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2021年10月26日

アフガニスタン撤退と西側の自己敗北主義

Afghan-withdrawal

 

 

昨年11月のアメリカ大統領選挙でジョセフ・バイデン氏がドナルド・トランプ氏を破り、世界は喜びにあふれた。西側同盟の一体性は、G7カービスベイとNATOブリュッセル首脳会議で確認された。また、バイデン氏はNATOで指導力を発揮し、4月にはロシアのウクライナ侵攻を阻止した。しかしアフガニスタンからの米軍撤退とそれに続く現地の混乱により、バイデン政権への国際社会からの信頼は損なわれた。トランプ氏はこの機を逃さずバイデン氏を非難したが、タリバンと早期撤退の取り決めを行なったのは彼自身である。

 

忘れてはならぬことに、トランプ・リパブリカンはバイデン氏のものよりはるかに早く機嫌を設定したトランプ氏の撤退スケジュールを支持したのである。その一例としてイボ・ダードラー元駐NATO大使は、ミッチ・マコネル上院議員がバイデン氏の撤退を非難しながらも自身はアフガニスタンへの駐留継続に反対であったことを批判している 。

 

 

ケビン・マッカーシー下院議員からジェフ・バン・ドリュー下院議員にいたる他のトランプ・リパブリカンも大なり小なりマコネル氏同様に偽善的である。何よりも、トランプ氏自身が自身のサイトで撤退を支持する発言を削除した。

 

 

 

 

よってアメリカ国内の政治的衝突にはバランスの取れた視点が必要である。

 

西側の自己敗北主義については多くの主張が飛び交っている。そうした議論のいくつかに反論したい。アメリカのアフガニスタン攻撃を批判する者は、帝国的なオーバーストレッチ、あるいは9・11同時多発テロに対して怒りに任せた過剰反応だと言う。だがこれは批判のための批判でしかない。アメリカ本土への攻撃は西側民主主義への攻撃であり、彼らの極悪犯罪に難の行動も起こさなければ世界の安全はもっと損なわれていただろう。外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、反戦主義者の主張には以下のように反論している。

 

 

 

 

他にも西欧啓蒙思想とリベラリズムの普遍性を否定し、タリバンの宗教的狂信主義による暴虐な統治を正当化する者さえいる。イスラムの伝統もさることながら、彼らは複雑な民族宗派および部族的背景を抱えたアフガニスタンの歴史にまで言及し、西側が擁立した近代的なネーション・ステートを否定している。しかしタリバンによる統治はパシュトゥン人のイスラム過激派による権力独占に見られるように、より中央集権的で多様性に欠けている。よって都市部の住民と違い地方の住民はタリバンの方を支持しているという論調は、全くの間違いである。またタリバンによって、9・11同時多発テロ以前には彼らの盟友であったアル・カイダや、米軍撤退後には彼らの敵となるIS―Kに見られるような国外の過激派がこの国に入り込むようになっている。

 

上記のようにテロとの戦いに反対する見解には、反西欧主義と第三世界の独裁者やテロリストへの偏った好意に満ち溢れている。カルザイ政権とガニ政権の統治は、メディアが両政権の腐敗ぶりを報道するほどは悪くなかった。フリーダム・ハウスによると、米軍侵攻以降は市民の自由に関する指標が最低の7から5に上がっている。また、女児の就学率はほとんどゼロだった2001年から、2018年には小学校で83%、中高等学校では40%にまで上昇した。さらに目を惹くものは一人当たりのGNIで、2001年の$820から2019年には$2,229に跳ね上がった。他方でアフガニスタン政府はケシ栽培面積と民間死傷者数を抑制できなかった(“The Legacy of the U.S. War in Afghanistan in Nine Graphics”; Council on Foreign relations; August 17, 2021)。

 

上記のような親西欧政権の成功面に鑑みれば、アメリカが党派にかかわらず撤退を決定したのはなぜか理解する必要がある。それによる混乱と地政学的な力の真空は容易に見通せるだけに。アメリカは自国の国益のためにアフガニスタンを見捨てたとの声もある。しかしそれをどのように、しかも誰が決めるのか?アフガニスタンでの長い戦争には超党派の厭戦気運が漂ってはいたが、ヨーロッパ政策分析センターのカート・ボルカー氏は「アメリカの軍事および外交を司る最上層部の高官達はこの10年間で一貫して、有力政治家達には米軍撤退によってアフガニスタン政府の崩壊、人道的な被害、そして敗北したアメリカによる同盟国見捨てという認識がもたらされるだろうとのブリーフィングを行なってきた」と論評している(“Afghanistan’s End Portends a Darker U.S. Future”; CEPA; August 13, 2021)。アフガニスタンに関し、トランプ氏もバイデン氏もどれほど外交政策エスタブリッシュメントを疎外して左右のポピュリストから歓心を買おうとしたかをボルカー氏は語っているのだ。

