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2022年7月 7日

イギリスはインドを西側に引き込めるか?

Johnson-modi-2022

 

 

ウクライナの戦争によって、世界は西側民主主義陣営と中露専制国家陣営に真っ二つに分かれてしまった。しかしジョセフ・バイデン米大統領主催の民主主義サミットに招待された民主主義国家の中には中立の立場を保ち、2月の国連安全保障理事会でも4月の国連人権理事会でもロシアのウクライナ侵攻への非難決議を棄権した国もある。そうした国々の中でもインドは冷戦期よりパキスタンへの対抗の必要もあり、ロシアとは長く深い関係にある。よってインドに西側の対露制裁参加を期待することは、現時点では非現実的である。

 

他方でインドは911同時多発テロ攻撃を機に、アメリカとの安全保障上のパートナーシップを深めてきた。現在、インドは中国の海洋進出に対抗し、FOIP推進のためにクォッドに加盟している。よって西側民主主義陣営はインドを自分達の側に引き寄せる戦略的必須性がある。この目的のためには、長期的な観点から国防および経済でのインセンティブを与える必要がある。中露枢軸と西側同盟の間で繰り広げられる21世紀の冷戦は、ロシア・ウクライナ戦争に留まらなくなるだろう。5月24日のクォッド東京首脳会談に先んじて、イギリスはインドといくつかの合意に至った。ボリス・ジョンソン英首相は4月22日のインド訪問でナレンドラ・モディ首相と会談し、経済、安全保障、気候変動などに関して両国の戦略的パートナーシップの拡大を話し合った(“PM: UK-India partnership ‘brings security and prosperity for our people’”; GOV.UK; 22 April, 2022)。多くの議題の中で最も本題と関わるものは、インドの次期戦闘機開発計画へのイギリスの支援である(“UK, India promise partnership on new fighter jet technology”; Defense News; April 22, 2022)。

 

イギリスとの合意以前に、インドはロシアのスホイ57に基づいて設計されたFGFA計画を破棄した。実のところ元になるスホイのステルス戦闘機の開発でロシアが資金と技術上の問題を抱えてしまったこともあり、この計画は遅延を重ねたばかりか経費もあまりに高くなってしまった(“$8.63-billion advanced fighter aircraft project with Russia put on ice”; Business Standard; April 20, 2018)。非常に重要なことにインドはロシアが設計した原型機に不満で、エンジン、ステルス性、、兵器搭載能力について40項目もの改善を求めた(“India and Russia Fail to Resolve Dispute Over Fifth Generation Fighter Jet”; Diplomat; January 06, 2016)。この戦闘機の運用実績も、こうした懸念を裏付けているように思われる。スホイ57は2018年にシリアで戦場にデビューした(“Russia's most advanced fighter arrives in Syria”; CNN; February 24, 2018)のだが、不思議にもウクライナのように防空網が強固な空域での航空優勢の確立にこそ必要なはずのステルス戦闘機をロシアは渋っているようである(”Russia's much-touted Su-57 stealth fighter jet doesn't appear to be showing up in Ukraine”; Business Insider; Jun 14, 2022)。

 

ロシアの軍事産業は1980年代までは西側の軍事産業にとって手強い競争相手であった。しかし彼らの技術的な強みはハードウェアにあってもソフトウェアにはない。一例を挙げると、西側は1989年パリ航空ショーでスホイ27が披露した「プガチョフのコブラ」飛行によってロシア製戦闘機の航空力学のレベルに驚愕した。しかしコンピューター・エレクトロニクスと情報テクノロジーの進歩によって運動性よりもアビオニクス(航空電子機器)の重要性が増し、それによって西側はロシアに対する優位を強めた。ソ連崩壊が間近に迫った1990年代初頭に、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授はロシアの製造業について「スターリン型経済モデルは比較的洗練度の低い技術を習得し、基本的な製品の大量生産を行なううえでは成功だった。・・・・しかし最大の問題は、ソ連の中央計画経済では変化の速い今日の情報化が進んだ経済に柔軟に対応できない。・・・・情報化が進んだ経済では広く共有され自由に流れる情報がないと、最大限の利益を得られない」(“Bound to Lead”; Chapter 4, p. 120~121; 1990)と記している。エリツィン時代からプーチン時代を経てもロシアは依然として、このソ連時代からの古い問題を解決できていない。ウラジーミル・プーチン大統領が自らを、この国の近代化と啓蒙化で成功を収めたピョートル大帝と並べようとは笑止千万である。

 

