トランプ共和党の危険な極右化
専門家やメディアの間で噂されたように、トランプ政権は中間選挙後に「政権内の大人」とされたジョン・ケリー大統領首席補佐官とジェームズ・マティス国防長官の更迭によって閣内を再編し、選挙公約の実現への障害を取り払おうとしている。ドナルド・トランプ大統領はシリアとアフガニスタンからの米軍撤退を宣言したが、テロリストは依然として現地軍の手に余り、撤退後の地政学的な力の真空も非常に懸念される(“Mattis resigns after clash with Trump over troop withdrawal from Syria and Afghanistan”; Washington Post; December 20, 2018)。この他にもトランプ氏はメキシコ国境の壁への予算に頑迷に固執するあまり、議会との衝突とそれに続く政府機関の閉鎖が避けられないものとなった(“The Latest: Democrats refuse to fund Trump’s “immoral” wall”; AP News; December 9, 2018)。明らかに現政権は極右化の方向に向かっている。事態はウィリアム・クリストル氏が述べたようにトランプ氏は共和党を自分への忠誠派で占めることだけを考え、中間選挙で落選した穏健派のことなど気にもかけないという方向に動いている (@BillKristol; Twitter; November 7, 2018および@BillKristol; Twitter; November 12, 2018)。
問題は政権と議会だけではない。極右化によって共和党の支持基盤が変わり、それによって排外的ポピュリズムがさらに加速しかねない。そうした懸念を示す兆候は昨年11月にCNBCが半年ごとに行なうミリオネア調査に表れている。この調査によると富裕層は共和党支持者も含めて、トランプ氏への信頼を失いつつある。人口は多くはない彼らだが、選挙での投票にも政治献金にも積極的である(“Wealthy Republicans lose faith in Trump, as nearly 40% say they wouldn’t vote to re-elect him: CNBC survey”; CNBC News; December 23, 2018)。富裕層の懸念は政府の機能不全である(“The biggest risk to millionaire wealth is Washington: Survey”; NBC News; December 17, 2018)。政治と安全保障のリスクは市場のリスクでもあるので、それは理解できる。トランプ氏の国内政治および国際政治での不手際によって富裕層が共和党を見限れば、党内での極右の力はさらに強まる。
そうした「保守主義の劣化」(The Corrosion of Conservatism:マックス・ブート氏近著の題名)は、トランプ極右が民主党左派よりも苛烈であることを意味している。私はこれについて以下の理由を挙げたい。第一にエリザベス・ウォーレン氏やナンシー・ペロシ氏のような民主党左派でさえトランプ氏よりも超党派での外交政策の常識を遵守しているのは、議会で長年にわたって責任ある立場にあったからである。第二にトランプ氏は非現実的な選挙公約に頑迷に固執することは、最近のメキシコ国境沿いの壁をめぐる政府閉鎖に見られる通りである。また貿易戦争や同盟破壊のように、トランプ氏は政策形成に関する大学の教科書にことごとく反発する有様である。第三にトランプ氏のリーダーシップのスタイルが第三世界の独裁者さながらに腐敗したもので、自分のスタッフにはマフィアさながらに個人的な忠誠を要求するほどである。それはアメリカ民主主義を破壊しかねない。ともかく党派やイデオロギーがどうあれ、彼のように奇妙な気質の政治家はいない。
第4の理由が最も重要でグローバルな意味合いがある。それはウラジーミル・プーチン大統領によるヨーロッパの極右への支援で、トランプ現象はその波及効果である。彼の台頭をもたらした国内での側面が注目されがちだが、全世界的な民主主義の危機を見過ごすことはできない。周知の通りロシアはソ連時代の地政学的な影響力を取り戻すため、東ヨーロッパに介入し続けている。プーチン政権下のロシアはさらに西ヨーロッパの主要国にも手を伸ばしている。最も破滅的なものはブレグジット国民投票へのロシアの介入で、この件はトランプ氏に絡んだ捜査とも深く関わっている。昨年末にはイギリス国家犯罪対策庁が反EU派実業家のアーロン・バンクス氏について、リーブ・EUがEU帰属国民投票で繰り広げる反対運動に資金援助を行ない、ロシアのインターネット活動を幇助したという容疑で捜査を開始した(“UK National Crime Agency Starts Investigation Into Eurosceptic Businessman Aaron Banks”; EU Today; November 1, 2018)。さらに重要なことにイングランドおよびウェールズ高等法院は、該当事件が有罪ならブレグジットは違法で無効になるとメディアを相手に表明した(“Brexit: High Court to rule if referendum vote ‘void’ as early as Christmas after Arron Banks investigation”: Independent; 24 November, 2018)。クリスマス直前には、ロシアとトランプ選挙対策陣営との関係で悪評を呼んでいるケンブリッジ・アナリティカの関係者とバンクス氏がリーブ・EUによるイギリス有権者へのマイクロ・ターゲティングへの支援をめぐって会談したことが判明した (“Revealed: Arron Banks Brexit campaign's 'secret' meetings with Cambridge Analytica”; 19 December, 2018; openDemocracy UK)。イギリスのみならず、プーチン氏は2017年のフランス大統領選挙ではマリーヌ・ルペン氏への支持を見せつけた。また親露派のフランス人ナショナリスト、ファブリス・ソブラン氏とザビエ・モルロー氏も最近のジレ・ジョーヌ暴動に加わっている(“"Russian World" supporters fly "DPR" flag at yellow vest protest in Paris”; UNIAN News; 8 December, 2018)。
