自由民主主義に与えた脅威を過小評価していた。

議論の前提を示したフラム氏は、トランプ氏がどのようにして力を獲得し、誰が彼を支援したかについて議論を進めている。まずトランプ氏の共和党予備選挙での台頭をもたらした人々、すなわちコア支持層がいる。彼らの怒りと苦悩こそトランプ氏を共和党予備選で最前線に押し上げた。グラスルーツ保守はトランプ氏に多大に魅了されるあまりイデオロギー的な一貫性など気にしていないが、グローバル化による文化的および経済的な不安定感に不満を募らせていた。そうした敗者意識に加えて、彼らは「情報ゲットー」にいるためにトランプ氏のプロパガンダに容易に乗せられてしまう。きわめて対照的なことに、こうした共和党支持層はテッド・クルーズ候補やマルコ・ルビオ候補が唱える「新しきアメリカの世紀」などに全く共感しなかった。トランプ氏の勢いが強まると、共和党でもそれまで彼への支持を躊躇してきた者も、ヒラリー・クリントン氏に対抗するにはトランプ氏しかいないと自らに言い聞かせるようになった。そうした宥和勢力は、ISISの台頭はクリントン氏の責任だなどのようにトランプ氏の対立候補に関するフェイク・ニュースの拡散に積極的に手を貸した。非常に興味深いことに、反エリート意識が労働者階級の女性をクリントン氏への投票を妨げた。こうした女性達にとってクリントン氏が掲げるジェンダーの平等などホワイトカラーに限られたものであって、自分達には全く関係ないのである。ティー・パーティーに典型的に見られるグラスルーツ保守は市場原理主義に固執しないが、民主党のようなポリティカル・コレクトネスに基づいて優先される福祉支援には反対している。いわば、トランプ氏の支持基盤は部族主義傾向が強く、社会的多様性には強く反対している。

上記の政治的メカニズムに加えて、本書ではトランプ氏がどのようにして汚い手を使って保守系メディアを自分のプロパガンダのための拠点に作り変えていったかにも分析のメスを入れている。非常に興味深いことに、今ではトランプ氏お気に入りメディアの一つとなっているフォックス・ニュースは、予備選初期には強固な反トランプ派であった。中でもメーガン・ケリー氏はメキシコがアメリカに犯罪者を送り込んでいるというトランプ氏の主張に疑問を呈した。非常に驚くべきことに、トランプ氏はCNNとのインタビューでケリー氏について不満を述べ続けた。当時は両局の立場は逆だったのだ。例によってトランプ氏はゴシップ漏洩による中傷という手段でケリー氏に報復を行なった。その結果、オルタナ右翼のタッカー・カールソン氏がケリー氏に代わってアンカーマンに就任した。我々がトランプ氏による保守系メディアへのハイジャックを注視すべき理由は、これが彼の行なったマフィア的なやり方での共和党征服の先駆けだからである。フラム氏はトランプ氏が恐怖と不安を利用して共和党を支配したのは、彼の常套手段だと指摘する。トランプ氏は不人気ではあるが、党内で彼に対抗する立場にあるポール・ライアン氏も教条主義的な財政規律重視で不人気である。このことが逆にトランプ氏が議会共和党より力を持つようにさせている。特に下院共和党は中間選挙後に自分達が多数派の地位を失う前に、トランプ氏に自分達の法案への署名を得ようと必死である。そうした懸念に駆られた彼らはロシア捜査からセクハラ騒動にいたるまで問題が噴出すると、トランプ氏の支持基盤と同等に彼を忠実に擁護しようとしている。

フラム氏が本書で統治の性質も重要な問題に挙げている。予備選期間中には共和党内の対立候補達はトランプ氏をラテン・アメリカのカウディーヨになぞらえた。トランプ氏の事業が不透明性で悪名高いことは、税務申告の情報が開示されていないことに見られる通りである。さらにトランプ氏はマール・ア・ラーゴなどにある自分のゴルフ・コースへの旅費に公費を使用しているばかりか、公的選挙資金から自らの情事の相手となった女性に口止め料を支払った。国民が道徳と社会規範の遵守を絶対的視している限り、政治家の行動もそれに従うことになる。しかし国民が政治家による非倫理的な行為を許容すれば腐敗は国中に蔓延し、彼らは自分達の間違った行為が許されるものと思い込み、やがては全ての国民が専制政治とクレプトクラシーを受け容れるようになってしまう。フラム氏はさらに、こうした要因がトランプ氏の政権スタッフへの態度にどのように暗い影を投げかけているかについても議論を進めている。トランプ氏は自分のスタッフを支配するために忠誠と追従を要求するが、その見返りは与えない。そして気に入らなければスタッフをすぐに解雇してしまうことでも悪名高い。よってこの政権に崇高な使命感をもって参加しようものなら究極的には裏切られることはエリオット・コーエン氏が政権移行期に述べた通りで、それはトランプ氏の突発的な発言への言い訳を余儀なくされるようになるからである。それが典型的に表れているのが2017年5月のNATO首脳会議でトランプ氏が第5条でアメリカに科せられた義務を軽視する発言をした時で、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は大統領はそのような発言はしなかったと弁明せざるを得なかった。

