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2019年8月 2日

アメリカ民主主義の劣化と世界の無秩序

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ロバート・ケーガン

 

リベラル世界秩序への最も重大な脅威は、専制諸国の挑戦が強まる一方で西側民主主義諸国が自分達の体制や価値観を信用しなくなっていることである。特にアメリカ民主主義の衰退は世界に大変な悪影響をもたらす。我々は民主主義が現在どのように衰退しているのかを理解し、この動向を覆す手段を考えてゆく必要がある。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は本年3月に刊行された“The strongmen strike back”と題する政策レポートで、専制諸国が突き付ける挑戦の根本的な問題を分析している。西側の専門家は従来からの専制国家を社会主義のような普遍的で一貫性のある理念がないとして過小評価するきらいがあるが、ケーガン氏はリベラル民主主義諸国にとってイデオロギーからも地政学からも脅威となっているのは権威主義そのものだと主張する。そうした状況下で西側は目下、ポピュリストという内なる課題に直面している。

 

ケーガン氏は歴史を通じて続くリベラル民主主義と権威的専制政治のイデオロギー戦争について語っている。彼の歴史的考察は今日の民主主義衰退を理解するうえでの鍵となる。古典的自由主義以前の世界では、人民は封建社会の強固なヒエラルヒーに支配されていた。 小作人は何世代にもわたって地主に隷属し、思想および宗教の自由は存在しなかった。啓蒙自由主義こそが個人を伝統的なヒエラルヒーと部族主義から解放した。フランス革命に対しては、ロシア、プロシア、オーストリアといった専制君主諸国は自由主義への反動で検閲と投獄を強化したので、建国したばかりのアメリカにとっては国家存亡にかかわる脅威となった。自由主義と権威主義のイデオロギー戦争は地政学戦争でもあった。そうした外部からの圧力とともに、自由民主主義が合理性に基づくにもかかわらず当時は非合理性という内部からの挑戦を経験していたことに私は言及したい。フランスでは革命後もボナパルティズムとブルボン王政が興亡を繰り返した。きわめて矛盾したことに、ナポレオン3世はメキシコに介入して権威主義の象徴そのものであるハプスブルグ家出身のマクシミリアン皇帝を擁立したが、最終的には失敗に終わった。また、アメリカは奴隷制度をめぐって国内の抗争があった。孤立主義外交は普遍的な価値観とは相容れないものだった。この矛盾が解決されたのは、ウィルソン的国際主義が台頭した時である。

 

初期の混乱はあったがリベラル民主主義は内外双方の難題を切り抜けた。ケーガン氏は専制諸国がどのように自壊したかを述べている。19世紀から20世紀初頭にかけて両世界大戦における枢軸国に代表される権威主義諸国は現実の戦争に敗れたのであってイデオロギー戦争に敗れたわけではない。従来からの権威主義が敗れ去った後、新たな強敵としてソ連共産主義が登場した。自由主義と同様に共産主義も普遍性と理性に基盤を置いている。ソ連の国力に恐怖と抑圧の効果的な活用もあって、共産主義は盤石に見えた。よってケーガン氏はジーン・カークパトリック氏による古典的論文“Dictatorships and Double Standards” (Commentary; November 1, 1979)を取り上げ、西側は従来からの専制国家を支援して全体主義的な共産主義勢力を封じ込めるべきで、それは前者の体制ならリベラル民主主義に移行可能だが後者の体制では不可能だと当時は考えられていたことに触れている。しかし実際にはケーガン氏が主張するように、共産主義はソ連指者層が西側を超越する物質的繁栄を達成できなかったために正当性を失った。しかし従来からの専制主義がポスト共産主義の時代には再び台頭してきた。ケーガン氏によれば、ロシアと中国は2000年代末までに以下の道筋で権威主義的な体制の強化を成し遂げている。ロシアではウラジーミル・プーチン大統領が自国の欧米とは違う「アジア的」な性格を訴えかけようと、ロシア正教会との帝政時代の伝統を復活させ、LGBTQおよびジェンダー平等をめぐる進歩主義の考え方を否定している一方で、中国は毛沢東思想から国家資本主義の国に変わった。それによって第三世界の専制諸国は人権および透明性ある統治をめぐって、西側の圧力に対する立場を強めた。権威主義への世界的な揺れ戻しは人類の相反する性質に由来する。ケーガン氏は我々が自由を希求する一方で、自分達の家族や国の安全が脅かされていると感じると独裁者に頼りかねないと述べている。外部からの挑戦がそれほど手強いなら、リベラル民主主義諸国は優位を維持できるだろうか?

