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2022年11月 8日

日本とアングロサクソンの揺るがぬ同盟と、独自の戦略

Jaukus

 

JAUKUS?日本、オーストラリア、イギリス、アメリカによる太平洋同盟

 

 

先の記事『イギリスはインドを西側に引き込めるか?』に於いて、イギリスがトルコ、インド、日本と進める次期戦闘機共同開発について論じた。地政学的には、上記3ヶ国は大英帝国の戦略的ハブであり、各々がユーラシアの西、真南、東に位置している。もちろん現在のイギリスは覇権国家ではないが、ヨーロッパとの関係を保ちながらインド太平洋地域への傾斜は、欧州大西洋地域の地域大国の視点というよりもかつての海洋覇権国家、そして現在の覇権国家であるアメリカの戦略的視野に近いものがある。

 

過去の帝国の経験に基づく地政戦略を模索することは、必ずしも誇大妄想とは言えない。ロシアがウクライナの再征服を目論んだネオ・ユーラシア主義の夢は、破滅的な結果をもたらしたことは否定できない。他方でトルコはネオ・オスマン主義のビジョンを打ち出して世界の中での存在感を高めているが、これには欧米とその他の間での綱渡り外交が要求される。そうした中で日本は様々な事情が入り混じる立場である。冷戦後の世界で政治的存在感を増すために自主独立外交を追求する日本ではあるが、他方で自らの立場はクォッド+AUKUSというアングロサクソン主導によるインド太平洋地域の安全保障ネットワークに深く立脚させ、戦時中の帝国の再現など夢想だにしない。そうして、この国は自国の立場を今世紀におけるリベラル国際秩序、すなわち中国その他のリビジョニスト勢力に対抗するパックス・アングロサクソニカ2.0の重要な支持国と見做している。日本をアメリカと中国に挟まれた小さな島国としか見ないようでは、あまりに視野が狭い。地球儀を俯瞰して見れば、日本とアングロサクソン覇権国家は戦前からユーラシア・リムランドを地政戦略的に優先していたことがわかる。

 

そうした中で、日本外交の自主独立の側面も理解する必要がある。本年7月に日本国際フォーラムより刊行された『ユーラシア・ダイナミズムと日本』は、まさにユーラシアとインド太平洋における日本の戦略の自画像とも言える。1990年代に橋本政権がユーラシア・ハートランド との関係を強化する新シルクロード構想を打ち出したが、それは地政学的な考慮よりも、古代からのアジアとの文化的そして歴史的な関係をロマンチックに追い求めたもののように見えた。また、イデオロギー的側面はその構想ではあまり重要ではなかった。日本のグランド・ストラテジーの進化を促したものは、911同時多発テロ事件である。麻生太郎首相(当時)はブッシュ政権の拡大中東構想に呼応して、テロと専制政治に対抗する「自由と繁栄の弧」を打ち出した。

 

麻生氏を継いだ安倍晋三氏は、そうしたグランド・ストラテジーをさらに推し進めた。安倍政権はFOIPやTPPに代表される地域の安全保障と自由貿易の構想で指導的な役割を果たし、アメリカ・ファーストの孤立主義に陥るトランプ政権下のアメリカの穴を埋めた。非常に重要なことに安倍氏は世界各国、特に西側首脳に中国の脅威に対する注意を呼びかけた。それ以前には、西側のメディアは日中間の抗争を、まるでインドとパキスタン、イランとイラクなどの第三世界の地域大国の間の抗争のように扱っていた。実を言うと当時は私も中国を過剰に意識する者とは距離をとっていたが、それはネット右翼やその他リビジョニスト達のジャパン・ファーストな態度に嫌悪感を抱いていたからであった。彼らの世界観は地球儀を俯瞰したものには程遠く、今日で言えば戦後パックス・アメリカーナに対するプーチン的な怨念やグローバル化に対するトランプ的な怨念にも相通じるように思われた。日本国際フォーラムのイベントに参加することがなければ、私には中国が突きつける挑戦が増大する事態への認識を現状に追いつかせる機会を逸していたかも知れない。

 

他方で安倍氏はロシアが経済協力の見返りに北方領土を返還してくれると信じ込むほどの希望的観測を抱き、プーチン体制の「力治政治」という性質を認識できていなかった。忘れてはならぬことは、2016年の日露首脳会談を前に安倍首相はウラジーミル・プーチン大統領に一服とってもらおうと自身の選挙区である山口県内の温泉保養地に招待したが、その時に残虐な独裁者を歓待しようと取った態度は温泉旅館の主人さながらだったということである("Abe and Putin meet at a hot spring resort in Japan"; Yahoo News; December 16, 2016

 

