« 2019年4月 | トップページ

2019年5月20日

トランプ政権によるアメリカ民主主義の危機

5af602f7feb34f8cb724a09acfda69d2_w1080_h

 

今年のはじめにフリーダム・ハウスが発刊した“Freedom in the World 2019”では全世界で民主主義の勢いは弱まり、特にアメリカでの民主主義の衰退は危機的な状況であると述べられている。フリーダム・ハウスの100点満点の指標による総スコアはドナルド・トランプ大統領の就任によって急落している。ウェンデル・ウィルキーとエレノア・ルーズベルト大統領夫人(当時)によって1941年に設立されたフリーダム・ハウスは、アメリカの価値観外交の一翼を担ってきた。ウィルキーは1940年の大統領選挙で共和党候補として民主党のフランクリン・ルーズベルトと争ったが、彼自身の党の予備選挙では孤立主義の候補者達を破って躍り出た。現在、世界の民主化促進を担ってきた超党派のNGOは国内戦線に重点を移している。国内での民主主義の衰退は5Gをめぐる中国との競争以上に、アメリカの覇権の行方を左右する問題である。歴史的に、イギリスはビスマルク時代からカイゼル時代のドイツとテクノ・ヘゲモニーの分野で激しく競合しながらも、世界における議会制民主主義の模範として抜きん出た存在であった。アメリカ民主主義の劣化はそれほど破滅的なものである。

 

フリーダム・ハウスのレポートでは全体的な動向を以下のように記している。冷戦での西側民主主義諸国の勝利を経て、中国とロシアに代表される専制諸国がリベラルな世界秩序に反発した。第三世界にもこうした動向に追従する国もあり、そうした国々のフリーダム・ハウス指標は急落している。さらにグローバル化によって欧米社会での格差が拡大した。それは先進国の富裕層と新興国の労働者に利益をもたらした一方で、先進国の非熟練労働者は経済的に苦しくなっている。これによってアメリカとヨーロッパで反自由主義運動が高まり、権威主義的ナショナリズムの容認とともに多国間ルール、移民、立件民主主義が否定されるようになった。このレポートでは2005年から2018年にかけてのリベラル民主主義への信頼喪失を「世界の自由後退の13年」と呼んでいる。嘆かわしいことに今のアメリカは世界の自由を推進するリーダーではなく、民主主義と専制主義の対立の場となっている。

 

私がアメリカにおける民主主義の衰退を重大なものと考える理由は、これが超大国の内部崩壊になっているからである。専門家達が今世紀における大国間の競合を語る時には、グローバルなパワー・シフト、中国の台頭、ロシアの再大国化志向といった外部要因が注視される傾向がある。しかしリベラル民主主義諸国が優位を保てるかどうかは、専制諸国からの挑戦よりも内部的な強さ、安定、自国の体制への信頼にかかっている。アメリカの民主主義はトランプ政権登場以前からすでに危機にあった。党派分裂の拡大、経済的流動性の低下、特殊利益団体の強大化、そして事実に基づくジャーナリズムへの国民の敬意の欠如が見られるようになっていた。トランプ時代になって事態はさらに悪化している。フリーダム・ハウスのレポートではアメリカ民主主義の現状が以下のように記されている。トランプ氏は民主主義の基本的な規範を馬鹿にしきっていることもあり、G7+オーストラリアの中ではアメリカのフリーダム・ハウス指標は最悪になっている。この国はフリーダム・ハウスの評価で「自由」というカテゴリーに踏みとどまり、「部分的に自由」あるいは「自由でない」に落ちてはいないものの、建国の父が築き上げたアメリカの政治システムも健全な民主主義の維持を保証するものではない。このレポートではハンガリー、ベネズエラ、トルコといった例に触れて、民主的な制度が独裁者の前にはどれほど脆弱かが述べられている。

 

このレポートではトランプ政権の統治について以下5点から診断を下している。第一に、トランプ氏は法の支配をあまりにも軽んじている。移民問題をめぐって司法が彼に不利な判決を下すと、担当判事を「オバマの判事」や「いわゆる判事」呼ばわりして彼らの資格や中立性を責めたてた。司法省に対しては彼自身と政治的に対立したジェームズ・コミー氏とヒラリー・クリントン氏の起訴まで要求した。トランプ氏による司法に対する政治的な工作はさらに進み、自らに与えられた恩赦権限を利用して政治的に味方になる者に適用しようとまでしている。これらは司法の独立を多いに脅かす。第二にトランプ氏は報道の自由を抑圧している。彼は自分に不利なメディアにはすぐに「フェイクニュース」や「国民の敵」といったレッテルを貼り、事実に基づくジャーナリズムに対する国民の不信感を煽り立てている。またジャーナリストに対する法的そして社会的な保護も軽視するようでは、プーチン政権下のロシアなど専制諸国で見られるように報道記者の安全が脅かされるようになりかねない。フリーダム・ハウスが挙げたこれら2点は、トランプ氏が権力分立を侵害していることを示す。私にはトランプ氏が大衆の怒りを彼自身のためだけに利用し、民主的な統治を犠牲にしているように思われる。そうした所業がどれほど多くの国民の意志に反しようとも、トランプ氏は自らの目標の達成のためには気にも留めない。彼は自分の選挙基盤を満足させるためだけに職務を行なっている。