 

 

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外部からの挑戦とともに、ケーガン氏は今日の西側民主主義諸国が直面している内部からの挑戦にも言及している。イデオロギー戦争においては、この側面はハードパワーによる地政学競争よりも重要である。ハンガリーのビクトル・オルバン首相は反リベラル主義の名の下に、白人キリスト教徒の伝統が非白人、非キリスト教徒で都市部コスモポリタンの価値観より優位にあるべきだと主張している。極右ポピュリズムはヨーロッパと北アメリカ一帯で台頭し、2018年にはイスラエルの有力知識人ヨラム・ハゾニー氏が自著“The Virtue of Nationalism”を理論的な基盤として普遍的な自由主義に対して諸国民が連携して抵抗するように呼び掛けている。アメリカでのトランプ現象は、そのような部族主義から来ている。保守派の中には普遍的な自然権に対してさえ異を唱え、アメリカはアングロ・サクソンでプロテスタントの伝統にのみ基づいた国であるべきだと主張している者もいる。非常に重要なことに、ケーガン氏は欧米のナショナリストの波及効果は非キリスト教諸国にもおよび、インドのヒンズー・ナショナリズムやトルコのイスラム主義の台頭につながっていると論評している。この点から見れば、トランプ大統領が今上天皇と安倍晋三首相との会談のため訪日した際に麻生太郎副首相がトランプ政権下のアメリカと緊密な関係にある日本は諸外国がやっかむほどの地位だと自慢した(「麻生氏、日本の地位は『諸外国やっかむほど』向上」;産経新聞;2019年5月26日)ことについて、私は嘆かわしく思っている。それが傲慢に聞こえるのは、民主主義の衰退に関する世界的な懸念への麻生氏の問題意識が低いうえに、こうした発言は他の自由主義諸国とアメリカでの超党派の外交政策エスタブリッシュメントへの侮辱になるからである。トランプ氏は2016年の選挙運動での日本はアメリカとの同盟関係にたかっているとの主張を蒸し返してきたが、それで麻生氏が自らの傲慢な発言を後悔したかどうかは私にはわからない (「日米安保、初対面から不満=安倍首相、トランプ氏との会話明かす」; 時事通信; 2019年7月3日)。

 

ケーガン氏は現在のアメリカ民主主義についてもさらに分析を進めている。アメリカの外交政策に関する議論はアメリカのアイデンティティとも関わり合っている。孤立主義への揺れ戻しが吹き荒れたのは、ウィルソン時代の後である。白人ナショナリズム、反移民運動、そして保護主義が強まった背景には、国民の間でアングロ・サクソンとプロテスタントの文化的伝統に固執する傾向が強まり、アメリカの建国基盤にあるリベラルな啓蒙思想の要素への反感が高まったことが挙げられる。今日ではそのようなナショナリスト保守派は反米的な指導者、特にウラジーミル・プーチン氏による欧州大西洋諸国はキリスト教的価値観や道徳的伝統といった西洋文明の基盤を取り戻して自由主義という普遍的な価値観を捨て去るべきだという主張に共鳴している。非常に興味深いことにケーガン氏は保守派の思想家、クリストファー・コールドウェル氏がアメリカ主導のリベラルな世界秩序に屈服しないロシアの独裁者を「全世界のポピュリスト保守派のヒーロー」だと主張していることに言及している。この点から言えば、アメリカ・ファーストはあまりに逆説的である。さらに問題となることに、全米民主主義基金のマーク・プラットナー氏が論ずるように主流派の中道右派政党が反リベラル民主主義の過激派に乗っ取られている。主流派の保守系議員が次々にオルタナ右翼に屈服するのも無理からぬことだ。ケーガン氏が2016年の選挙でクリントン陣営に加わる以前には、共和党と深くかかわっていたことを忘れてはならない。よって保守主義の変遷についての彼の分析は我々にとって重大な警鐘だと言える。さらに私はキリスト教のアイデンティティに固執する保守派の誤謬も指摘したい。アメリカの歴史には中世がないうえに、自国を旧世界の封建主義から解き放たれた存在と見なしている。しかしキリスト教国という考えは近代以前のものである。そのように退化的なイデオロギーで偉大な国など作り上げることは不可能で、ただ文明が後退して後発国になるだけである。

