日本はウクライナとの首脳会談で、どのように存在感を示せるか?
ここ最近はウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領による岸田文雄首相へのウクライナ訪問要請が取り沙汰される一方で、一時期は内閣支持率の低迷から盛んに報道された岸田降ろしはないようである。そうなると岸田氏は訪問の際に、どのように事態に対処すべきだろうか?
日本の首相のウクライナ訪問に関しては、疑問の声も挙がっている。それは以下の理由からである。まず国際的な公約によって日本自身が大変な負担を抱え込みかねないという懸念の声がある。また現政権には国会など日本国内での政治日程があり、ジョセフ・バイデン米大統領もウクライナを訪問していないことも指摘されている。さらに首脳同士の対面階段はなくとも日宇両国の実務協議は進展可能で、機密保持に関する法制度の整わぬ日本の首相が戦時のウクライナで首脳会談に臨めばメディアを通じて情報が漏洩しかねない。そうなると両首脳の身の安全確保が難しくなるということである(「「秘密を守る権利のない国」日本の首相がウクライナへ行けるわけがない」;ニッポン放送;2023年1月28日)。
そうした懸念はあるものの、対面会談の象徴性は無視できない。現時点でゼレンスキー大統領と直接会談がないのは、G7では日本の首相だけである。アメリカはバイデン大統領がウクライナを訪問していないとはいえ、アントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官はウクライナを訪問している。またバイデン大統領もワシントンではゼレンスキー大統領と会談している。それに対して日本からは林芳正外相がポーランドでドミトロ・クレバ外相と直接会談を行なったのみである(「日・ウクライナ外相会談」;日本外務省;2022年4月2日)。やはり、いつまでも二国間会談に応じないことで、現政権も湾岸戦争での海部政権のような消極的平和主義の方針と国際社会から見られないだろうか?この時の日本は渋々巨額のクウェート復興資金を支払いながら、多国籍軍に対して非協力的な印象を与えてしまった。
それでは日本がウクライナとの二国間会談で何をすべきだろうか?まず政策面では日本に軍事的な役割は期待されないだろう。実際にゼレンスキー大統領が昨年3月に日本の国会で行なったリモート演説では地道な復興支援への期待が語られた一方で、軍事的な要望は皆無である(「【全文】ウクライナ ゼレンスキー大統領 国会演説」;NHK;2022年3月24日)。そうした戦後の復興支援もさることながら、現在進行戦時下のウクライナ国民の生活と安全のための支援も必要である。その中でもロシア軍が戦時における国際人道法も眼中になく破壊し尽しているインフラの修復は急務で、ウクライナ軍のロジスティクス、食糧輸出経路の保全、電力など国民生活の維持には不可欠である。また日本が長年取り組んできたカンボジアでの地雷除去作業の実績から、彼の地でウクライナ人スタッフをJICA支援で訓練している(「ウクライナ向け人道的地雷・不発弾対策能力強化プロジェクトを開始:ウクライナ非常事態庁にクレーン付きトラックを供与」;JICA;2023年1月24日)。戦争被害者への医療及び精神的ケア、ロシアの戦争犯罪捜査などでも両国の協力が望まれる。だが直接の軍事支援が考えられないため、日本のウクライナ支援がより具体化するのは戦争終結後の協議の場だろう。
一連の政策面もさることながら、日宇両国の直接会談ではパブリック・ディプロマシーの側面も見逃せない。ゼレンスキー政権にとって最大の生命線は、国際世論でのウクライナ侵攻への関心である。日本が二国間首脳会談に臨むことで、ウクライナ危機が欧州大西洋圏の地政学的対立に留まらないことを国際社会に印象付けられる。言わば、日本は「遠方の善人」として振舞えばよいだろう。首脳会談の際には当然ながら共同記者会見や演説も考えられるが、遅れてやって来た国が存在感を発揮するには国際世論でウクライナへの「共感と感動」の創出に一役買うのが良いだろう。ゼレンスキー大統領が「見せる外交」に腐心していることは周知の通りである。日本の歴代政権は諸外国との首脳会談では粛々と実務をこなしてきた一方で、国際社会に「共感と感動」を呼ぶメッセージを発するという意識には乏しかった。