トランプ氏の支持層と現政権が抱える苛烈な性質は、保守の方が道徳観念を重視する一方でリベラルの方がLGBTのような社会的異端派に寛容だという私の先入観を覆した。フラム氏はさらに、不正な選挙制度によってこうした問題点が強まったと言う。ヒラリー・クリントン氏が黒人有権者の支持の支持を得られなかったと指摘されることが頻繁である。実際に共和党は2012年中間選挙で収めた連邦および地方レベルでの勝利を悪用したことに本書では触れている。彼らは期日前投票の制限など新しい選挙ルールを作り、マイノリティーの投票を妨げた。その結果、2016年には黒人の投票率は下がった。選挙期間中にトランプ氏は自分にとって不利なことは全て「不正」だと非難した。しかし実際にはアメリカの政治システムはトランプ氏の支持基盤に対して極端で怪しげなほどに有利に働いている。共和党はバラク・オバマ前大統領に相次いで負け続けたトラウマが酷く、ホワイトハウスの奪還には手段を選ぶ余裕がなかったように思えてくる。

本書は現在のアメリカの陰鬱な政治的光景を詳述し分析している。さらに深刻なことに、フラム氏はトランプ氏の「ディープ・ステート」に対する反感が逆に民主的な統治を疎外してしまうと論評している。トランプ氏の就任以来、アメリカ国内および国外の政治アナリスト達は政権内の大人によるトランプ氏へのコントロールについて語っている。また、アメリカの政策専門家達はトランプ氏が何もかも覆そうとするなら、政府官僚機構、軍事組織、情報機関など連邦政府機関がトランプ氏を全力で阻止するだろうと主張する。実際に国家安全保障のエスタブリッシュメントはロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのヘルシンキ首脳会談においてトランプ氏がアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼するだのマイケル・マクフォール元大使をロシアの情報機関の尋問に引き渡すだのといったあきれるばかりの失言をした際に、そうした失言を訂正させた。しかしフラム氏は軍がトランプ氏では大統領に不適格だと見てしまえば、誰にも気づかれずに彼を指揮命令から排除してしまうという重大な懸念を挙げる。さらに、そうした動きによって国家安全保障関係の機関は大統領が誰であってもコントロール不能になりかねず、将来に民主党の大統領が選ばれても同様に疎外されかねないという不安も述べている。

私には上記のような事態は1930年代の日本で国民が大正デモクラシーへの信頼を失い、相次ぐクーデター未遂事件が起きて軍部の台頭をもたらした時局とそっくりに思える。現在のアメリカでは事態はそこまで絶望的なのだろうか?フラム氏によれば希望はあるということだ。トランプ現象はグローバル化による社会的不平等と大衆の怒りというエリート達が見過ごしてきた問題に光りを当てている。しかし彼の虚言政治は全米での抵抗の直面している。またトランプ氏とロシアの緊密な関係によって左側の政治勢力が覚醒し、国家安全保障への問題意識が高まっている。最後に、トランプ氏の中傷政治にどのように対処すべきかについてフラム氏の助言について述べたい。『ポリティコ』誌がカリフォルニア州パサデナで開催した会議に参加したフラム氏に対し、あるパネリストが「ソフト路線ではトランプ氏を止めることはできない。彼を止めたければ、我々は彼の手法を模倣しなければならない」と発言した。フラム氏はそれに対して「しかしトランプ氏の手法を模倣しても彼を止めることはできない。貴方が彼に取って代わるだけだ」と応じた。まさにフラム氏の言う通りなのだが、それを行なうことはきわめて難しいのは、腐敗臭が漂うように低俗なトランプ氏を前にすると怒りの感情が込み上げてくるからである。我々には忍耐と理性が必要になる。本書は無数の政治的なやり取りが詳細に述べられているので、読者を圧倒する。『Trumpocracy』ではフラム氏による冷静で説得力のある分析がなされているので、私は本書をトランプ政治の教科書として強く推奨したい。

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