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2021年1月 8日

アメリカは世界からの信頼をどのように回復すべきか?

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去る11月の大統領選挙は、アメリカ・ファーストを掲げたドナルド・トランプ氏の落選に終わった。外交政策は一般の有権者にとって優先事項ではなかったものの、トランプ氏の非リベラルでゼロサム志向、そして取引優先の孤立主義がきっぱりと拒絶されたのだ。しかし中道派のジョセフ・バイデン氏の当選は、世界の中でのアメリカの指導力の再強化への始めの一歩に過ぎない。大統領選挙に先んじて、レーガン政権期のジョージ・シュルツ元国務長官は国際社会からアメリカ外交に対する信頼を醸成するための指針を示している。最も重要なことにシュルツ氏はレーガン・ゴルバチョフ間のやり取りと現在のゼロサム外交との比較を通じ、外交における信頼の意味を模索している(“On Trust”; Foreign Service Journal; November 2020)。元長官は特定の大統領への批判は控えているものの、『ワシントン・ポスト』紙はその論文をトランプ政権への批判を暗示したものと受け止めている。

 

まずシュルツ氏は信頼に関して、個人的な友情と政府間の関係を明確に区別している。国家間の関係において信頼とは誠実性以上のもので、合意内容の実施に尽くすだけの意志が不可欠である。元長官はレーガン政権がソ連のミハイル・ゴルバチョフ議長も核兵器に関する懸念を共有し、共通の目的を引き受けて相互の合意を実施するうえで信頼に足る人物であることがわかった時を述懐している。『ワシントン・ポスト』紙の編集部はシュルツ氏が「この4年間はアメリカの対外関係はゼロサムのゲームであり、しかもそうしたゲームが各国指導者との個人的な関係に基づくと考えるような政権が外交を取り仕切り、それが国際的な不信感を高めている」と記した一文への注目を呼び掛けている(George Shultz, elder statesman, laments distrust of U.S. abroad under Trump administration”; Washington Post; October 31, 2020)のは、それによって意思決定のプロセスが一貫性を持てなくなり、政府が外交政策を実施する能力が制約されるようになったためである。大統領による突発的なツイッター投稿で事態はさらに悪化してしまった。

 

国際システムの変遷が経済、テクノロジー、パンデミックといった新たな課題によってもたらされたことに鑑みて、シュルツ氏はアメリカには巧みな外交とビジョンのあるリーダーシップを駆使して影響力を維持し、「自由で開かれた」世界を作り上げる必要があると主張する。さらにアメリカには歴史を自らの価値観と国益に適合させることが容易になるような戦略的思考が必要だとも述べている。しかし今のアメリカは外交努力に尽力するよりも軍事的脅迫に頼り、中国とロシアに対する第二次冷戦が近づく中で全世界的に反米感情を高めている有り様だ。

 

ジョセフ・バイデン氏は世界からの信頼をどのように再構築してゆくのだろうか? 国際世論はトランピズムには不満を抱いているが、バイデン氏の外交政策での優先課題が自分達の死活的利益と適合するかどうかを慎重に見極めようとしている。ヨーロッパ諸国と違ってアジア諸国は目の前にある中国の脅威を、気候変動、民主主義、人権などよりもはるかに重大な課題と受け止めている。バイデン氏が世界にどのようなビジョンを抱いているのか、彼自身の言葉から見てみよう(Why America Must Lead Again”; Foreign Affairs; March/April, 2020)。この論文の冒頭で、バイデン氏は高らかにトランプ流の孤立主義を打ち捨ててアメリカの指導力を回復し、中国やロシアなどの挑戦者を牽制すると謳い上げている。その論文から印象付けられることは、バイデン氏は自らの外交政策で地球温暖化、大量移民、パンデミックといった市民の健全な生活に関するグローバル問題を優先課題としているということだ。またトランプ氏が蔑視した民主主義の拡大についても、アメリカ外交の重要課題であると再確認している。これはアメリカと国際社会、中でもヨーロッパ同盟諸国との信頼の再構築には好ましいことである。