さらに議論を進めるために、戦略的ハブ3ヶ国について歴史的な意味合いから言及したい。トルコはロシアの南下を食い止める防波堤であったばかりか、NATOとCENTOの重要な加盟国としてヨーロッパと中東でソ連の脅威の歯止め役を担ってきた。インドは英領インド帝国の時代から、東アジアと中東、そして中央アジアとインド太平洋を結び付ける場所であった。そのような地政学的背景から、インドは今日ではテロとの戦いとクォッドにおいてアメリカにとって不可欠な戦略パートナーとなった。そうした中で日本は東アジアのランド・パワーによる海洋へのアクセスを阻めるオフ・ショアの前線基地に役割を果たしてきた。現在、トルコとインドは多極化する世界の地政学で独自の役割を希求しながら、各々はNATOとクォッド加盟国の立場も保とうとしている。そうした中で日本はG7の原則であるルールに基づく世界秩序を掲げ、それによってアングロサクソンのシー・パワーにとって頼むに足る存在となっている。

 

地政学に加えてハブ3ヶ国の防衛産業についても言及する必要がある。3ヶ国ともある程度の軍事技術はあるが、次期戦闘機全体を製造できるほどの高度な技術はない。トルコは比較的廉価で入手が容易な兵器を、主に途上国に向けて輸出している。中でもバイラクタルTB2はロシアに対するウクライナの反撃で面目躍如となり、全世界的に評価が高まった。しかし先進技術となると、この国には欧米主要国の支援が必要である。他方でインドはナレンドラ・モディ首相による『メイク・イン・インディア』の旗印の下で多種多様な国産兵器を製造し、テジャス戦闘機、アージュン戦車、アストラ視界外射程空対空ミサイルなどが配備されている("Top 10 Indian Indigenous Defence Weapons"; SSBCrackExams; October 24, 2020)。しかしそうした兵器は国際市場で競争力は弱いので、インドは依然としてロシアに兵器調達を依存している。そうした事態にあって、インドは欧米との技術協力で国防の自立性を模索している。

 

上記2ヶ国と違って日本は基本的に先進技術に強く、欧米の兵器体系に重要な部品を提供している。中でも日本製のシーカーはイギリスのミーティア空対空ミサイルに組み込まれ、新たにJNAAMを生産するとこになった("Japan confirms plan to jointly develop missile with Britain"; UK Defence Journal; March 4, 2022)。しかし日本の防衛産業はマーケティングのための政治的ネットワークを持たないため、オーストラリアへの潜水艦輸出でフランスと競走して契約を勝ち取るには不利な立場にあった。日本にとって幸いなことに、AUKUS成立の公表を機に、オーストラリアはフランスの潜水艦に代わって米英の原子力潜水艦を輸入することになった。

 

アングロサクソンのシー・パワーはグローバルな観点から戦略を練り、各地域のハブの優先度は全世界の安全保障環境によって変わってくる。よって日本がアメリカ国内での視野の狭い対中強硬派の尻馬に乗ることは、ロシアがウクライナ侵攻によって世界秩序に反旗を翻す現況では得策とは思えない。彼らはアジアでの中国の脅威に囚われるあまり、地球儀を俯瞰する視点が欠けている。彼らと連携してアメリカのウクライナ支援を阻止しようとしている勢力は、アメリカ・ファーストを掲げる右翼と反戦を掲げる左翼である("A Moment of Strategic Clarity"; The RAND Blog; October 3, 2022。また、こうした非介入主義勢力は減税運動とも気脈を通じている("Inside the growing Republican fissure on Ukraine aid"; Washington Post; October 31, 2022)。バイデン政権の国家安全保障戦略にも記された通り、中国がリベラル世界秩序への第一の競合相手に上がってきた。そしてロシアとその他リビジョニスト勢力が、日本の平和と繫栄の礎となるこの世界秩序への妨害と反逆に出ている。よって日本が間違った相手と手を組むことによって自国第一主義との誹りを受けぬようにすべきである。

 

現在の地政学文脈の下で、アングロサクソンのシー・パワーはユーラシアとインド太平洋どのようにバランスをとるのだろうか?それについて、イギリスと共同で戦闘機プロジェクトを進める3ヶ国との関係から述べたい。トルコにとってイギリスは長年に渡ってヨーロッパで最も友好的な国である。ブレグジット以前には、イギリスはトルコのEU加盟申請を支持し続けた。ポスト・ブレグジットの時代にあって、イギリスとトルコはこれまで以上に互いを必要としている。通商では共通関税のために複雑な手続きが要求されるEUとの合意よりも、むしろ自国の経済主権を維持するためにはイギリスとの合意の方が好ましいとトルコは考えるようになった。非常に重要なことに、エルドアン政権が2020年にリビア内戦で残虐なシリア傭兵の派遣、そして2018年に自国内でのテロ行為阻止を名目にしたシリアでのクルド人民兵への攻撃を行なったことによって、トルコはEUとの関係で緊張をかかえることになった。しかしイギリスはトルコを強く非難することはなかった("TURKEY AND THE UK: NEW BEST FRIENDS?; CER Insights; 24 July, 2020。インドもポスト・ブレグジット時代に有望な市場である。戦略的には、この国は旧CENTO加盟国ながら親中でタリバンとの関係も深いパキスタンに代わり、南アジアではイギリスにとって最も重要なパートナーとなっている("The Integrated Review In Context: A Strategy Fit for the 2020s?" Kings College London; July 2021)。本年4月の英印共同声明で述べられた通り、両国の戦略的パートナシップはクォッド+AUKUSを超えてアフリカにまで達しようとしている。