 

そうしたエゴイズムがもたらす腐敗は、フリーダム・ハウスが国別で民主主義のレベルを評価するうえで重要になっている。このレポートが挙げる第三の点は、透明性と公務の規範である。トランプ氏は近代民主主義の倫理的基準を頻繁に破っている。中でも彼の関連企業は問題のある国々からの資金流入がある。トランプ・オーガニゼーションはマンハッタンでの建設プロジェクトのために、中国の国営企業である上海城投資集団からの投資誘致の交渉を行なっていた(“As tariffs near, Trump’s business empire retains ties to China”; Washington Post; July 5, 2018)。また大統領選挙の直後にはサウジアラビアのロビイストがトランプ氏のホテルの部屋を借りきっている。これら外国からの介入の他にも、ジャレド・クシュナー氏とイバンカ・トランプ氏の登用は第三世界並みのネポティズムである。こうした利益相反は非常に多い。第四の点は、トランプ氏は結果が思わしくないと選挙の正当性を叩くことである。2018年の中間選挙ではトランプ氏は自分の支持者に対して、民主党が投票で不正行為を行なったと証拠もなしに言い立てた。他方で彼の政権はゲリマンダーやロシアなど外国勢力の介入にはほとんど関心を示さない。

 

これら4点の国内問題に加えて、第五の点はトランプ氏が民主化促進と集団防衛を軽視しているので、同盟国と国際社会からアメリカへの信頼は低下する一方である。他方でロシア、サウジアラビアからカンボジアまで、専制諸国はトランプ政権がアメリカの価値観を掲げなくなったことを歓迎している。アメリカとの熾烈な貿易戦争に直面している中国でさえ、この調子なら自国の権威主義的な開発モデルを第三世界に輸出できるとして歓迎している。フリーダム・ハウスはこのことがリベラル世界秩序の崩壊を刺激すると懸念している。ここでフリーダム・ハウスが挙げた5つの点はロシア捜査とも深く絡み合っている。トランプ氏が任命したウイリアム・バー司法長官については、ロバート・モラー氏と彼の同僚検察官達がトランプ氏は訴追可能だと述べているにもかかわらず、モラー報告書の提言を歪曲したとの疑念も生じている。現政権の非行は特に法の支配と選挙の正当性を損なっている。

 

問題は共和党がトランプ氏に対して宥和姿勢なことである。これはアメリカン・エンタープライズ研究所が非公開で設定したディック・チェイニー元副大統領とマイク・ペンス副大統領の会談に典型的に表れている。チェイニー氏は同盟国との摩擦の増加と「オバマ式」の非介入主義に対する懸念を述べる一方で、ペンス氏はトランプ大統領を選んだのは有権者であり、政権としてはそうした期待に沿うようにしていると言って正当化した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 11, 2019)。さらにマックス・ブート氏は、マルコ・ルビオ上院議員とリンゼイ・グラム上院議員のような共和党の重鎮は過去に民主党の不正行為を糾弾しながらロシア捜査でのトランプ氏の違法勝つ非倫理的な所業を容認している(“Republicans are hall-of-fame hypocrites”; Washington Post: May 9, 2019)。民主主義の普及はアメリカの覇権の中核となる価値観である。現在進行中の中国との貿易戦争は大いに注目されているが、その勝敗の行方は世界秩序から見れば局地戦に過ぎない。これはロシアのセルゲイ・ラブロフ外相による、西側のリベラルな社会モデルは死滅しつつあり世界はもはやアメリカを信用していないという演説に典型的に表れている。 (“The New New World Order and the Russian Care Bear”; New American; April 15, 2019)。多くの同盟国が依然として対米関係を最重視しているとはいえ、トランプ政権によってアメリカへの信頼はますます損なわれている。そのことで世界の不安定化は進む一方である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 政治ブログ 国際政治・外交へ
にほんブログ村

 


国際政治・外交 ブログランキングへ

 

« 2019年4月 | トップページ

フォト

リンク先

にほんブログ村RANKING