 

しかしそうした高尚な政策課題は多くのアジアおよび湾岸アラブ諸国にとって「贅沢」なもので、それぞれが中国やイランと予断を許さない地政学的な衝突で対峙する最前線にある現状ではあまり顧みられるものではない。バイデン氏の多国間主義や国際協調は、たとえトランプ氏の強硬姿勢がリアリティー・ショー並みでジョン・ボルトン氏から厳しく批判される代物であっても、こうした国々の敵国に対して妥協的に思われてしまう。またバイデン氏がアメリカの指導力回復を掲げようとも、実際には引き続き内政問題に忙殺されるとの懸念も根強い。実際に次期大統領は国内の民主主義再建を優先度の高い課題に挙げている。しかしそれを内政志向だととらえることはあまりに単純で、専制的な競争相手国はアメリカ国内での政治的な分裂を利用して世界の中での民主主義の理念を弱体化させようとしている。中でもロシアのウラジーミル・プーチン大統領は欧米諸国民への情報攪乱と極右への支援によって西欧リベラリズムの信頼を失墜させ、大西洋同盟の弱体化を謀っている。次期大統領が掲げる「中産階級のための外交政策」に関しては、米国民の生活の質を中国から守るために経済とテクノロジーの分野で妥協なき競争をしてゆくことが意図されている。よって、バイデン氏の外交政策をオバマ前大統領流の「国内再建」優先のハト派路線と同一視することは性急である。

 

バイデン氏の外交政策をさらに理解するために、次期政権の国務長官に指名されたアンソニー・ブリンケン氏とロバート・ケーガン氏が先の選挙の一年前に共同で寄稿した、トランプ氏のアメリカ・ファーストによって外交当局による予防外交と抑止の取り組みが水泡に帰してしまうと主張した論文を見てみよう(”‘America First’ is only making the world worse. Here’s a better approach.”; Washington Post; January 2, 2019)。アメリカの外交当局は、インドとパキスタン、イスラエルとアラブ諸国、中国と日本など地域大国同士の戦争を抑止し続けている。予防と抑止とは反対に、トランプ氏は特にロシアのクリミア併合に見られるような戦略的競合国の勢力範囲を認めてしまい、大国間の地政学的な競争にさらに拍車をかけてしまった。両専門家が言うように、アメリカの有権者は「適切な権限を与えられればアメリカの外交当局は数兆ドルの予算節約と数千人の人命救済ができるが、さもなければまだ危機が対処可能な段階で問題を見過ごして後で高くついてしまうことになるだろう」ということを知っておくべきである。ブリンケン氏とケーガン氏が主張する外交ならば、アメリカが国際世論からの信頼を回復するために一役買えるであろう。

 

最後にアメリカと国際社会の信頼関係は、相手が友好国であれ対立国であれ相互で成り立つものだということを銘記すべきである。アナス・フォー・ラスムセン元NATO事務総長はヨーロッパからの視点として、アメリカは民主主義世界への関与を再保証する必要があるとする一方で、ヨーロッパ同盟諸国は国際安全保障での責任をもっと積極的に引き受け、アメリカの有権者の左右双方にある被害者意識からの孤立主義の気運を刺激しないようにすべきだと語っている(“A New Way to Lead the Free World”; Wall Street Journal; December 15, 2020)。シュルツ氏が自身の論文で掲げる信頼の概念は、アメリカと全世界の同盟国の双方にとって重要である。またトランプ氏が品性に欠ける発言をし続けたために、アメリカにとって最も重要なパートナーとなる国々との信頼が損なわれたことも忘れてはならない。嘆かわしいことにトランプ・リパブリカンの人達はこれをスタイル問題に過ぎないと言って軽視している。彼らはレーガン・リパブリカンのシュルツ氏とは全く対照的で、驚くほど無知である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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