現在、イギリスはトルコのTAI社TF-Xや日本の三菱重工F-3など、主要な地域大国の国産時期ステルス戦闘機開発に技術支援を行なっている。これらの計画はイギリスのテンペスト計画と並行して進みながら、技術移入国は研究開発で自国独自の立場を維持できる。モディ政権は「メイク・イン・インディア」政策で製造業の強化を図っているので、イギリスの申し出はインドにとって好都合だろう。他の欧米諸国ではアメリカとフランスが大々的な輸出キャンペーンを行なっているが、イギリスはインドが中国のJ-20およびJ-31に対抗するためのステルス戦闘機計画を開発段階から支援しようとしている (“India bolsters arms ties with West to sever Russian dependence”; Nikkei Asia; June 17, 2022)。歴史的にイギリスは帝国の全てを直接統治したわけではなく、一部では現地有力者によるある程度の一種の自治を認めた。こうした帝国時代から根差した技は、イギリスの国防関係者達がトルコ、日本、インドのステルス戦闘機計画に関わるうえで役立つであろう。

 

テンペストの研究開発を主導するBAEシステムズはアメリカの先端兵器システムへのハイテク部品供給で上位に入るほどで、技術的に世界で最も競争の厳しい防衛市場でも成功している。このことはイギリスの防衛技術がロシアのものよりはるかに信頼性があることを意味する。ウクライナの戦争では西側の優位が印象付けられている。ロシアは多数の精密誘導ミサイルを発射したが、西側のものと違って60%は標的を外している(“Exclusive: U.S. assesses up to 60% failure rate for some Russian missiles, officials say”; Reuters; March 26, 2022)。驚くべきことに、ロシア製ミサイルの攻撃は素人のキャッチボールの投球よりもノーコンなのだ。制裁によってロシアと欧米の産業技術の差は、ますます開くだろう。中国は二次制裁を怖れて制裁対象となる技術をロシアに供給しないだろう(“Russia's economy in for a bumpy ride as sanctions bite”; BBC News; 15 June, 2022)。ロシア製兵器体系は西側のものよりも低価格で、メンテナンス作業も少なくて済む。しかし現在のインドは西側の兵器を配備できるほど豊かで強くなり、それによって究極的にはロシアへの依存は低下するであろう。

 

イギリスによるインドのステルス戦闘機計画への関与は、この国のインド太平洋戦略とも関わっている。ロシアのウクライナ侵攻を前にした昨年、イギリス首相官邸は『競争激化する時代のグローバル・ブリテン』(“Global Britain in a competitive age”)を刊行し、イギリスの外交および安全保障政策でインド太平洋地域への「傾倒」(tilt)が欧州大西洋の域内とどのように強固に結びついているか記している。そこではロシアが最大の脅威とされた一方で、中国、インド、日本が各々の特性からインド太平洋地域での戦略的な中核とされている。上記3ヶ国の内、イギリスは中国を自国の経済安全保障に対する「最大の国家的脅威」を突き付け、さらに自らの安全保障、繁栄、価値観に「体系的に反発」してくる権威主義国家だと見做している。他方でインドについては「世界最大の民主主義国家」かつ「国際社会で重要度を増すアクター」で、この地域でイギリスの重要なパートナーとなっているアメリカ、日本、オーストラリアとは安全保障、経済、環境問題での協力を推し進めてゆくべき国だと認識されている(“Understanding the UK's ‘tilt’ towards the Indo-Pacific”; IISS Analysis; 15 April, 2021)。

 

この”tilt”はブレグジット後のイギリスが、インド太平洋地域との安全保障および経済的関与の深化、中国の脅威の抑制、成長著しい当地域での市場開拓を通じて国際的地位を強化することを目的としている。それはイギリスでも政府、財界、シンクタンクといった官民挙げての様々なアクターから支持されている。また、域内のステークホルダーからも”tilt”は歓迎されている(“What is behind the UK’s new ‘Indo-Pacific tilt’?”; LSE International Relations Blog; October 6, 2021)。そうした“tilt”における英印パートナーシップに関して、ロンドン大学キングス・カレッジのティム・ウィリアジー=ウィルジー客員教授が同校の国防専門家達による共同論集で以下のように言及している(“The Integrated Review in Context: A Strategy Fit for the 2020s?”; King’s College London; July 2021)。基本的な点は、両国の戦略的パートナーシップを二国間と多国間の関係から観測すべきということだ。後者にはクォッド・プラス、AUKUS、その他域内での安全保障ないし経済での枠組が含まれる。歴史的にインドはイギリスが植民地時代から独立時にかけて国民会議派よりもパキスタンのムスリム同盟の方に好意的であったとして、親パキスタンだと見なしてきた。またパキスタンは中東におけるイギリス主導の反共軍事同盟、CENTOにも加盟していた。しかしタリバンがアフガニスタンでのNATOの作戦を妨害するにおよんで、イギリスはパキスタンよりもインドとの関係を強化するようになった。現在ではイギリスはインドにファイブ・アイズへの加盟さえ招請している。FGFA計画が頓挫した時期に、イギリスは国防装備調達と諜報の両面からインドを西側に引き込もうとしている。現在はロシアのウクライナ侵攻をめぐって両国の見解に隔たりはあるものの、そうした動きは長期的に見ればこの国をクレムリンから引き離すうえで役立つであろう。