 

退化的な保守とともに、ケーガン氏は自由主義が今日では左翼からも激しい攻勢にさらされていると指摘する。現在の保守の多くが民主主義はナショナリズムに由来するもので自由主義ではないというハーゾニー氏の主張を信奉していることは、昨年12月にマイク・ポンペオ国務長官がブリュッセルのドイツ・マーシャル基金で行なった演説にも表れている("Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo's Ridiculous Brussels Speech)。トランプ政権が任命したリチャード・グレネル駐独大使は、プーチン氏と共鳴してヨーロッパのナショナリストを支援しているほどだ。そうした中で進歩派はリベラル資本主義とアメリカ帝国主義を攻撃するばかりで、反米的な独裁者への抵抗には意欲的でなかった。冷戦中には保守と反共リベラルが手を携え、そうした極左を押し退けた。しかし今日では権威主義に対する諸派連合はなく、他方で専制諸国の方はかつての共産主義同盟のように一枚岩ではない。しかしケーガン氏はリベラルな国と非リベラルな国の違いは一般に思われているよりも顕著で、前者では自然権が尊重されるが後者では尊重されないと論じている。そうした中で、私にはリベラル諸国は地政学に目が向くあまり、専制諸国に対する戦略では上手く足並みがそろっていないように思える。ヨーロッパはロシアに、日本は中国に目が向き、アメリカは要塞化した孤立主義に陥りつつある。リベラル民主主義諸国間の国内政治と同盟の内部分裂によって、世界はさらに不安定化しかねない。

 

リベラルな世界秩序ではアメリカの圧力への恐れから、独裁政権が挑発的な行動を躊躇するようになる。アメリカにはオフショア・バランサー以上の行動が求められている。アメリカのリーダーシップが不在の今、私はヨーロッパや日本のような民主主義同盟諸国が直面する問題に言及したい。現在、ブレグジットがヨーロッパを揺るがせている。独仏枢軸はヨーロッパ統合の中心ではあるが、IFRI(フランス国際問題研究所)が昨年4月に刊行した“Macron Diplomat: A New French Foreign Policy?”によれば、ヨーロッパ防衛に関してフランスは平和主義のドイツを必ずしも信用していない。自主独立のヨーロッパの実現にはそれほど困難を伴う。他方で日本はトランプ政権下のアメリカとの関係が比較的良好と見られているのは、地元インディアナ州が日系企業を数多く受け入れているマイク・ペンス副大統領を通じたチャンネルがあるためである。しかしペンス氏は本年3月にアメリカン・エンタープライズ研究所が主催したディック・チェイニー元副大統領との会談で、トランプ政権のアメリカ・ファーストという方針を擁護した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 1, 2019)。象徴的なことに、トランプ氏が貿易(“Trump takes dig at Japan for ‘substantial’ trade advantage and calls for more investment in US”; CNBC News; May 25, 2019)と防衛負担(“Trump muses privately about ending 'unfair' postwar U.S.-Japan defense pact”; Japan Times; June 25, 2019)をめぐって日本を批判した際に、ペンス氏はそれを止めなかった。ヨーロッパと違い、日本は特に中国をめぐってアジア近隣諸国と安全保障上の優先案件を必ずしも共有しているわけではない。アメリカでの政治的混乱で世界は不安定度を増している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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