アジア人差別と日本人の国際問題意識
一昨年12月に中国の武漢で発生したコロナ禍を機に欧米でのアジア人差別が激化した事態を受け、アメリカではバイデン政権が去る5月20日にコロナ反憎悪法案に署名した(”Here's What The New Hate Crimes Law Aims To Do As Attacks On Asian Americans Rise”; NPR; May 20, 2021)。だが我々はそれがパンデミックに対する不安よりも根深いものであることを忘れてはならない。その背景にはブレグジットやトランプ現象に見られるような、反グローバル化や国内の政治的分断がある。何と言っても、黒人、イスラム教徒、ユダヤ人、メキシコ人、その他難民などへの差別や暴力が激化している状況下で、日本人や他の東アジア諸国民には被害が及ばないということは考え難い。
これまでに当ブログにてロシアによる欧米極右への支援について再三にわたり述べてきた私の視点からすれば、やっと日本の言論界や一般国民がコロナ禍を契機に白人キリスト教ナショナリズムの脅威に目覚めたことは遅きに失したと思われる。欧州大西洋圏での極右ポピュリズムは東欧からイタリアを席巻し、やがては西側同盟の本丸である英米に及んだ。非常に奇妙なことに、こうした極右政治家の頭目とも言うべきプーチン、トランプ、ファラージ諸氏は実際にはレイシストではないと擁護する声もある。確かに彼らにも非白人、非キリスト教徒の友人もいるかも知れない。しかしある人物が内心ではどこまでレイシストなのかという内面の問題は、心理学者でもないとわかりにくい。むしろ政治観測および分析の観点からは、彼らに代表される極右政治家達が大衆の間に残るレイシズム感情を自分達の政治目的のために利用していることの悪質性に着目すべきである。
極右政治家が社会的分断と不安を煽って自分達の政治的目的を最大限に達成しようとしているとこは、周知の通りである。レイシズムは大衆扇動に「好都合な道具」に過ぎない。その典型例がロシアのウラジーミル・プーチン大統領で、ロシア正教会との伝統的な関係による国家統治とイスラム過激派に対する強硬姿勢は、欧米の白人キリスト教ナショナリストと文化的な親和性が非常に高い。そしてトランプ氏が落選してもなお、本年4月にセルゲイ・ラブロフ外相はアメリカでの白人に対する逆差別に懸念を表明して揺さぶりをかけている(”Russia Warns of Anti-White 'Aggression' in U.S.”; Moscow Times; April 1, 2021)。だが欧米における極右ポピュリズムは国内政治から台頭してきたもので、プーチン氏が作り上げたものではない。何と言ってもプーチン氏が欧米のホワイト・トラッシュに共感を抱くとは考え難い。クレムリンの欧米極右支援は、地政学とイデオロギーの双方で西側民主主義の内部分裂と弱体化を謀る非対称戦争である。
実際にプーチン氏は人種にもイデオロギーにも拘泥はしない。欧米では極右を支援しながら対米地政学の観点からラテン・アメリカではキューバやベネズエラ、中東ではバース党政権下のシリアといった社会主義国を支援している。また、イギリスのEU離脱投票では極右支援の投票介入を行ないながら、スコットランドの独立をめぐっては左翼を支援している。ここで銘記すべきことは、旧ソ連自体が世界の共産主義の指導的役割を自任しながらリベラル民主主義の弱体化のために欧米の極右も支援していたということである。プーチン氏はそうした政治工作で重要な役割を担った旧KGB出身である。
これに対しドナルド・トランプ前米大統領は国内政治に於いて世論の分断を煽って自分の岩盤支持層を高揚させるために、レイシズムを利用した。2016年の大統領選挙ではメキシコ人をはじめ、移民への差別感情を顕わにした。大統領就任後もシャーロッツビル暴動で白人至上主義者による暴力行為を非難しなかった。それどころか2020年大統領選挙の討論会ではレイシスト団体プラウド・ボーイズへの暴動扇動と受け取られかねない発言をし、司会を務めた保守系FOXニュースのクリス・ウォラス氏をも驚愕させた。さらに大統領退任を前にした1・6暴動への教唆はあまりに悪質だったので、ツイッター社はトランプ氏のアカウントを停止したほどである。ナイジェル・ファラージ氏がブレグジット運動を主導したUKIP(英国独立党)は後にレイシスト化、特に反イスラム化を強め、やがてはファラージ氏自身が離党するほどになった。国民の分断を煽る反グローバル主義の右翼政党の支持層とは、このようなものだ。
上記のような欧米極右の動向からすれば、コロナ禍がなくてもアジア人差別の爆発は必然的であった。非常に奇妙なことに、いわゆる「和製トランプ支持者」達はアジア人への攻撃は白人よりもむしろ黒人からなされていると言い張る。だがこれは社会的分断による人種間の憎悪感情激化が原因なので、彼らの主張には全く意味がない。日本人全体の傾向として、欧州大西洋圏についてブレグジットの経済的影響などビジネスに関する事柄には敏感だが、本題のように文化や宗教に安全保障問題まで複雑に絡み合った問題にはそこまでの関心を向けていない。いずれにせよアジア人差別の問題では、目先の事象に対する不安感から被害者意識で物事を考えてはならない。それでは白人労働者階級を中心とした、極右に魅せられた人達と同等の思考様式に陥ってしまうだろう。
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