ウクライナへの国際的な「共感と感動」に関して言えばグローバル・サウスでは未だに自国と欧米との立場の違いが意識され、対露配慮が行き過ぎている。その中の主要国について述べたい。インドはこの度のウクライナ侵攻以前に次期国産ステルス戦闘機の共同開発で、ロシアの軍事技術が信頼に足らぬことがわかっていたはずである。だからこそ、この計画を中断した。ポスト・アパルトヘイト体制の南アフリカが、レイシストのプーチン政権との友好関係を維持しようとすることも矛盾している。ウクライナ侵攻後も欧米の極右にはロシアと気脈を通じる者も少なくない。またプーチン政権は旧ソ連がウクライナで起こしたホロドモールを否定しているが、これはまさにナチス同調者のホロコースト否定と同様なレイシスト思考である。ブラジルについては左派のルラ政権再登場でアメリカ離れを指摘する声もあるが、実は右派のボルソナロ前政権は親米というよりむしろ親トランプであった(”Russian Invasion of Ukraine Reveals Incoherence of Jair Bolsonaro’s Foreign Policy; Providence”; March 2, 2022)。すなわち、左右どちらであれ親露のブラジルではプーチン政権のプロパガンダに肩入れしかねない。もちろん、数十ヶ国以上のグローバル・サウスを十把一絡げにはできないが、日本の代表者が国際世論に「共感と感動」をもたらせれば現在進行中の戦争は我々にとってもっと有利になろう。
岸田首相は内政においても外交においても「信頼と共感」を重視すると言っている。だがコミュニケーションを専門とする東照二ユタ大学教授によると首相自身は政策を論理的に説明するリポート・トーク(report talk)には長けているものの、聞き手の情緒に共感を訴えるラポート・トーク(rapport talk)は不得手だという(「岸田首相の言葉はなぜ響かないのか」;時事通信;2022年10月7日)。それが顕著に表れた事例が、女性の産休時のリスキリングをめぐる発言で世論の反感を抱かれた一件だろう。ウクライナではロシア軍による非戦闘員への様々な暴力行為や学童の拉致による家族離散といった惨事が続いている。それに対して一日も早い平穏な生活と家族の絆の回復を訴えるためにラポート・トークを世界に発信し続けているのが、オレナ・ゼレンスカ大統領夫人である。
となると軍事支援よりも復興支援など役割の方が重視される日本の立場なので、岸田首相本人よりも裕子夫人がオレナ夫人と並んで首脳会談時の演説を行なった方が国際世論の「共感と感動」を呼ぶには相応しいとも考えられる。裕子夫人は東京女子大学卒でマツダの役員秘書という経歴である。基礎的な教養とコミュニケーション・スキルは充分にあると見て良いだろう。そして英語も堪能で、雰囲気にも華がある。もちろん裕子夫人自身は政治や外交の知識と経験が深いわけではなかろうが、オレナ夫人と並んで人道的意識高揚を訴えるメッセージを世界に発する役割を果たせると思われる。この場合、岸田首相は首脳会談の協議に徹し、セレンスキー大統領とともに日宇両首脳夫人の演説を後ろから見守るくらいが良いだろう。
もし岸田政権が退陣に追い込まれるようなら、誰が日本ならではの「共感と感動」のメッセージを世界に伝える役割は誰が担うだろうか?岸田降ろしの先頭に立っていると言われる菅義偉前首相についてだが、G7カービスベイでの首脳集合撮影では「私は英語が苦手だし、欧米人と並んで写るもの気が引ける」と言わんばかりの表情だった。このような態度は1960年代から70年代の日本の首相のようで、これでは国際的にアピール力のあるメッセージの発信はとても望めない。あの時の菅氏は、安倍政権の官房長官として記者会見でメディアからの質問を冷静沈着に捌いた人物とはまるで別人のようだった。菅前首相は河野太郎デジタル相を擁立するとも言われている(「田原総一朗「菅前首相は『岸田降ろし』に踏み切った」 担ぎたいのは河野デジタル相」;AERA;2023年2月2日)。河野氏はジョージタウン大学卒で外相や防衛相を歴任してきた。当然ながら英語堪能で演説も歯切れ良く、しかも華がある。しかし思い切りのよい発言の裏でツイッターなどでは意見が異なる者に不寛容な態度を示すようでは、ウクライナの戦争被害者や弱者に対する共感力については疑問を抱いてしまう。ともかく日本のメッセージ発信者の人選では、誰を選んでも一長一短がある。
二国会談には機密、安全、日程など困難な壁もあろうが、いつまでも日本だけが首脳会談を出来ない状況は好ましくない。会談場所はウクライナと日本以外に第三国も有り得る。会談日程もG7広島以前で調整できるなら、その方が望ましい。「見せる外交」もハイブリッド戦争の一環であり、我々の陣営の勝利目指して国際世論の形成を進めて行けば世界秩序の破壊というロシアの野望を挫くうえで有益である。それは世界覇権奪取の野望を顕わにする中国への牽制につながる。日本国内での両国首脳会談に関する議論はややもすると実務本位に走り、「見せる」意識が希薄に思えてならない。日宇首脳会談をどのように開催するか、両国はしっかり検討しておくべきだろう。
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