注目すべきは、ロシアの政治家とメディアはシリアとアフガニスタンをめぐってトランプ氏がマティス長官を更迭したことを喝采している。ロシア議会上院のコンスタンチン・コサチェフ外交委員長は「ジェームズ・マティス長官の退任はロシアにとっては良い兆候で、何と言ってもマティス氏はドナルド・トランプ氏よりもロシアと中国に強硬だった」と述べた (“Russia Gloats: ‘Trump Is Ours Again’”; Daily Beast; December 21, 2018)。しかしそのような地政学はプーチン氏と欧米の右翼ポピュリストが互いに友好的になる究極的な理由ではない。西側の極右はプーチン氏の人格とリーダーシップに強さ、伝統主義、ナショナリズムを見出している。さらに重要なことに両者はイスラム過激派との戦い、グローバルな経済統合への抵抗、政教分離が進む社会への反抗といった価値観を共有している。2012年に大統領に再選されてからのプーチン氏は反LGBTキャンペーンを立ち上げ、西側の社会保守派からの敬意を得るようになった(“Putin and the Populists”; Atlantic; January 6, 2017)。この地政学と極右の価値観が織り成すシナジーによって、ロシアがリベラル民主主義の道義的基盤を破壊することも有り得る。野望に満ちた一帯一路構想と恐るべきほどの経済成長を振りかざす中国でさえ、こうした企ては手に余る。
プーチン大統領のように敵対的な独裁者を盟主と仰ぐ極右連合は非常に破滅的なので、我々はウィンストン・チャーチルがヨシフ・スターリンでなくアドルフ・ヒトラーを相手に戦うという意志を固めたように、左翼よりも極右を警戒すべきである。識者の中には超大国といえども万能ではなく、グローバル経済と国民の分断の中で大衆が抱く不安、苦悩、絶望感がトランプ氏を大統領に押し上げたことを受け入れてやるべきだとの声もある。確かに我々は彼が予期せぬ当選を果たした原因を分析し、あのようなデマゴーグをのさばらせた諸問題の解決にあらゆる努力をしてゆくべきである。しかし世界を日に日に不安定化させているトランプ現象に対しては、我々は絶対に受容すべきでも同情すべきでもない。それでも共和党にも希望は残っている。先の選挙で当選したミット・ロムニー上院議員には共和党反トランプ派を勢いづけ、先頭に立ってゆくことが期待される。また、マルコ・ルビオ上院議員は超党派の政治を推進している(“Rubio Encourages Bipartisanship in Policymaking”; Hoya; October 5, 2018)。そうした中で民主党左派はトランプ共和党よりも有害でないことは確かだが、彼らの内政および外交政策には問題がある。マックス・ブート氏はエリザベス・ウォーレン氏とバーニー・サンダース氏の外交政策を以下のように論評している。両氏ともトランプ氏よりも多国間協調を尊重してはいるが、アメリカによるリベラルな世界秩序についての超党派の見解を外交政策のエスタブリッシュメントとは共有していない。ウォーレン氏は自由貿易がアメリカの労働者を犠牲にしてグローバルな大企業が得をしていると主張し、サンダース氏は世界の警察官の役割を全うするよりもシリアとアフガニスタンから米軍を撤退させよと言い張るほどなので、ブート氏は両人を「左のトランプ」と呼んでいる。さらに両人とも中国やロシアといった専制的な大国の脅威に対してどのように対処するかも述べていないという(“The Democrats need a new foreign policy — one that doesn’t sound like Trumpism of the left”; December 26, 2018)。
両党で孤立主義者の存在がそのように強力なら、共和党国際派と民主党穏健派は互いに手を結ぶべきである。我々の真の敵はドナルド・トランプという名の太った狂人よりもはるかに巨大である。究極の脅威はオルタナ右翼のイデオロギーで、それはトランプ氏が弾劾か何らかのスキャンダルで辞任を余儀なくされても存在し続ける。この怪物は不死身で、ナイフで突き刺しても銃で撃っても根絶できるものではない。また我々はアメリカで起こっていることの観測と分析を超えて、何か行動を起こさねばならない。我々はプーチン政権のロシアが行なったハッキングのような、アメリカ政治への非合法の介入をする立場ではない。しかしアメリカの同盟国でも特にヨーロッパと日本の識者はアメリカの有権者と直接語り合い、同盟国によるアメリカの安全保障への貢献とアメリカ第一主義の誤りについての理解を広めるべきである。その時には敢えてトランプ氏を特定して批判する必要はない。そうした運動は超党派の国際派と穏健派との緊密な協調に基づいて行われるべきだ。この役割は政府高官よりも民間の識者が担う方が相応しい。これはアメリカ政治への正当な介入だと私は信じている。我々はだた座視するだけでなく、行動するべきである!
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