 

上記の見解はアメリカを代表する外交政策形成者達の間で共有されている。しかしバイデン氏が彼らの批判に妥協しない理由は、有権者がアフガニスタンでの「長い戦争」への厭戦気運にあり、彼自身も内政問題と中国との戦略的競合に優先順位を置くようになったためである(“Here's Why Biden Is Sticking With The U.S. Exit From Afghanistan”; NPR News; August 14, 2021)。コンドリーザ・ライス元国家安全保障担当補佐官はバイデン氏はアフガニスタン国民のネーション・ビルディングをもっと暖かく見守るべきだった、そして世界からのアメリカへの信頼回復のためにもウクライナ、イラク、そして台湾への関与を強化すべきだと論評している。またアメリカの有権者にはアフガニスタンの戦争が常軌を逸して長かったわけではなく、朝鮮戦争は今も形式的には続いていると説いている (“Condoleezza Rice: The Afghan people didn’t choose the Taliban. They fought and died alongside us.”; Washington Post; August 17, 2021)。

 

軍事戦略の観点からは、アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン氏がバイデン氏はトランプ氏がタリバンと成した合意を破棄することもできたのに、そうしなかったと評している(“Biden could have stopped the Taliban. He chose not to.”; AEI ; August 14, 2021)。外交問題評議会のマックス・ブート氏も同様に、トランプ氏の偽善とバイデン氏のタリバン進撃に対する鈍い対応を批判している(“The Biden administration’s response to the Taliban offensive is delusional”; Washington Post; August 12, 2021 および “Trump & Co. engineered the pullout from Afghanistan. Now they criticize it.”; Washington Post; August 19, 2021)。2020年にタリバンとトランプ政権双方の間では、テロリストにアフガニスタンをアメリカ本土への攻撃に使用させないとの合意が結ばれた。しかしIS-Kに見られるように他の過激派によるテロ攻撃が、タリバン統治下のこの国で再び強まっている。さらに合意に従うことなくガニ政権との和平交渉を進めなかったばかりか、彼らは前政権をカブールから追放した(“U.S.-Taliban Peace Deal: What to Know”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。多くの専門家達が言うようにトランプ氏はガニ氏に圧力をかけ、タリバンの捕虜5千人解放と引き換えに3ヶ月の停戦交渉を行なうように仕向けた。バイデン氏はその合意を破棄せず、アメリカの同盟国は見捨てられることになった。

 

今回の撤退計画にはバイデン政権内からも異論があった。ボブ・ウッドワード氏とロバート・コスタ氏の近著『Peril』によると、アンソニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官は大統領に性急な撤退はしないようにと訴えたが、それは聞き入れられなかった(“Biden ignored Austin, Blinken warnings on Afghanistan withdrawal: Woodward book”; Hill; September 15, 2021)。また上院軍事委員会ではマーク・ミリー統合参謀本部議長とケネス・マッケンジー中央軍司令官が、トランプ氏もバイデン氏も同じ「戦略的失敗」を犯し、タリバンがアフガニスタン政府を相手にあれほど早く成し遂げたカブール制圧を阻止するために最低でも2,500人の地上兵力を残しておかなかったと証言した(“Military leaders, refusing to fault Biden, say troop withdrawal ensured Afghanistan’s collapse”; Washington Post; September 28, 2021)。

 

明らかにバイデン氏とトランプ氏は国家安全保障政策に関わってきた者達を脇に追いやった。ここで国際社会からの批判を代表して、イギリスのトニー・ブレア元首相の見解を取り上げたい。ブレア氏がアフガニスタン撤退に反論した理由は、その決定が戦略的な考慮よりも内政事情に基づいてなされたからである。さらに優先順位を間違えば 、西側民主主義諸国はイスラム過激派の脅威に対して脆弱になり、それによって中国とロシアを勢いづけてしまうと主張する(“Why We Must Not Abandon the People of Afghanistan – For Their Sakes and Ours”; Tony Blair Institute for Global Change; 21 August, 2021)。そのようにアメリカ国内の孤立主義気運で左右双方から外交政策エスタブリッシュメントが足を引っ張られる事態に鑑みて、ブレア氏はヨーロッパとNATOは自主防衛行動のための能力を高めて西側民主主義を守り抜かねばならないと説いている(Speech at the RUSI; 6 September, 2021)。非常に重要なことにブレア氏が言う自主防衛とは普遍的価値観に基づいていて、日本の靖国ナショナリストのようなリビジョニストの発想はない。

 