 

そうした中で、ヒンドゥー・ナショナリズムはインドがイギリスおよび他の西側諸国との戦略的パートナーシップへの致命的な障害になりかねない。ともかく我々はインドが世界最大の民主主義国であるという前提を再検討する必要がある。2021年のフリーダム・ハウス指標によると、インドは先進民主主義諸国ほど自由でも民主的でもない。政治的な権利に関しては、インドはイギリスの政治制度を引き継いだものの、議会では民族宗派上のマイノリティーを代表する議席は充分でない。市民の自由のスコアはさらに悪い。モディ現首相は、ケンブリッジとオックスフォード両校出身でシーク教徒のマンモハン・シン前首相と比べると報道の自由への敵対度が高い。また多数派のヒンドゥー教徒がモディ氏のBJPが掲げる方針に沿って攻撃的な反イスラム運動を繰り広げるようでは、宗教の自由も保証されていない。司法の権限はポピュリストによるそのような暴挙を止められるほどの独立性はない(“FREEDOM IN THE WORLD 2022: India”; Freedom House)。仮に1月6日暴動がキャピタル・ヒルでなくニューデリーで起きていたら、インドは低劣俗悪な破壊行為を阻止できなかったかも知れない。西側には国防装備調達でロシアに取って代われるだけの技術的優位がある。しかし我々がどこまでインドと価値観を共有しているのかは問題だ。

 

非常に興味深いことに、ヒンドゥー・ナショナリストにはルースキー・ミールに熱狂するプーチン氏の支持者、そして1月6日暴動に参加したトランプ氏の支持者と相通じるところがある。彼らのいずれも非常に報復意識が強く、部族主義色が濃い。英国王立国際問題研究所のガレス・プライス上級研究フェローによると、モディ氏率いるBJPの主要な支持基盤はインド国内でも人口が多く貧困が目立つ「ヒンドゥー・ハートランド」と呼ばれる北部内陸のウッタル・プラデーシュ州、マディヤ・プラデーシュ州、ビハール州だということである。彼らは英語堪能なグローバリストのエリート達が社会経済的な格差をもたらしたと憤っている。そうしたナショナリスト色の強いポピュリスト達が特にイスラム教徒やダリットに代表される民族宗派上のマイノリティーには「特権」が付与されているとスケープゴートにして自分達のプライドを満足させている有り様は、黒人やヒスパニックに対するアファーマティブ・アクションを非難するトランプ・リパブリカン、そしてウクライナの新欧米的な独立派にネオナチのレッテルを貼り付けるプーチン氏の支持者にそっくりである。この点はモディ政権のインドがウクライナでのロシア軍の野蛮で残虐、そのうえ道徳心の欠片もない行為に寛容な理由と深く関わっていると思われるにもかかわらず、ほとんどのメディアと専門家はそれを見過ごしている。途上国なら経済の方が差し迫った優先課題となることもあろうが、インドはロシアの行為にただの非難声明さえ躊躇する有り様である。ヒンドゥー・ナショナリズムが外交政策に及ぼす影響をさらに考えるうえで、この思想は非常に排外性が強いのでインド国内に由来するシーク教やジャイナ教にはそれほどではなくとも外来宗教、特にイスラム教やキリスト教には敵対的であることも忘れてはならない(“Democracy in India”; Chatham House; 7 April, 2022)。

 

よって西側はインドを世界最大の民主主義国と呼ぶほど自己都合で相手を見てはならない。もちろん、この国は西側とは特に「自由で開かれたインド太平洋」という地政学的利益を共有している。しかしウクライナでの戦争勃発によってインドがロシアとは深く密接な関係にあることが国際社会に再認識され、そのことで我々がこの国とどこまで価値観を共有しているのかという問題が突き付けられることになった。イギリスによる防衛協力に見られるように、西側にはより高度で洗練された技術があるのでインドの防衛市場ではロシアとの競争に勝てる。地政戦略には、それは西側にとって露印関係を弱体化させるために価値ある取り組みである。インド太平洋におけるヒンドゥー・ナショナリストのモディ政権のインドは、NATOにおけるイスラム主義のエルドアン政権のトルコと似ている。偶然にもイギリスはテンペストの技術を、両国の国産戦闘機計画支援のために提供する方針である。共通の国益がある問題ではインドとの戦略的パートナーシップを深化させてこの国への中露の影響を希釈する一方で、我々はこの国が世界最大の民主主義国だという楽観視に陥ってはならない。当面の間、政府レベルでヒンドゥー・ナショナリズムに対して挑発的な反応をすることは推奨できない。我々はむしろ非政府アクターを民族宗派その他社会的なマイノリティーに関与させ、インドの統治の改善を図ってゆくべきである。.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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