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2022年5月11日

エマニュエル・トッド氏のロシア観に異論

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フランスの高名な歴史学者、エマニュエル・トッド氏が5月6日放映のNHK『ニュース・ウォッチ9』のインタビューで、ウクライナで現在進行中の戦争とそれがロシアに与える影響について応えた。トッド氏がインタビューで答えたいくつかの要点の内で私が聞いて違和感を覚えたことは、ロシアはもはや欧米にとって深刻な脅威でなくなったが、それはこの戦争で呆れるばかりのロシア軍の弱体ぶりが露呈したからだという見解である。

 

軍事的に弱いからといって、該当のアクターが国家であれ非国家であれ、それがもたらす脅威が無視できるとまでは必ずしも言えない。典型的な例では、イスラム・テロリストは実際の軍事力という観点からはあまりに弱小だが、彼らが欧米に対して抱く憎悪と怨念を考慮すれば、そうした脅威が国際社会に及ぼす影響は恐るべく巨大なものである。実際に、そのような憎悪と怨念が9・11同時多発テロを引き起こしたのである。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も同様に、ウクライナでの「特別軍事作戦」の開始に当たって西側に対する悪意と憎悪に満ちた情念に突き動かされている。ロシアが深刻な脅威でないなら、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟を申請する理由がない。

 

ロシアの脅威が重大な理由には、以下の観点が挙げられる。第一にロシア軍が非戦闘員も含めた敵国に対する敵対性と残虐性は国際社会を震撼させたが、それは彼らが戦場で見せた規律に欠けてプロとは呼べない行為と相互関連がある。彼らが戦争に付随して行なった殺戮、拷問、強奪、そしてレイプは、戦闘におけるロジステック、コミュニケーション、訓練、指揮命令系統、そして戦術の不手際と表裏一体である。すなわち、ロシア軍は今世紀においてあまりに野蛮で、近代化も不充分である。メディアではしばしば、ロシアの行動と戦略は第二次世界大戦のスタイルだと語られている。しかし私の目には、彼らは中世のモンゴル軍並みに前近代的で、ウクライナには「タタールの軛」を暴虐的に押し付けているように見える。逆説的なことに、ロシアは弱いからこそ大変な脅威なのである。

 

第二に、プーチン氏は核兵器による威嚇を躊躇しないので、それではMADの基本的な前提条件が成り立たなくなる。それによってグローバルな核軍備管理体制も揺らぐ。その結果、北朝鮮のように好戦的で専制的な核拡散国が強気になりかねない。さらにロシアに脅迫で西側のウクライナ支援が抑止されるようなら、中国が核先制不使用戦略を転換しかねない。ロシアの通常戦力はあまりに弱く組織化も遅れているので、最終的には核、生物、化学兵器に依存せざるを得なくなるかも知れない。再び言わせてもらえば、ロシアは弱いからこそ大変な脅威なのである。

 

第三に、ロシアはヨーロッパとアメリカの選挙に介入し、西側民主主義の弱体化と破壊を謀った。これは西側に対するハイブリッド戦争である。クレムリンは反グローバル主義の群衆が極右の候補者や争点を通すような投票をけしかけている。特にブレグジットとトランプ現象は国際社会を驚愕させた。他方でロシアは極左の反乱もけしかけているが、それは彼らもグローバル主義をかざす西側のエスタブリッシュメントに憤慨しているからである。ヨーロッパ人として、トッド氏は西側の内政へのロシアの影響力浸透がもたらす脅威をよく理解できる立場にある。先のフランス大統領選挙ではマリーヌ・ル=ペン氏がエマニュエル・マクロン氏に敗北したものの、徐々に地盤を固めている。

 

最後に、ロシアによるウクライナ攻撃は国際的なルールと規範に対する重大な挑戦である。大西洋憲章にも謳われているように「領土の変更は、関係国の国民の意思に反して領土を変更しないこと」 となっているが、それは国連の基本的な原則となっている。ロシア軍が近代的な国際関係の行動規範となっている国家主権の尊重を遵守しない理由は、彼らが非常に前近代的だからである。我々国際社会の市民は、本稿で記された諸々の観点からロシアが平和の破壊者であることをしっかり認識すべきである。弱い敵は強い敵に劣らず重大な脅威となるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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