歴史的に見てアメリカ人は自国が国際的な危機にみまわれた時には熱しやすいが、それが過ぎると冷めやすいことは第一次世界大戦のルジタニア号事件に見られる通りであるとブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は言う。ドイツを破ってしまえば、米国民は世界と関わる熱意など失ってしまった。当時と同様にアメリカ人は9・11同時多発テロに怒り心頭であったが、テロ被害からの世界秩序の再建などは欲していなかった。彼らがテロとの戦いを熱心に支持した時には次のテロ攻撃への恐怖に駆られていた。しかし長い戦争を最中で有権者達が次のテロ攻撃はないものと感じるようになると彼らは戦争に懐疑的になり、それどころか国家安全保障エリートによる陰謀を疑うようにさえなった。それが厭戦気運の現実である “It wasn’t hubris that drove America into Afghanistan. It was fear.”; Washington Post; August 26, 2021)。ケーガン氏の見解からすれば、当時のイスラム教徒差別が激化した理由は、コロナ危機以降のアジア人差別の激化と同様だと理解できる。また外交政策エスタブリッシュメントがウィルソニアンのビジョンを追求した一方で、有権者はジェファソニアンあるいはハミルトニアンの本能を維持し続けた。ジャクソニアンどころかデビソニアンとさえ見られているトランプ氏は2016年に、この機を逃さなかった。バイデン氏はトランプ前大統領から政権を奪取したものの、このような状況を覆すだけの意志も能力も持ち合わせていない。

 

大統領選挙直前に開催されたあるウェビナー会議では、日本を代表する専門家達によってバイデン氏が提唱する「中産階級のために外交政策」の意味が議論されていたが、遺憾にも私は彼のキャッチフレーズを軽く見てしまった。それは外交政策エスタブリッシュメントがトランプ氏の再選を怖れ、殆ど一致してバイデン氏を支持していたことが主な理由である。またトランプ氏は在任中にロシアのウラジーミル・プーチン大統領と歩調を合わせるかのようにアメリカ民主主義の評判を落とす言動さえとったので、トランプ政権下でロシア問題担当補佐官を務めたフィオナ・ヒル氏はトランプ氏がロシア以上に国家安全保障上の脅威になると述べている(“Trump is a bigger threat to the US than Russia: Former foreign policy expert”; Raw Story, October 10, 2021)。上記の観点から、私は左右の枠を超えたウィルソニアンの専門家達によるバイデン氏への熱心な支持に強く印象づけられていた。さらにバイデン陣営は上院外交委員会でジョン・マケイン氏と超党派で問題に取り組む写真を頻繁に流した。しかしバイデン氏はバイデン氏であって、マケイン氏ではないことに私は気付くべきであった。

 

急な撤退はヨーロッパの同盟諸国を驚かせた一方で日本国民がアメリカの敗北主義をある程度は受容している背景には、アメリカが戦略的な重点を中国に振り向けることを切望しているという事情もあるが、それが可能になるためには中東の安定が必要である。今や中国は一帯一路構想に見られるように、東アジアの大国にとどまらない。実際に中国はCPEC(中パ経済回廊)を通じてアフ・パック地域で力の真空を埋めようとしていて、インドがそれに警戒感を抱いている。これはインド太平洋地域での対中戦略パートナーシップとなるクォッドの信頼性にも関わる重要な点である。インドの地政学戦略家、ブラーマ・チェラニー氏は『日経アジア』紙への投稿に際して以下のようにツイートしている(“Biden's Afghanistan fiasco is a disaster for Asia”; Nikkei Asia; August 30, 2021)。

 

 

 

 

 

留意すべきことに、H・R・マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官は2017年の国防戦略作成でテロとの戦いから中国とロシアを相手にした大国間の競合に政策の重点を移したが、それでも今回の撤退には強く反対している。

 

地政学と戦場の状況に加えて、タリバンとの対話が可能なのか考え直すべきだ。数年前にロバート・ケーガン氏は、トランプ氏がジャマル・カショギ氏殺害で全世界から非難されていたサウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子と緊密な関係にあることを批判していた。問題点は独裁者はどれほど改革的に見えても、本質的に圧政志向であるということだ(“The myth of the modernizing dictator”; Washington Post; October 24, 2018)。タリバンに関しては人道的な問題での外交交渉なら有り得るが、彼らが穏健になったように見えるというだけで正当性を認めるべきではない。マクマスター氏は西側が引き下がる時にタリバンと対話を行なうことが無意味なことは、カブールを奪取した彼らの慢心ぶりを見ての通りだと述べている(“H.R. McMaster Warns Against 'Self-Delusion' That Afghanistan Withdrawal Means War's End”; News Week; August 21, 2021)。

 

我々はアメリカばかりかヨーロッパからアジアに至る国際社会で、これほど多くの戦略家達がトランプ・バイデン両政権の撤退に異を唱えていることに留意すべきである。西側民主主義が中世の野蛮に蹂躙されても黙認するような、無責任な歴史観測者であってはならない。バイデン政権と国際的なステークホルダー達が撤退による混乱を鎮めるため、アフガニスタンに何をするのかを責任をもって見守って行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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