 

そうした中で日本はオーストラリアとともにイギリスのインド太平洋傾斜で重要なパートナーとなっている。両国ともG7の一員としてルールに基づく世界秩序を支持している。イギリスにとってポスト・ブレグジットの政治および経済的な不安定を乗り切るためにも日本が必要であり、日本にとっては中国と北朝鮮の脅威の増大に対処するためにイギリスが必要である。通商においては、日本はイギリスのCPTPP加盟申請を支持している。二国間での安全保障の協力を強化するため、日本はメイ政権期のイギリスと共同軍事演習を開催し、自国版NSC設立による戦略的意思決定能力の向上のためにイギリス型の部分的な踏襲さえ行なった("The UK-Japan Relationship: Five Things You Should Know"; Chatham House Explainer; 31 May, 2019

 

大西洋の向う側ではバイデン政権が本年10月にアメリカの安全保障戦略の概要を示し、そこには我々が 地政学とイデオロギーで特に中国とロシアを相手にした競合の時代にあると記されている。現政権公表の戦略によると「ロシアが自由で開かれた国際体制に喫緊の脅威を及ぼし、無謀にも国際秩序の根幹を成す法を軽視していることは、ウクライナに対する残虐な侵略戦争に見られる通りである」ということだ。一方で中国に関しては、「その国は唯一の競合国であり、国際秩序再編の意志とともに、これまで以上に経済、外交、軍事、テクノロジーの力を強化してその目的に邁進しようとしている」と記されている。他方で現政権の安全保障戦略では、国際協力によって気候変動、エネルギー安全保障、パンデミック、金融危機、食糧危機などのグローバルに共有された問題を解決することが提唱されている。そうした挑戦相手国との競合であれ協調であれ、ジョセフ・バイデン大統領は全世界でのアメリカの同盟ネットワーク再強化に乗り出そうとしているので、そうしたものには軽蔑的だった前任者のドナルド・トランプ氏よりはましだろう。それはクォッドによる同盟深化を目指す日本にとって好都合である。

 

アングロサクソンのシー・パワーによる戦略上の重点は時の状況によって変わるだろうが、日本は他の戦闘機計画ハブの国よりも有利な立場にある。トルコは慢性的にクルド人問題を抱えている。エルドアン政権によるシリアのクルド人攻撃によって「NATOの脳死」がもたらされた。また、この国はスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に際してクルド人亡命者の件で異論を挟んできた。それは友好国のイギリスを困惑させかねず、統合遠征部隊(JEF)で英軍指揮下に置かれたオランダ、スカンジナビア諸国、バルト海諸国に対する指導力発揮にも良からぬ影響が出かねない。インドはヒンドゥー・ナショナリストが権力を握り、国内での彼らとイスラム教徒およびキリスト教徒の衝突は無視できない懸念材料である。極めて問題となることに、両国ともクレムリンと強い関係でつながっている。トルコはロシアよりS-400地対空ミサイルを購入した。インドも国連総会では依然としてロシアへの非難や制裁の決議に棄権票を投じている。

 

それでも日本は、トルコとインドでは酷い状況にあるような国内での民族宗派間の緊張には苛まれていない。ロシアとの関係では、岸田文雄現首相はウクライナ危機もあって安倍政権下でのプーチン政権への融和政策を大転換している。岸田氏は陸上自衛隊出身の中谷元、元防衛相を自らの国際人権問題担当補佐官に登用し、日本が人権問題を国家安全保障上の喫緊の課題と見做しているという強いメッセージを送っている。そのことは岸田氏がウラジーミル・プーチン大統領によるロシア国内とウクライナで犯した残虐な犯罪を決して許さず、安倍氏のような過ちを決して犯さないと解釈することもできる。グローバルに共有される問題では、日本はG7その他多種多様な国際的ないし地域的なチャンネルを通じ、戦後のシビリアン・パワーとしての関与には積極的であった。グローバルな安全保障の状況と環境は常に変化する。しかし何があろうとも、日本は世界での評判と信頼を守るためにもジャパン・ファーストに陥るべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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